きゅうけいさんはとっても緩む
村に帰ってきたら、まずは……まずは、シルヴィアちゃんに帰ってきたことを言っておこう。シルヴィアちゃんは優雅にコーヒーを作ってらっしゃいました。
「ただいまー」
「……きゅうけいさん、忘れ物ですか?」
「? ううん、喋って帰ってきたよ」
なんでだろう、結構ゆっくり出て行ってから帰ってきたんだけど。
「……もしかして、きゅうけいさん、既にサキュバスの人たちと話を終えましたか?」
「うんうん、ユルトの街に入って三人いらっしゃったのを確認して、そのままぴゅーんと帰ってきたよー」
特に考えることなく正直に話すと、シルヴィアちゃんは「ええ……?」と言いながら手を額に当てて天を仰ぎ見た。
「……どったの?」
「きゅうけいさんが出て行ってから、私が今まで何やってたか知ってますか?」
「いやいや、知るわけないよ。さすがにそこまで過大評価されても困るよ」
「いえ、分かります」
……なんで? どうしてシルヴィアちゃんこんなご機嫌斜めってるというか、参ってるというか、そんな顔なんだろう。
「……ええー? なんだろ……。まあ、コーヒー淹れてたとは思うけど」
「そうです」
「……うん……。……んー……ええー……?」
「じゃあ、きゅうけいさんが出る前に何してましたか?」
「シルヴィアちゃんと喋っていたね」
そこまで言うと、シルヴィアちゃんは足を組んで、半目で私の方を見てきた。
「ほら、わかったじゃないですか」
「…………。…………え……?」
「きゅうけいさんが目の前で煙のように消えて、直後にコーヒーの豆をミルで挽き始めて、全部粉にしたばかりです。きゅうけいさんはその短時間で全部終わらせてきたんですよ」
なんとなく、シルヴィアちゃんが言っていることが分かった。ユルトの街まで出向いて話すんだから、私が長時間のお出かけしてるのかと思いきや、コーヒー豆をショリショリ粉状にしているうちに帰ってきたのだ。
そりゃ呆れるわ。
「あ、あはは……いやあ私すごいなー、自分で自分の能力把握できてないや……」
「ほんと、頼もしい限りですね……」
シルヴィアちゃん、綺麗なケトルにふっと息を一吹きという感じで火を吹く。ケトルの注ぎ口から湯気が出た。
「コーヒー、一緒に飲みましょう?」
それは是非是非。
-
シルヴィアちゃんのアメリカンなドリップコーヒーのご相伴にあずからせていただいていると、お部屋にイデアさんがやってきた。
「イデアさん! ちょうどこちらから向かおうと思っていたところなんだよ!」
「きゅうけいさん? 何かしら」
「こっそりサキュバスさんに会ってきたよ! えっと、イデアさんほどじゃないけど、どーん! って感じの銀髪のお姉様と、赤髪ツインテの小悪魔ちゃんと、金髪の全身ムッチムチのせくしーな三人!」
私が三人のことを解説すると、イデアさんは目を見開いて乗り出してきた。
「ま、間違いないわっ! きゅうけいさんには話したことなかったもの、それだけ容姿が一致するなら、絶対その三人で合ってる……! ああ……ヴァンダ、ダフネ、オレスティッラ……みんな無事、だったんだ……」
おおっ、サキュバス三人の名前はそういう名前なんだ。
「ヴァンダさん、ダフネさん、えっと、えっと……お姉さん?」
「オレスティッラよ。きゅうけいさんが今言った順番通り。オレスティッラもあの抱き心地いい体型そのままなら、やつれているわけじゃなさそうね。……あの、ところで」
イデアさんが不安そうに、私の方を見る。
「三人は……私のこと恨んで……」
「いなかったよ。勝手に出て行ったから見捨てられたって思い込んでた。助けに動きたいってちゃんと伝えたからね」
「よかった……本当によかった……。きゅうけいさん、ありがとう。私は今、あの三人に失望されることが、一番怖かったから……」
その場にぺたんと女の子座りをして安心した様子を見せるイデアさん。
やっぱり、サキュバスといってもこれだけ人格のある人たちなんだ、仲間同士の絆だってあるよね。お互いがお互いのことを気にかけていて、本当に素敵な人たちだ。
「イデアさんの不安も解消できたところで、少しブレイクタイムといたしましょうか」
話を横で聞いていたシルヴィアちゃん、三杯目のコーヒーを淹れていた。
イデアさんは、カップの取っ手を持って穏やかに微笑んだ。
その後コーヒーブレイクに私も作ったクッキーを並べたところミミちゃんがとてとてやってきて、イデアさんのブラックコーヒーに口をつけて、顔のパーツをくちゃっと真ん中に集めたような顔になっちゃって、そんな顔もかわいかった。シルヴィアちゃんもイデアさんもくすくす楽しそうに笑って、ミミちゃんのために砂糖とミルクを追加していた。
イデアさんは、心の重荷を少し軽くしたような、そんな顔をしていたように感じた。思い切って行ってみて、よかったな。
-
「むーっ……」
エッダちゃんが、むすーっとむくれている……ううっ、普段が天使ちゃんなだけに、どうしたらいいか困っちゃう。
「ご、ごめんね」
「いいですよぉー、もうきゅうけいさんにとって、パーティで一番かわいいのはミミちゃんですからねぇー」
うううう〜っ……すねっぷりが……。
何が起こったかというとなんてことはない、沢山作っていたクッキーをミミちゃんが全部一人でばくばく食べてしまったのだ。
まあ、今日作り置きしてたのは私がパトリシアさんに教えてもらいながら共同製作した、結構見た目の良かったクッキーだったからね……。
「……エッダさん、ごめんなさい……」
「え……えっ、あの」
ここでミミちゃんがエッダちゃんの前に来て謝りだして、さすがにエッダちゃんもミミちゃん相手には大人気ない反応だったと意識したのか慌て出す。
「わたし、わがまましちゃった……おいしくて、たくさんたべちゃって、とまらなくて、ごめんなさい」
「あ、あのね、そんなに怒ってないからね」
「……ほんと?」
ちょっと涙目で上目遣いにミミちゃんに見られて、おろおろ困りながらも「ほんとだよぉ」と言いながらなでなで。
すると……ミミちゃんは、追撃に出た!
「え……ふわぁ!?」
なんとミミちゃん……エッダちゃんに乗ったッ!
その太股にまたがり、やや近めの座高で、ミミちゃんの魔王さまだけどピュア幼女なくりんくりんのおめめが、至近距離でエッダちゃんを見つめる。
エッダちゃんも、しどろもどろになりつつも、落とさないように背中に手を回す。安心したのか、そのまま体にもたれかかるミミちゃん。
「エッダさん……やさしいからすき……」
「え……あのぉ……うう……えっと、ありがとねぇ……」
そして目を閉じて……あっ、これ眠っちゃうやつだ! エッダちゃんもそれに気付いたようだけど、困りながらも頭を撫でた。
……ああ……もうほんと尊い……エッダちゃんこの世に舞い降りた聖母すぎる……。
エッダちゃんは寝静まったミミちゃんを見て溜息をつきつつも、自分もソファの背にもたれて休む体勢だ。でも、その前に私ともお話ししてほしい。このまま気まずいまま寝てほしくない。
「あ、あのね、エッダちゃん」
「……あ、きゅうけいさん」
「また作るから。今度はエッダちゃんも食べきれないぐらい、たくさんたくさん、たくさんのたーっくさん、作るからね!」
私は必死に訴えた。ど、どうかな……?
エッダちゃん、目を閉じて溜息をつくと、困ったように言った。
「もういいですよぉ」
「え、それは……もしかして私見限られた? 身投げしなくちゃ……」
「ふぇ!? ま、待ってくださいぃ」
私はエッダちゃんに見限られたら、最早この生の価値はないよ。第二の人生の幕を下ろすよ。
と思っていたところで制止の声がかかる。
「もう……そうじゃなくて、みんなで仲良く食べていたときに、いろんな話が弾んだだろうに、私がその場にいなかったことが悔しいんですよぅ……」
「……あ」
「もう一度同じ会話をやっていただくわけにもいきませんからねぇ。みんなの楽しい時間は、みんなで過ごしたいんです。あのクッキーは、それを想像して楽しみにしていましたから」
……な、なんてこった。あのクッキーに対して、そこまで思っていてくれていたなんて。エッダちゃんの天使パワー、侮っていた。本当にこの子は、私やみんなとの時間を一分一秒でも大切に思ってくれている。
クッキーを、私はただの食べるお菓子だと思っていた。エッダちゃんにとっては、クッキーで繋がる思い出が大切だったんだ。
幸せすぎる。こんなに想ってくれていることが。
もうね、いろいろ緩んじゃう。顔とか顔とか。
でも……だからこそこのままでは追われないッ!
「……やっぱり、今からクッキー作るッ!」
「え、きゅうけいさん?」
「私は……私はエッダちゃんのこと、本当に本当に自分の体の一部ってぐらい大切だからね! 私だってそんなこと言われたら、エッダちゃんとの思い出作りたくてたまらなくなっちゃう!」
私は両腕を上げた! 空中にばっさーっと小麦粉とか水とか砂糖とかもろもろいろんなものが出てくる!
「え、ええっ!?」
「行ってくる!」
生活魔法により飛び散らずまとまった生地は、空中で変形しながら私のイメージ通り綺麗に混ざっていく。そして今度のクッキーはさっき以上に大量だ。
あと、パオラさんとキャシーちゃん、そしてもちろんパトリシアさんやリックさんとも一緒に食べたいのだ。もっと作っても作り足りないぐらい。
みんなで食べるために、そしてみんなでお喋りするためにたくさんつくるぞーっ!
-
キャシーちゃんがおうちに帰ってきた。 私は家の中からでもレーダーで様子を見ていて、周囲に危険な魔物がいないのを確認している。
あと、ミミちゃんとイデアさんのレベルアップのためにキャシーさんも含めてパオラさんが見守ってくれているので安心している。
なんといっても、あのパオラさんだ。直接戦ったのを見たのは二度ほどだけど、とにかくパオラさんは滅茶苦茶強い。シルヴィアちゃんやトゥーリアさんはもちろんのこと、多分ビーチェさんよりも強い。本気で魔王を倒すために強くなっているという印象がある。
もしかして、筆頭眷属であることを意識してる? なーんて、さすがに思い上がりすぎですね。でも本当にパオラさん、こういう時に助かります。あの戦いっぷりを見ているから、シルヴィアちゃんもエッダちゃんも「パオラさんなら」という感じ。
「キャシーさん、ミミちゃん、イデアさん、おかえり〜っ! あとパオラさんお疲れ様、お陰様で安心してキッチンに立てるよ!」
「どうしたしまして。きゅうけいさんの役に立てるのなら何よりだわ、対等な立場なら食べさせてもらうばかりってわけにもいかないものね。ただでさえあなたの筆頭眷属だったんだもの、こんなに連日おいしいもの食べさせてもらってばかりじゃ落ち着かないって」
「ええっ、気にしなくていいのにぃ!」
「そういうんじゃなくってね、たまには何かしてあげているっていう気持ちを持てることも嬉しいものなのよ。ま、私のワガママだと思って」
ううっ、パオラさん本当にめちゃめちゃいい人……。
そんなこと言われたら、私の心の負担完璧になくなっちゃうじゃん……たくさんお任せしたくなっちゃうじゃん……。
……こんな素敵な私のフェニックスさん、好きになるしかないじゃん……。
「えへへ……ありがとね、パオラさん。そう言ってくれると友達になるの諦めなくてよかったって心から思うよ。私、先代のベルフェゴールの分を含めて更に倍ぐらい、パオラさんと仲良くなりたいから」
「もうとっくに数億倍ぐらい仲良くなってるっての」
そんな嬉しいこと少し遠い目をしながら言ってくれて、心がすっかり温かくなる。でもね、もっともっとだよ。パオラさんとはもーっと仲良くなりたい。数億倍なんて足りない、九京倍ぐらい仲良くなりたい。
「それじゃキャシーちゃん、部屋掃除してるパトリシアさんに私が晩ご飯担当すること伝えて」
「はーいおまかせ!」
キャシーちゃんは今日もしっかりがっつりなお肉と控えめな量のお野菜をお持ち帰りして、掃除中の寝室の方に行った。リックさんはずっとペトラさんと話し合いをしてて、そちらが村長の仕事だということはわかるんだけど……なんだかキャシーちゃんがすっかり大黒柱だね……。
今日は久々に、ペトラさんがこちらの食卓にやってきた。リックさんとの話が続いて、もうちょっとお話をしたいからという形になったらしい。
「フェンヴェーナから離れることになったときはどうなることかと思いましたが、本当によくしていただいて嬉しい限りですわ」
「いえ、こちらとしても安定期に入ってくれて嬉しいです。新しい畑の開拓も、以前は作っていなかった野菜も育て始めたとか」
「フェンヴェーナ村跡から無事な畑の野菜を回収できたのは不幸中の幸いでしたわ。こちらになかった野菜を作ることができますから」
「はは、こちらとしても嬉しい限りですよ。なんといっても今は」
リックさんが、食べながらこちらに視線を向ける。
「どんなに珍しい食材があったとしても、新しいレシピを持ってきてくれる客人がいらっしゃいますからね」
あ、私のことですね! どーもどーも! ペトラさんに頭を掻きながら挨拶する。
「今日もきゅうけいさんの料理なのですよね、きゅうけいさんは一体どちらからこのような料理を?」
「東の海の向こうですよ、海の向こうに大陸があって、えっとユルトの街に輸入してるものとかの輸出元だと思うんですけど、そっちの方のルマーニャ……って言ってもわからないですよね」
と困っていたところへ、シルヴィアちゃんが助け船を出す。
「あたし達、竜族の村のある場所と近いです。きゅうけいさん自身の故郷ってわけではないんですけど、きゅうけいさんは料理が驚くほど上手いんです。どうしてこんなに上手いのか、あたしも知らないんですけどね。でも練習してたって言ってたから、最初からこんなに上手かったわけじゃないんですよ」
そういえばシルヴィアちゃんには、まだこっちに来たばかりの頃に、食材の在庫に悩みながら薄いリゾット作っていた頃からの付き合いだった。
確かに最初は外しちゃったけど、何度か作ってると感覚つかめてくるね。本当にもうちょっと料理頑張っておけばよかったと思うと同時に、いろいろ外食したりして世界中の料理を知っていてよかったなーって思う。
……味噌醤油料理しか作れない状態でイタリアの大地に飛んでいってたら、今頃はあの固いチーズの使い方も分からず巨大ハムを毎日ちまちま食べてるだけだったかも……。
ふと、シルヴィアちゃんが珍しく椅子を近づけてないしょばなしするような感じで声をかけてくる。
「ねえ、きゅうけいさん」
「ん、なにかな?」
「あたしの今一番知りたいワガママ。きゅうけいさんはヤマトアイランド出身、ですよね。だからこそ、やっぱりあそこまであたしたちの大陸の料理に詳しいのが不思議で。……そのうち、きゅうけいさんの秘密、全部教えて下さいね。どんな話だったとしても、あたしはきゅうけいさんのこと一番の親友だと思ってますから」
ちょっと恥ずかしそうな顔をして、顔を離した。
待って。
今、『一番の親友』とか言っちゃいました?
……えへ、えへへへへへへ……。
「……もう、顔緩みすぎですよ、今にも溶けそうですね」
「うへへえへへ……」
「ほんとに夏場の氷菓子みたいになってる……」
シルヴィアちゃんの呆れ声にも、でれでれスマイルでしか返せませんとも。
机に顔を乗せて、顔を緩めて、全身脱力。今一番幸せですので。
今日はエッダちゃんから、あそこまで私との時間を大切に思ってくれていることを知った。
そして今、シルヴィアちゃんから一番の親友だと言われた。
んん〜〜〜っ、今日の私、とっても幸せだ。
明日からも、がんばるぞーっ。
何を頑張るって、まあ最近ほぼ食っちゃ寝だけどね!
……でも、イデアさんに三人のサキュバスのことを伝えることができた。
それだけでも、今の時間に後ろめたさというものが薄れてくれたと思う。
ヴァンダさん、ダフネさん、オレスティッラさん。
三人とも、本当に素敵な魅力溢れる人だった。
そして改めて、イデアさんが素敵な人であったこと、イデアさんのことを三人がちゃんと大切に思っていること、しっかり分かった。
必ず、また四人で……ううん、違うね。
ミミちゃんを併せて、五人で。
みんな揃って、ビーチェさんやマモンさんの待つ竜族の村へ帰ろう。






