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 「おい、化け物。そんなやつを相手にしてもつまらんだろう。俺が相手になってやるからかかってこい!!」


 俺の言葉にパンサーの注意は完全にこちらのほうへ向いた。素直にこちらに向いてくれたのだが、言葉を理解できる程の知能はないはずなので、弱い者いじめを邪魔されたのがよほど腹に据えかねたと見える。パンサーは唸り声をあげてこちらに向かって突進してきた。強靭な前足が俊敏に動き、一瞬で間合いを詰め、鋭利な牙や、光沢をまとった爪が俺の体から数センチの距離に迫った。


 その辺に転がっている冒険者であれば、この一瞬で挽肉になっている。その情景をまじかで見ていた冒険者の女は、仲間が殺された瞬間を思い出し、もう一度同じことが再現されると思ったのか悲鳴を上げた。


 だがその再現は、パンサーの爪が俺ののど元に迫るというところまででしかない。あと数センチも動けば、衝突するだろうというところで完全に動きを停止している。


 「植物召喚 捕縛樹」


 すでに魔法の詠唱は終えている。パンサーが移動するコンマ数秒あれば、魔法を展開するのに十分な時間である。


 「どんなに強い筋力があっても、動けなければ何もできない」


 パンサーの灰色の体には、全身を縛り付けるようにくまなく、地面から芽吹いた深緑色の植物の蔓が絡み付いていたのだ。


 捕縛の魔法で創り出されそれらは、並大抵の金属よりも強靭さを持ち、束ねた鋼線よりも強靭でいて、縄のように柔らかいといった特徴を持っている。単純な力でちぎることは難しく、爪や牙といった鋭利な物での切断も難しいという代物だ。


 さらにもがけばもがくほど、蔓は獲物を締め上げるといった能力もあり、その締め付けは万力のような力を持ち、最後まで抵抗を続ける獲物に対しては全身の骨を砕き内臓を吐き出させるまで絞め続ける。


 こういった特性から捕縛の魔法としての用途よりも、拷問に使うことの方が多かった。


 蔓の締め付け状態を確認し、無事に魔物が拘束されたことを確認し、放心状態になって座り込んでいる冒険者へ向き直った。


 「さて、やはり、回復の水薬ぐらいは買っておくべきだったと思うぞ」



 生存確認と致命傷の有無を受けていないかを確認するため、生存者に向かって声をかけた。顔を落ち着いて見たことで、今朝の出来事を細部まで完全に思い出すことが出来、今朝に口論した冒険者だということを改めて確信する。そして、この空間に散らばっている死体も、見覚えのある者達であった。


 改めて生存者に向き直る。確かカリンと仲間から名前を呼ばれていたはずだ。


 「……回復の水薬一つだけあっても、なにも変わらないわよ」


 カリンが吐き出すように言った。


 「そうでもないさ。所持していれば少なくとも、君だけなら助かることが出来た」


 致命傷になるような怪我は負っていないようだった。受け答えができる程度には意識もはっきりとしている。自力で動くことが出来れば放置しておこうと思ったのだが。


 「くっ!うう!」


  まともに動くことももはや難しいらしい。足の骨に損傷があるようだし、肋骨の何本かは折れているようだった。それに、全身に存在する裂傷から血を流しているようだ。体力の消耗もしているし、おそらく動くことはもうできないだろう。回復手段がない彼女は、このままいけば失血で衰弱死か、魔物にとどめをさされる運命しか彼女にはない。


 見捨てていくこともできた。いや、見捨てるべきなのだろう。


 しかし、カリンを助け会話をしてしまった以上は、僅かながらの情けが心の中に芽生えている。


 そして自分の遠い過去を思い出す。俺もカリンと同じ状況になったことがあることを。


 ため息を吐いた。そして自分の甘さに反吐が出そうになる。


 「まぁ、君たちに回復の水薬を売らなかった責任はあるのだろうね。そう思うことにしよう」


 自分を納得させるために、自分に言い聞かせるように言葉を吐く。だから、生き残っている彼女ぐらいは助けなければならないと思うことにしよう。


 「中位回復」


 冒険者の少女に回復魔法を使用する。全身にあった裂傷は、一瞬で塞がり、折れていたはずの骨は元の状態に戻る。致命傷にならない程度の損傷であれば、中位回復程度の魔法で十分動ける程度には回復するはずだ。


 カリンの姿は今朝に見ていた時のように健康な姿に戻った。といっても完全に元通りと言うわけではない。さすがに修復できるのは肉体のみで、衣類等の装備品は戻らない。


 「どうして?」


 カリンが俺の行いに疑問を口にした。


 「ただじゃないよ。水薬代ぐらいは払えるだろうと思ってね」


 右手を突出して支払いを要求する。銀貨2枚までは支払えると言っていたことを思い出しての行為だった。もっとも払えるのであればそれ以上の金額を請求するつもりではあるが。


 目の前に差し出された右手を憮然と見つめながら、カリンが言った。


 「わかっているわよ。いくら?」


 「素直だな。今朝とは大違いだ」


 「今朝?今朝って……。あ」


 そこまで話して、ようやく俺が誰であったのかを思い出したようだった。死んだ魚のような生気のない瞳に少しだけ感情が戻る。


 「アンタ――」


 カリンが何かを言おうとして口を開いたようだったが、その口はすぐに閉じられ、驚愕の表情へと変わった。

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