きゅうけいさんは飛ばされた
……。
…………。
……………………………………。
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——白い壁と、鼠の色をしたコードの森。
風情という概念を忘れた、コンクリートジャングル。
モダンデザインとミニマリズムという新しい暴力に虐殺された、どこか生活感を置き忘れたかのような……それに違和感を持てなくなった社会。
雨ととも濡れる大地、五感が自然を感じ取ろうと働いた結果、知覚できたものは精々アスファルトの匂い。
文豪が詠む『土の匂い』など元から記憶になかったかのように、まるで思い出せなくなっていて。
色素のない夢の中を揺蕩いながら、私はじっとしている。
じっとしている。
変わり映えのしない、毎日。
異常としか思えない、長時間の同じ姿勢。
ともすれば、毎日そのものが、灰色のよう。
毎日、それが始まり。
毎日、そこにいて。
毎日、それだけで終わる。
それでも自分に向いていた。
建前上は、仕事が好きだという名目。
実際に嫌いではなかった。
嫌いではなかっただけで、最高とは手放しに言いがたい日々。
それでも。
そんな毎日でも、色を感じられたのは。
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…………。
……
……きゅうけいさんってさー。
……なにかなー……?。
……わりと……。
…………。
………………屋……だよねー……。
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…………。
……夢を、見ていた。
何か、とても懐かしい夢を見ていた。
手を伸ばせば、すぐに思い出せそうなのに、起きた瞬間に遙か彼方に飛んで行ってしまったかのような、夢。
思い出したいのに、いつの間にか、気がついたら何をのんびりしていたのかと自分で後悔するほどに手を伸ばすタイミングが遅すぎた、その記憶。
……。
…………。
いや、待て。
待て待て待てーいっ!?
そうじゃないでしょ、思い出して!
思い出して思い出して!
えーっと、いつの夢だ? さっきっぽいってことは、えーっとシルヴィアちゃんとエッダちゃんと、とにかく、日常の夢だったらそっちかもしれない! いや全然合ってる気がしないけど!
思い出した夢の内容が一致した瞬間って、『一致した!』って感じするよね! ……するよね?
……そう、シルヴィアちゃんとエッダちゃんとの日常。
竜族の村に、戻った。
古竜シルヴィア・ドラゴネッティの背中に乗り、ヨーロッパを東に飛んでヤマトアイランドへ。
そこで山形っぽい場所の妖怪退治をして、更に東のアメリカ大陸……北エイメラ大陸のノース・ジャーニー村へ。
長い時間を過ごして、更にサタンの討伐までやって、更に東へ。
世界一周旅行をして、ようやく竜族の村に帰ってきた。
シルヴィアちゃんが久々にトゥーリアさんと姉妹水入らずで過ごして。
パオラさんやイデアさんはビーチェさんと再会して。
アスモデウスのリリアーナさんはマモンさんと積もる話もあって。
そして、私はみんなとの出会いを見届けて、お部屋でロッキングチェアを取り出して、お昼寝するのだ。
休憩、するのだ。
私は、周りを見渡す。
ほとんど明かりのない、薄暗い蛍光魔石が僅かに壁に埋まっているだけの、とてつもなく静かで、暗くて、寂しい世界。
冷たい地面と、石の感触。
私は。
私は、間違いなく、嵌められた。
ギルドに入って、和気藹々としていた途中で出てきた、あの光を思い出す。
(ビーチェさんが、ゴブリンキングの隣に出現した時だ)
あれは間違いなく、対象をワープさせる魔法。
最初はきっと、強欲の呪いにかかったマーメイドのビーチェさんが、ゴブリンキングと組んで竜族の村を襲うつもりだったのだろう。
……考えろ、考えろ……!
最初はマモンさんが使っていたと思った。
だけど、マモンさんが強欲の呪いを使った……のは、間違いなく憤怒の呪いで性格とか記憶とか、そういうものを上書きさせられていたから。
昔の勇者がサタンにやられたという話を聞いてたけど。
——あれは、憤怒の呪いだわ!
という台詞を残したそうだ。
つまり、勇者たちもサタンの呪いにやられて性格が変わったということ。
考えろ、火神球恵。
元々両親からもらった地頭、滅茶苦茶優秀なはずだ。
とぼけてる場合じゃないぞ。
サタンは、私が倒した。
リリアーナさんに出会う前で、しかも出会った後にゆったりシルヴィアちゃんの背中に乗って竜族の村まで戻ってきた。大分前のはずだ。
ワープ付与は、大罪の魔王の魔法。
マモンさんでもなく、マモンさんに呪いをかけたサタンでもない。
私がベルフェゴールで、マモンさんはずっと近くにいて、アスモデウスは超低レベル。
サタンは私が倒して、レヴィアタンは勇者が倒した。
そこから導き出せる答えは————
————あの村に、ベルゼブブか、ルシファーがいる。
……冗談、でしょ?
しかし、マモンさんに呪いをかけてワープを他人に付与するヤツなんてそれぐらいしか思いつかない。
あの村であそこまでメンバーが多い中で直後に動くとは思えないし、他者にワープなんてものをなすりつける魔法が連発できるはずがない。
『暴食の呪い』とかいうアイテムも含めて、連発できたらもっとバンバン使ってるはずだ。
あくまで予想だけど、たぶんコレは外してないと思う。
すぐに危険になるというほど、みんな弱くはない。
しかし……あまりに心配だ。
私は、そこで立ち上がって……猛烈な不安に襲われた。
な、なに……?
何この感覚……。
……。
あ、思い出した。
夢の内容を思い出してしまった。
日常は、庵奈の夢だ。
ちょっと前かと思ったら、すっかり年単位という勢いで前になりそうなぐらい、遠い記憶。
もうOL生活よりもこっちの日常の方がすぐに長くなるだろうな、と思えるぐらい、日常だと思い込んでいた、今の私にとっての非日常。
私は、庵奈に言われたのだ。
『きゅうけいさんってさあ』
『なにかなー?』
『わりと寂しがり屋さんだよねー』
『……どしたの唐突に?』
『いやー、一人で大丈夫な人かなって思ってたんだけど、意外と寝て起きたらいっつも他の人探してるよねー』
『そ、そうかな?』
『そだよー、もーきゅうけいさんはわかりやすいなー。ナっつんとサナダさんとカチョーがいなかった時、私は隠れて見てたけど……起きた直後すんっっっごい落胆した顔してたんだよねー』
『え、こっそり見てたの!? ひっどい!』
『すぐに入ったじゃん。そしたらすぐに表情もどって、手振ってきてさー』
『そんなに見られてたの超恥ずいんだけど……』
……。
そうだ、私はあの時、そんな会話をしていた。
指摘されて、初めて気づいた。
私、一人で遊ぶの好きだったけど、その記録とかネットに書き込むの、好きだったんだよね。
それが誰かの反応をもらえるから。交流を持てるからなのだ。
私、けっこー他者と関わりたがってる。
ていうか、ずっと一人だと寂しいタイプだった。
本当に、指摘されて初めて気づいたのだ。
……暗い世界。
私は、ワープした。
そして夢の内容を思い出して……私は気づいてしまった。
シルヴィアちゃんは大丈夫だろうかとか、エッダちゃんは大丈夫だろうかとか。
そうじゃない。
私が、二人がいなくて大丈夫じゃないのだ。
思えば、こちらに転生して一日たりとも一人っきりだったことなんてなかったような気がする。
三日連続で、ミーナちゃんと出会って、シルヴィアちゃんと出会って、エッダちゃんと出会って。
それからは、ずっと二人と一緒だった。
……帰らなくちゃ……。
「……【レーダー】」
まずは、このダンジョンを把握しないと。
私は真っ先にレーダーの魔法を使った。
————!
何かいるッ!
私は後ろに強力な生物の反応を感じ、鎧を装着しながら飛び退き、後ろを勢いよく振り向いた!
「あ、起きたんですね、きゅうけいさん」
「……え?」
暗くて、よく見えない。
「【ライト】」
向こうの人が、魔法を使った。
瞬間、私は本当の意味で、全てを思い出した。
「ぐっすりお休みしていたので、なかなか起こすに起こせなくて。でもついてこられてよかったです」
覚えているだろうか。
その名は、ルフィナ。
私の目の前にいたのは、あの瞬間に一番遠かったのに、とんでもない反射神経で私の身体に飛んできて抱きついた人。
竜族の村の冒険者ギルドの受付さんだった。
「う……」
「う?」
「ううぅ〜っ、ルフィナさぁ〜〜〜んっ……!」
「へ? あ、あらら……?」
私はこみ上げてくるものが我慢できず、ルフィナさんに抱きつきながら泣き出してしまった。
全く我慢できなかった。
ああ、でも……一人じゃない。
私はまた、こんな敵の罠に思いっきりみっともなくひっかかっても、それでも一人じゃないんだ……!
涙をルフィナさんの服に吸わせて、頭を優しく撫でられながらも、弱気だった心に一気に闘志の炎が、パオラさんのフェニックスの炎ぐらい天高く立ち上る。
脱出、しなくちゃ……! 泣いている場合じゃない!
私はきゅうけいさん。レベル九京のベルフェゴール。
必ずみんなを、助けに行く……!






