きゅうけいさんは獣人の村に衝撃を受ける
えーっと、えーっと、いかがしましょう。
いかがしましょうじゃないよ、目の前の魔族が敵!
「えっと改めて宣言するけど、私はこっちの獣人の味方だよ! 見た目は魔族だけど、見た目だけだからね!」
後ろにも聞こえるようにアピール。そして結局誰かを助けに入ることで話をする方向にしちゃってる自分に呆れるけど……緊急時だし、仕方ない! よね!
目の前のヤツを見据えてもう一度、剣をまっすぐ構える!
「……な、なんだこいつは、敵か!」
正面の魔族もやる気になったようで、腕を振るった瞬間に再び狼がたくさん現れる!
うわっめんどくさ……と思った瞬間、目の前の狼と、その魔族の腕が吹き飛んだ。これは……!
「……私は『魔族狩り』モンティ家のエッダ。きゅうけいさんに手を出すというのなら、容赦はしません……!」
お……おおおおおっ!? 今日のエッダちゃん、かっこいい!
シルヴィアちゃんから降り立ったエッダちゃんは弓を構えて、油断なく矢を赤魔族に向けながら気丈にも睨みつける。そんなやり取りをしているうちに、後ろから会話している声が聞こえてきた。
「間一髪だったわね、あなたと会うのが今日じゃなかったら、完全に手遅れだったと思うわ」
「あ、シルヴィア様……!」
竜の姿を解いて、シルヴィアちゃんも降りてきていたようだ。イデアさんとミミちゃんは、恐らくパオラさんがずっと見ていてくれているだろう。
よし、正面の魔族を改めて注視しよう。
エッダちゃんに撃たれた片腕から赤い血をボタボタ流しながら忌々しげにエッダちゃんを見ている。髪は白、肌は赤黒く、目は私同様に黒目に赤い光が宿っている。
顔つき自体も怖い。日本で見かけたら絶対目を合わせたくないタイプってぐらい怖い。
「ぐぐ……きさま、モンティ……モンティ家の者かあッ!」
「……はい。あなたみたいな魔族は、もう何人も殺してきました」
「ぐ……くそ……そこの魔族は何なんだ……何故、そっちにいる……俺と一緒じゃな———グアアッ」
「きゅうけいさんを、あなたなんかと一緒にしないで……!」
え、エッダちゃん、目の前の魔族が私と同じ魔族だと言おうとした瞬間に、容赦なく足を撃った……! もしかして、この魔族と私が同一視されたことに対してあそこまで怒ったんですか……!
あんなに普段はやわらかいエッダちゃんが、そんなことでここまで怒るなんて……! どうしようコレちょっと緊迫した場面なんだけど、内から湧き上がる嬉しさが止まらないよ!
「えっと、話をいいかな」
「なんなんだお前は、お前達は……お前…………ベルゼブブ様、これが……ア……サタ、ン、様…………ア…………」
……え? 何か、様子がおかしい……?
「あ……ア…………アアアアア!」
突然目の前のデーモンが叫びだして、さすがにエッダちゃんもぎょっとしている。かと思ったら、突然こっちに突っ込んできた。速い! ……んだけど、私にとってはそのスピードは誤差みたいなもんだ。
血走った目、そして思い出されるベルゼブブの眷属との会話。
「……交渉は、できそうにない、かな」
私はやってきたそいつの攻撃を避けて、すれ違い様に足を斬る!
「アアアアオノレオノレオノレ! オノレオノレオノレ!」
もう暴走して何も会話できなさそうな魔族が、懐に手を入れて何かを取り出そうとする。しかし……エッダちゃんの矢が、魔族の首を思いっきり貫いた。さすがの二つ名、正確無比な、迷いのない一撃だ。
そして、力を失ったそいつの手から、ごとりと……石のようなものが出てきた。ッ、これは……!
「大罪の呪い、ね」
様子を窺っていたパオラさんが、魔族の手から落ちた石を見つけて、足でばきりと踏みつぶす。
「知ってのとおり、強大な威力の割に複雑で繊細な魔方陣だからね。こうしてしまえば二度と発動しないわ」
そして粉々になった石を足で蹴って散らせたパオラさんは、エッダちゃんの方に歩いた。
「やったわね、エッダ。あいつの話聞いてて私も頭に血が上ったから、見ていて気分良かったわ」
「はうっ、わ、私も、すっごく頭に来ましたから……! きゅうけいさんは、あんな魔族とは違います、同じどころか反対です……!」
なでなでされながらも、両手をぐっと握って熱弁するエッダちゃん。あれ、これひょっとして私、すっごく持ち上げられちゃってます? ひょっとしなくても、ものすっごく持ち上げられちゃってたりしますー?
うへへ……。
「はいはい、完全にだらしない顔になっちゃってるわよ、きゅうけいさん」
「いやぁこんなに評価されちゃうと我慢できないよぉ〜うへへ……」
頭をぽりぽり掻きながらシルヴィアちゃんのところへ行き、獣人さんと目が合った。
「あ、えっと、さっきも説明したとおり人間の味方をやってる魔族です、シルヴィアちゃんのパーティメンバーで部下にあたりますですっ!」
「……」
緊張しつつ、安全そうな挨拶をする。唖然としているもふもふ獣人美少女ちゃん。視線がシルヴィアちゃんのところと往復する。目で『この人大丈夫?』と言ってる感じ。シルヴィアちゃんは頷いて声を続ける。
「説明したとおり、私のパーティ『異種族友の会』の設立メンバーよ。もっと言うと、遙か東の大地で人間の都市ルマーニャの街もダークエルフの集落も竜族の村も、更に西のヤマトアイランド山縣州も救ってきた人類側の魔族が、そこのきゅうけいさん」
「ど、どーもどーも……」
そ、そんなに言ってもらっちゃうと照れますなぁ〜!
ちょっと恥ずかしい感じだけど、頭をぽりぽり掻きながら笑って挨拶。
「……きゅうけい、さん?」
「! はーい! きゅうけいさんです!」
名前を呼んでもらう瞬間、いつでも幸せ! 相手から自分を認めてもらうための一歩を踏み出してもらえたって感じがするからね!
私だって、レベル10ぐらいでこんな世界に人間として放り出されたら、目の前に魔族が居たら相当警戒してしまう。例えば私みたいな見た目の魔族が敵対していないと言ったところで、私は果たして話しかけられるだろうか。
答えは、慎重派だし難しいと思う。それぐらい……ハードルは高い。
この子は、その一線を越えてくれた。それはこの子だけじゃない、獣人全体に対しての大きな大きな第一歩だ。
心のどこかでずっと不安だった私に、暖かい安堵が染みこんでくるのがわかる。それと同時に……もふもふしたい欲もっ!
「……わかりました、シルヴィア様を信じます。私はキャシー。ノース・ジャーニーのミアキスベータ獣族の、族長の娘です」
族長の娘さんっ! シルヴィアちゃん、これって結構いいところ最初から当たったんじゃないでしょうか!
「そう、ノース・ジャーニーの……それは話が早いわ。よければ私たちを、族長のところまで案内してくれないかしら」
「わ、わかしました! シルヴィア様のお仲間は私の命の恩人。決して悪いようにはしないと約束いたしましょう!」
キャシーさん、どうやら村まで案内してくれるらしい。やったね!
-
村に着いたんですが、あのね、びっくり。
木造建築とは聞いてたよ。あとそれなりに綺麗だとも。でもまー、獣人さんにしては綺麗とか、そのぐらいかと思ってた。
あのね、あのね。ログハウスなの。丸太を横にして積み上げたやつ。でも、丸太をそのまんま組み上げたような色の剥げた小屋みたいなものじゃなくて、その……一階建てだけじゃない、二階建てすらある高級なタイプ。森の中に突然開けた場所が出てきたかと思ったら、二階建ての窓付きログハウスが、両サイドにずらーっと並んでるの。
家によっては、それがベランダ付きだったり、テーブルと椅子のある庭付きだったり、石で出来た煙突付きだったり。
そして全部の家が、別荘そのものって感じで丁寧に艶出しされていて彩度の高い木のブラウンやアイボリーになっている。
ちなみに道も木で舗装されていて、その道には細くて真っ直ぐの木を植えた魔石の街灯が並んでいる。
あの、えっと、この規模で都心部じゃない?
……分かってたはずなのに心のどこかでまだ獣人ナメてた、ごめんなさい。
超器用だわ獣人さん。完全にこれ、芸能人の隠れ家みたいな山奥の別荘だけでできた高級住宅街です。
「ふわぁ……きれい……!」
エッダちゃん、村に入って早々走り出して、いろんな家をあっちこっちからきらきらした目で見ている。エッダちゃんの住んでいるダークエルフの集落も似たような感じだったけど、ここまでどの家も立派で綺麗なのってなかなかないもんね。
日本の木造建築好きだったエッダちゃん、ノース・ジャーニーの家も即気に入った様子だった。
そんなエッダちゃんも、さすがにダークエルフは珍しいのか、周りの獣人達からとっても注目の的。でも今の、ログハウスに夢中になったエッダちゃんは全く気にせずあの家この家と見て回っていた。
「すごい! この家も、あの家も、とっても素敵ですぅ! 私、ノース・ジャーニーの雰囲気、気に入りました! いい村ですねぇ!」
「おおう、分かるか! この村の家はこだわりだからなあ!」
「なんだなんだ、可愛いお客さんだなあ!」
おっ、周りの獣人さん、みんな笑顔。エッダちゃんの可愛いムーブ天真爛漫スマイルに、知らない相手だけどすっかり気に入られた様子だった。
「はいはい、ボビーさんも、アレックスもその辺に、ああこらマイケル、視線に気をつけなさい? まあ気持ちはわかるけどね」
あっ、おっぱいを見ていたなマイケル君! それは私のものだから見ちゃダメです! いや私のものでもないけどね! でも他の人にはあんまりじろじろ見られたくない複雑な親心気分!
……っと、そんなことを思いながらマイケル君を見ていると思いっきり目が合った。
「え……キャシー姉、その……後ろ……」
「マイケル……そう、だね……。この魔族は安全っていうか、ちょうどさっき助けてもらったのよ」
「……助けてもらった?」
「ほら、例の赤い魔族。さっき私襲われたんだけど、この人たち倒しちゃったの。正確にはそこのダークエルフのエッダさんね。だからおじいちゃんとお父さんに話をしに行くの」
そうそう、赤魔族を討伐したのはエッダちゃんだからね。言われたことにびっくりしたのか、ちょっと離れてエッダちゃんを遠巻きに見…………あ、やっぱり視線ちょっと下向いてるぞマイケル君。不可抗力だけど失礼だからやめなさい。言いつつ私は百倍ぐらい見てるけどね!
そんなやり取りを終えつつ、私はシルヴィアちゃんとエッダちゃんの間に挟まり、キャシーさんについていく。ちょうどキャシーさんの真後ろが私になる形だ。
そして私の後ろにイデアさんとミミちゃん。その後ろでみんなを守るのが、パオラさんだ。
私たちはそんな並びで、村の家をたくさん見ながら中心にあるログハウスの前まで来た。木材が真っ黒に塗られている、貫禄ある建物だ。
大きな扉の上側には、なんだかきらっきらした紋章がある。間違いなくこれが村長さんの家だろう。
「それじゃ、話をつけてきますね。恐らく大丈夫だと思いますが、難しそうならすぐ戻ってきますのでお待ちください」
丁寧に説明してキャシーさんは家の中に入っていった。私はエッダちゃんと一緒に「これすごくなーい?」「すごいですぅ」と黒い二階建てログハウスを褒めまくって、庭のテーブルを見て……それに気付いた。
「ロッキングチェア……!」
なんとここでお見かけするとは! 森の中の村、その庭にロッキングチェア。ああーっこれもう絶対気持ちいいやつだーっ!
いやー、分かってるねー。この外側でグースカ寝る気持ちよさを、森に住んでいながら分かってらっしゃるなんてほんと素晴らしいね!
いいなーいいなー、スタンダードなタイプだけど、綺麗に艶出しされてあって座り心地もよさそうでいいなー。
「きゅうけいさん、あいもかわらず頭の中垂れ流しですね……」
ありゃっ!? シルヴィアちゃんの呆れ声で、今までべらべら喋っていたことに気がついた。
「いやー、やってしまいましたなー」
「あたしとしては、緊張しなくていいですし慣れっこですけどね」
そうこう言ってると、なんだかほんわかした犬耳のお姉さんと目が合った。
「ど、どーもどーも……」
「……お客様ですか?」
あっ、ここの家の人みたい。話を続けようとすると、シルヴィアちゃんが前に出た。
「はい。私は古竜のシルヴィアで、こちらは皆、私の仲間です。キャシーさんに村長様へ話を繋いでもらおうと思って、お願いに来ました」
「まあ、古竜様! キャシーのお客さんにしては随分と素敵な人が来ちゃいましたね。どうぞどうぞ」
あれ? 入れてもらえるのかな?
なんだかキャシーさんが恐らくお父様にご相談している最中なのに、いいのかなーって……というかこの人は誰だろう。
「えっとえっと、お姉さんはどなたでしょう! キャシーさんのお姉さんです?」
「ふふっ、嬉しいこと言ってくれますね、青い魔族の方。私はキャシーの母のパトリシアと言いますわ」
おっ、お母様でしたっ! わっか! 絶対お姉さんだと思ったよ!
パトリシアさん、ニコニコしながら家の中へご招待。みんなと顔を合わせるも、断るのもなあということでシルヴィアちゃんを先頭に、家の中に入っていった。
「……しかしなあ……」
「……だから、本当に……」
おや、扉の向こうでちょっと言い争うとまではいかなくとも、難しく相談し会う声。片方はキャシーさんだ。ということはもう片方が……?
予想を立てながら断られる可能性を警戒していると、パトリシアさんがばーんとあっさり扉を開けて、「いらっしゃ〜い」なんて暢気な声を上げるものだから、シルヴィアちゃんも「はあ……」とちょっぴり呆気にとられた様子で部屋の中に入っていった。
シルヴィアちゃんのぽかーん顔、久々でレアショットだね!
「あ、えっ!? お、お母さん!?」
「外で待機させるのもかわいそうだし、入れちゃった」
「入れちゃった♪ じゃないよ! いや、お母さん、きゅうけいさんのこと見えてるよね、大丈夫なの?」
「きゅうけいさん?」「……きゅうけいさん?」
あ、時間差で二人から名前の疑問が出てきた。
「きゅうけいさんって……」
「あの、えっと、私の名前です! 休憩大好きだからみんなから呼ばれてます!」
詳細や由来はもう省略! あとあだ名とも言わなかったけどもういいよね!
「きゅうけいさん、ですか?」
「はいっ! よろしくです!」
犬耳の男性、男前で精悍な顔つきの筋肉もりもりマッチョマンで強そう!
……だけど本物の強者であるビーチェさんよりは当然弱いんだろうなと思うと、ビーチェさんほんとマッチョ人魚。見た目は細いお姫様だけど。
「……むう、話を聞いて断ろうか迷っていたが……なるほど、特に危険視する必要がないというのはこういうことか」
「そうよ、お父さん。この魔族、どうも緊張感が足りないというか……あっでも襲ってきた魔族に比べて圧倒的に強いよ。私本当にピンチだったんだから」
「魔族、か。危なかったんだな。……皆さん、返事が遅れてしまい申し訳ありません、俺は族長のリックです。娘の件、ありがとうございました。娘は一人娘で大切に育てていたため、いなくなっていたら俺も家内も無気力になっていたでしょう」
「まあ……そうだったのね、キャシー。私からもありがとうございます」
うんうん、よかったよかった。
私が受け入れてもらえたことは勿論、一人娘を大切にっていうの、大事だもんね。いなくなったらそりゃあ、悲しいなんてものじゃないだろう。
……少し、転生前を思い出してちくりとした。
成人してからはろくすっぽ連絡してあげられなかったけど……お父さんとお母さん、大丈夫かなあ……。
確認する手段が……あるはず、ないよね。
「……それで、お願いがあって来たのですが」
っと、いけないいけない。
どうしても生前を意識しちゃうけど、今は目の前の問題を解決する方向で頑張らなければいけない。
せめて今生きている人達は助けたい。サキュバスみたいな美人の集団なら特にね!
「サキュバスの解放……引き渡しの件で、ユルトの街へ話を取り次いでほしいんです」
シルヴィアちゃんが目的を切り出した。
サキュバス。
その単語を聞いた途端、リックさんが難しそうに眉根を寄せた。パトリシアさんも困った様子。これは雲行きが怪しい……?
「無理、ですか?」
「……協力したいのはやまやまなのですが」
「ええ……」
パトリシアさんが話を引き継いだ。
「ユルトの街の女性はね、同じ女性として気持ちはわかるのだけれど……サキュバスの名前を出すだけで、収容所付近では怒る人もいて、名前を出すだけでタブーなの……」
どうやら、事態はもうちょっと複雑なようだ。






