きゅうけいさんは魔王の全ての真実を悟る
まずは、シルヴィアちゃんとエッダちゃんとともに、ビーチェさんを見つけた時と同じ。
「ルフィナさん」
「うん」
「絶対に階段から出て来ないでください。いいですね」
「……う、うん、分かった……」
真剣な顔で訴えると、息を呑んだルフィナさんが一歩下がった。
……ごめんなさい、脅すつもりはないんだけど、それでも今回ばかりは守れるかどうか自信がない。
私は、この相手を知っている。
知っているけど、知らない。
魔族の顔がゆっくりと起き上がり、赤い目が私を見る。
赤いウェーブヘアの長さが、腰を遙かに超えるあたりまで伸びている。伸ばすと足下を越えそうなぐらいだ。
そして、青い肌の顔が、表情を少しずつ……本当に僅かながら、驚きの表情へと形作っていく。
それから、私は立ち上がったその魔族と目を合わせる。
身長は、ルフィナさんと同じぐらいだろうか。角は黒く、羊のようにぐるりと巻いている。
魔族の黒い目の中に、赤い目。ずっと目が合っている。
お互い言葉を発しない。
私は……相手にどう言葉をぶつけたらいいか分からない。
ただ、心の奥底から、この姿になって長い間に、培ったもの、学んだこと、相談されたこと、語られたこと……全てが理解している。
私は今、怒っている。
沈黙を破ったのは、正面の魔族だった。
「ここに……誰かが、来るなんて……」
「…………」
「それに、あなたは……あなたはもしかすると、私の————」
「————違うッ!」
正面の魔族が肩をふるわせて驚く。
その反応に私は内心首を傾げながらも、相手に言われたことを理解して、叫んだ。
「【レベルリリース】!」
「……な、なにを……」
「【ステータス】!」
目の前に現れるは、私が何者か証明するパネル。
名前付きの、魔王ベルフェゴール。
レベルは90Quad。
馬鹿じゃなければ、『高い』ことは分かるはず。
目の前の魔族……いや、もう魔族って言い方はいいかな。
……おかしいと、思ったんだ。
イデアさんは、二代目アスモデウスのマリーア——ミミちゃんに引っ張られて、レベルが1まで戻ってしまった。
でもパオラさんは、レベルが9801。
そのレベルは一見高いようで、実際のところ私に比べたら相当低い。
多分シルヴィアちゃんも、うっすら気づいていたんだと思う。
パオラさんも、私のレベルに引っ張られていないことに違和感を持っていたんではないだろうか。
あの時、私もシルヴィアちゃんも、筆頭眷属サキュバスクイーンのイデアさんの力を吸って、なんとか元アスモデウスのリリアーナさんが顕現したのではないかと思っていた。
でも、違うのだ。
リリアーナさんは、確かに自分の力でやったと言った。つまり、二代目アスモデウスと人間の身体を作ったということになる。
つまりイデアさんがレベル1になったのは、単純にやっぱりミミちゃんに連動してしまったせいだ。シルヴィアちゃんが引き当てたのは偶然だったけど、それは一旦おいておくとして……イデアさんのレベルはあくまでミミちゃんに引っ張られるのだ。
ならば。
パオラさんのレベルが、80Quadじゃない理由。
それは一つしかない。
「会えるとは思っていなかったよ、この迷惑クソ先代……!」
自分の口から、自分が言ったとは思えないぐらいの暴言が出る。
でも、仕方ないのだ。
この『鏖殺女帝』と呼ばれた魔王のせいで、人類にとんでもない被害が出ているだけでなく、私個人がもう本当に苦労した。
ビーチェさんには開幕嫌いと言われるし、パオラさんはいきなり殺しに来るし、元々アスモデウスとは険悪だし。
とにかく、この目の前の先代魔王のせいで、尻拭いが大変だったのだ。
「……あなたは、私の、次のベルフェゴールなの……?」
「いいから、そっちも見せてよ」
「っ、そうだね。【ステータス】」
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BELPHEGOR
Belphegor
LV:9999
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予想した通りのステータスが現れる。
こいつが、先代のベルフェゴール。初代ベルフェゴールでありパオラさんのマスターだった魔王だ。
「……それで、あなたは、どうしてここへ……?」
「どうして、だって……!?」
「……そう、そうか……。ついに……」
「……ついに私を、討伐してくれるんだね。できれば人間が良かったけど……」
…………は?
何を、言っているんだ、こいつは。
私は事前に、話を聞いていた。
破滅主義者のベルフェゴール、世界の全てを滅ぼす無の世界を作るような、そんな魔王だろうお前は。
パオラさんに、自分を祀った信徒を虐殺させた、極悪人だろうお前は。
なんで、そんなに……穏やかそうな顔で、討伐を願うんだ。
……何か、致命的な齟齬を感じる。
でも、ビーチェさんやパオラさんが嘘をついているわけがない。私はみんなのことを疑っていないし、実際に先代の評判が一致しているのを知っている。
だからこいつの行動が破滅主義でないはずがないのだ。
……冷静に、冷静になろう。
私が怒っても、仕方のないことじゃないか。
私より怒りたい人がいるんだから。
「質問していいかな」
「……え? もちろん何でも聞いていいよ……」
「あんたは、パオラさんに信徒の虐殺を命令したでしょ」
私の、パオラさんから伝えられた過去の事実に。
ベルフェゴールは目を見開いて……小さく首を振った。
「なんの……なんの話をしているの……?」
……何の話をしているのか分からないのはこっちの方だ。
私は畳みかける。
「じゃあ、アスモデウスに対して、男を襲わず殺せって言ったのは?」
「……なんで、そんなことを? 私に関係ない、面倒になりそうなことを私が言わないといけないの……? 好きにしてたらいいじゃない。アスモちゃん、私と違って美人だし……」
なんで……なんで……。
……なんでそんなに、ベルフェゴールみたいなことを言うんだ……!?
「ビーチェさんに嫌われていたけど、思い当たることは?」
「それ、確かマーメイドの子よね? 私は、レヴィアちゃんとは仲良かった記憶しか、ないけど……嫌われたのかな……いやだなあ、嫌われるのは……仲直り、大変だから……。でも、仲直りしないのはもっと大変で面倒なことに……」
なんで、そんな……分からない……。
……いや、私はもう、分かっている。
「じゃあ——」
最後に、これを聞こう。
「――自分の眷属が殺されたから、人類を全て滅ぼそうと決めたのは!?」
「そんな面倒……な…………自分の……」
ベルフェゴールが目を見開き、急に雰囲気が変わりながら、後ろにふらふらと歩いて頭を抱える。
「眷属……私の……。私の、私の、わたしのわたしのわたしのあああああああアアアアアア!」
「ッ! これは……!」
ベルフェゴールが頭を両手で押さえながら、天井を見上げて悲鳴を上げる!
その瞬間、小さな部屋が急速に熱を持ち、壁の一部が真っ赤に光り出す。間違いない、温度が急激に上がっている。
洞窟の石が、まるで鍛造中の鉄のような色になり狭い部屋を目が潰れそうなほどに照らす!
叫んでいたベルフェゴールが、首をがくりと下に向けて静かになる。
その姿はあまりに不気味で、地獄に現れた死霊のようだ。
ゆっくりと顔が上がり、濁った血合いのような、汚い瞳が現れる。
「――――人間どもを、殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては」
「ちょ、ちょっと……!」
「全員、いなくなればいい。いなくなればいい」
「どうしちゃったの!?」
「最後まで、全部、一人残らず。私の手で、私の手で、私の手で。私が私が全てを滅ぼす私の手で全てを滅ぼす滅ぼす私が頂点私が頂点私自らが動いて滅ぼす」
さっきと言ってることが全然違う!
全く焦点の合っていない目で、首を傾けながらこちらに歩いてくる。
なんなの怖すぎるんだけど! 急にホラーか!
だけど、少なくとも一つだけ確実なことがある。
さっきまでと比べて、こっちは。
こっちは、全く、ベルフェゴールっぽくない!
もう、理由は分かりきっている。
何度もやったから、解決方法も分かっている。
でも、この相手も……全ての元凶であるこいつですら、そうだったっていうの!?
「あなたも……そういうことだったのね」
「あああお前は、お前は、お前はなんだ、何なのだ……誰だお前は……私とともに、全てを滅ぼせ……」
「そんなの、あなたは望んでないんでしょ」
「私は、私は、私は全ての頂点……。そう、私が全てを滅ぼす……」
少しずつ乱れが収まり、そこには先ほどとは全く違う様子のベルフェゴール。
暴力的で、傲慢で、鏖殺女帝の名にふさわしい魔王。
ベルフェゴール。
大昔から最強魔王として世界に君臨して、世界の頂点と自称する姿。
その今の姿の……なんと痛ましく、惨めなことか。
もう、これ以上あなたにそんな顔をさせるわけにはいかない。
――――私が、すぐに、助けるから!
「【クリエイト・クリアエリクサー】!」
私は意識を集中して時間を止めると、相手が口を開いた瞬間にクリアエリクサーをねじ込む!
ヘッドロック気味に、大きな羊の角を抱えて口の中に瓶の口を入れて、液体が中へ入っていくのを見届ける。
そして動き出した世界の中でベルフェゴールは嚥下しながらゆっくり目を閉じると、静かに眠った。
私はベルフェゴールを胸に抱きながら、温度を落として少しずつ暗くなった洞窟の、何もない虚空を睨み付ける。
全てを理解した私の心の中に浮かんだことは、ただ一つ。
――――サタン、ベルゼブブ、ルシファー……あいつら、マジでクソ野郎どもだ!
絶対許さない!






