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プロローグ

 まばゆい光を纏った灼熱の火球が、自分の命を終わらせるために高速で飛来する。自分の身体能力ではとうてい避けることはできない。


 右腕にもった杖を眼前に突き出しながら短く呪文を詠唱する。駆け出しの頃なら難しかった行為ではあるが、今の実力ならば、大概のものは打ち消すことが出来る。それは連中も十分に理解しているはずだ。


 火球は霧が風で流されて晴れるときように唐突に消えた。残されたものは、火球が通り過ぎた道筋に沿って黒く焼け焦げた地面とうっすらと立ち上る黒煙だけ。触れてすらいない、通り過ぎただけの地面に対してこれだけの影響があるものだったのだから、まともにぶつかれば俺の体など一瞬で消し炭になるだろう。


 改めて、俺たちは強くなったなと思う。


 余裕など一切ないものなのに奇妙と思える程、落ち着いた気分を抱くことが出来ているのは、すでに焦燥や絶望という段階を通り過ぎているからだろうか。それとも自分の行った所業からすれば、こうなることは予測できていたからだろうか。


 短く息を吐く。どちらであったとしても、素直に受け入れるつもりはない。それが自分の贖罪になるのだから。


 黒煙の先から煌めく鋼刃が見えた。剣士が真正面から向かってきていると理解し、視線を突き刺しつつ、先ほどとは違う詠唱を唱える。


 自分の本来の戦闘スタイルは遠距離からの攻撃だが、白兵が出来ないというわけではない。魔法で杖の強度を上げ、時針の筋力を増やし、反応速度を高める。それでも、本職の人間と比較すれば何段にも劣っているが、防御に徹すればまともに切り結ぶことぐらいはできる。


 剣士の鋼刃を杖で受け止める。火花が飛び、金属がぶつかるような甲高い音が周囲に響く。一度目の剣戟を防いだが、相手もそれは予想していたらしく、すぐに次の剣戟が自分の胴体にめがけて向かってくる。それも先ほどと同様に杖で弾く。


 たった一人で複数体の敵を相手にしているのだ、動きを止めた瞬間に別の方向から攻撃が来るだろう。そのため、鍔迫り合いに持ち込ませるわけにはいかない。


 腕だけでなく足を必死に動かして、自分の位置が一か所にとどまらないように抵抗を続ける。しかし、この状況を続けているだけでは自分の体力が尽きていつかは動けなくなってしまうだろう。何かしらの対策を考えなくてはならない。


 ふっ、と剣戟が一瞬ゆるんだ――いや、ゆるんだわけではない。後ろに控えていた敵がいつのまにか新しい魔法を使用していたのだ。複数の光球体が自分の周囲にふわふわと浮かんでいる。


 気付いた時にはすでに手遅れであった。光球が強く光り、その数を何倍、何十倍にも増やしていく。


 自分の失敗に気が付き、下唇を強く噛んだ。この魔法はよく知っている物だったからだ。今までの戦いで多くの敵を屠り、幾度となく窮地を救ってくれた強力な魔法――。眼前にいる魔法詠唱者の必殺の一撃。こと火力に関してはこれ以上に強力なものはまずないだろうと思うもの。


 「さっさと死ね!裏切り者が!」


 自分に向けられた怒の感情と同時に魔法が発動した。自分の体を覆い尽くすような光球が津波のように全身を包むべく押し寄せてくる。


 「魔法障壁展開!」


 何とか防ぐべく、魔力による壁を自分の周囲に展開する。その声は絶叫そのものだった。


 距離が近いため魔法の発動と同時に光球は着弾した。全身を包みこむ光は赤々とした爆炎となって炸裂する。乾ききった炸裂音が荒野の中に響き渡る。爆炎に紛れて肉片や血液が混じった黒いものが周囲に飛び散り、茶色い地面を前衛芸術のように染め上げる。


 「ふぅ、全く、不適合者のできそこないのくせに手古摺らせてくれる。ここまで抵抗されるとは思わなかったよ」


 嘲笑の笑みを浮かべ、構えていた剣を下ろしながら剣士は言った。


 「やはり、増援を呼び必要などなかったと思うけど」


 「油断するな。相手を軽んじるのはお前の悪い癖だぞ。出来損ないとはいえ俺たちと共に戦った奴だ。用心するに越したことはないさ」


 「相変わらず慎重だな。しかし――」


 剣士は魔法詠唱者に向いて笑顔を浮かべて反論した。彼にとっては長年の懸案事項がようやく片付いたのだ。油断するな。敵に対して向き直れと言う方が難しいだろう。もし俺が逆の立場であればそうするだろう。


 「莫迦が」


 嘲笑を込めて呟く。二重に展開した魔法障壁のおかげで何とか動くことが出来る。左腕は爆散し、片目はつぶれ、全身にひどい火傷と裂傷は負っているが、体はまだ動く。当然、戦う事に支障はない。


 「砂塵の暴風!」


 二人に向かって詠唱を行う。自分にされたことと同じように、痛みを味わえと思い唱えた魔法だ。


 荒野に存在する砂礫を巻き上げ敵の周囲に砂礫の混じった風速数百m/sを超える強烈な嵐を発生させる。ただの砂礫であったとしても人を殺すには十分な威力なのだが、この魔法では砂礫を魔力で強化しており、鉄塊に等しい硬さをもった礫が、弾丸のような速さで周囲を飛び交うのだ、相手はその中で挽肉のようになって息絶える。



 ボロボロになった状態で発動した魔法であるため、威力に若干の不安があったが、十分な威力は出せているらしく、風切音と交錯して情けない悲鳴が響き渡った。


 逆襲の成功に満足感を覚え、舌先で唇をなめた。血の味が口の中広がる。


 しかし、その満足感は長くは続かなかった。唐突に砂塵が消えた。魔力が切れたわけでもないのに消えたことに驚く。魔法展開の時間が短かかっため、二人とも生き残ってしまっていた。もっとも、すでに虫の息だが。


 二人が自力で解除したということはありえないだろう。だとすれば原因は一つしかない。いてもたってもいられないほどの焦燥が心の中に芽生える。


 救援が来たのだろう。自分の魔法を解除できる人間なんて二人しかいない。目の前で死にかけている奴ともう一人――。


 「抵抗をやめてください!どうして……、どうしてこんなことを?」


 新しい声が荒野に響いた。そちらの方に向き直り姿を確認する。


 最悪だった。増援は一人や二人ではない。救世主と呼ばれている連中が全員そろっている。


 「答えてください!チハヤさん!!」


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