きゅうけいさんは帰還する
あかるい! 海のすぐ近くが洞窟の入り口だったみたいで、目の前に空と海が広がっている!
外の景色……! 当たり前のことなのに、それがとても懐かしくて、素晴らしいものに感じる!
「青い空! 青い海! そして爽やかな潮と草木の香り!」
外の原っぱに両足で立ち、背中を伸ばすようにぐぐっと両腕を真上に上げる。
「んん〜っ……! やっぱり太陽って最高! 明るい気持ちになって、元気が出てくるね! おひさまパワーさえあれば、人類の希望のためにも頑張るぞーって気になれるよ! 明るい未来へレッツゴー!」
「私はきゅうけいさんの内面知ってるから今更だけど、何もかもが魔王の見た目に合わない台詞すぎて笑う……」
ルフィナさん、ごもっともすぎるコメント。
自分で自分の姿は見えないけど、そりゃまあ、私真っ青で目とか真っ黒だからね! でも青い空と同じ色ってあたり、爽やかで涼しげな感じしない!?
青肌魔族は爽やかさの証です!
やっぱ無理ある? ですよねー。
「……すごい、本当に、出られた……」
ベルフェゴールは、海を見ながら呆然としていた。
……一体どれほど、あの中に一人でいたんだろう。
この中では時間の経過が遅くなるらしい。それで年単位……いや、もしかすると二桁や三桁にも及ぶ時間、この中にいたことになる。
それは、どれほどの孤独なのだろう。どれほど、あの狭い部屋と、ワープで戻される絶望的なL字の道に、苦しめられ続けていたのだろう。
友人知人とおしゃべり大好きな私じゃ、絶対耐えられない。
その途方もない時間の先に訪れた、変化。
「ベルフェゴールは、自害しようと思ったりしなかった?」
「したよ。思わないわけないじゃない」
……やっぱり、思ったことはあるんだ。
「でも、ね。もしも私が死んでしまったら、私があそこにいると知っていて助けに来た眷属や魔族は、なんて思うかなって想像して……」
「……ベルフェゴール……」
「あとはまあ、別にそのままずっと寝てるのもいいかなって」
ちょっとしんみり感動しかけた5秒前の私を返せ。
「……さて、のんびりしてもいられないわ」
と、ここでルフィナさんが真剣な顔になって、辺りをうかがう。
「どうしたの?」
「一応この辺りも魔物がいるので、少し調べてもらえる?」
「まーかせて!」
私は【レーダー】を使うと、周りにいる魔物をさくさくっと倒していく。
ベア、ベア、ボア。そしてベアの追加はいりまーす。
くまさんかわいいっていう人いるけど、熊の魔物となると……全長3メートルの黒い猛獣が、ピンクの歯茎剥き出しにしながら襲ってくるので、正直全くかわいくないっすね……。
黄色いマスコットみたいなのを想像していたら、北海道のオレンジ色のメロン作るところのゆるキャラみたいなのが出てきた感じ。
ていうか敵強いなあここ。さすがに難関ダンジョン近辺って感じ。
近くにいた魔物を退治したら、ルフィナさんの声が聞こえてきた。
「……え? あ、あれ? もしかして……きゅうけいさん? えっ、今、まさか……魔物を倒したの?」
「へ? うん、全部倒したけど」
「……ははは……私の目の前から、自分が意識でも失っていたのかと錯覚するほど一瞬で消えて、そしたらもうそんなところにいるんだもん。ほんと強いとかそういうレベルじゃないなあ……」
うーん、私強すぎる。与えられた力に感覚麻痺しかけてるけど、他者から見たらちょっと怖いかもしれないなあ、ここまで極端に速いのって。
「わ、わるいことにつかったりは、しないよ? こわくないよー……」
「いやいや疑わないって、安心して。でもほんとレベルいくつなの? レベルが9999あってもそんなに素早くなるはずないし、時間停止魔法っぽいのを使った形跡もないし……ぶっちゃけ一桁二桁の差ではないよね?」
「90Quadです! 一応嘘はついてないよ!」
ほんとほんと。
なんかもうここまで冷静に分析されていると、秘密にする必要ないよーな気もする。
でもグランドギルドマスターさんだしなあ。さすがに便利に情報お渡しするの、ちょーっと考えちゃう。
レベル9999でも危険なような、私しかできない仕事とかぽんぽん便利に舞い込みそうでこわい。既に今更な気もするけど。
「それでは話題を戻して。きゅうけいさんが手早く倒してくれたので、私も手早く説明します」
「はいっ」
ルフィナさんが、丁寧語でレクチャーモードの、グランドギルドマスターさん状態になったので私も真面目に聞く。
「きゅうけいさんが頑張ってくれたお陰で、脱出に数ヶ月どころか一日すらかかりませんでした。快挙です」
「うへへ、恐縮です」
「はい。そして私たちが『置き去り』から出てきた時点で、私たちから見た『世界側の時間』が動き出しました。なので、恐らく今はトゥーリア様かシルヴィア様が、ちょうど私たちの消滅に驚きつつも動いている時間です」
「――――あッ!」
そ、そういういことか!
ようやくルフィナさんの言っていたことがわかった! ってゆーか完全に忘れてた私のんきすぎだ!
「ダンジョンの中ではゆっくりできていたけど、ダンジョンから出た瞬間に急がないといけない!」
「正解です。ですから……【ドラゴンフォーム】!」
ルフィナさんが、魔物を倒して安全になった草原の広い場所で、白い竜の姿になる。
鱗のない肌は太陽の光を受けて、ますます輝く。
私はその姿を見て、すぐに飛び乗る!
そして身体へ取り付いて四つん這いになると、こちらを見るベルフェゴールの姿が映った。
私は迷いなく、手を差し伸べる。
「急いで!」
「……っ! わかった……!」
ベルフェゴールが私の手を掴み、私が力を入れて自分の腕の中に抱え込んで、羽の付け根あたりに手をかける。
その瞬間にルフィナさん――ホーリードラゴンの羽が大きく動き、高度を上げるよりも先に急加速するように前方へと飛び上がった。
かなり、急いでくれるみたいだ……!
移動を開始して私にできることがなくなり、落ち着いて今の状況を考えられるようになった。
勢いで抱き寄せたけど……ベルフェゴール、さらっと私の腕の中に包み込んじゃいましたね。抱き心地悪くないかも。
改めて、じーっとベルフェゴールの姿を見てみる。
ふわふわというか、ちょいとぼさぼさの赤い髪の毛。女子力足りないぞー、ちゃんと綺麗にしないと。
このぼさぼさ具合と身だしなみに気を遣いきれていない具合から、癖毛だった前世の私にはこっちの姿の方が近いかもってぐらい。
……あ、今自分で自分の傷えぐった。ぐふぅ……さすが魔王、強力な攻撃だっだ……(セルフダメージ)
そして、うねうねっとした羊のようなでっかい角。すげー、悪魔って感じ。山羊の角が悪魔の象徴になったって分かるってぐらい、きょーあくな形。
それにこの形だったら私、ねっころがるの大変だっただろうなー。……とか真っ先に寝ること考えるの、我ながら本当に休憩のことばかり考えていて苦笑。
……。抱き心地は良い。おとなしい感じだし、こちらに背を向けて身を任せてくれているの、信頼されてるって感じがする。
私より、遙かに年齢が上。そして他の魔王をちゃん付けで呼ぶ辺り、たぶん一番年上。その上であのダンジョンにいたのだから、間違いなく、この世界に不老不死の神や仙人でもいない限り、世界一の長生き年上さん。
でも、雰囲気はそんな年上って感じはしない。
むしろレヴィアタンの死に対して、あれだけわんわん泣き叫んだ姿は、本当に幼い子供のようで……。
といっても、精神年齢が低いという感じではなく、言葉を交わせばちゃんと年上の大人だなって分かるぐらいには大人に感じる。
――――そう、精神年齢が高いのに、子供のように泣いたのだ。
それだけきっと、友人の死に大人でありながら人前で大泣きできるような、感受性豊かで優しい性格なんだろうね。
……やっぱり私、この魔王様、とても悪人には思えないよ。
ルフィナさんが物凄いスピードで超高速飛行をしている。
シルヴィアちゃんは姿を隠すように雲の上を飛んでいたけど、ルフィナさんは海の上を低空飛行。上空の気流には、乗れるかどうかなんてのはわからない。多分そういうジェット気流がどうこうとか、科学的に知っているわけではなく、経験則として上空の風の影響を受けないようにしているのだと思う。
だから低空飛行。っていうか海面に波がブワワァーってなってて、後ろを向くとすごい。
地面や海面と近いというだけで、スピード感がまるで違う。シルヴィアちゃんとどっちが速いかはわからないけど、ルフィナさんの飛行は広大感より疾走感って感じが超気持ちいい。
このゲーム、飛竜レースゲームとか実装したらどうですかね。
そして、さすがそのスピードで飛んでいるだけあって、すぐに向こう側に大陸が見えてきた。
大陸っていうか、元いた半島じゃなかろうか。すげー近い。もう海岸を抜けて、山の森スレスレを駆け抜け、丘を掠るように飛ぶ。いやルフィナさん冒険女王の名に恥じないぐらいめっちゃスリリングな飛び方ですね!?
「よーっし、かけ直そう。【レーダー】」
私は、その瞬間に、正面遠くに大きな魔族の反応を二つ確認した。
一つは、マモンさん。そしてもう一つは……!
「あれが、傲慢の大罪……!」
全身が白とグレーの、ロングヘアの男が竜族の村から離れたところでマモンさんと対峙している。
しかしその姿が、私が視認した瞬間に……正確には、私と目を合わせた瞬間に光り出す。
あれは間違いなく、こちらを見て、何かをしている。
まさか……あいつッ! あれは……間違いない!
「させるかッ! 【ロックスピア】!」
私が意識を集中し、マモンさんが距離を取った瞬間に超高速の魔法を撃つ! その魔法がルシファーの中心を————ぐっ、さすがに遠すぎて外した! 岩の槍が相手の腕を切り落とした瞬間に、ルシファーは消えてしまった。
くっそぉ……ルシファーのやつ、自分の拠点へと逃げるためのワープを事前に準備していた、めちゃ用意周到だ。
成果ナシではなかったけど、最後の最後で相手の方が一枚上手だった。
魔王を撃退できた安心感と、取り逃して惜しい気持ちを胸にしつつ、私はルフィナさんが大地に降り立つ振動を身に受ける。
長かったような、短かったような……とにかく、めちゃくちゃきっついダンジョンだった。
無事に帰って来られてよかったぁ……。






