きゅうけいさんは圧倒する
サタン。
それはDLC追加ボス第一弾にして、高難易度アクションRPGのラスボスを倒したテクニック持ちの『物足りなさ』のために出されたようなボス。
道中のシャドウエイプに始まり、中盤ボスのエンシェントドラゴン、直前ボスのユニコーンも含めて、とにかく滅茶苦茶強いし、やりづらい。
遊び尽くした人を、更に長期に渡って遊ばせるためのボス。その開発者の手心が加わってないボスの第一号が、サタンだ。
「おうおう、今度のは随分と威勢がいいじゃねえか。殺し大好きそうなツラだ、先代よりも好戦的だとおもしれえなあ?」
洞窟の広く明るい空間の、小高い舞台の上に立ったサタンは、首を上げて露骨に私を見下しながらニヤニヤと喋る。
カンに障る喋りはゲームの中の通り。
「……別に私は、殺しが好きなわけじゃない」
「はーっ、サムいねえ、魔族に生まれたのなら強者として振る舞うのは当然、魔王に生まれたのなら世の全て、自身以外の全ては『便利な道具』と『邪魔な糞虫』の二つでしかない。普通そうだよな?」
「……ベルゼブブも?」
「いや当然だろ、あっちだって俺のことそう思ってる。お前だって後ろの弱そうな道具は便利だから連れてきたんだろ? 使い終わったら俺にくれよ、股裂いた後は猿の餌にでもすっから」
……おち、つけ。落ち着け。こいつはこういうヤツだ、分かっていただろ。
「断る。私は人間と共存するために生まれた二代目ベルフェゴール、私はお前と、あとベルゼブブは殺すつもり。それ以外は誰彼殺す気はない」
後の魔族は、どんなかんじかまだ分からない。
「……ふうん、なーんかおもしろくねーなあ……」
サタンはぼそりと独り言を呟くと、手元の剣でマイケル君の紐を切った。
「……え?」
「とりあえずガキ、お前は邪魔だ」
マイケル君が、戸惑いながらも歩いてくる。……全身が切り傷だらけだ。殴られた痕もかなりある。服が血で赤くなっている。怒りで我を忘れそうだ。
痛々しい姿のマイケル君が来るのを見ていると……シルヴィアちゃんが私の前に出てくる。そしてこちらを見て私の耳に口を寄せ、小さく囁いた。
「きゅうけいさん、動かないでくださいね」
「……え?」
シルヴィアちゃんが剣呑な顔つきのまま、マイケル君が来るのを待つ。……自分が、受け止めたいんだろう。私では冷静に対処できないと思ったから。
マイケル君が、一歩、一歩……シルヴィアちゃんに近づいていく。そして、あと三歩もあれば抱き留められる、というところまでやってきた。
シルヴィアちゃんは……腰を低くして武威を放つ。
は? 威圧? 殺気?
え……なん、で———
———と、私があまりの事態の飲み込めなさに戸惑っていると、マイケル君とシルヴィアちゃんが同時に動いた。
シルヴィアちゃんが気合一発、なんとマイケル君の両腕を手刀で折った!?
「フッ! ……ごめんなさい」
「———あああアアアアア!」
マイケル君が、激痛に悲鳴を上げる。そんな、シルヴィアちゃん、どうして……!?
私が身を乗り出した瞬間。
何もかもが分かった。
マイケル君が、ナイフを持っていた。
逆手に。
———ッ! サタン! あいつ……!
「アアアアアオノレオノレオノレ!」
「きゅうけいさん! 薬を!」
「わかった!」
私は薬の在庫を取り出すと、シルヴィアちゃんに渡す。
シルヴィアちゃんはマイケル君の持つナイフを手から引きはがして、まずクリアエリクサーを飲ませた。気を失ったところを揺り動かして起こし、次にエリクサーを飲ませた。
足下に、マイケル君の持っていたナイフがはっきり見えた。
ウミヘビ柄のナイフの柄。これは、見たことある。
ゲーム内での呼び名は『劇毒の短剣』。
最初のシャドウエイプが使った武器。サタンの眷属の武器であるそれは、当然サタンの所有物である。そこそこ高いレベルでなければ、この武器による致命ダメージでHPが残らない。
致命。文字通り、命を奪う攻撃だ。
レベルが高くて即死。マイケル君が自分の胸にこれを突き立てて、生きていられる確率なんて万に一つもない。
「……ッチ、やりそこなったか」
サタンは忌々しげに呟いた。
私やシルヴィアちゃんに対してナイフを向けたのではなく、自分に突き立てる形でナイフを持たせた。その理由は一つ、私達を怒らせるためだけに、マイケル君の命を消費アイテムのように使ったのだ。
サタンにとって、確かに他者は『便利な道具』でしかなかった。
……こいつは。こいつだけはもう許さない。
殺さなければ、どこまでもこちらを弄ばれる。
私が冷静さを失いかけていたとき、前方から声が聞こえてきた。
「自信満々で立てた作戦が潰れた気分はどうかしら」
シルヴィアちゃん……!
「所詮あなたにとって他者は道具でしかない。だけどあたしは、ベルフェゴールの友人。指示されなくても、自分で考えてベルフェゴールの役に立つために動くことが出来る」
「……何が言いたい」
「サタンは結局のところ、雑に慕われているだけで誰にも信頼されていない魔王。本当の賢人である二代目ベルフェゴールの世界には永遠にたどり着けない、無能な魔王でしかないって意味よ」
「……言ったな、無駄に年を重ねただけの蜥蜴ごときが」
シルヴィアちゃんが、マイケル君の肩を抱いて私に振り向く。
……マイケル君。守ると約束したのに、私は不自然に解放されたマイケル君に憤怒の呪いが使われていることに気づけなかった。ごめんね。
そして、シルヴィアちゃん。本当に……本当にあなたは、最高の友達。私たちの、完璧なリーダーだよ。感謝してもし足りない。
だから、後は。
「きゅうけいさん」
「うん」
「あなたを、友達として、そしてパーティのリーダーとして信頼してお願いします。……あたしの代わりに、あのムカつくクソ野郎をぶっ飛ばして!」
「まーかせて!」
私は、シルヴィアちゃんと入れ違いに前に出て、小さなドーム並に広い空間の、少し小高い舞台の上に立った。
こいつは、最早私の中の境界線を何度も何度も踏み越えてきた。
マトモに本気で倒すだけもできるけど、とてもではないけど今までやられた分の仕返しとしては足りない。納得いくものではない。
だから、私はこいつに憤怒をお返しすることにした
「もう、ただ倒すだけだと面白くないんだよなー」
「……なんだと?」
「どうしよっかなー。それじゃー【ハイドレベル:4251】」
半分プラスいち。
ショートソードで、ダメージがギリギリ入るかな? ぐらいのレベル。
「何のつもりだ」
「いやー、サタンってぶっちゃけ七つの大罪中で一番弱いじゃん? おねーさん的には君みたいなザコ、からかいながら完封してなんぼなわけよ。その際に激おこまっかっかになって最後に絶望してくれたら最高かなって。ああ元々顔真っ赤だったねーあはははは」
けらけら笑いながらおちょくる。
サタンは……ようやくやる気になったようだ。
「……は……ははは……」
「あははははー」
「ハハハハハハハハハハハハ!」
「わーっはっはっは。いえーい」
サタンが剣を構え、その体から魔力が放出して洞窟を震度3ぐらいの地震と錯覚するほどの揺れが襲う。
「———ブッ殺してやるぞベルフェゴールゥゥゥ!!!」
「廃人走者ナメんなよ」
サタンが、襲いかかってきた。
ヤツが剣を振りかぶる。私から見て左上に振り上げられた剣が、踏み込みながら右下に袈裟斬りされる。それを一歩下がって避けると、剣を少し引き上げ右側で水平にした剣を、こちらへ一歩踏み出しながら左へ横凪ぎに振ってくる。これも一歩下がると、相手は剣をそのままの勢いで腰に引いて、更にこちらへ飛び込むように大きく踏み込んで真っ直ぐの突きを放つ。それをサイドステップで軽く避ける。
大剣持ちとは思えない、大変素早いコンビネーション。コンマ8秒ぐらい。私は突きを回避したすれ違いざまに、ショートソードで斬る。
「っグゥ!」
サタンはバックステップ一歩で5メートルぐらい一瞬で離れると、剣を真上に上げて赤黒いオーラを纏う。その攻撃が振り下ろされると、地形に影響の出ない魔力で出来た黒い衝撃波が飛んでくる……も、私はもう相手が振り下ろす瞬間には横に避けている。通り過ぎる高威力の攻撃を尻目に、首を回してサタンをつまらない目で一瞥する。
「……ッ! 貴様ァ!」
サタンは次に遠くから4メートルほどの高さでこちらに向かって飛び上がりながら、上段に構えた剣を振り下ろすジャンプ攻撃を繰り出す。私はその攻撃を、サタンの足の下をくぐる形で前転ローリングをして躱しながら、振り向きざまに背中を一撃、バックステップで離れる。
「ツッ、おのれちょこまかとォ!」
サタンは再び私に向かって袈裟斬りを放つ。そして二撃目、相手が剣を右上に振り上げたのを見て、よそ見をしながらバックステップをタイミングよく四回、そして最後にサイドステップをすると私の横をサタンが突きをした姿で通り過ぎるので、背中に剣を振り下ろす。
フリーの左手で、笑顔でシルヴィアちゃん達に手を振る。マイケル君の声が聞こえてくる。
「すげえ……すげえよきゅうけいさん! マジかよチョーつええ!」
さっきまで拷問を受けて憔悴しきっていたマイケル君が笑顔で興奮していて、私も嬉しくなる。もっとほめて!
「予想していなかったわけじゃないけど、あのサタンの目にも留まらぬ連続攻撃を、まさか見てすらいないで、しかも低いレベルで完封するなんて……」
「きゅうけいさん、かっこいいです! やっぱりきゅうけいさんは、私達の救世主、最高のヒーローですぅ!」
そうでしょーっ! ありがとーっ! エッダちゃんもっとほめていいよーっ!
こんな攻撃と回避のやり取りを数度繰り返した。何度もパターンを変えて行ってくるも、私には一回も当たらない。剣で受けることすらしていないし、時々もう相手の背中がガラ空きでも真面目に斬ったりもしていない。
んー、それでも結構斬ったなー。
「……ぐ……おのれ……!」
サタンは剣を左手で持つと、右手を上に挙げて掌から赤黒い球体を出す。
私はそれを見て、剣を地面に刺して両手の平をフリーにする。
「【サタン・ジェノサイド・サテ———】」
「———【ロックスピア】!」
私は、サタンが攻撃用の『ジェノサイド・サテライト』という虐殺ビット二つを左右に展開……すると同時というか、する前から構えていた両手の向きそのままに、二本の岩の槍を放つ。サタンのビットはその通りの場所にやってきて、私の魔法と交通事故を起こす形で破壊された。
ここまでやれば分かるだろう。
要するに、私は『全部覚えている』のだ。
これは、サタンの姿がゲーム中のものと全く同じだったから、もしかしたら行動パターンも全く同じなんじゃないかと予想したのだ。その予想は見事に当たった。
低レベルクリアや追加ステージのRTAなど様々なパターンを遊んでいた私は、サタンに対しては攻撃を受けないことを前提とした完封プレイをしていた。
だからタイミングはよく分かっている。目隠しして太鼓を叩くゲームをやるぐらい、行動パターンを記憶しているのだ。練習に攻撃しないまま延々耐久レースをしたことだってある。
じゃあ、予想通りじゃなかったら?
こっそりレベルリリースする予定でした!
てへっ。
渾身の攻撃衛星が破壊されたことで、さすがにサタンも驚く。
「なッ……!」
「ほらほら、まだあるでしょ? もっと来ていいよー」
サタンは段々、いい感じに怒りと焦りが混ざった顔になってきた。私に向かって突きの構えをして、踏み込んで来る直前に……足場を払って砂を散らしてきた。目くらまし攻撃だ。
「っ、卑怯な……!」
シルヴィアちゃんの焦った声が聞こえてくるけれど、私には関係ないのだ。三秒半きっちり待って、横に跳んだら私のいた場所をサタンが突きを放った姿のまま通り抜ける。なので無防備な背中に再び剣で一撃。結構背中からブシュブシュ血が出てるね、なんだか思ったより早い? これゲーム中だったら確実に新記録じゃないかな?
反則とはカンニング的な反則改造行為みたいなものとはいうけど、本来の意味なら、もしもレベルが高くなかろうがまさに今の私が正しくチート主人公だ。
正しくチートってなんじゃそりゃって話ですね、はい。
「もうちょっと苦労するかなとー思ってたんだけど、いやーめっちゃ弱いね君、おねーさんびっくりだよ」
「……なぜだ……なぜだァ!」
「君が弱いだけちゃうの? 私ほんとにレベル下げてるんだけど、半分じゃハンデにならなかったかな? 【ハイドレベル:3000】」
「アアアオノレオノレェェェ!」
いい感じにサタンっぽい叫びをしてくれたね。その感情、お前が周りのやつに遊び感覚でなすりつけていた感情だよ。
嫌な感情でしょ。因果応報、存分にその感情で染まっていってね。
「———おのれェェェ! 【シン・マジック】!!」
「【クリエイト:クリアエリクサー】」
私は終盤だなと思って、手元にクリアエリクサーを出してのんびり飲み出す。
「【ラース・カース】!」
サタンの叫びを聞きながら、ごくごくクリアエリクサー嚥下中。あっ、さわやか清涼飲料水のおあじ。前こんなだったかな?
エリクサーめっちゃおいしいっすね。良薬口に苦しとかなかった、今度飲み物ほしいときこれ作ろう。一本が月給みたいなジュースを無駄に飲み干しながらのロッキングチェアでの休憩時間とか、贅沢でいいねー。
「ハハハ! お前はこれで———」
「これで、何かなー?」
私がにっこり笑っているので、さすがのサタンも呆然としている。
「……な……ぜ……」
「呪い攻撃って、クリアエリクサーで解除できるんだよね。あ、フェンヴェーナのレポゼータ族ことウサミミ獣人のみなさん、みーんなもう憤怒の呪いとかなくなっちゃってるからね」
「…………」
さすがに最後の、七罪の魔王にだけ許されたシン・マジックが完封されたのはショックだったんだろうね。
そして君の行動パターンも終わりだ。
「【レベルリリース】」
「……な……」
「飽きた。私が今からお前を殺す理由は、「弱すぎてつまんないから」と、「面白くない試合で友達を待たせるのも申し訳ないから」だ。もう全部見たからね、さよなら」
私は返事を聞く前に、サタンの首を全力で斬った。一撃で切れた頭部と体は、そのまま風圧で壁に叩きつけられると、その姿は黒ずんで消滅した。魔王だけ消滅なんだね。
私はそのまま私服に着替えると、周りの蛍光魔石をばきばきと壁から外していった。
「……何やってるんですか? きゅうけいさん」
「これ、村を拡張するための資金源になるかなーって。持って帰ろうよ」
「いやいや! 魔王を倒したんですよ!? もっと喜びましょうよ!?」
「斬った感触ぶっちゃけコボルドと全く同じだったし、もうあんなザコのこと忘れちゃったよ。そんなどうでもいいことより、畑や栽培ハウスを広げて新しいお野菜作って、おいしい料理のメニュー増やす方が大切! でしょ?」
私がそう言うと、ぽかーんとした三人がお互いの顔を見て、やがて笑い出した。
「その通りですね! 私も魔石を採取するの手伝います!」
「はいっ、みんなでやればきっと早いですぅ!」
「僕も手伝うよ!」
こちらからお願いするでもなく、みんな手伝いに来てくれた。うんうん、やっぱり友達って、こうでなくちゃね。
四人で採った魔石は大量で、この分ならかなりいい金額になるんじゃないでしょーか!
そして大きな魔石を嬉しそうに抱えるマイケル君を見て、私はようやくこの戦いが終わったのだと実感できたのだった。
さあ、私たちの村へ、帰ろう。






