きゅうけいさんは休憩していた
今日は久々に……本当に、転生前から差し引き三日ぶりぐらいかな? お布団でぐっすり寝た。お布団最高!
「さて、優雅な住まいも手に入れたことだし、今日の異世界ライフを楽しみますか!」
前向き前向き。
まずは、エリクサーの確認だ。……予想通り、寝てもエリクサーはなくなってなかった。そして、もう一つ確認しなければならないことがある。
私は外に出た。
「よし、コボルド発見! ヘイヘーイこっち、そうそう……【マジックドレイン】!」
確認したかったことは、このMP吸収魔法だ。この魔法は減少分のMPを、相手から吸い取って自分のものにするという魔法。
魔法を使って、剣で倒した。結論から言うとMPは完全回復していた。つまり、相手に与えたMPダメージがゼロだったのだ。
こういう回りくどい確認方法をした理由は……
「……今の【ステータス】表示じゃ、減ったかどうかわかんないのよね」
なんといってもMPが56京あるのだ、表示単位がおっついてない。回復していようがいなかろうがどうでもいいってぐらいの数値なんだけど、それでもこういうのって、全回復してるのとしてないので、安心感が全然違うよね?
「HP55京に対して、防御力が、100京あるんだっけ。もう自分で言ってて全く想像できない数値だけど……私、敵に襲われてもダメージ喰らいながら寝てるだけで延々全回復するんじゃ?」
まさに、チートというか設定ミスみたいなボスだ。
「それでも調整しておこう。【ハイドレベル:9999】!」
どのみちやられて元のレベルに戻るなら100ぐらいでもいい気もするけど、折角なので大悪魔っぽい貫禄を見せたい。
多少高いと、やっぱり襲ってこようとは思わないもんね。襲ってきたら倒さないように追い払う手間がかかる。何を隠そう私は面倒が以下略。
「そして、エリクサーを回収しにいかないと」
私はエリクサーを探しに歩いた。といっても、前に置いた場所は大体覚えている。そこを確認すれば済む話……だったのだけれど……
「……ない、ない!? 外に置いたエリクサー、なくなってる!?」
ま、まさか離れたら消えてしまう仕様!? どどどうしようミーナちゃんの弟君大丈夫だった!? か、確認しに行かないと……!
「ま、街の近くまで……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいから! ね!」
誰に聞かれるでもなく弁解しながら、私は街の近くを目指して道を降りていった。
街の近くに来たけど……ここから先に近づくのは怖い。人間が視界の端に現れた途端、レベルリリースからの文字通りの『兆AGL』でダッシュで逃げる所存です。
「なんかあるはず、なんかあるはず……【マニュアル】」
私は魔法を調べて、やがて一つの魔法を見つけた。
「これだ。……【レーダー】」
私は小さく、その索敵魔法を呟くと……一気に視界が開けたような、不思議な感覚に包まれた。
「これ、便利すぎる……っていうか、ゲーム中は画面の下に出ていたミニマップみたいな感覚だ」
そういえば相手がどの辺にいるか、ゲーム中は見れるようになってた。それを私の魔力依存で行うと……当然かなりの範囲を見ることが出来るようになる。
「この森を抜けた先に、草原があって、街があって……うわ街の中人数すっごい。かなり大きい街にお住まいだったんだね、ミーナちゃん」
森を抜け出してまで近づかなくて良かった。原っぱど真ん中で青肌アピールとかする羽目にならずに済んだ。
「でも、さすがに個人を識別するのは魔法の範囲外みたい……。……ん?」
私は、レーダーに反応している生命体、山の魔物や街の人、草原を走る馬車……そして、森の入り口近くにいる四人の反応を感じた。
……ま、まさか……!
私がそこに、木陰から隠れながら近づくと……いてほしいと思っていた顔が、いた。
「ミーナちゃん……!?」
そこには……ミーナちゃんと、お父さんっぽい人と、お母さんっぽい人と……ミーナちゃんより背の低い、かわいい少年がいた。
あれは間違いない、弟君だ!
「病気、治ったんだ……!」
で、でもどうしてこんなところに? 遠くからこそこそ集中して見ていると、ミーナちゃんの声が聞こえてきた。
これは……デーモンイヤー! 国民的ダークローファンタジーアニメの、デーモンマンのスキル、デーモンイヤーは地獄耳が発動している!
このゲームは仕様上飛行魔法がなかったけど、デーモンウィングで空を飛べたりできないかな!
っと、ミーナちゃんだ。
「ここの先に、きゅうけいさんがいるの」
「そうか。お礼を言いに行きたいが、会えるかな?」
「お礼は私も言いたいけど……。……あ……会うのは、ちょっと……」
「ん? どうした」
ミーナちゃんが、言いにくそうにしている。
「見たら、驚くと思うから……えっと、でもいい人だから……私、きゅうけいさんのこと、すぐに好きになったから……でも、その、あの……会いたがらない、と、思う」
「……そうか。ミーナがそう言うなら、そうなんだろうな」
「だから、ここから……きゅうけいさん、ありがとうございました。弟は治りました。……完全に、自己満足、ですね……」
「……いいや、気持ちは伝わるだろう。私からも、きゅうけいさん、エリクサーという大変貴重なものを息子に使わせていただき、ありがとうございました」
「母です。きゅうけいさん、息子は私の宝物……有り難うございました」
「絶対お姉ちゃんと会いに行くから。きゅうけいさん、ありがとう」
……そっか、ミーナちゃんは私が魔族ってことを気にかけてくれているんだね。もしかしたら、お父さんが私を見てやっぱり襲ってくるかもしれない。
そうなると、自分が責められる可能性もあるし、薬はやっぱり悪いものなんじゃないかと思われるだろうし。
……。出て行きたかった。声をかけたかった、けど……うん、大丈夫。
弟君、かわいい私好みの美少年が元気いっぱいの足で立っていてくれて。
なんといっても、ミーナちゃんと、家族みんなのお礼を聞くことが出来た。
私は、それだけで十分、報酬になった。
昨日感じた肌寒さが、吹っ飛んだ。
満足した。帰ろう。
「……絶対、強くなって、一人ででも会いに行くから……」
デーモンイヤーでも、さすがに最後のぼそぼそとした無声音まみれの呟きは聞き取れなかった。
そして帰ってから、私の名前が家族全員から「きゅうけいさん」呼びであることに気がついて、頭を抱えた……。
-
「懸念事項もなくなり、私は自宅に戻ってきたのでした!」
自宅って言っても思いっきり山賊のアジトだけど。
「うーん、空いた休暇の時間、なにしよっかー」
いざ自由になってみると、ちょっとこの時間は困る。
そういえば……ふと気付いた。今、私下着姿のまんま外に出てた。
「防御力が、レベルカンストなりの数値なら……鎧を着る必要ないのでは?」
それは、我ながらナイスアイデアだった。あんなごつい鎧を着なくても、私は防御力に関して全く問題がないのだ。
「そうと決まれば、普通の洋服っぽいのを探してみよう!」
山賊たちの服を漁ってみよう。何か着れるものがあるはずだ。
私は探して探して……そして、服が沢山ある場所を見つけた。
「どう見ても山賊用じゃない、商人を襲った時に盗んだ服だね、これは」
盗人のものを盗む。あ、そういえば昨日の食料品も、盗みみたいなものだった。
でも私が山賊を倒さなかったらこれら全てが山賊達によって消費されていたってことなんだから、ちょっとぐらいおこぼれにあずかっても……いいよね?
そんな弁解を考える大罪、ルシファーじゃないから傲慢にはなれません。
「ドレス! ……は、似合わない以前に動きにくいから却下」
貴族様のドレスっぽいものがいくつかあって、なかなかいい手触りだった。着れないにしても、ちょっと憧れる……。
「……もらっておこっかな……」
アイテムボックスイン。
私は服を、ちょこちょこ、アイテムボックスの中に入れていった。……ちょっとだけだよ? ほんとほんと。
「そして……これは」
淡い黄色が綺麗な、白い襟付きの服。そして黒いズボンがあった。皮のブーツもある。
「決定。ちょっとちぐはぐかもしれないけど、これを着よう」
特に苦労もなく……着れるかと思ったら、角がすっごい邪魔! 角マジ邪魔切り落としたいんですけど! でも切り落とした後が怖いので手をつけずに、なんとか服を着用してみる。着用して……鏡のない部屋で、なんとなくポーズを取る。
「これで、怖くないよね?」
そんなわけないと思います。と自分で自分に悲しいセルフツッコミを入れて、試しにその服を……外してみる。
「……(装備解除、装備解除)……! あ、できた……」
再び私は下着姿になった。……これ、二重着用している? それとも、アイテムボックス扱い? ゲームでは当たり前だけど、鎧を着るために時間を掛けるキャラとか、そんな演出なかった。そこまでリアルに作り込むと、クドすぎて炎上必至だろう。
「現実とゲームの利便性のハイブリッド。……まてよ?」
もしかして。
私はふと思いついて、目を閉じてイメージをした。
「……(ドレス……今アイテムボックスに仕舞ったドレス……着用……!)」
私が目を開けると……そこには、自分の体をふわりと包み込む、めっちゃ着るの大変そうなドレスの広がるスカートが視界の下側に広がっていた。
「うおおお成功したああ! うっそ、これ便利すぎ……!」
私は思わぬ収穫にガッツポーズだ。ドレス着てる。お姫様モードだ!
そりゃ、女の子だもの。お姫様に憧れない女の子ってジェンダー感のない自由の象徴だけど、平民出身でお姫様に憧れるのも自由の象徴なのだ。
どっちを選んでもいい。そして私は当然……
「……両方とも、楽しんじゃいたい!」
ってわけで、剣を持った(魔族)ヒーローと、ドレスを着た(魔族)プリンセスを両方堪能できて私は大いに満足した。
「お腹は空いてないけれど、それでもやっぱりおいしいものをたべたい」
この魔族の体は食べなくても生きていけるんだろうけど……それはそれ、これはこれ。私は再び、お料理に挑戦した。ほら、誰かお客さんがいらっしゃるかもしれないじゃない? ない確率の方が高いけど。
その時のために、味覚までおかしくなってない魔族であることに感謝しつつ、お料理の練習をします。
怠惰じゃなくて働き者だって? なんだかこれは、気分的に「休憩タイムの気晴らし」って感じがするの。
「さーて、今日は何をつくろっかな!」
オリーブオイルは発見した。お野菜その他も発見した。ニンニクとかハーブとか色々あった。グルメだね山賊。いや盗んだものだろうけど。
食べたいものは、パスタですパスタ。みんな大好き麺類。
ちなみに食材は、腐ると困るのと、どこに何があるか分からないのでアイテムボックスに入れて、思い浮かべながら出現させて使うようにした。魔法万歳。
私はとりあえず『沢山使えば大正義』というイケメン料理人から得た偏った知識を参考に、オリーブオイルの浅い水たまりを作り、刻んだニンニクを入れて火にかける。唐辛子とかちっちゃく刻んで入れる。塩胡椒をミルでごりごり。
パスタを茹でる。お湯を切る。そしてオリーブオイルの池に入れる。
完っ成ーですっ! デッデーン!
ペペロンチーノである。
超簡単とか、ありあわせでなんとかなるとか、そんな知識が残っていたのでその知識に準じて作ってみたよ。
早速試食。これは……あっ、おいしいんじゃない!? オリーブオイルの風味が高級感あって最高。お店で食べてたイタリアンの味に近いと思います!
多分自己採点めっちゃ甘いけど、食べさせて嫌がられる味じゃない。私は今日の自分に満足した。いい働きです、グッドグッド。
お皿と食器を外で洗浄魔法でぱぱっと洗って、乾燥魔法は食器に対しては一瞬で効果が出るので、これにてOK。後は調理器具も、収納魔法の中にぽぽん。
歩くコックの完成です。
それから。
お昼をおいしく食べた満足感で、山賊頭の部屋にあった座り心地の最高なロッキングチェアでうつらうつらしてると、カクンと寝ていた。起きた頃には日が傾いてた。一日が終わるのめちゃはっやい。
こんなにのんびりしていても、新しいバグ修正に追い回されない。ある意味私の存在そのものがバグみたいなものだけど。
「……なんか、こーゆーの、いいなあ」
かなり贅沢な余暇なのではないだろうか。
きゅうけいさんの人生そのものが休憩モードに入っているって感じがする。
「このまま穏やかに、食べて、うたた寝して、のんびりお布団で寝てを延々できたら、なんて幸せだろう」
これが前世で働きすぎた分の差額のお釣りだとすると、本当に計算ミスもいいところだ。手違いの入金ミスで、銀行通帳に九京円入った感じ。
「晩は……食べれるっちゃ食べれるけど、お昼食べて即寝てだから、なんだか直後みたいで食べる気ってあんまりしないよねー」
私は再び椅子に深く腰掛けて、ゆらゆら揺れていると、うたた寝直後なのに再び瞼が重くなってきた。ロッキングチェアって前世で買わなかったけど、めちゃめちゃ心地いいじゃないですか……。
「そうだ、毛布持ってこよう」
私は、まだ日が明るいうちから一日の大半を惰眠で過ごした挙げ句に、うたた寝直後に、洗い立てのふかふか毛布でうたた寝するという圧倒的な多幸感を得る。
「私の休憩人生で、今一番幸せかもしれない……」
揺れる揺れるロッキングチェア。
暖色ぽかぽか夕焼け空。
ふかふか毛布。
ゆらり……ゆらり……
うつら……うつら……
「しあわせ……しあわせ……」
ああ……なんて気持ちのいいきゅうけ
『グガアアアアアァァァァァ!』
ガタガタグラグラグラ!
ビキッ、ミシィッ!
……パラパラパラ……
「———っは!? え、何!? 今何が起こって!?」
眠りに落ちる直前、急に洞窟全体が揺れて、天井から土の塊が落ちる。
ハッキリ言って最悪の寝覚めだ。
満員電車で吊革にも掴まれないのに、気絶しそうなぐらい睡魔が襲ってきている時みたいな、あのムカムカ感が頭にへばりつく。
人生最高から人生最低までぶっとばされた。
「……ああっもうっ! 収納、収納!」
さっきの揺れで汚れてしまったものを軽く土を払って収納しまくる。
そこで、私は。
本当に、どん底に突き落とされた。
「……あ……ああ、あああぁ…………!」
天井からの土の塊が、私の頭に当たって。
私はノーダメージだったけど、その衝撃が下に伝わって……。
「そんな……そんなぁ……」
壊れていた。
あの、母の腕で揺られるようなロッキングチェアが。
その絶妙な揺れを生み出す、足の曲面が……完全に破損していた。
私は今、魔族だ。
この見た目である以上、人間の街で取引をすることは難しい。
つまり、このロッキングチェアは……この先もう、いつ手に入るのか全く算段がつかない。
……数ヶ月……数年……いや、二度と手に入らない可能性も……。
なんで
なんでだ
なんでこんなことになっている
私は外に出た。
夕日の山……洞窟を出てすぐ振り向くと……竜がいた。
値踏みをするように、首を揺らしてこちらを見ている。
この辺にいそうにない、黄色の古竜。
間違いない、こいつが真上に乗ったせいだ。
たかが竜ごときが。
「……【レベルリリース】」
竜と、目が合う。
「【ステータス】」
読めるでしょ、文字。
私の種族を、読んでみなさい。
レベルも、読めるなら読んでみなさい。
竜は、固まって動かなくなった。
私は、動けない竜に近づき、素手で口を上下から掴んだ。
力を入れている感触すらない。
開けようとしているつもりなの、それで。
竜の腕が暴れようと動いたので、少し力を入れて口を潰す。
『グルゥゥゥゥッ……!』
まさか、この程度で苦しんでいるの。
私の苦しみは。
私の痛みは。
こんなものじゃ済まない。
魔力の気合いを入れる。
威圧の能力を使う。
息を吸い込む。
私は、全身全霊を込めて、叫んだ。
「私のッ! 休憩のッ!! 邪魔をするなあアアアアアァァァァ———ッ!!!」
ビリビリビリビリィッ!!
声が大気を揺らし、木々がざわめく。
私が叫んだ直後、竜が光り、その姿を変えていく。
そして、私の両手は……金髪の角の生えた、涙でグシャグシャの少女の頭と顎を掴んでいた。