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 縛りつけて動かないはずのパンサーが、自身が締め付けられる損傷を無視して動き出していた。自分をこんな目に遭わせた奴に対する復讐をしようと苦痛と怒りに満ちた表情をしていた。

 

「危ない!!」


 カリンが叫んだ。パンサーに対して背を向けている俺に対して。


 しかし、その程度のことについて心配などどこにもありはしない。なぜならば、殺気を感じた瞬間に、更なる魔法の詠唱は完了しているから。


 カリンの叫びと同時に無数の水晶の棘が地面から突き出し、魔物の全身を貫いた。棘の何本かは心臓や脳みそなどの生命活動に必要な器官に突き刺さっている。もう二度と動くことはないだろう。


 「あーあ、やっちまったなぁ。生け捕りにして売ろうと思ったのに」


 命には代えられないとはいえ、金なる手段を自ら放棄してしまったことを後悔する。パンサーであれば金貨数枚にはなっただろう。


 「……すごい。あなたって凄腕の魔法使いだったの?」


 「凄腕かどうかはわからんが、魔法使いであることは間違いない。……そんなことよりも迷宮を脱出しなくてもいいのか?このまま放置しておくとこいつら蘇生できなくなるぞ」


 この世界では蘇生の魔法は存在する。もちろんどんな人間でも生き返らせられるという便利な代物ではないが、老衰などの自然死以外であれば、大概の場合に蘇生は可能である。


 ただし、魂が旅立つ前の、肉体に付着しているわずかな時間だけだの話だ。その時間を超えてしまうと通常の魔法では蘇生は不可能となり、蘇生魔法を使用しても反応しないか、アンデットとして再生させることぐらいしかできなくなる。


 「魂がすでに離れ始めている。一時間も持たないだろうな」


 死体を見つめながら言った。この場所から迷宮の出口まで駆け足で進んで30分程度。迷宮の入口で待機している公営の蘇生屋に依頼すれば二十分に間に合う距離ではあった。しかし、それは健常な状態かつ軽装な冒険者の話であり、死体を3体分も担いで進まなければならない冒険者の話ではない。


 おそらく間に合わないだろう。仲間が助からないということを聞かされて絶望しているであろうカリンの顔を覗き込む。仲間の後を追って死を選ぶのであれば一応止めるぐらいはしてやろうと思ったからだ。


 しかし、カリンの反応は俺の予想とは大きくかけ離れたものだった。


 「あなた、蘇生魔法が使えるのよね!?魂の状態を見ることが出来るのは、蘇生魔法を使用できる聖職者や優れた魔法使いだけのはずよ。お願い!仲間たちを生き返らせてください!」


 「何で、そんなことを……、まぁ、うん。そうだけど」


 俺の返事にカリンは希望が湧いたようだった。瞳に活力が完全に戻り、力強く輝いた。


 失敗だった。未熟な冒険者に魔法の知識などないだろうと思い込んでいた。失敗ばかりを繰り返す自分にほとほと嫌になる。


 「確かに、出来ないことは無い」


 「だったら」


 「甘えるな!今の俺にはアンタたちをこれ以上助ける理由はないし、義務もない!」


 カリンを睨みつけながら言う。努めて冷酷に、恋人の愛撫すらはねのけるような態度を取る。俺のそんな態度にカリンも一瞬だけ身を引くが、すぐに負けじと俺を睨みつけた。


 「お願いだから。何でもしますから」


 「無理だ。どんなに頼まれたとしても、俺は拒否する。それに君だって理解しているだろう。迷宮の中で起こった事故は冒険者の自己責任だと。そう、自己責任だ。仲間がいくら死んだとしても、悪いのは死んだ人間の所為で、君の所為じゃない」


 迷宮に挑む冒険者の大原則を諭すように言った。君は何も悪いことはしていないと。


 「違う、違う、違う!あなたのせいだ!」


 カリンは怒鳴った。引きつった表情を俺に見せる。大粒の涙が瞳からこぼれ、彼女の全身は震えていた。


 「あなたが水薬を安く売ってくれれば、わたし達はこんなところまで来なかった。喧嘩なんかしなかった。全滅なんてしなかった」


 カリンが感情に任せて言葉を叩きつけるよう言った。


 「ああ、そうか。……なるほど」


 カリンの言い分は滅茶苦茶である。自分が水薬を売らなかったことで、彼女たちがこうなってしまったという遠因の一つになったのかもしれないが、俺は俺の職責を果たしただけだ。もっと言ってしまえば、地上で水薬を調達し忘れたのが原因ではないのか。


 「君たちの事情など俺には関係ない。君たち助ける義務は俺にはない。しかし、だ」


 やっぱり助けなければよかった。不用意な優しさなど見せてしまえば、最後まで助け続けなければならなくなることは理解していたというのに。


 「何でもすると言ったな?だったら、一人当たり1000アウルだ。3人いるから3000アウル。それだけ払えば蘇生してやる。いいか、きっちり3000アウル。明日でいいから必ず支払え!」


 無理難題を吹っ掛ける。なにせ地上の相場の100倍近い額だ。並の冒険者であれば一生をかけても払うことのできない法外な値段である。普通の冒険者なら、断るのが当然だ。


 カリンは俺の言葉に上下に大きく顎を振った。


 「お願いします」


 「……つまり支払うわけだな」


 彼女の言葉に驚きつつ、確認する。


 「びた一文負けないからな」


 カリンが再び上下に大きく顎を振った。


 右手に持っていた剣を地面に勢いよく突き刺す。両腕を開けるための行為だったが、カリンはそれで切られると思ったのか、背筋を伸ばし緊張した表情を見せた。


 「そんなつもりはない。楽にしていろ」


 約束してしまった手前、もうどうしようもないのだ。ため息を吐いて復活魔法を詠唱する。


 ここまで来るともはや慈善事業の領域といってもいい。無料でここまでやらなければならないなんてただの阿呆としか思えない。


 カリン達に請求はきっちり行うつもりだが、彼女らに支払い能力があるわけがない。


 金のない冒険者から借金を取り立てるのは至難の業だ。なにせ、彼らのほとんどは生活基盤を持たない根無し草である。借金が返せないと判断すれば夜逃げをして、この街を離れてしまうのが一般的である。冒険者の仕事は、迷宮内での活動にこだわらなければ、どこの街でも存在している。


 おそらく彼女たちも明日にはこの街から夜逃げしているだろう。それを追いかけて、捕まえるという手段をとれないわけでもないが、苦労して捕まえたところで、金が無くて逃げ出した奴が支払いをできるわけでもない。


 結局のところ、どう転んでも俺は泣き寝入りをするしかないというわけだ。


 ああ、本当に馬鹿らしいことをした。

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