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しかし、襲われている冒険者を素直に助けるかというと少しばかり悩む話である。迷宮内で起こったトラブルはすべて自己責任である。冒険者たちはそのリスクを背負ってリターンを得る。だから冒険者同士で命を懸けてまで助け合うようなことなどほとんどない。
助ける場合があるとすれば、その冒険者から助けたリスクに見合った報酬が得られる見込みがあるときぐらいなものだろう。助けられる側の冒険者が価値のある装備を持っているとか下層で見つけた資源を所持しているとか、現金化できる資産を持っている場合などが考えられる。
もっとも、一階層で全滅するような状況に追い込まれている弱小の冒険者にそのような資産があるのかと聞かれたら疑問が残るが。
俺は冒険者ではないといえ、その考え方にはおおむね同調している。しかし助けた冒険者が店の常連客か、または常連客になりうる人であれば助けなくもないかなと思う。
自分の目の前にある存在を、調査対象の魔物だと判断し、駆け足で進む。もし調査対象の魔物であれば、哀れな冒険者がエサとなっている間に、駆け付けて補足したい。
土や礫で構成された坑道を一歩進むごとに血の匂いが強くなる。それに合わせるようにして魔物と戦う悲鳴や怒号の数は小さくなっているような気がした。
魔物は近い。光球を消灯し、自分の存在を隠す。もちろんこのままでは真っ暗で進むことなどできないため、暗視の魔法である猫目の魔法を使用する。昼間のようには視界が良くなるとはいかないが、戦闘するには十分な程度である。
最初からこれを使わなかった理由は、他の冒険者たちに自分の姿を知らせることが出来なくなるからである。明かりもなく一人で迷宮を探索する男など怪しさしかないし、下手をすれば魔物と間違えられて攻撃されるかもしれないからだ。
声の大きさと時間の経過を考えると、パーティーの半数ぐらいは行動不能になっているか、殺されているかもしれない。
ようやく、目的の場所に着いた。そこは坑道に比べて少しだけ開けた空間になっていた。
先ほどまでの俺と同じように魔法で光源が作り出されており、周囲の状況を一瞬で理解することが出来た。
まず視界に飛び込んできたのは大型の灰色の四足獣だった。パンサーと呼ばれる魔物で、性質は内向的で、高く甘い響きの歌声と、心地良い花園のような甘い香りの息で、人や動物を引き寄せて捕食する。積極的に動くことの少ない待機型の魔物だが、瞬きの間に数mを移動できる俊敏性とそれに必要な筋力は、中堅以下の冒険者では対応することはまず難しい。
その難敵と出くわした哀れな冒険者達は一人を残して、人間であったものに変貌していた。強靭な前足と爪でばらばらに引き裂かれたらしく、体のパーツは四方へ散乱し、内臓は壁面に天上へとこびりついている。周囲は壁や床の地色である茶色を探すのが困難だと思える程に鮮血で赤く染まっていた。
唯一生き残っている冒険者も、身体中の至る所から出血しており、まさに風前のともしびといってもよい状態である。
助けなければ、すぐに仲間と同じ状態になるだろう。しかし、それ以上になぜこんな上層にパンサーが居るのかが不思議だった。
パンサーは3階層から下の密林地帯の洞窟エリアに生息する魔物である。魔物の生息域は原則として決まっており、不用意に移動することはない。階層をまたいでの移動ともなればなおさらだ。
「変動の予兆か……。まぁ、いいか。アレを倒して一部を持ち帰れば調査完了だし」
調査以上のことは俺の依頼には含まれてはいない。
「さて、あれはどうするかね」
戦っている冒険者を見る。身なりからしておそらくなり初心者の冒険者だろう。そんな冒険者が戦っている相手は中級以上、上級未満の冒険者が相手にするような存在である。おそらく全滅は免れないだろう。それも仕方ない。助ける義務なんて――。
「助けて!!誰か、お願いだから!!」
冒険者の悲痛な悲鳴が周囲に響く。
見捨てるつもりだったが、その声を聞いた瞬間に少しだけ戸惑う心が芽生えた。どこかで聞いたことがある声たったような気がした。それもそう遠くない過去の。もっい言ってしまえば極々最近の話だと思う。
「ああ、そうか!」
思い出した、今朝に出会った、新米の冒険者たちの一人だ。朝から怒鳴られたため、この声はよく覚えている。生き残っているのは俺と交渉をしていたリーダー各の冒険者だ。
思わず声を上げてしまったことで、パンサーが冒険者に襲いかかる手を止めて、俊敏な動きでこちらを見た。気付かれたようだ。それと同時に冒険者も俺の存在に気が付く。
心の中で舌打ちをする、迂闊だったと後悔をする。
しかし、過ぎてしまったことはどうしようもない。どうぞ続けてくださいと言っても魔物に言葉が通じるとは思えない。むしろ新たに出現した脅威に対してパンサーは動くだろう。
仕方ないと諦める。
こうなってしまったらこの冒険者が1アウルでもいいから謝礼を払うことのできることに期待するだけだ。




