きゅうけいさんは魔族を知る
「あ……ああ…………そんな、まさか……こんな街の近くの、山奥で……怠惰の大罪が怠惰中だったなんて……!」
「こ、ころさ、れる……ひっく、えぐっ…………ふ……ふえぇぇ〜〜ん!」
「やだよぉ、死にたくっ、ない、よぉ……!」
……。
なんか、目の前で起こった出来事が衝撃的すぎて今まで考えていたことがふっとんだ。
えーっと、黄色い竜が金髪美少女になった。私より少し小さくて、白くて清楚なワンピース姿。胸はややふっくら、キリッとしたおめめ……は、堤防決壊状態。
いやいやいや……こんな設定ゲームになかったし、こんな非の打ち所がない金髪美少女がボスなら倒そうとか思わない。
そして私は、現状を把握する。
(青肌黒白目の魔族が、金髪美少女にアイアンクローかまして号泣させている)
……あ、あかん。絵的にあまりにまずい。完全に私、悪役。まあ大悪魔だけど悪役になりたい訳じゃないっていうか嫌だ。
どちらかというと、ミーナちゃんみたいな女の子から感謝される、ほのぼのゆるふわほんわか魔族になりたい。これはどう考えても、真逆。
冷静になってきた。ていうか、大声で叫んで、かなりストレスも眠気も吹っ飛んだ。……ど、どうする、どうする!?
私はとりあえず……ゆっくり、手を離した。
「……あ……あわ……」
どうどう、私は無害。マイネームイズ無害さん。そしてまたの名をきゅうけいさん。いかにも無害そうな名前でしょ。
「———ねえ」
「ひぅっ! 休憩中の邪魔をして申し訳ありませんでした! 償えることなら全て行う所存ですから、ですから命だけは……!」
「いや、殺さないから」
「あ、あわ、あわわわ……」
だめだ、かなりテンパってる。うーん……どうしよう。こういう時って、ヘタに何も要求しないと却って怖いものって聞くよね。
小さい子だから……じゃあ、しゃがんで目線を変えよう。
「……え?」
「えっと、償えることなら償ってくれるのね?」
「っ! はい! も、もちろんです」
「よし。じゃあ償ってくれるのなら許すよ」
当然、ここまで怒った原因のところまで連れて行こう。……怒りが収まったとはいえ、あのロッキングチェアの破損っぷりを思い出すと暗い気持ちになる。
「ついてきて。……逃げないでよね」
「に、逃げません! あ、あの、あたしのこと、本当に殺さないのですか?」
「最初からそのつもりはないよ。基本的に人間の味方だし……あなたが人間を無差別に殺すような性格なら、討伐するかもしれないけど、そんなふうには見えないからね」
古竜ちゃんが、ぽかんという顔をした。ミーナちゃんぶりだね、その表情。
「ところで……」
「ひうっ!」
「名前とか、聞いても大丈夫? ステータス見せてくれると嬉しいな」
「はっ、はいっ、その程度でよろしければ!」
なんだか最初に脅しすぎたせいで、ガチビビリしちゃってる。な、なんとか距離を縮めないとなあ……。
と思いつつ、私は古竜ちゃんのステータスを見た。
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SILVIA DRAGONETTI
Ancient Dragon
LV:4000
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は!? つっよ!? 私が極端に強いだけで、この子自体とんでもなく強い。ゲームの中の古竜より強い。少なくとも……この辺に出没したらいけないタイプのボスでしょ。
えーっと、そうじゃなくて、まずは名前。
「シルヴィア・ドラゴネッティ、でいいのかな」
「は、はいっ!」
「シルヴィアちゃん、と呼んでもいい?」
「ご……ご自由に呼んでいただければと……!」
「オッケー、ありがとね。私の名前は見たと思うけど球恵・火神だよ」
シルヴィアちゃんは、驚いた顔をした。……何か変なこと、言った?
「えっと、ベルフェゴールではないのですか?」
「ああーそういう認識ね。種族はベルフェゴールだけど、名前は球恵なの。シルヴィアちゃん、エンシェントドラゴンさんなんて言われても嫌でしょ」
「は、はい……」
「だから、名前で呼んでくれると嬉しいかな。ベルフェゴールって言われると……私個人のことを呼んでないみたいで」
「えと、わかりました! それでは、ファミリーネームから、カガミ様と呼ばせていただきます!」
「もっと砕けていいよ」
「そそそんな畏れ多い……!」
完全に怖がられちゃってるなこれ……怖い上司さんみたいな感じで見られてるんだろうか私……。うーん、まあ、名前で呼んでもらえてるし、いっか。
「それじゃ、住居に行こう」
「はっ、はいっ!」
「そんなに緊張しなくてももう怒ってないし、もっと静かでも大丈夫だよ」
「えと、はい、ありがとうございます」
距離も……まあ、多少縮まったかな?
今度はシルヴィアちゃんから声をかけてくれた。
「ところで……質問いいでしょうか」
「うん、どうぞどうぞ!」
「あの、ありがとうございます。その……先ほどの、レベルは、一体どういう表示だったのでしょうか……」
……ああ、90Quadのことね。
正直に話しても……いや、そのまま正直には話さない方がいいだろう。とりあえず圧倒的な力を見せつけたということに関連して、話せればいいかな。
「あれはね、レベル五桁以上から先の表示だよ」
「ご、五桁以上ですか!?」
「そう。とりあえずは、シルヴィアちゃんより強いとだけ理解してもらえればいいかな。でも人間に対して殺生は今のところやってないよ。手加減してるから」
五桁っていうか十七桁だけど。
「……あっ、そうだ思い出した、下げないとね」
私は、威圧をするためにレベルを戻していたことに気付いた。
「【ハイドレベル:9999】。……これで、大幅に下げてるの。元のレベルだと、不都合が多くて困るんだよね、ショートソードを振るっただけで、腕の風圧でコボルドが吹き飛んでいったりして」
「……そ、そんな……大幅に下げて、一万だなんて……」
……さすがに驚かせすぎたかもしれないけど、まあ、嘘じゃないし、強いということだけ分かってもらえればいいかな?
私の戦闘力は53万どころか9京です。だけどもちろん全力で人間の相手をすることはありませんからご心配なく……。
あ、これじゃ完全に悪役だ。
「これが、私の不機嫌の原因なんだよね」
「ああ……あたしが上に乗って」
「そう。岩が落ちてきて、壊れてしまったの」
目の前には、見ているだけで悲しくなる半日しか使ってないロッキングチェア。その足は、単純に補強した程度で直る気がしない。
「確かに、これは……武器用の【リペア】でも、対象外で直せそうにないですね……」
さすがにすぐに直せるとは思わなかったけど、やっぱり無理みたいだ。
「このロッキングチェアで眠りかけていたら、急にシルヴィアちゃんがやってきて……というのが、一連の流れだよ」
「それは……怒りますね、当然です。あたしだって眠りかけているところを起こされたら怒ります。……申し訳ありませんでした。なんとかして……代用できそうなものを探して参ります」
「ほんと?」
「もちろんです。逃げたりいたしません。……それに」
シルヴィアちゃんが、私の方を見る。
「なんだかカガミ様は、ベルフェゴール……大罪としてはあまりにも異例すぎるぐらい、その……魔族らしくないというか」
「魔族らしくない?」
「ひっ、ごめんなさい!」
「いやいや全く怒ってないし、むしろその詳細に興味あるよ」
魔族らしくない。それはつまり、共通認識としての『魔族らしさ』というものがあるということだ。
「魔族らしい魔族って、どんな感じ?」
「そう……ですね。まずやはり、人間を下位の種族と見ていて、命や物など何かにつけて奪う対象として見ています。単純に強いですし、ましてや……」
私の、姿や角を見る。
「……大罪の大悪魔ともなれば……普段は自分の陣地でじっとしていますが、神を信仰する人間自体を敵と断じているので、滅ぼすことも厭わないのではないでしょうか」
……ま、まじすか。他の大罪、とっても大悪魔って感じだった。
おんなじ見た目の友達とか増えないかなって思ってたけど、中身も含めて私みたいなタイプとか見つからないかな?
「でも、他の大罪がLV9000ぐらいと聞いていることから考えると、その……ベルフェゴールのカガミ様は、その方達より強い、のですよね」
「多分、一番強いと思う」
多分というか絶対強い。私より強い傲慢や憤怒とかいたら、とっくの昔に人類滅んでると思う。
「……というか、他の大罪はみんなそんなに人間に対して敵対的なんだね……」
「むしろ、どうしてカガミ様は魔族なのに、人間や……それこそあたしに、ここまで優しいのか不思議で仕方がないのですが……」
そりゃ魔族じゃなくて人間だからね。……ん? それこそあたしに、ってことは……
「話から察するに、例えばサタンと出会ったら、シルヴィアちゃんは容赦なく憤怒任せに殺されると思う?」
「も、もももちろんです! 準竜種の話の出来ないワイバーンならともかくも、人語を解する竜は人間と友好関係にあります。ですから魔族は、弱い竜を容赦なく襲ったりもします……」
そうか、このシルヴィアちゃんがとてつもなく強い上に古竜という最強種族だから忘れていたけど、ゲーム内の普通の竜はレベル三桁を切ることさえある。
じゃあ……シルヴィアちゃんは、味方という認識でいい。
「貴重な話をありがとね、私はシルヴィアちゃんが人間の味方でいる限り、私もシルヴィアちゃんの味方でいるから安心していいよ」
「は、はい! もちろん絶対に敵対いたしません! カガミ様を裏切るようなことはもちろん、人間を害することは極力避けさせていただきます!」
うんうん、いい子だね。
「それを聞けてよかった。……そういえば、人間と友好関係といったね」
「はい、友好関係にあります」
「【クリエイト】は使える?」
シルヴィアちゃんは、首を横に振った。
「いえ、申し訳ありません。基本的にポーションを必要とする場面に遭遇することがないので……」
「ああーいいよいいよ、私も使える可能性の方は想定してなかったから。それじゃあアイテムボックスはどうかな」
「そちらは便利で必要があるので使えます」
よかった。私は暇つぶしに作ったハイポーション十本チョイぐらいの在庫を、ぽんと出した。
「これ、売ってきた上で、新しい椅子を買ってきてもらえない?」
「ハイポーションですか? わかりました。同じものを探し出せるか分かりませんが、あったとすれば十分に足りると思います」
「そう、よかった。あと……ロッキングチェアの他に、食料品もあったら色々買ってきてほしいかな? 野菜にチーズにミルクなんかも……」
在庫はまだまだたくさんといっても、なくなると困る。特に、自分じゃ買いに行けないところがつらい。
「食料品ですか?」
「うん。私は食べなくても大丈夫だけど、料理はおいしいと感じるから」
「あの……買ってくるのは、パンとか、料理じゃなくて……食料品であってますか?」
「そうだよ。私が料理の練習頑張ってるから」
シルヴィアちゃんのかわいい顔が、口をあんぐりと開けた唖然とした顔になる。顎はずれちゃうよ?
「……えっと、その」
「どうしたの?」
「あの……失礼を承知で言いますが、カガミ様は……怠惰の大罪、ですよね?」
「うん。『とりあえず強い転生先』だよ」
「……えと……」
少し言いにくそうにしてから、口を開いた。
「頑張り過ぎではないのですか? もっと休んでも……」
———。
なんと、働き過ぎだと。
もっと休んでもいいと言っている。
この子は……怠けることの大切さを分かっている!
「し、シルヴィアちゃんはいい子だねぇ〜っ!」
「へ? えっ!?」
「私、シルヴィアちゃんのことを気に入っちゃったよ!」
「え、え、あの!? あのえっと恐縮です? ありがとうございます?」
シルヴィアちゃん、目を白黒させながら、かわいく返事をしてくれた。
「そうだよ、(世の中のみんな)働き過ぎなの。もっと休むべきなんだよ!」
「た、確かにもっと休むべきだと思いますね!」
「きゅうけいさん的にもそう思うよ!」
私が気分良く応えると、シルヴィアちゃんが、ぴたっと止まる。……ん?
「きゅうけいさん、って、どなたですか?」
「あっ! え、ええっと……」
「……カガミ様?」
「あー……私のことです」
あっちゃあ、独り言の癖の感覚で言っちゃった。……ごまかそうと思ったけど……シルヴィアちゃんに嘘はつきたくない。
シルヴィアちゃん、首を左右に傾げる。美少女のサラサラ金髪セミロングが、ふわりふわりと揺れる。
「えっとね、きゅうけいさんってのは、みんなからつけられたあだ名でね」
「あだ名……きゅうけいさんが、あだ名ですか?」
「う、うん……休憩しまくって、寝まくって、いっつもぐーたらしてたら、それであだ名がきゅうけいさんって名前になってしまったの」
「え、ええっ!? ベルフェゴールに対して、そんな怖い者知らずなあだ名をつけるのって、どんな立場の者なのですか!? そんな傲慢な……ルシファーとか、同じ大罪で女性のレヴィアタンとか、ですか?」
……これも言ってしまっていいかな?
「……実はね、ベルフェゴールになったのはつい最近でね」
「えっ」
「休憩しまくって、きゅうけいさんきゅうけいさんって呼ばれているうちに、ある日突然、ステータスを開くと自分がベルフェゴールになってて……」
シルヴィアちゃんは、その話を聞いて……手を口元に寄せて、くすりと笑った。
初めての笑顔……め、めちゃんこ美少女ッ! もし私が男だったら100%このシルヴィアちゃんにアタックでファイナルアンサーだ。異様に長いティンパニロールもいらないほどの即答。
「っ、ご、ごめんなさい、すみません、あ、あまりにも面白くて……!」
「…………!」
これ、今までで一番、距離が縮まっているのでは……!
「そ、そうそう! だから私、そんなに偉い魔族とかじゃないの! みんなにきゅうけいさんっていじられてて、でもそのことを怒ったこともないような、そういう誰よりも穏やかな魔族なの!」
「そうだったんですね! ああ、こんなに強い大罪の方が、こんなに優しくて、気さくな方で本当によかった……」
今日も怪我の功名が続くよ、あだ名が漏れたことで急速に距離が縮まった。
「……あのっ!」
「うん、何かな?」
「あ、あたしも、きゅうけいさんと呼ばせていただいてもよろしいでしょうか!」
お、おおっ……! きゅうけいさん呼び、要求された。
ここで拒否したら、呼び名は間違いなく「火神様」という名字に様付けというメチャメチャ距離感のあるままだろう。
この二択なら、前者以外ありえない。
「もちろん! 私のこと、きゅうけいさんって呼んでもいいよ。ほんと、ここに住んで休憩してばっかりだからね!」
「ふふっ! きゅうけいさん……ありがとうございます!」
ああっ、シルヴィアちゃんが初めて笑顔に……!
この天使のドラゴンスマイル(?)と引き替えにするなら、私のあだ名がこの世界でもきゅうけいさんなことなんて、まっったく何の問題もありませんとも!
「私としても、シルヴィアちゃんにここまで距離を詰めてもらえると嬉しいよ! 買い物も任せてしまって大丈夫って安心できるね」
「は、はいっ! そうでした、いえ忘れてません、忘れてませんよ!」
「そんなこと思ってないって。じゃあ……明日、任せていいかな?」
「了解しました! 重ね重ね、椅子を壊してしまい申し訳ありませんでした。必ず探し出しますので、お任せ下さい!」
よかった。いきなりやってきて、いきなり泣き出して……最初はどうなることかと思ったけど。シルヴィアちゃんは、本当にいい子だった。
「一緒に寝ていい?」
「さすがにそれは恥ずかしいので、別々にしていただけると……!」
「うんうん。じゃあシルヴィアちゃんの意見を尊重するよ。……んしょ」
私は、アイテムボックスに仕舞っていたベッドを取り出した。
「お隣で寝ましょ?」
「はいっ。おやすみなさい、きゅうけいさん」
睡眠のことを休憩とはこれいかに。
なんて野暮なツッコミはせず、
「おやすみ、シルヴィアちゃん」
と声を返した。
私は久々の、部屋に二人で寝る暖かさを感じながら、眠りについた。