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きゅうけいさんは助ける決意をする

 この洞窟は、時間がほぼ止まっている。

 だから、時間は……泣く時間は無限にあるのだ。


 ベルフェゴールは、気の済むまで泣いて泣いて……そして、やがて顔をうつむけるようにして肩をしゃくり上げるような泣き顔になり、静かになる。

 ……声を止めて、十分か、もっと長い時間か。

 ようやくベルフェゴールは顔を上げた。


「……認めなくちゃ、だね……。レヴィアちゃん以外はみんな生きているの?」

「私の周りはみんな生きているよ、アスモデウスも人間のリリアーナという身体に転生したし。ああ、ケルベロスとサタンは私が殺しちゃったけど」


 正確には、ケルベロスにとどめを刺したのはシルヴィアちゃんだけどね。

 私がそのことを伝えると、目を見開いて驚いていた。


「サタン……! あのサタンちゃんを討伐したの!?」

「そうなの!?」


 そうです! レベルを下げる魔法を使って、おちょくりながら余裕の完封勝利なのです!

 えっへん!


「……って、ルフィナさんが驚……くよね、そうだったそうだった。ルフィナさんはずっとギルドにいたもんね。報告直前でワープしたんだった」

「本当に、魔王を討伐したの……?」

「きゅうけいさんにかかれば余裕ですので!」


 勝利のVサインをして笑顔!

 ルフィナさん、余裕の完封には「さすがにそこまで言うと嘘くさいよ……?」と言われてしまった。

 ……そ、そりゃそーですよね、完封はうさんくさいですよね……。


 そこで質問してきたのはベルフェゴールの方だった。


「本当に? サタンちゃんの魔法も相当厄介なはずだよ?」

「『ジェノサイド・サテライト』でしょ? 発動と同時にロックスピア二本でぶっこわしたよ」

「……その名前と個数を知っているということは、本当に……。ルフィナちゃん、ここにいる――」


「――タマエちゃんは――」


 …………え……?


「――本当に、サタンを討伐したので間違いないよ。私が知っている魔法と効果、一致するもの」

「……ほ、本当なんだ……完封ってのも……」

「対処の正確さからして、間違いないと思うよ」


 今。

 私は、一瞬、心臓が掴まれるような感覚に陥った。

 ベルフェゴールがルフィナさんへ、私の討伐が事実であると裏付けてくれているということは分かるけど、そちらに意識を割けないぐらい、私の心は大きく揺れていた。


 私はベルフェゴールのことを、さっき自分に重ねていたけど。

 さっきの、呼び方。

 ステータスを見せたから……同じ種族であるが故に、一番『種族名では私を呼ばない』存在。

 そしてこの人、誰でも『ちゃん』付けして呼んでしまう人。だから、油断していた。


 今の、呼び方。

 おばあちゃんが……おばあちゃんだけが、私にした呼び方だ。


 まさか、こんな世界に来て、もう二十年以上ぶりぐらいに聞くことになるとは思わなかった。

 私は……ここにきて、まさかそんなふうに自分の本名を呼んでもらえるなんて思わなかったのだ。


 すっかり薄れていた、幼い頃の感覚が蘇る。

 忘れていたわけではない記憶。

 だけど、大人になって振り返る機会のなかった記憶。


 子供の頃からいつもいろんなところで眠っていた。それは今も変わらないけど……それでも、昔と今では違うことももちろんある。

 昔はもっと無知だった。

 無知で、無力で……それでいて無敵だったのだ。


 今ほど昆虫も怖くなかった。男の子ほどではないけど、クワガタをつまむぐらいはしていた。

 大人になると、コガネムシも大きくて苦手だし、蛾なんか小さくてもちょっと苦手になった。


 そして無知であるが故に、私たちは、子供達は、シンプルな正義感みたいなものがあった。

 難しいことはわからないけど、いいことをしよう、というもの。

 こまっているひとをみかけたら、たすけよう。

 ないてるひとをみかけたら、てをさしのべよう。

 本当に、そんな単純で幼い感覚。


 ベルフェゴール。

 私の種族。

 そして、目の前の魔王の種族。


 何度か『勇者に洗脳されて寝取られた』みたいな物語がたくさん流行っていたのを読んだことあるけど。

 あれでさ、裏切った女の人を許す主人公と、許さない主人公がいるんだよね。


 私も、いつしか『復讐は気持ちいい!』っていうわかりやすいものの方が面白く感じるようになったと思う。

 実際相手が意図的に悪いことしてたら、制裁は受けるべきだからね。

 勧善懲悪は見ていて気持ちいい。それが自分を痛めつけた存在なら、カタルシスも抜群だ。


 ……でも、おばあちゃんは。


 もしも、おばあちゃんが生きていたら。

 洗脳されていただけ、悪事を働かされてただけの偽りの裏切り者に対して、復讐なんて望むだろうか。

 大人になった『たまえちゃん』が、そんな哀れな人を許さないような、報いを受けさせるような女になったら、なんて思うだろうか――


 ――なんて、そんなの考えるまでもない!


「……先代ベルフェゴール」

「……? うん……」

「あなたには、まずパオラさんに謝ってもらう」


 ベルフェゴールは、強い気持ちを持った目で私を見て、しっかりと頷いた。


「もちろん、自己満足でもいいから、絶対に謝りたい。それで、許してもらえなくてもいい……それだけのことを、私はした……私はもう、主人失格だから、きっと見捨てられるから……」

「それは違うよ」

「……え?」


 ここは、私の大好きな友人であるパオラさんのためにも、勘違いしてほしくない。

 特に、先代あなたにだけは。


「パオラさんが、主人を許せないような人だとは思わない。偽名使って逃げていたけど、別言語で『ベル』を意味する名前にしていた」

「……! そ、それは……」

「あなたのこと、恨んでいても決してないがしろになんかしてない。それに私は、パオラさんが事情を話して分かってもらえないような人だとは思わない」


 なんといっても、あの大人の魅力あふれる弥々華さんと、対等に友人を長い間やってきた香取鈴パオラさんなのだ。

 大人びた性格に見合う強者の余裕と、人間を守るために怒鳴ったりもする厳しさと、私が困った時には役に立とうとしてくれる優しさ。

 その全てが、あのフェニックスの魅力につながっている。


 そんな素敵なパオラさんが、洗脳されて閉じ込められていた主人を許さないようなら。


「もしもあなたのことをパオラさんが許さないのなら、私が身を挺してでも庇うよ。一度あなたの代わりに燃やされたし、二度あっても大丈夫」

「……ど、どうしてそこまで……。私、あなたに何もしてない。ただ、迷惑をかけただけで……」

「うん、迷惑かかった。かかったけど、でもそれはあなたのせいじゃない。むしろ余計に、いいように利用されていたあなたのことを気にかけたいと思ったよ。世界中が敵でも私だけは味方、ってぐらいに徹底的に助けるよ。私はわがままだからね」


 ベルフェゴールは、瞠目しながら瞳を揺らすと、少し顔を伏せて、顔を上げるとやや困ったように……同時に憑き物が落ちたかのように、穏やかに笑った。


「私の後輩、しっかり者。これなら安心して、ベルフェゴールである全てを任せられるね」

「それがそうでもなくてね……」

「え?」


 私は、自分のことを話した。

 ベルフェゴールとしての能力を、何一つ知らないこと。『シン・マジック』が扱えないことなど。


「そうか、知識はないんだ」

「うん」


 ベルフェゴールは頷くと。私の近くに来て、しっかりと目を合わせる。


「大罪の魔法はね、『ルイン・ラザジー』」

「ルイン・ラザ――」

「続けて言わないように気をつけて。まだ『シン』を掛けていないから発動しないとは思うけど……あなたのレベルでやると何が起こるか分からない。『吐息』という立体魔法陣の魔石に封じ込めない限りは、広範囲に影響のある魔法ではないけど……必ず対象は厳選すること」

「――わ、わかった……」


 ルイン・ラザジー……。覚えておこう。

 だけど、話を聞く限り私の能力では必要なさそうだ。私自身がめっちゃ強い自信あるからね。

 覚えるだけ覚えておく、ということでいいだろう。


「教えてくれてありがとう、先代さん」

「もうあなたに対しては、これぐらいしかできることはないけどね」


 先代は、少し寂しそうにふふっと笑った。




 さーて、さすがにゆっくりしすぎた。ここのダンジョンは……これで終わりかな。


「結局、このダンジョンの報酬って何だったんだろうね」

「それは……この階層のことじゃないかなあ」


 ベルフェゴールが壁を掴むと、ぱきりと割って、その石をこちらに投げて寄越した。

 ……って、こ、これは……!


「中身、透明できらきらしてる……!」

「この中央奥だけ別のものが埋まってて、掘れるようになっているの」


 すごい、さすがに長い間いただけあって、詳しい。


「金糸魔石。水晶だとルチルクォーツだけど、それは純度の高い超高密度の魔石。魔法剣に使えるレベルのものであると同時に、観賞用にも十分耐えられるほどの、潤沢な金が入っているの。宝飾品にも、魔具にも、この上なくいいもののはずだよ」


 私は、この魔石を見て一つの懸念事項の解消を理解した。


「マモンさんに持って帰ろう!」

「え? マモンちゃんもいるの?」

「今は竜族の味方してるの! これを持って帰れば、きっと協力してくれる」


 さすがに付き合いが長いだけあって、ベルフェゴールもマモンさんの性格から私の考えに納得すると、予め採掘していた魔石を全て掘り出してきた。

 すごい、他にもいろいろある……ヤバいぐらいの宝の山だ。


「ルフィナさん。踏破、すごい報酬だね!」

「うん……うん!」


 ルフィナさんは、その圧倒的なまでの存在感を示す報酬にご満悦。

 やったね!


 そして同時に……その報酬の凄さが『間違いなくここが最下層である』という証明になっている。

 つまり、ルフィナさんは『踏破』したのだ。もちろん、私も。


 私たちは、その事実に再びハグをして喜び合った。

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