きゅうけいさんはとうとう核心に触れる
ボビーさんが家に戻った。ペトラさんは、まだ寝ているっぽいかな。……黙っておいてあげるから、本当に無茶しないでね、ボビーさん。
そして私が一仕事終えた気分で村長宅に戻ろうとすると……村の門の近くには、なんとシルヴィアちゃんがいた。
「えっ、シルヴィアちゃんも来てたんだ」
「きゅうけいさんが反応するタイミングで出てきました。あたしにとってネックだったのは、レーダーの範囲が狭いことでしたからね。ボビーさんが夜に動くかどうかは不確定でしたし。……ところで」
シルヴィアちゃんが、私の後ろのほうを見る。
「何が出ましたか?」
「黒い猿。魔物表示のやつだったよ」
話しながら、私は回収していた魔物の死骸をシルヴィアちゃんとの間に出す。
「なるほど。ということは、以前きゅうけいさんが言っていた、ダークエルフの集落を襲ったものと同じ、シャドウ系の魔物ということですか」
「それで間違いないよ」
この猿……明らかにこの辺りの魔物ではない。いかにも人をおちょくりそうな、狡い感じの魔物だ。煽られた相手が怒るやつ。
だって私は、煽られたことがあるのだ。
どこでって? そんなの決まっている。
「……DLC第一弾……」
「きゅうけいさん?」
「ううん、なんでもないよ。シャドウエイプは、憤怒の大罪の持つ魔物の一つだったなって思い出しただけ」
私があっさり魔物の名前を答えたことで、シルヴィアちゃんは驚いたようだった。
「この魔物は、きゅうけいさんの知っている魔物なんですか」
「そうだよ。それも……かなり強いやつだからね」
だってゲームクリア後からの、とんでも難易度を遊び尽くした人のための追加要素の敵なのだ。本来倒さなくてもいい敵。
「……レベルは?」
「数百あったんじゃないかな」
「———はあっ!?」
あまりにも想定より大きい数字が出てきて、さすがのシルヴィアちゃんも飛び上がる。
「いやいや、さすがに有り得ないでしょう!? そんなに強いんですか、こいつは!」
「そうだよ……というか、レベル以上に戦い方がいやらしい。こちらを馬鹿にするように、攻撃を避けるんだ。あと石とか投げてきて、当たったら露骨に嗤うね」
「……。……ああ、それで……」
「そう。憤怒の大罪の眷属。相手が怒りに染まるのを見て楽しむ、嫌なヤツの眷属だよ。助けを請う人のふりをして、後ろから殴ってきて嗤ったりね」
殴ったら敵対するNPCの扱いは初プレイでは慎重になる。それだけに、DLC第一弾最序盤の洗礼で、助けると返事をした直後に即死武器で背面襲撃してくるこいつは、憤怒の大罪というDLCを象徴するような敵だった。
私は魔物の死体を仕舞う。
「……これは、この村では出せませんね」
「そうだね」
「なにはともあれ……きゅうけいさん、お疲れ様でした。願いを聞いていただいてあたしも心残りがなくなります」
「こちらこそだよー、私ぜんぜん気付かなかったもん。ボビーさんまでいなくなったらペトラさん本気で寝込んじゃう。村が無くなった責務の上にプライベートでもそんな不幸があったら今度こそ危なかったと思うから」
それは、昼間に見たペトラさんの様子からもありありと想像ができることだった。ペトラさんにとって、ボビーさんは既に支えになっている。
そのボビーさんが立て続けにいなくなったら、ペトラさんは……。
「ほらほら、考えすぎない。きゅうけいさんのおかげで防げたんですから」
「えへへ、そうだね。それじゃあ……寝ますか!」
私は、ボビーさんは守れたことへの安堵を胸に……そしてマイケル君を守れなかったことへの責任感も胸に抱いて、眠りに落ちた。
-
その対決の瞬間は、間もなく、だろう。
「大群が、来ている……ですか?」
シルヴィアちゃんが言った言葉に、頷く。
私は事前に、今日もレーダーの魔法を使っていた。すると……あまりにも多くの魔物の反応があったのだ。
「そう。それこそ……例のルマーニャで起こった魔物の異常暴走を思い出すようなやつだね」
「……意図的、ですね」
そう、意図的だ。
相手側が仕掛けてきていると、はっきり分かった。
「きゅうけいさん、あたしも出る必要あるでしょうか」
「うん、私も大群用の魔法とか使えるわけじゃないから、シルヴィアちゃんに向かってほしい。それにシルヴィアちゃんが向かってくれないと、まずいことになるかもしれない」
「……どういうことですか?」
今回のスタンピード、よくよく考えればそうなんだけど、本来ならば私やシルヴィアちゃんがいなかった場合は現地の獣人で対処しなければならない。そして当然のことながら、こういうことが今まで全くなかったって程でもないだろう。
つまり何が起こるかというと……獣人たちが力を合わせて対策をするのだ。獣人の村や街同士は交易があるし、敵対しているわけではない。
「……もしかして、ユルトの街は」
シルヴィアちゃんも、思い当たったようだ。
「そうだよ。獣人が既に魔物に対抗するために大勢出てきている。でも相手の方が多い、このままぶつかったら多分負ける」
「わかりました。イデアさんとミミちゃんは待機、こんな時こそパオラさんには側にいてもらいましょう」
サタンがクリアエリクサーのことを知らない可能性が高い以上、イデアさんとミミちゃんは今ユルトの街の人たちと会わせるわけにはいかない。
でも私が離れなければならない以上、それこそサタンに対抗できるほどの強い人が残ってもらう。パオラさんは適任だ。
途中から話を聞いていたエッダちゃんも、私と一緒に行くことを希望した。
「エッダちゃん」
「きゅうけいさん、私も連れていってください」
「……でも……」
「わ、私は……私ははっきり言って、まだまだきゅうけいさんやシルヴィアさんに比べたらてんで弱い、です……。だけど……だけどっ! こんな時に、私一人だけ何も出来ないままなんて、いられないんです……!」
……エッダちゃん……。
そう、だよね。こんな大切な局面で自分だけ放置されるなんて……私だって、きっと耐えられない。
でも心配なのも本当だ。
「分かった。絶対に私が守るからね」
「……っ、あ、ありがとうございます……!」
エッダちゃんのハグが入って、開幕私にやる気バフが入ります。キリッ。でも冗談抜きで、こんな可愛い天使が隣にいるなら、失敗なんてするわけにはいかないって気になるよ。気合十分だ。
シルヴィアちゃんが話をつけたのか、パオラさんと一緒に出てきた。
「パオラさん、よろしくお願いします!」
「任せて。あなたの心配なんて無用ってぐらい、私は強いからね。元筆頭眷属として……いえ、友達として、あなたの役に立って見せるわ」
パオラさんから、かっこいい大人のウィンクが飛んでくる。ドキッと心臓が跳ね上がる。
パオラさんは今『友達として』と言ってくれた。私が一番望んでいた関係……私が一番望んでいたタイミングで、役に立ってくれる。
ありがとう、パオラさん。
「それじゃ、行こう!」
「はい、あたしの背中に乗ってください」
シルヴィアちゃんは久々に古竜の姿になると、私とエッダちゃんを乗せて飛び立った。
森の上側から見渡すと、西側の森を抜けた場所に、異様な量の敵が肉眼で確認できる。まだユルトの街の人たちは仕掛けていない。今のうちに、シルヴィアちゃんが倒してくれたら、被害がないはず。
シルヴィアちゃんが、一旦私達を下ろして人型の姿に戻る。
「きゅうけいさん」
「どうしたの?」
「……何が、と言われるとうまく答えられませんが、ここで敵が仕掛けてくる可能性があります。注意してください」
シルヴィアちゃんがそれだけ言うと、再び古竜の姿になって西に飛び立っていった。
「あれが出たなら、大丈夫だね。【レーダー】……エッダちゃん、注意しながら行こう」
「……わかりました」
私はエッダちゃんに目配せすると、ユルトの街の人たちに見つからないぐらいの距離を保って、周りにちらほらいる地元の魔物相手にも警戒しながら移動を開始した。
しかし……仕掛けてくるって、何を仕掛けてくるんだろう。
「きゅうけいさん、一体何があるかわかりますか?」
「全く。ちらほら魔物がいるってぐらいだね。ノース・ジャーニーの方にも向かっているけど……まあこの様子なら大丈夫かな?」
「そうですかぁ……何に注意すればいいんでしょうねぇ」
エッダちゃんと一緒に首をかしげながら、遠目にシルヴィアちゃんの様子を観察する。
シルヴィアちゃんの……古竜の雰囲気が変わる。脚を固定して、胸を張るように。あれは……来る!
『————ガアアアアァァァァァァ!』
シルヴィアちゃんの、ドラゴンブレス!
普段の大天使キラキラ金髪清楚美少女からは想像も付かない、広範囲高威力、破壊の限りを尽くした攻撃……!
「はわ、はわはわ……」
っと、エッダちゃんはそういえばドラゴンブレスは初めてだったっけ。
「あれが、シルヴィアさん、なんですね……」
「そうだよ。我らがリーダーの、本来の戦う姿。……あれを見るとね、あんなに凄くて、そして素敵な子が、私達のリーダーだってことの幸運を心から感じるんだよね」
「そうですね……シルヴィアさん、本当に何もかもが完璧で素敵です」
そう、シルヴィアちゃんは本当に、完璧という一言で済ませるのは失礼だけれど、そう思ってしまうほどに完璧な子だ。
欠点らしい欠点のない子。ちょっとお姉さんにセクシーレベルが負けてるかな? とか言ったらぽかぽか可愛く殴られそうだけど。そんなかわいらしさも、もちろんポイントにさえなるほどの可愛さだ。
「周囲の魔物も震えているね。あ、村の方に行ってた魔物は討伐されずに戻ってきたみたい」
「そうですかぁ。んー、パオラさんも動くわけにいかないでしょうし、ちょっと私、軽く巡回してきますね」
エッダちゃんは、村の方に行った魔物を仕留めにいくらしい。この付近の魔物なら恐らく大丈夫だろうと思う。
森での戦い方は、ダークエルフに一日の長がある。順調に敵の位置を見つけ出し、エッダちゃんが接近した。
あれ? エッダちゃんは、なかなか討伐しない。見つけられなかったのかな?
……エッダちゃん、なんとそのまま戻って来ちゃった。
「エッダちゃん、どったの?」
「どったのって、何がですか?」
「いやいや! 村の付近に魔物がいたよね!?」
「へ? いなかったですよぉ?」
そんな、はずは、ない。
なんでだ……?
「そういえば、ユルトの街の獣人の方がいらっしゃいましたね」
「ユルトの街の、獣人?」
「はい、多分その方が倒したのでしょう。全身ローブを被っているんですけど、トラの耳が出ていましたね。顔は暗くてよく見えなかったんです」
獣人……? あそこに、獣人がいた? そんなはずはない。ミアキスベータでもレポゼータでもない種族の、村人じゃない獣人の反応なんてなかったはずだ。
「そういえば———」
———真っ赤な林檎を、食べていましたねぇ。
……エッダちゃんの放った言葉に、全身へ鳥肌が立つ感覚に襲われた。
林檎は、もう無い筈なのだ。だって……だって林檎は、私が収穫したから。マイケル君が採らなかった分の責任感を誤魔化すように、私があの赤い実を全部収穫したのだ。
だから赤い林檎を持っている可能性があるのは、現在四人。アイテムボックス内に保管している私、昨日林檎の入った籠を持ち帰ったペトラさん、そして……
「……誘拐されたマイケル君か、その場にいた魔物!」
「えっ!?」
エッダちゃんが、たまたま気になって巡回した。
それが、全く不透明だった相手を暴き出した。
今のは針穴に糸を通すような一手だった!
「やっぱりエッダちゃんは最高だよ! 行こう!」
私は、レーダーに映ったそいつを注視して追いかけた。全身ローブの後ろ姿が見える。途端……レーダーの反応がだんだん薄くなっていった。シャドウ系の魔物……ダークエルフの集落の出来事を思い出す。
それに、私は、あのローブ姿を覚えている。
あいつは……あのローブの色と背丈は、後ろから刺すNPCだ!
討伐……しようと思ったけど、あいつの行き先が気になる。間違いなく今回の核心に繋がっているはずだ……追跡しよう。
ローブ姿のレーダーに薄く映っているそいつは、森の端から獣人達とは全く見つからないルートで、ユルトの街の横を抜けていった。
途中でシルヴィアちゃんが空から私を見つけて降り立った。
「何をしてるんですか?」
「黒幕への尾行だよ」
「……あたしもついて行きます」
シルヴィアちゃんの言葉に頷くと、三人互いにアイコンタクトをして、一言も発しないまま尾行を再開した。
……薄暗い森の中、盛り上がった土の下側に、草を垂らした簾をくぐるような形で洞穴に入ることができた。空からは全く見えない場所だ。
「こんな場所があったなんて……」
何度か巡回していたシルヴィアちゃんも驚いていた。この草の影じゃあ、空から見つけることはできなかっただろう。
洞窟を進んで行くと……蛍光魔石で道が照らされていた。段々と道が広くなり、光も多くなり、地下洞窟とは思えないほどの明るい大広間。
その奥には……レーダーの先には……。
「報告します。望遠レンズで見た限り、やはりイデアはノース・ジャーニーに、アスモデウスは子供のようです。襲いかかったところで障害とはならないでしょう」
「ほお。ご苦労。ところでお前」
「はっ」
「死ね」
目の前のローブの背中から、幅広い大剣が生える。後ろからエッダちゃんの息を呑む音が聞こえる。
「え……?」
「尾けられている。お前は失敗作だな」
「……あ……」
背中から生えた剣が抜かれると、一瞬でローブの首から上が消し飛び、壁に潰れた猿の頭部が叩きつけられる。
首を失ったローブの倒れた体の先には……見たことのある姿。
そして……横にいるのは、明らかに拷問を受けたであろうマイケル君。その姿を見て、私の意識はすぐにプレイヤーへと切り替わった。
———全身鎧、装備。
———ショートソード、装備。
「報告には聞いていたが、マジでベルフェゴールかよ」
「会えて嬉しいよ、これでようやくブッ殺せる」
DLC第一弾最終ボス。
ゲームで見た姿そのままの、サタンがいた。






