別視点:シルヴィア
書いてたら楽しくて長くなってしまいました!
あたし、シルヴィア・ドラゴネッティは、産まれながらにして古竜という地上最強の種族だ。
古竜一族を始め、竜族は皆、ここ竜族の村で集まって、普段は魔力を使わない人間形態の竜人として暮らしている。
お父様は、一族の長で、皆から慕われていて、あたしの憧れ。
お母様は、一族でも屈指の美人で、大人って感じで、あたしの憧れ。
お姉様は、お父様以上の力を持った一族最強の戦士で、やっぱりあたしの憧れ。
竜は全て、人間達との友好関係……不可侵条約を結んだ。
かつてはドラゴンスレイヤーとして竜を滅ぼしていた人間も、度重なる争いと疲弊、そして言葉を交わして、今の関係になった。
今は、いわば戦士の登竜門。レベルが2000の古竜の代表一名をその人間用の試練の頂点にして、ファイヤードラゴンや、ブラックドラゴンの数名と腕試しをして、勝てたらドラゴンスレイヤーの称号持ちとなるという、平和的な関係だ。
人間にあまり知られていない前代の勇者は、それはもう鬼神のように強かったらしい。剣を持ち、魔法を使い、ついにレベル2000の古竜を倒し、当時レベル3000だった若きお父様を倒した。
文句なしの、エンシェント・ドラゴンスレイヤーとして、大手を振るって私たちの村で人気者になったのが、その勇者なる人物だ。
ところが、ここで事態が大きく急変する。
勇者が、魔王の討伐を掲げたのだ。どうしてそんなことをするようになったのかは分からないけれど、何か運命論的なことを言い出したらしい。
勇者は、騙し討ち同然でレヴィアタンを仕留めることに成功する。大罪の大悪魔は、一度滅ぼされるとしばらくは復活しない。今も、まだいないはずだ。
そして勇者は、サタンに手を出した。
レヴィアタンは、レベル9500。サタンは、8500ぐらいだったらしい。らしいというのは、報告に戻ってきた勇者パーティの一人が言ったからだ。
結論から言うと、勇者はサタンに負けた。サタンの方が弱いから楽勝という認識だったんだろうけど、逆にレヴィアタンが上手くいきすぎた、が正しかったらしい。
それからというもの、お父様は魔族を非常に警戒するようになった。真剣にその能力に危機感を示し、一族の仲間を鍛え上げることにした。
それと同時に、不用意にサタンの領地に入っていくことを禁じた。
そんな厳しくなったお父様の、被害者の一人があたしだ。
「ねーっ! もう一人で人間の街に行ってもいいでしょ!?」
「ダメだ、まだレベルが足りない。大罪とまで行かなくとも、まだお前ではグレーターデーモンがやっと倒せる程度。どこにデーモンロードがいるかわからん」
「お父様は過保護すぎよ!」
あたしは、それはもう大事に育てられた。そりゃあもう、お母様からはお人形さんのように可愛がられ、お父様とお姉様からは、絶対誰にも負けないようにギッチギチに鍛え上げられた。
古竜なんだから、そんなに弱いわけないでしょ!? いくらなんでも、こんなの自由がなさすぎだよ!?
結局その日もあたしの願いは聞き入れられなかったけど、お父様に粘りに粘って……ついに条件を取り付けた。
「そうだな、お前ももう随分頑張った。……では、レベルが4000になったら、出てもいいというのはどうかな」
「レベル4000……言ったね! もう取り消せないから!」
「なれたら、もう大罪以外の大抵のものに負けることはないだろう。儂も安心してお前を送り出せる」
その約束通り、あたしは必死に頑張った。お父様の攻撃を受けても倒れなくなったし、お姉様のスピードになんとか食らいついていった。お父様もお姉様も、サタンと戦えることを想定していて、本当に強い。
その分、戦えば戦うほど、吸収できる力も大きい。
あたしは、そしてその日がやってきた。
「3999から……4000! なったよ、お父様! これでもう文句ないよね!」
「まさかこんな短期間でやってしまうとはな……」
「や・く・そ・く!」
「ううむ……」
渋るお父様に、お姉様が助け船を出してくれた。
「父上、シルヴィアを大切に思うのは私も同じだが、私とて外に出られない間はあまりにも窮屈な扱いに辟易としていたものだ。人間の街を経験するなら早い方がいいし、あまり押し込めてしまうと……この竜族の村を嫌いになりかねないぞ」
「ぐっ、そう……か。……そう、そうだな。ああ、お前の言う通りだ。儂が出した条件を、儂が反故にするわけにはいかないからな」
「だ、そうだ。……よかったなーシルヴィア! これでお外で遊べるぞっ! 人間の街はなー、すっごい綺麗なんだから!」
お姉様は、普段はキリッとしているけど、戦い以外でのあたしとの会話では、とっても気さくな姉貴って感じになる。
みんなの姉貴は、街で遊ぶにも、喧嘩の仲裁をするにも、みんなのいい姉貴って感じで慕われている。
あたしはそんなお姉様の側面も、もちろん大好き。
「うん、ありがとうお姉様! じゃあ、たくさんお外で楽しんでくる!」
そしてあたしは、翌日元気よく、竜の姿で空を飛んで、近くの人間の街に行くことにした。
「ついてこないでよね!」
一応釘を刺しておいた。お父様は、本気でついてくる気でいたのか、しゅんとしていた。……もーっ、デリカシーないんだから!
人間の街は、あっちに行ってもこっちに行っても綺麗で、見ているだけでわくわくした。いろんな山を越え、いろんな人に出会った。それでも強そうな冒険者もあたしのレベルと種族を見ると、みんな恐れおののいていた。ふふん、古竜様は最強なのよ!
魔物はあまりに弱すぎて、レベルは全く上がらなかった。やっぱりお父様が過保護すぎなんじゃないの?
今日は山を越え、海を抜け、海岸から更に山脈をいくつか越えると、大きな山林の先に平地が広がり、湖が広がり、さらにその先に……
(……わあ! あれがルマーニャの街……!)
眼前で、夕日に照らされる人間の街。地図もばっちり、近くの街は全部覚えていた。
人間の街の建造物は、竜族の村の建造物よりとにかく細かくて、色とりどりで綺麗で、なんといっても大きかった。
その街は勇者伝説や鍛冶屋伝説、魔術師伝説から竜にまつわる伝説など、特にいろんな人がいるということで有名だった。
(ルマーニャに来たぞおおおおっ!)
『グガアアアアアァァァァァ!』
私はそこで、力いっぱい人間達に来訪を知らせるように気持ち良く叫んだ。さて、ここからゆっくり人間形態で行こうかな……
……って、え?
目の前の斜面から、魔族らしきものが現れた。
表情は、夕日を背にしてよくわからない。
……魔族。初めての、人類の敵との遭遇。
ふん、あたしはお父様とお姉様に鍛えてもらったのよ、人間を守るためにあたしがやっつけてやるんだから!
と相手の様子を見ていたら……相手が魔法を使った。
「……【レベルリリース】」
魔族と、目が合う。
なんだ、今の魔法。
猛烈に、嫌な予感がする。
「【ステータス】」
================
TAMAE KAGAMI
Belphegor
LV:90Quad
================
———。
な
な、んで?
なんで、こんなところに、七つの大罪の、ベルフェゴールが……。
それに、大罪の大悪魔は、今確認しているのはルシファーとサタンだけ……レヴィアタンはまだ復活していないから、それ以外に大罪の大悪魔は発見されていないはずでは……。
いや、違う。そういうことなんだ。
今、私が、発見してしまった。
お父様が、お姉様が、唯一手を出してはいけないといっていた大罪の大悪魔。どうして、よりにもよって、いきなり最初に出会う魔族がベルフェゴールなの。
レベルも、おかしい。あれは何か……もっと、あたし達の枠組みとは別の世界のものに感じる。あまりに……不気味だ。
大悪魔がここにいるなんて、わかるわけない。
こんなところにいるなんて、報告されてない。
きっと発見したと同時に、皆死んだんだろう。
死んだ?
殺された?
殺される?
あたしが?
……なに現実逃避してるのあたし、それ以外ありえない……。
口を無造作に掴まれた。
開……かない。まるで地面を押して動かそうとするぐらい、全く動く気配がない。なん、て、圧倒的な、力……こんなの、お父様やお姉様でさえ、今程度のレベルで絶対勝てるはずない。二人がかりで行っても、二人同時に一瞬で殺される。
なんとか暴れようとすると、ベルフェゴールは下瞼をぴくりと動かし……腕に力を込めた。
い———たい痛い痛いイタイイタイアアアアアあああアアアァァ!!!
こんな、予備動作のない、適当に折りたたむような動きで……このままいくと、古竜のあたしの竜鱗が、竜牙が、竜骨が……枯れ枝のように潰される……っ!
声が漏れるも、それでさえ相手の機嫌を悪くしているようで、怖くて声を殺す。
瞬間。
ベルフェゴールが、息を吸った。
【私のッ! 休憩のッ!! 邪魔をするなあアアアアアァァァァ———ッ!!!】
———圧倒的な、本物の、レベル差を計ることすら馬鹿らしい絶対強者の威圧。声自体が魔法攻撃そのもの。山に溢れているマナが全部消し飛ぶような異常なまでの魔力の奔流。
あたしはその声を浴びて……もう古竜の姿を維持できる魔力が全部吹き飛ばされてしまった。
言葉を頭の中で反芻する。
あたしは、怠惰の怠惰中の、邪魔をした。
大悪魔の存在を、無意識に否定したのだ。
もう、おしまいだ……。
「こ、ころさ、れる……ひっく、えぐっ…………ふ……ふえぇぇ〜〜ん! やだよぉ、死にたくっ、ない、よぉ……!」
もう何年泣いてなかっただろう。そう思うぐらい、大泣きした。痛くて、怖くて、悲しくて。あたしの頭を握っている大悪魔の手の感触に、もう、あたしは、おわる……おわりなんだと、今までの思い出が死を前にして頭に溢れてくる。
最強の種族の誇りとか、敵対している存在だとか、人間の街の心配だとか。
そんなもの、恐怖の前には何も意味をなさなかった。
やっぱり、あたしは子供だった。
ぱぱ、まま、おねえちゃん、わがままばかりでごめんなさい。
ごめんなさい……。
もう、何もかもが終わる……そう思っていたら、後はもう握りつぶすだけと思っていた大悪魔の、手が離れる。
「ねえ」
「ひぅっ! 休憩中の邪魔をして申し訳ありませんでした! 償えることなら全て行う所存ですから、ですから命だけは……!」
あの手が離れた。
頭がパニックになるも、惨めでも必死に命乞いをする。
あたしが慌てていると……困ったような顔したベルフェゴールが、何故か目線を低く、しゃがみこんであたしを見上げていた。
まるで、お母様があたしをあやすときのような……大人の女性が、子供に気を遣って話をする時の格好だ。
「……え?」
「えっと、償えることなら償ってくれるのね?」
「っ! はい! も、もちろんです」
「よし。じゃあ償ってくれるのなら許すよ」
ゆ、許す!? 許すと言った!
あたしは……まさか、殺されない……?
視界に色が戻り、考える余裕が戻ってきた。
「ついてきて。……逃げないでよね」
「に、逃げません! あ、あの、あたしのこと、本当に殺さないのですか?」
「最初からそのつもりはないよ。基本的に人間の味方だし……あなたが人間を無差別に殺すような性格なら、討伐するかもしれないけど、そんなふうには見えないからね」
へ?
あれ? 『基本的に人間の味方』?
だって、あれっ? 魔族で、あれ?
大罪……あれ……?
……あれ……?
ちょっと冷静になる。というか、急に水を掛けられたように頭が醒めていく。
そういえば、ベルフェゴールの怠惰って、何をすることなんだろう。
サタンの怒り任せに勇者を殺すとか、そういうのはわかるわよ。
ルシファーが傲慢のままに人間を陵辱し、ベルゼブブが欲望のままに人間を喰らい、レヴィアタンは嫉妬で自分以外を擂り潰す。
じゃあ……怠けている魔族って、その……具体的に、どんな感じで人間に悪いことをするんだろう。
あたしはそこまで考えてようやく、肝心なことに気付いた。
(ベルフェゴール本人がどんな性格なのか、そもそも誰も会ったことがないんじゃ、何の先入観も意味ないのでは?)
もう一度、思い出す。
『人間の味方だし』
しかも……
『あなたが人間を無差別に殺すような性格なら、討伐するかもしれない』
いやいやいや!
逆!
おかしいわよ!
あたしが、人間に、手を出すことを想定して人間の味方を……って……あれ?
もしかして……ベルフェゴール、そもそもそんなことさえ知らない?
あたしは、その後の会話のままに自分のステータスを見せる。
「シルヴィア・ドラゴネッティ、でいいのかな」
「は、はいっ!」
「シルヴィアちゃん、と呼んでもいい?」
「ご……ご自由に呼んでいただければと……!」
し、シルヴィアちゃん!?
あたしの思っていた大罪の大悪魔と違いすぎる!
「オッケー、ありがとね。私の名前は見たと思うけどタマエ・カガミだよ」
———え?
……名前? え?
「えっと、ベルフェゴールではないのですか?」
「ああーそういう認識ね。種族はベルフェゴールだけど、名前は球恵なの。シルヴィアちゃん、エンシェントドラゴンさんなんて言われても嫌でしょ」
「は、はい……」
そりゃ、確かに……お父様やお母様から、シルヴィアじゃなくて古竜なんて呼び名で呼ばれ続けていたら、確実に見捨てられたと思うし泣く。
しかし……そうか、ベルフェゴールって名前じゃなくて種族名なんだ、もしかしてサタンやレヴィアタンも……?
「それでは、ファミリーネームから、カガミ様と呼ばせていただきます!」
「もっと砕けていいよ」
「そそそんな畏れ多い……!」
やっぱり気さくすぎる……! でも、さっきのあの恐ろしいレベルの両手潰しをした魔族と同一人物と思うと……無理! 無理だから!
それでも危険がないと分かると、どうしても気になったこと……レベルの話を聞かなくちゃいけないと思った。
「あれはね、レベル五桁以上から先の表示だよ」
そこからの話は、もう目眩がするようだった……。
あたし、レベルが500ぐらいの頃に、お父様に襲いかかったことがある。その頃はもちろん絶対に勝てない圧倒的な差だと思ったけど……それでも、あそこまでの不気味なほどの断崖絶壁感はなかった。
第一……五桁以上から先って言い方……どう考えても五桁の言い方じゃない。90Quadが、9万だとは思えない。90万かどうかも怪しい。だけど、確実に一番上は、9だ。90万か、900万か……。
……いやいや、LV9000000ってそりゃないでしょ……あたし、本当にどうかしてる。どうかしてるけど……。
「【ハイドレベル:9999】。……これで、大幅に下げてるの」
間違いなく、本当にどうかしてるのは……あたしたちにとっての終着点みたいなレベルを「手加減しやすい超低レベル」と疑いなく言った目の前の存在だ。
あたしは、目の前で起こっているものを見て、ようやく現状が分かった。
怠惰のベルフェゴールお気に入りの、怠惰グッズの高級そうな新品同然のロッキングチェア。足下ポッキリ。周りには砕けたでかい土や石。
……よく怒り任せにぶっ殺されなかったよね、あたし!?
顔面真っ青にしながら、当然、代わりのものを探してくると提案。というか……もしもここに住んでいるのが人間だったら、あたしかなりサイテーだ……あんな塊が頭に落ちてきたら、人間が生きているはずがない。人間との軋轢が起こり、そうなると当然お父様たちや村のみんなにも迷惑がかかる。
下に住んでたのが落盤程度じゃ無傷で、しかも心の広いベルフェゴールのカガミ様でよかったと心から思う。
それに、ちょっと考えると……相手が誰であろうと住居が洞窟だろうと、家壊しちゃ普通に弁償沙汰だよあたしのバカ……。
しかし本当に、こんなに冷静に話せているなんて、不思議すぎて……。
「なんだかカガミ様は、ベルフェゴール……大罪としてはあまりにも異例すぎるぐらい、その……魔族らしくないというか」
「魔族らしくない?」
「ひっ、ごめんなさい!」
「いやいや全く怒ってないし、むしろその詳細に興味あるよ」
魔族のことも話したけど、カガミ様はやっぱり、魔族というものそのものを知らなかった。多分この魔族、ずっと一人だったんだ。
……だけど、ベルフェゴールだ。それは事実。
「でも、他の大罪がLV9000ぐらいと聞いていることから考えると、その……ベルフェゴールのカガミ様は、その方達より強い、のですよね」
「多分、一番強いと思う」
即答した。あのサタンより強いって、即答した。
大言壮語じゃない、まるでドラゴンが「ワイバーンよりは強いけどそれが何か?」と言うような感覚で、疑いなく即答した。
そして、この明らかに他の魔族の全てと違う存在は、竜族と人間の関係も知らなかった。当然正直に、竜はみんな人間の味方で、魔族の敵と答えた。竜が魔族に殺されていることも言った。
すると、どうだろう。
「私はシルヴィアちゃんが人間の味方でいる限り、私もシルヴィアちゃんの味方でいるから安心していいよ」
……! こ、この魔族は……カガミ様は、竜と魔族の二択で、迷いなく竜側について魔族を倒すと言っている……!
しかも、サタンより強いと即答してしまう、あたしが出会った中で間違いなく世界最強の味方だ。こんなに頼もしい存在はいない。
ひょっとしたら、すごい大当たりの出会いしちゃったのでは……。
そこから、なんとハイポーションをくれて、そのお金で椅子を買ってきてほしいと言ってきた。……いやいや、壊したのあたしなのに、弁償用の費用とか立て替えてくれるの!?
もうその時点で驚いていたのに、なんだか食材も買ってきてほしいと言われて……その次の会話もぶっとんでいた。
「そうだよ。私が料理の練習頑張ってるから」
……今日何回驚けばいいんだろ。あたしの顎、外れないかな。
魔族が料理をするという時点で意味不明なのに、まさか、まさか堕落の象徴であるベルフェゴールが、調理能力の向上の努力。な、なんの冗談なんですか。
実はマモンで、貪欲と勤勉を間違えてたりしませんか。
そんな感じで、頑張り過ぎだと突っ込むと。
「し、シルヴィアちゃんはいい子だねぇ〜っ!」
な、なんだかとっても気に入られてしまいましたあ!?
「そうだよ、働き過ぎなの。もっと休むべきなんだよ!」
「た、確かに(怠惰の大罪なんだから)もっと休むべきだと思いますね!」
じゃあなんで働いてるの。
というツッコミも考えていたけど……次のセリフの疑問点が大きすぎて、再びあたしの頭の中はふっとんだ。
「きゅうけいさん的にもそう思うよ!」
……?
知らない人の名前が出てきた。きゅうけいさん。いや、きゅうけいって、名前のこと?
と思って聞いてみると。なんと本当に名前のことだった。
「……実はね、ベルフェゴールになったのはつい最近でね」
そこからの話は……本当にあたしが聞いちゃっていいのかってぐらい、とんでもなく重要な情報だった。
七つの大罪というものは、産まれながらにして大罪の大悪魔なのだと思っていた。どうやら、違う存在が後から大罪になっているらしい。
しかし……それにしても……この人……!
きゅうけいさん! 一人でいる前はきゅうけいさんって呼ばれていたの……!
「っ、ご、ごめんなさい、すみません、あ、あまりにも面白くて……!」
お、おかしすぎる! まさか、そんなゆるい理由で大悪魔にさせられちゃって、大悪魔本人が自分がベルフェゴールであることに困っているなんて……!
ああ、なんだか緊張してたことさえ遠い昔に思えてきた。神様、カガミ様のような平和主義者をベルフェゴールにしてくれて感謝しかないです。
「ふふっ! きゅうけいさん……ありがとうございます!」
あたしも、きゅうけいさんって呼ぶ権利をもらえた! 最強の大悪魔をほとんどそれいじられ役でしょって名前で呼んじゃってる。しかも呼ばれてる本人めっちゃ嬉しそう。
見た目こわいのに、あたしより背が高いのに、見れば見るほど年下の可愛い人みたいに見えてくるから不思議。
「私としても、シルヴィアちゃんにここまで距離を詰めてもらえると嬉しいよ! 買い物も任せてしまって大丈夫って安心できるね」
そして……そんな穏やかな人が、あたしにあそこまでブチギレたロッキングチェア……重要任務すぎる……。ヘマしたら本気で、山ぐらい八つ当たりで消し飛ぶんじゃないかとさえ思う。
すっかり暗くなったので、今日はきゅうけいさんのところで寝ることになった。
「一緒に寝ていい?」
嬉しいけど恥ずかしい!
のでベッドを並べてもらった。
「お隣で寝ましょ?」
「はいっ。おやすみなさい、きゅうけいさん」
睡眠の挨拶が休憩ってどうなんだろうと思ったけど、あだ名がきゅうけいさんなんだから仕方ない。気付いてないけど、きゅうけいさんさあ、「きゅうけいさん」と呼ぶ度に口角上がってるよ。すっごく可愛いんだけど。
あたしは久々の、部屋に二人で寝る暖かさを感じながら、眠りについた。
-
次の朝。魔力も回復したところで、早速ルマーニャの街に行って目的を果たしてこよう。
「ロッキングチェアの壊れたもの、参考に持っていってもいいですか?」
「うん、役立てて。新しいのほしいし、良さそうなのあったら複数買ってもいいし、直せそうなら直してもらってもいいよ」
「わかりました」
さて、最重要任務だ。これからこの街の平和のために、あたしはロッキングチェアを何としてでも手に入れる。
門番に竜の力を見せ、買い物だと友好的に街に入れてもらう。この辺りは、どの街も共通項目だから大丈夫。
さて……まずは、預かりもののハイポーションだ。恐らく話の流れからクリエイトで作ったものっぽいのよね。
あたしはギルドに入ると、ランクが低いけどジョブ種族の関係で扱いのいい冒険者カードを提示して、ハイポーションを出した。
「古竜シルヴィア様、ですね、当ギルドへお越し戴きありがとうございます。今日は何のご用で……ハイポーション、ですか?」
「ええ、いただきものなのです。ちょっと買う必要のあるものがあって、これを換金してほしいの。街の皆のために役立ててほしいと思って、ここに持ってきました」
「まあ……ありがとうございます! 是非とも役立たせていただきます! 少々お待ち下さいね、大変失礼ですが鑑定を……」
「もちろん、してくれていいわ」
あたしはそこで待って、軽く魔法を使っている姿を見る。……なんだか受付の女性、固まっているぞ。
「……あ、あの、シルヴィア様……?」
「ん? 何か、問題あるんですか?」
「いえ。このポーションをあなたに渡した方は」
「都合につき言えないです。……個人の話を聞くのは、ギルドのルール違反のはずですよね?」
「は、はい! もちろんです、申し訳ございません! ……そ、それでですね、こちらのハイポーションなのですが……」
受付の人が言いにくそうに、口に手を当てて顔を近づける。……なん、だ?
「……ハイポーションの瓶に入ってるだけで……その、エクスポーションなんですよ、これ全部」
———は?
いや、そう言われると、思い当たる。そりゃなんといっても、あのきゅうけいさんの意味不明なレベルの魔力で作ったポーションなんだ。
ブレの誤差で、桁が変わってもおかしくない。それにしてもエクスポーションはやりすぎだと思うけど。
「いただきものの詳細は聞きませんが、本当だとするととんでもないプレゼントですね……。査定額ですが……あの、まとめてだと需要があるかわからず、小金貨で三十四枚ほどになるのですが、その……」
「……すみません」
「そう、ですか……」
「多少安くともいいので、二つを銀貨にしていただけると」
「———っ! はい、もちろんです! 多少高くして銀貨にいたします!」
そんなわけで……予想外に軍資金が増えた。懐暖かい。小金貨数十枚って、ちょっとぽぽんと入ってていい量じゃないよね。
あたしは、機嫌の良さそうな受付さんに、続けて最も重要な話を聞いた。
「そうだ、受付さん」
「はい!」
「この辺りで、椅子を売っている場所はないかしら?」
「それでしたら———」
あたしはそこから、椅子のお店に行こうと思ったのだけど……
「ワイバーンが出たぞ!」
「……えっ? どこから!?」
なんだか東の空から小さい点がいる。
いやいや、今この街襲うの? 冒険者の警備隊も、街の兵士もいるだろうけれど、それでも空の敵は厄介だ。
っていうか。
「あ、あ、あいつら、まさか椅子の店を壊したりしないでしょうね……!」
今、その椅子の店を壊されると、マジでヤバイ!
ほんと! マジで! ヤバイ!
あたしは空に跳び上がり、そして頭で念じた。
「(【ドラゴンフォーム】……!)」
そしてその姿を竜に変えると、ワイバーンの前に出た。
ワイバーンはあわてて引き返そうとしたけど……このタイミングでやってきてくれちゃって、許すわけないでしょう!
『グアアァァァ!』
ドラゴンブレスをお見舞いし、やってきた連中を討伐する。
(ロッキングチェアの無事のために、念には念を入れて倒す!)
今この大陸の運命は、ロッキングチェアにかかっているの!
降り立つと、人がみんなこちらを見ている。口々に、お礼を言っている。お礼を言っているけど……どこか、やはり畏怖している感じだ。
以前は心地よかったけど……きゅうけいさんと一緒に寝て、家族と一緒に居た頃の仲の良さ、お姉さん目線で会話されるあの暖かさを思い出してしまった。
古竜への称賛の声、尊敬の声は。
誇らしくて、嬉しくて。
そして……どこまでも他人で、少し寂しかった。
さて……ここからが本番。椅子の店へ無事に到着した。
そして、破損したロッキングチェアを取り出して店の人に見せた。
「こ、これは……ほら、印があるでしょう。隣の街で作られ、先日納品されるはずだったのに、山賊に遭ってなくなっていたものですよ!」
「……えっ、そうなんですか!? あの、えっと、山にうち捨てられてあって」
「そうですか……。そういえばその山賊も、最近捕まったんですけどね。全員片腕が折れていて、うわごとのように『悪魔に襲われた、生きているだけで奇跡だ、もう真面目に働かせてくれ』って言ってるんですよー。これは悪事に対して、悪魔の呪いがかかりましたね」
ううん、それは呪いというより悪魔に襲われたんで合ってると思う。
……そして、きゅうけいさん。本当に、相手がならず者だろうと……人間を殺してないんですね、あなたという方は……。
「それで、代用品はあるんですか? ないと困ります」
「全く同じものじゃなければ、ロッキングチェアは三種類ほど今あります」
「ほ、ほんとですかっ! 見せて下さい!」
セーフ! おじさま、あなたこの国の救世主よ!
「こちらになります」
そこには、木を組み合わせた、近いデザインのものと……珍しいオリエンタルラタンタイプという——トウと小さく書いてある——ものと……まるでソファを組み合わせたような、大きくゆったりしたものがあった。
「小金貨をいくらか持っています。これは、いくらぐらいになりますか?」
「おお、小金貨ですか。こちらはオーソドックスな流通タイプで小金貨だと2枚、あちらのオリエンタルラタンタイプは遠い国のものの輸入品で9枚、向こう側のソファは素材が大変いいので8枚です」
ロッキングチェア、かなりいいお値段だった。きゅうけいさん、ハイポーションのままだと複数買いとか出来なかったよ。でも、今の軍資金なら……
「三種類下さい」
あたしは、迷いなく19枚の小金貨を出した。
「はい、確かに! ありがとうございます!」
「それじゃ、アイテムボックスに入れますね。……あなた、今回は本当にいい仕事をしたわ!」
あたしは、褒められて笑顔を向けつつも、事情をわかってないであろうその顔を見て、足取り軽やかに店を出た。
「そうだ、食材食材……」
そのままの足で食材を買った。軍資金が本当に潤沢だったので、よさそうなもの手当たり次第買ってみちゃった。
なんだかこういうのも懐かしい。
……以前はおつかいに行って、ただいまって言って、おかえりって言われて。お母さんに食材を渡して、お姉ちゃんに褒められて、家族みんなで食卓を囲んで。
人間の街の料理は、竜族の料理よりも圧倒的にレベルが高くて、あたしは最近ずっと人間の街で食べ続けていて。
でも当然、人間の街に来てからは、誰かと食べるなんてこと一度もなかったし、それをわざわざ望もうなんて一度も思わなくて。
長い間……帰って、ないなあ……。
昔を思い出しながら、きゅうけいさんのもとに帰ってきて、あたしはなんというか……やられた。
「おかえり! ちょうどできあがっているところだよ!」
ベルフェゴール、エプロン姿でニッコニコで銅鍋持ってた。
それが、あまりにミスマッチで。
それが、あまりに普通に馴染んでて。
……あまりに、懐かしくて……。
だから、あたしは。
少し、鼻の奥がツーンとして。
でも、何事もなかったかのように。
満面の笑顔で言った。
「ただいま!」