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別視点:パオラ 後編

 ヤマトアイランドという島で、私は『香取鈴』と名乗った。

 香取は、火の鳥に読める名前を、この土地に合わせて漢字を変えた。

 そして……ベルフェゴールではなく、ベル……ベルお姉ちゃんを忘れないために、鈴という名前にした。


 髪はフォームの魔法の応用で黒く変えた。

 こちらの大地には妖怪なる魔物がいて、中にはなかなか強い種族もいたが、私の敵ではなかった。

 しばらくここを拠点にしようと思う。

 時々火の鳥として人々の目に留まることもあったかもしれないが、最早私は人間と交流しようとは思わなかった。


 妖怪に人間が襲われても、見て見ぬふりをした。

 元々、私がいてもいなくても、同じこと。


 ――――命は……そのこと……覚えて……。


 胸にわずかな痛みを覚えるも、気のせいだとその場を立ち去る。


 そうだ、これでよかったんだ。

 ……これで……。




 元々食べなくても生きていける種族であり、家もなにもない身。

 報酬を受け取る用心棒のような生活を続けて、北の方へと歩いていった。

 自分の身体が熱いからか、寒い地方の感覚が馴染む。


 ある日、最上弥々華という人間ではない種族の者が、人間の味方をしているのを見た。

 私は弥々華に興味が出る。


「手伝おうか?」

「ぬ……お主も戦えるのか? すまぬ、手助けしてもらえないだろうか」


 それから私は山に現れた妖怪を、その獣の耳をつけた少女のような者と倒した。


「強いな、お主……」

「どうも。あなたもなかなか、やるわね」


 私は、かつての城主の家内の蘇りとも呼べる不思議な彼女と、仲良くなった。

 誰も知人がいない生活というのも寂しいものだ、しばらくこの土地に腰を落ち着けるか。


 それでも、ギルドには登録しなかった。

 種族を見られること、名前を知られることは避けたい。


 結果、私は弥々華からの誘いを断って、再び山で一人の生活に戻った。




 ヤマトアイランドにいる時にも、情報収集はしていた。


 怠惰の大罪、魔王ベルフェゴール。

 突然ふらりと街目がけて歩く姿で現れ、邪魔する者は鏖殺みなごろしにする。

 音の出るものは人間も魔物も分け隔てなく、その右手に握る炎の剣の餌食となる。

 そして巨象が徒歩で蟻を踏み潰すが如く、町一つを更地にして、何もない地で休息を取る。

 起き上がれば、次の街へと歩き出す。


 魔王を、人々は『鏖殺おうさつ女帝じょてい』と呼んだ。


 当然そんな危険な魔王は、真っ先に狙われた。

 あまりに恨まれすぎて、途方もない人数による人類側の、相打ち覚悟の集中攻撃を受けて、魔王は滅ぼされた。

 ……私の知らない人の話としか、思えなかった……。


 ベルフェゴール様がいなくなって、魔族側の襲撃はなくなった。

 それが、一連の話。




 ヤマトアイランドでの日常生活もすっかり慣れた。

 そんな私の前に、大きな出会いが待ち受けていた。


 きゅうけいさん。

 ストレートヘアで、背丈もそれなりにあり、竜族とダークエルフという人類側についている魔族。

 しかし、それでも私は、どうしても気になっていた。


 彼女の、色。

 それはかつて、ベルフェゴール様の近くで一緒に眠っていた、ベルフェゴール様の眷属そのものであった。

 何故……どうして、今になって、こんな魔族が……。


 彼女はあっけらかんとした性格で、弥々華の裸に見とれてのぼせたというなんとも間の抜けた魔族だった。

 ベルフェゴール様とも……ベルお姉ちゃんとも違う。


『友達になりたい』


 私はどうしても、その姿に拒否反応を覚えてしまった。


 仲良くなったから、どうなるというのだ。

 こんなに明るい、この魔族も。

 ずっと変わらないとは、限らないのだ……。


 それでも彼女は、私に積極的に近づいてきた。

 その度に拒否して、私は皆の前から去って。




 ある日、きゅうけいさんは失敗した。あの魔王の呪いを浸透させる道具を、見逃しかけたのだ。

 私は頭に血が上って、きゅうけいさんに八つ当たり気味に言葉を投げつけた。

 しかしそれに対する反応は……苛烈なまでの、弥々華からの反撃だった。


 話を聞いて驚いた。

 私が弥々華からの誘いを断っていた間、きゅうけいさんはずっと、ポーションを提供し続けていた。

 弥々華の子孫である寧々のことは、以前話に聞いたことがある。その子を助けたのが、きゅうけいさん。


「それなのに……能力のあるお前は一体何をやっていた!?」


 弥々華からの、初めての怒りをぶつけられた。

 その言葉を反芻しながら……。


「あなたとも、その、友人になりたい…」


 怒鳴りつけた相手からの誘いに、私は……。


 ――――今は保留するわ。


 自分の口から出たのは、そんな言葉だった。




 きゅうけいさんの、直線的なまでの好意に、居たたまれなくなった私は逃げるようにその場を去った。

 あんなに純粋な目と言葉で……今更、私が受け止められるわけが……。


 そして、山で一人になって。

 ふと、思ったのだ。


「……私、逃げてばっかりだな……」


 レベルはもう九千後半。そろそろ、ベルフェゴール様と同じ数字が見えてくる。

 本来ならばどんな魔王よりも有利な、死なない種族。

 友人もたくさんいたし、好意的な出会いも沢山あった。


 だというのに。

 私は、自分の罪から逃げて。友人のいた国から逃げて。

 弥々華の誘いから逃げて。ギルド登録から逃げて。

 あの魔族の誘いからも、逃げている。


「……ダサいなあ、今の私……」


 かつては村の守り神のように祀られていた、フェニックス。

 それが今ではこの有様だ。

 いつの間に、私はこんなに怖がりになったんだろうな。


 次が……次があれば。

 私も、少しは……。




 ――――その、『次』が問題だった。


 きゅうけいさんは、ベルフェゴール様に似ている、ではない。

 ベルフェゴールだったのだ。


 一瞬で頭に血が上って、怒りを叩き付けた。

 もう、自分で何もかもが抑えられない。

 二代目ベルフェゴールを、滅ぼすぐらいの気持ちで怒りを叩き付けた。


 だというのに。


「あなたの命令された怒りも人間を殺した悲しみも、全部受けとめたいから!」


 この二代目ベルフェゴールは……私の想像の遙か上を行っていた。

 昔のベルお姉ちゃんも優しかったけれど、その比じゃないほどのお人好しすぎる優しさと甘さ、直接手に掛けようとしている私が狼狽えてしまうほどの、自己犠牲。


 こんな……こんな人が、今代の魔王……。

 その人を、私は、今……。




 それから後悔して、急いで助けて……。

 私ときゅうけいさんは、きゅうけいさんからの再びのお願いにより、友人となった。

 主人ではない、友人だ。

 私が心配していたビーチェなんて、とっくに救ってくれていた。しかも友達になっていた。

 もう断る理由はなかった。


 今度は、私のステータスに主人の名前はない。

 だけど……私の心は、主従関係以上の固い絆を感じていた。


 ――――次は、絶対に間違えない。

 この人を、違う存在にさせない。

 頭痛がしたところで、目を離すものか。


 私は決意を新たにし、長い間一緒にいた弥々華とお別れをして、ヤマトアイランドを離れた。


 -


 シルヴィア・ドラゴネッティとエッダ・モンティは、よく出来た二人だ。

 きゅうけいさんの補助をしたり、道標になったりしてくれている。

 この二人が一緒なら、きっと大丈夫だろう。


 きゅうけいさんの活躍っぷりは本当に凄まじかった。

 まさか真っ先に、イデアを見つけるとは思わなかった。

 いきなり泣きつかれて、心から申し訳ない気持ちだよ。


 ミミちゃんは、可愛い。アスモデウス様の面影があるけれど、やはりみんなの子供っていうぐらいの幼い女の子。

 イデアの教育のおかげか、優しく育ってくれている。

 ちょっと抱きつき癖は困るけどね。……嫌じゃないけどさ。


 そしてきゅうけいさんは……なんとサタン様を滅ぼした。

 信頼している古竜シルヴィア本人の言で、マイケル君を殺されかけた怒りの意趣返しで、『レベルを下げて』『全ての攻撃を無傷どころか完全回避で』『徹底的に辱めて殺した』という一連の流れを教えられた。

 あのサタン様相手に、圧倒的な完全勝利にもほどがある。


 二代目ベルフェゴール。

 ヤマトアイランド出身の、きゅうけいさん。

 この魔王様、あまりに底が知れない。


 -


 しかし、底が知れないと実感するのは、力だけではなかった。


 ビーチェの熱烈な歓迎ハグを受けて、私たちはまた一緒になった。

 マモン様に、アスモデウス様まで合流して、筆頭眷属は三人。

 しかも今度は、みんな人類の味方。

 そして、きゅうけいさんの友達だ。

 これもきゅうけいさんの人柄の成せる業だろう。




 その直後、きゅうけいさんが【ワープ】させられた。

 緊張が走るけど……今となっては、あのきゅうけいさんがそうそう何者かにやられるとは思えなかった。


 だから私は、自分の出来ることをする。

 北エイメラ大陸と同様に、きゅうけいさんが一番望むであろうことを考える。

 きゅうけいさんは……村を守ってほしいはずだ。

 今の竜族の村には、戦えない人間も観光に来ている。

 村の竜族は強い者も多いが、マモン様が魔王襲来に備えているのなら、この中で一番強いのは間違いなく私。


 ヤマトアイランドで、諦め……いいえ、いじけていた私はもう終わりにしよう。

 人々を『これでいい』なんて見捨てない。必ず守ってみせる。




 ふと、胸の奥に刺さっていたものが、顔を現した。

 以前逃げていた痛み。今度は目を背けない。


 『命は大切、そのことはちゃんと覚えておいて』

 もちろん、ずっと覚えていたよ。

 『自分を好いてくれる人たちは、大切にしなくちゃだめだよ』

 これはね、少し違ったよ。

 自分の気に入っている人が、大切にしている人たちを守ろうと思う方が、私には気合いが入ったよ。

 もしかしたら、根っからの眷属気質なのかもね、私。

『きっとあなたに、いい影響を与えてくれる』

 これは……全く違うよ。

 いい影響か悪い影響かなんて、そんなことをいちいち考えて手を止めてはいけなかった。

 私は、助けたい。自分のためにならなくても、何度でも助けたい。どんな結果になったとしても、諦めずに助け続けたい。


 だから、今度は『きゅうけいさんのため』に――――


 ――――私は再び、人類を助けるフェニックスとなる!




 今回きゅうけいさんを弾き飛ばして襲撃してきたのは、ルシファー様……もう様もいいかな。

 マモン様が、ルシファーの相手をしている。私では勝てない相手も、次から次へと現れる武具と、無限に現れる回復道具を駆使して相手をする。

 こうやって戦っている姿は初めて見るけど、本当に強い……さすが頼りになります、マモン様!

 きゅうけいさん、自分がいない時のこともしっかり考えている。マモン様がいるから、村を離れていても安心して私を探す旅に出られたのだ。

 本当に、勤勉で抜け目のない怠惰ね。


 魔物がほぼいなくなり、マモン様とルシファーの戦いが膠着状態になっていたところで、突然ルシファーがワープの準備をする。

 しかし、その瞬間腕が切れた。ルシファーは逃げ切れなかったのだ。

 徹底的に先読みをして準備していたルシファーと、その周到な準備すら凌駕する超長距離の攻撃魔法。凄い戦い……。きゅうけいさんは、ルシファー相手だろうと圧倒的に格上であることを証明してみせた。


 ――――そんなことすら、目の前の光景で頭が真っ白になる。


 ふわふわの赤い髪と青い肌。

 見間違えようがない、私のベルフェゴール様。


 その衝撃すら霞むほど、次の言葉を聞いた瞬間に心臓が跳ね上がった。


「もしか、して……パオラちゃん?」


 ……ああ…………ああ……!

 この姿で、この呼び方……!

 間違いない!


「べ……ベル、お姉、ちゃん……」

「うん、うん! パオラちゃん、そうだよ! ベルお姉ちゃんだよ!」


 私の……!

 私の、ベルお姉ちゃんが、帰ってきた……!




 きゅうけいさんは、本当に何もかも取り戻してくれた。

 その上で、最難関ダンジョンの最下層にあった宝すら、ベルお姉ちゃんのために使ってくれたのだ。

 強欲のマモン様ですら、あの魔石を受け取る時に少し遠慮すらしているように感じられたぐらい、きゅうけいさんの器は大きかった。


 ああ……私、この人と友達になれて……なんて幸せなんだろう……。


 逃げ続けてきた私の生。

 そんな私には、あまりにももったいない主人……いえ、友人。


 ベルフェゴールのきゅうけいさんは、私が欲しかったことを、当たり前のようにやってくれている。




 だから。


「グリフォンについて、どれぐらい知っていますか?」


 その言葉を聞いた瞬間、全て理解した。


「きゅうけいさんは、クローエも救うつもりなんだね」

「クローエさん! クローエさんがグリフォンさん! 女の人ですねっ!」

「そうよ。クローエはね……」


 私は、クローエの特徴を話した。

 ショートカットでおしゃれな髪、かっこいい顔立ち、寡黙な姿。

 そしてルシファーとは近いけど全然違う、相手を見下さない誇り高さ。

 少し会話はしづらいかもしれないけど、悪人ではないことを伝えた。


 ビーチェとイデアも、一緒に会話していた頃の話をきゅうけいさんに伝える。

 その話を聞く度に、目を見開いてうんうん頷いて、聞き終わると笑顔でうずうずしている。


「んっふっふー! もう興味津々!」

「でも、ルシファー様の筆頭眷属であることをいやがっているわけではないから」

「……そこだけが心配なんだよね……」

「もしも……もしもきゅうけいさんは、クローエが敵に回るとしたら、どうする?」

「討伐します。パオラさんの友人でも……ごめんね、私は人類の味方でありたいから……」


 その返答に、私はすっかり笑ってしまった。

 きょとんとしているきゅうけいさんが、更におかしくて、ちょっと引き笑い気味で苦しい。


「っふっふっはっは……ひーっ! ああもう苦しい! あのですね? きゅうけいさんは魔王ベルフェゴールなんですよ? は〜……本来部下の私にそんなぺこぺこへりくだっちゃうの、おかしいわよ」

「で、でも」

「それに」


 私は、隣のベルお姉ちゃんを見る。

 目が合って、微笑みかけてくれて。

 それだけで、あまりに幸せで。


「きゅうけいさんは、私の一番求めていた方を探し出してくれた。きゅうけいさんは、自分の望むまま、私のことなんて気にせず、自分のやりたいようにやって。それが眷属じゃなくて友人の、私の望み」


 きっと大丈夫。

 だって分かるのだ。


 きゅうけいさんは、私がそう伝えると。

 ぱあっと明るい笑顔になった直後……勝ち気な笑顔で頷いた。

 ああ、分かるよ。


 きゅうけいさんは、クローエも救ってくれる。

 断言に近い。

 その底抜けな明るさと、心配になるぐらいのお人好しさと。

 この世界を包み込めそうな器の大きさ、そして何より……圧倒的すぎる強さで、クローエを連れてきてくれる。


 だって……だって、この方は!

 私の友人、きゅうけいさんだもの!

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