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きゅうけいさんは信じていた

 まずはちょっとグロい……ちょっとじゃないなあ。

 ルシファーの腕を切り落としたので、左肩から先の長くて白い腕がばっさり落ちている。


 どうしようかと思っていると、ベルフェゴールが降り立って、思いっきり【フレアソード】で炭に変えたァ!

 勢いよくやりましたね!


「……ルシちゃんは、さすがにおいたがすぎたかな。どんなに偉そうでもね、それ自体はいいんだよ。自信満々な人は、卑屈な人より好感持てるの。……だけど、それを他人の卑下に転用するようになったら、だめ。どんなに上になったつもりでも、絶対に自分より上がいる」


 ベルフェゴールの教訓は、刺さる。

 自信と卑下、傲慢と謙虚さ。

 井の中の蛙、無知の知、ちゃんと考えないといけない。


 私はレベル九京だけど、レベル九京よりも上がいるかもしれないし、ましてや頭脳面ではけっこー助けてもらわなくちゃなんもできないってぐらいだもの。


「ルシちゃんの場合は、魔王だから実際にずーっと一番だったけど……でも、上はちゃんといた。タマエちゃんの方が強かった、だから片腕を失った。いつまでも現実を見ない傲慢さでは、足元を掬われる日が来るって言ったの。……今日が、そうだったね」


 それは、ルシファーという存在を年下扱いで知り尽くしたが故の、ベルフェゴールの分析。

 その場にいたら相当悔しがるだろうなっていうほどのド正論である。今の先代ちょっとかっこいいです。

 お陰で私の取り逃して悔しかった気持ちも、大分晴れた。


「……驚きましたネ」


 と、そこでルシファーをずっと釘付けにしてくれていた、この場の救世主さんから声がかかる。


「マモンさん! 私がいない間ありがとうございました!」

「いえいえ、これも全て自分のためですよォ。……それよりも」


 マモンさん、ベルフェゴールの方へと歩いて、じーっと見つめる。


「さっきから、マモンって、この魔族が……マモンちゃんなの?」

「えっ?」


 な、何を言ってるんだ? マモンさんの見た目を知らない?

 私が確認する前に、マモンさんが驚いた顔で小さく呟く。


「……ワタクシの、呼び方……」


 ふと考え事ポーズを取るマモンさん。間違いなく何か考えてる。

 何か、認識の齟齬がある……?


 それ以上考えようと思っていたところで、視界の端から急速に近づいてくる影が!

 あれは……!


「わっ……!」

「きゅうけいさん! きゅうけいさんだあっ!」


 エッダちゃん! エッダちゃんがダッシュで抱きついてきてくれました!

 私は両腕で受け止めて、エッダちゃんを抱えたまんまぐるぐるぐる〜っ!


 ずっとエッダちゃんの抱き心地とさらさらの髪の感触を愛でながら回っていたいけど、まずは現状確認が先だ。


「ただいまーっ! 帰って来られたけど、私どんぐらいいなかった?」

「えっと、二十分ぐらいですぅ。そんなに経ってないですよぉ」


 それはよかった……! いや、二十分でも遅れるとちょいと怖いかなって思ってたけど、ほんとにルフィナさんの飛行時間にちょっと足が出た程度だった。

 さすがグランドギルドマスターさん、ダンジョンの情報は正確で、あの洞窟内部で難航して、料理作って一緒に食べて、ベルフェゴールのところまで行ってじっくり喋っていた時間、こっちじゃほとんど時間経過ゼロだった。


 てゆーか……ルフィナさんがいないとまず帰ってこられなかった。レベル九京でも、海をニンジャのように走るとかはできないですグワーッ!

 全然関係ないけど、水蜘蛛って実際は浮き輪みたいなものらしい。そりゃあ忍術みたいなの現実に使ってるわけないかー。


「きゅうけいさん!」

「シルヴィアちゃん! みんなも、無事なんだね!」

「はい!」


 エッダちゃんを追って、シルヴィアちゃんやトゥーリアさん達もやってきてくれた。

 よかった、怪我はないようで本当に安心した……。

 自分が全てを守れるからって、自分がいないと心配するなんていうのは、きっと古竜の二人にとっては失礼なのかもしれない。

 信じているけど……それでも、魔王相手だと心配だ。出来る限り、私の助けられる範囲外にはいてほしくない。みんな大事だからね。


 シルヴィアちゃんが、私を見つつもちらちらと横を……ってそっか、ベルフェゴールが気になって仕方ないよね。当たり前だった。


「紹介するよ、こちらは————」

「————ベルフェゴール、さ、ま……?」


 ……ッ!

 今の声、間違いない!


「ま、待ってパオラさん!」

「きゅうけいさん、そこにいるのは」

「ベルフェゴールなの! 先代なの! だけど、だけどそうじゃなくて!」


 私は、パオラさんとヤマトアイランドで何があったかを思い出した。

 パオラさんは、私がベルフェゴールだと伝えたとき、攻撃してきたのだ。


 今ではそれなりに付き合いもあって、とても私のことを考えてくれる優しい人だって信じているけど……本物の、実際に自分を祀っていた信者たちを殺させた先代ベルフェゴール本人に対して、どう出るかわからない……!


 きっと説明したら、分かってくれる!

 なんとか私は村まで招待した経緯を説明しようとしたのだけれど……それよりも先に、先代が口を開いた。


「もしか、して……パオラちゃん?」

「……え?」

「そっちにいるのが、本当にマモンちゃんなら……ああ、やっぱり、パオラちゃんなんだ……こんなに、大きくなって……でも、すっかり他人行儀になって……。……仕方ない、よね……」


 視界の端でマモンさんが口元に当てていた手を離して、何かに気づいたように瞠目する。


「……ベルフェゴール……いえ、もしかして……まさか……! べ……ベル、お姉、ちゃん……」

「————ッ! うん、うん! パオラちゃん、そうだよ! ベルお姉ちゃんだよ!」


 パオラさんの、あの勝ち気で精悍な顔から……涙がつう、とこぼれ落ちた。

 ここでマモンさんが、私に向かって叫んだ。


「きゅうけいさん! もしかして、ベルフェゴールにクリアエリクサーを飲ませましたか!」

「はい!」

「それでですか……いや、恐ろしいものですネ。そりゃあワタクシのことも、パオラのことも分かるわけがない……」


 私は……私は、今のマモンさんの言葉と、パオラさんの反応で全てを察した。

 そうか、そういうことなのか。

 でも、だとしたら……。


 ……なんて……あまりにも、ひどい……!


 先代ベルフェゴールは、みんなを子供扱いしたような敬称をつけるのが、彼女のパーソナリティ……口癖程度のものなのかと思っていた。思い込んでいた。

 初めから前提条件が、全然違った。


 ベルフェゴールは、七つの大罪で、実際に昔から一番の年上。

 そしてベルフェゴール以外の皆は、当時子供に近い姿だったんじゃないだろうか。


 もしもベルフェゴールが一番背丈がある年上のお姉さんなら、ちゃん付けで呼ぶのも不自然ではない。

 パオラさんとは、その頃からの付き合い……子供のパオラさんを筆頭眷属にしていたのだろう。

 そうすれば、全ての辻褄が合う。

 ————合ってしまうのだ!


 大罪の魔王は、ずっと昔から大罪の魔王で、最強の存在という扱いだ。

 ……つまりベルフェゴールは、それよりも遙かに昔から。

 まだ残りの六体の魔王が魔王たりえず、パオラさんが子供だった頃からずっと洗脳されていたことになってしまう。


 そうなれば、完全に洗脳された後の性格の方が長い。魔族が人類を攻撃し始めた頃には、洗脳後の性格の方が他の魔族にとって馴染んだものになっていたとしたら。

 能動的に人類を滅ぼしに行く『鏖殺女帝』という、ベルフェゴールらしからぬ性格の魔王を、誰も疑問に思わなくなる。

 昔を知る人も、『変わってしまった』という認識になった。変わってからの方があまりに長いから、いつの間にかそちらが普段の彼女だと思うようになってしまった。


 その後の鏖殺女帝は、何らかの理由があって『置き去りのダンジョン』にワープさせられて、そのまま死んだことにされた。


 一体、どれほどの時間を……違う性格に支配されてきたというのだろう。


「ごめんね、パオラちゃん……私、あなたにひどいことをしたってタマエちゃんから聞いて……」

「っ……そう、ですよ……」

「もう……あなたの主人の資格なんて、私には……」

「そんなことありません!」


 はっとしながら、頭二つ大きいパオラさんを見上げるベルフェゴール。


「戻ってきてくれた……私の……私のベルお姉ちゃんが……っ!」

「パオラちゃん……!」

「う……うう、うう……っ」


 あのパオラさんが膝をついて、ベルフェゴールより頭一つ小さくなった背丈でその胸に顔を寄せて泣く。

 ……こんなパオラさん、初めて見た。

 それだけパオラさんにとって、『優しいベルお姉ちゃん』は大切な存在だったのだろう。


「ごめんね、ごめんね……」


 パオラさんを優しく撫でるベルフェゴールも、すっかり涙も鼻水も流しっぱなしだ。

 だけどその顔は、今までのどんな表情よりも尊く、美しく思えた。


 パオラさん……私はあなたを信じていたよ。

 きっと許してくれるって。

 でもパオラさんは、私の貧弱な想像を遙かに超えるぐらい、先代ベルフェゴールを大切に想ってくれていた。

 説明しなくても、彼女が本来のベルフェゴールだって、すぐに理解してくれた。

 それが、自分のことのように嬉しい。


 ……あまりにも気が遠くなるほどの間、引き離された二人。

 それでも会えば、一瞬で心が通じ合えるのだ。

 どんなに途方もない時間を挟んでも、二人を引き裂くことなんてできやしない。

 あなたも、ご主人様も、とっても素敵な人。


 私は、そんな二人の関係を再びつなげることができて……こんなに嬉しいことはないって、今日は素直にそう思うんだ。

 よかった。本当に、頑張ってよかった……。

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