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きゅうけいさんはこの村の一番を知る

 今日も今日とて、ロッキングチェア。すっかりゆらゆらが気に入ってしまった。


「日本にいるときにも買っとけばよかったなー」


 ゆらゆらり。そしてゆらゆらしてるとやってくる気配に、足をにょいーっと伸ばす。すると椅子が前の方に倒れていく。

 次に来るのは、ふとももの辺りへの気持ちいい衝撃。かと思ったら、体にぴったりくっつく体の感触と、若さとともにどこか甘ったるさも感じる天然の芳香フェロモン


「今日もゆらゆらきゅうけいさんだねー」


 すっかり慣れた様子でミミちゃんが乗ってきて、私にハグをする。この気持ちよさがね、抱き心地の良さがね……幸せ一杯なんですよ、ええ……。


「ゆらゆらだよー」

「わあっ……あはは」


 足を動かして、前後に揺らす。ゆらゆらゆらゆらー。ミミちゃんも積極的に体重を傾けて、私と一緒にゆらゆらしている。

 昨日のシルヴィアちゃんとエッダちゃんの様子を思い出す。……うへへ……私が一番の親友……えへへ……しあわせしあわせ……。


「ゆらゆらきゅうけいさんが、ゆるゆるきゅうけいさんになってる」

「うへへ〜……」

「わあ、だめなやつだこれ〜」


 ミミちゃんが私のほっぺを楽しそうにつっつく。その感触すら気持ちよくて「えへ」と声が出てきちゃう。

 つん、えへ。つん、えへ。つんつん、えへへ〜。


 ……ふと、視界にもう一人の影が映った。


「マイケル君だ」

「まいける君だ!」


 私とミミちゃんの声が重なり、くいっと椅子がミミちゃんによって前方に倒され、そのまま飛び降りたミミちゃんはマイケル君に両腕をばっとあげたポーズで静止する。


「……」

「……」


 ああ、あれはもう「わくわく!」って感じのミミちゃんスマイルだ。しかしマイケル君相手なら、どうだろう……。


「……ほらよ」

「わっ! きゃはは!」


 はい、ワキに手を入れて持ち上げましたね! ミミちゃんの天真爛漫エンジェルスマイルには勝てないのだ! 実際にはアスモデウススマイルのチャームに勝てないみたいな感じになっちゃってるけど。


「でも、珍しいねこっちに来てるの。最近はボビーさんのところで色々やってたと思うんだけれど」

「そっすね、元々ボビーさんは外で狩ってるとき以外は藁編んでたりするんですけど、自分も器用な方らしくて、レポゼータ族の人用に敷物とか色々作ってました」


 えっ、マジっすかマイケル君。両親がいない中学生ぐらいの子ながら、まさかあの百人分のための物作りしていたなんて。

 きゅうけいさんもやることやってる自負はあるけど、さすがにほとんどロッキングチェアでぐーたらしながらごはん食べてるだけの理想的スローライフ生活していただけに、働き者のマイケル君に対して申し訳なくなってくる。


 ———そうだっ!


「マイケル君っ!」

「え、な、何ですか?」

「クッキー! 食べない!? おいしいよ!」


 私のお仕事! クッキー食べておしゃべりをいたしましょう!


「え、ええっと……」

「昨日はシルヴィアちゃんと食べたけど、今日はエッダちゃんや、イデアさんも呼ぶよ!」


 食らえ! 私のとっておきの、おっきいのを呼びました攻撃ッ! 行きたいよね!? 行きたい! ていうか私が行きたいです!

 いやいや、マイケル君。マイケル君を誘っています真面目に。


「……うう、その……い、行きます……」


 ふはははは勝ったッ!(大人気ない大人の図)


 私はマイケル君のクッキーお喋り権をゲットすると、紅茶を淹れてくれているパトリシアさんに報告に行く。マイケル君の仕事ぶりを話して、そのお礼にしたいと伝えると、もちろんパトリシアさんは、花開くような笑顔で、私が誘ったことを喜んでくれた。

 うーん聖母パトリシアママかわいすぎる。他者の報酬のために喜べる人はいい人。リックさんは本当にいい奧さん持ったね。


 今日はシルヴィアちゃんじゃなくて、パオラさんがキッチンにいた。パオラさんは……なんと、水を入れた鍋を両手で持ち、数秒でお湯が沸かした。

 フェニックスのパオラさん、その触っただけの一動作にも満たない行為で、お水を一瞬で沸騰させられますか……分かってはいたけどはんぱないっすね……。

 そんなわけで、紅茶はどんどん作られた。出涸らしにならないよう、割と大胆に入れ替えてたね。今日はお菓子パーティだ!




 すっかり村長宅の大広間がぱんぱんである……といいながらもちゃんと座れるあたりがすごい。今日人が多いのは、ガイさんボビーさんまでいるためだ。リックさんと並んで迫力ある男戦士! って感じ。


「今日はみんないるかな?」

「いますよぉ!」


 エッダちゃんが、今日は私のお隣です! ぎゅーっとしがみついてくれて、やっぱりエッダちゃんのかわいらしさと柔らかさはいつでも最高。どんな時でも私の頭の中を天国へつれてってくれる。


 まるで対抗するように、ミミちゃんがお隣にいます。こっちもこっちでぎゅーってしがみついてくれて……。


「……むう〜……」


 ……あ、ミミちゃんそっちも対抗してるんだね。この手の時には気休めで『そのうち成長するよ』とか言うのが定番だけどさ。ミミちゃんはスーパーウルトラハイパーアルティメットセクシーグレーターデーモンクイーンになることが確定しているから安心していいよ。

 今の天使度のまま190cmになって同じ事やってくれることを期待しています。……多分そうなると二度とミミちゃんに勝てないですね……とても楽しみですハイ。


 シルヴィアちゃんがまずは声を上げた。


「ところで、皆さんには再び話しておこうと思いますが、救出対象だったサキュバスが無事で、イデアさんとの関係も良好で済みそうなことが分かりました」

「そうなの? 良かったじゃない」


 パオラさんがイデアさんの肩を組む。ちょっと恥ずかしそうにしつつも、イデアさんは嬉しそうだった。


「少し心に余裕が出てきたというところで、せっかくなのでみんなで集まって楽しくお喋りといきましょう!」


 シルヴィアちゃんがぱん、と手を叩いて私の方を見た。


「今日のクッキーは、きゅうけいさんが、絶対余るぐらいの数を作ろうと作り過ぎちゃったものなので、みんなでどんどん消費していきましょう!」

「はい……紹介どおりです」


 机の上にあるのは……なんというか、崩れたピラミッドみたいなものだった。昔将棋の山崩しやったときこんなだった気がする。規模は全然違うけど。

 目の前の山はね、あのね。私の視線近くまであるの。なにこれ。ほんと作り過ぎちゃった……クッキー以外も作ればよかったですね。


「わぁ……! おいしいですぅ!」


 早速食べたのは、今日の切っ掛けとなったエッダちゃん! おいしそうにもしゃもしゃ食べながら……すいっすいっとクッキーに手が伸びて……あれ? 今どういう食べ方しました? なんかお口の中ブラックホールなってません?


「ん〜っ!」


 本当に嬉しそうに、にっこり顔に眉はハの字、たまらないといった顔つき。作って良かったって心から思えるかわいさだ。

 私も手を伸ばそう。まあ昨日食べたのと同じだからね、同じ味がしました。


「へえ……! きゅうけいさん、こんなに菓子作り上手いんですね!」

「いい奧さんになるなあ!」

「おっとガイ、お前自分の妻に負けるような男じゃダメだとか言ってたと思うけどよ、俺が思うにお前じゃ絶対無理だぞ」

「ハハッ、ちげえねえな!」


 男連中、気の良い友人関係って感じで楽しそうだ。

 いやー、いい奧さんですか! いいですねいい奧さん! そう呼ばれるの、もちろん悪い気がしませんとも!

 しかしガイさん、奧さんに負けるようじゃダメときましたか。そりゃもちろん私もシルヴィアちゃんも無理だろうけど、多分エッダちゃんも難しいと思うよ。

 ていうかエッダちゃんが見た目に反して強すぎるのがね。お兄さんも男の娘って感じの美少年なのにエッダちゃんより強いあたりモンティ家ぱない。カルメンさんが更にほんわかロリ巨乳みたいな見た目なのに明らかに娘息子より強そうなのもぱない。

 ……ヴァレリオさん、枯れてないかな……。


「ところで」


 シルヴィアちゃんが声を上げた。視線の先にいたのは、マイケル君。


「マイケル君は、ボビーさんの家でレポゼータ族人たちのためにずっとお仕事を頑張っていたわね。今日一区切りしたと聞いたわ、偉いわね……お疲れ様」


 これは……シルヴィアちゃんの慈愛に満ちたスマイル! 地上に舞い降りた最強竜族の、きらきら美少女モードから繰り出される女神の微笑み……!

 そのシルヴィアちゃんの攻勢に、マイケル君は「あ……はい……」と顔真っ赤で照れている。うんうん、マイケル君は本当に偉いよ。シルヴィアちゃんスマイルを浴びて顔真っ赤になる権利あるよ。


「あの、自分はキャシー姉みたいに弓もまだまだだし、出来ること少ないから……。フェンヴェーナがなくなったって聞いて、昔、両親が死んだって聞いたのもまだ物心付く前で」


 そうか、物心付く前だったんだ。じゃあ、いろいろ分かってない状態だったってことなんだろうな。だからといって、知らなかったワケじゃない。魔族の私を受け入れてくれたこと、それはやっぱり、私の中で大きい部分を占める。


「でも……やっぱり、そういうことあったら、ノース・ジャーニーなくなったら嫌だなとか、ボビーさんがいなくなったら嫌だなとか思うと、他人に思えなくて、じっとしていられなくて。これから寒くなるから、ちょっとでも暖かくなるといいなって」


 ……この、子は。

 マイケル君は、この年齢で、ここまでつらい生い立ちをしていながら、既に無償の愛(アガペー)の領域にいるというのか。

 侮っていた。小さな子だと、ボビーさんに守られるだけのまだまだ発展途上の少年だと、完全にナメくさっていた。


 とんでもない。

 この村で一番高潔なのは、間違いなくマイケル君だ。


 感極まって、フェンヴェーナ村の代表として苦労を重ねてきたペトラさんは泣いていた。


「こんな、子に……こんな可愛らしい子にここまで頑張ってもらえて。ああ、わたくし達、なんと恵まれているのでしょうか……」

「ああ、良い子に育った。両親の……ドナルドとジェニファーの誇り高い血を受け継いでくれたよ。村一番の美男子の血だ、いい男になるぞ」


 ボビーさんもちょっと目が赤い。マイケル君の頭を乱暴にわしわしと撫でていた。マイケル君は、恥ずかしそうに顔を赤くして俯いていたけど、「……おう」と、しっかり返事をした。


「ふふ、わたくしマイケル君みたいな素敵な子の母親になりたいぐらいですわ」


 ペトラさんの提案。それはもちろんいいんだけど、でもマイケル君って両親いない父子家庭で、今はボビーさんが父代わりなので……。


「……あらやだ、わたくしったら」


 ボビーさんのほうをちらっと見たペトラさんが、顔を真っ赤にして頬に手を当てる。でもちらちら上目遣いで……ボビーさんも近い年齢で。

 ウサミミ美女でお嬢様オーラのあるペトラさんと、素朴でたくましいボビーさん。……おや……おやおや……これはこれは……もしかして……。


「……」

「……」


 お互い目が合ったところで「……あー」と声がかかり、二人はびっくりしてそちらの方を向く。向いた先は村長リックさん。


「えっとな、そういうのはウチ以外っつか、その、他の客人のいないところでやってくれねーかな」

「あ、ああ、すみませんリックさん」

「いいってことよ、はは……しかし」


 リックさんが、ペトラさんの方を見る。


「もしもいいのでしたら、お節介ではありますが……ボビーのやつはマイケルの両親の敵を取った後、マイケルを引き取ってここまで育てた男です。マイケルはボビーに影響を受けてここまで育ちました」

「まあ……そうですのね」

「ボビーはマイケルの父親であるドナルドと、二人でジェニファーを争った男なんですが、それでも実の息子のように育てていて……本当に、よくここまで育ててくれたなって、こいつに任せて良かったなって心から村長として……いや、ドナルドの友人として鼻が高いです」


 ……そうか……恋のライバルの相手の息子か……。ジェニファーさんのこと、きっと本気で好きだったんだろう。最初は嫉妬もないわけじゃなかったのかもしれないけど……でもマイケル君には全く歪んだ様子がない。

 ボビーさん、めちゃめちゃ聖人だなあ……。


「……なんか変な雰囲気になっちまいましたね、ほらほら、クッキーが部屋からなくなりませんよ! あと三時間か四時間後には晩飯なんだから、どんどん食べちまいましょう!」


 リックさんが大きな手を叩いて、率先してクッキーの山を崩しにかかる。みんなも再びクッキーに手を伸ばすも、すっかり心温まったという顔で口数も少なくなっていたけど皆満足そうだった。

 ボビーさんとペトラさんは、お互いをちらちら見ていたし、マイケル君もペトラさんの方を何度か見ていた。

 ……ちゃかす気も必要もないぐらい、いい雰囲気だ。


 そうだね、マイケル君も、ボビーさんも、ペトラさんも……みんなサタンによって悲劇に見舞われている。

 だけど……悪いことばかりじゃない。

 三人とも、報われる時期に来ているんだ。


 きっとみんな、今日はそう思っているだろう。

 応援するよ。


 -


 ペトラさんからレポゼータの皆さんとのやり取りも終わり、晴れてペトラさんはボビーさんと同居することになった。

 不幸続きの互いの村の、大変だった三人の生活は、それはもう暖かいものだった。秋も過ぎて少しずつ肌寒さが本格的になってくるも、


 私の取ってきた魔物の毛皮はとても役に立って、それはもう感謝された。感謝されるって、本当に嬉しいよね。

 自分の顔のこと、種族のことを思い出す。この姿で誰かに必要とされるってこと、本当に幸せなことだなあって最近は思うのだ。


 人は一人では生きられない。

 これってね、支えてもらわないと生きていけないって意味でもあるんだけど、誰かを支えないと自分の必要性を認識できないというか、不安になっちゃうというか。

 何だったか忘れたけど、確か必要とされていない人は『あなたは生きていていい』という肯定をもらえて、初めて自己肯定が出来るみたいな話というか。

 必要とされることで、自分で自分を肯定してあげられるというか。

 うーん、上手く表現できないけど、そんなかんじです。

 一人では、生きているって実感がなかなか湧きにくい。


 なんて、理屈っぽく考えちゃったけど。


 私は今、最高に必要とされているし、とってもみんなが必要。

 ノースジャーニーの厳しい寒さの冬の生活は、それまでの人生でもあまりにも暖かくて、本当に本当に、幸せなのだ。


 マイケル君。

 私もちゃんと、君に追いついてみせるからね。


 -


 雪が薄く積もった庭を見ながらロッキングチェアに今日も揺られていると、今日はシルヴィアちゃんが正面にいた。


「やっほー」

「すっかりお気に入りですね」


 そのとおりでっす! ゆらゆらしながら、シルヴィアちゃんが村の様子を一望する。


「随分と長居しちゃいましたね」

「思った以上に長居してるけど、でも幸せだなーって思っちゃうよ」

「ええ。……ずっと考えていましたが、サキュバスの救出の一手は何を考えても怖いですね。すみません」

「ああもう、謝らなくていいよ。元々私のワガママで助けたいと言ってて何も思いついてないんだからさ」


 シルヴィアちゃんは、ずっと考えてくれていた。サキュバスさんのところには、再々私が出向いてクッキーとか仕送りしてた。クッキーお渡ししてすぐに戻ってくるだけだけど、おいしそうに食べてくれて感謝の言葉ももらった。


「必ず、解決していきたいと思うよ」

「そうですね」


 私はシルヴィアちゃんと談笑しながら———急に強烈な違和感に襲われた。


「……あ、れ?」

「どうしました、きゅうけいさん」

「今、一瞬何か……あれ……何か、おかしい……?」


 この違和感の正体は、すぐに分かった。


「おかしい。あれ、レーダーずっと張りっぱなしで、今……魔物は増えてないのに、マイケル君が……」


 そう、マイケル君だ。

 村の外に、魔物がいない範囲で少し木の実を取りに行っていたのに。


「……今、どこにいるの……?」


 見つからなかった。

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