きゅうけいさんは出会えなかった
海岸の近くにぽつんと建った一軒家。
その中から現れたのは、ちっちゃいちっちゃい魔族だった。
「ねえ、パオラさん。質問いい?」
「……どうぞ」
「あの子、記憶にあるアスモデウス?」
「……あれを見て、男を骨抜きに出来る色欲の魔王だと思う?」
私は正面の魔族を見る。
濃いピンクの肌。薄いピンクの髪。やたらでっかいシャツを一枚着ていて、なんとその服もピンクという徹底ぶりである。
黒い目に赤い瞳の女の子が、涙目でぷるぷる震えている。
身の丈はエッダちゃんよりちっちゃい。
「あれがアスモデウス様の眷属のデーモンだとして、あんな小さな個体はいたかしら……魔力からデーモンは産まれるから、そもそもあんな小さな個体がいるはずないのよね」
「ってことは」
「…………」
「ゴクリ…………」
「…………謎ね」
ズコ〜ッ! もったいぶってそれですかぁ〜っ!?
と言ったところで、パオラさんが一番詳しいのに分からないんじゃお手上げだろう。
とりあえず……。
「まずは、えっと、私が行ってみます」
「……相手がどういう存在なのか全く分かりません、私もついて行きますが警戒してくださいね」
「大丈夫だと思うけどなあ……」
私は正面の、ぷるぷる桃色デーモンちゃんに近づく。
「えっとえっと、私、敵とかじゃないよ! あなたと同じ魔族! 後ろの人も友達! こわくないよー」
「ふぇ……」
「こ、こわくないよー……えへ」
涙目ぷるぷるロリ魔族ちゃん、あまりにもかわいくて今すぐぎゅってしたくなっちゃう。でも我慢我慢。フリで急に襲ってくる可能性だってあるからね。
でも私はレベルきゅうけいさん。レベルは現在戻していて、襲ってきたところで問題なくどんな攻撃でも回避できる。
「おはなし、だめかなー……?」
「…………」
「……にこにこ……」
「…………」
あ……あれ……?
「…………」
「……。……しゅん……」
魔族から見ても、そんなに私って怖いのかな……。すぐ声が帰ってくると思っていたら思った以上に無視が長くて心が折れかける。
……二十代にしてはメンタル絹豆腐だって? あのね、子供に無視されるのはダメージ大きいのっ!
と、私がちょっといじけていると、目の前の女の子が慌てだした。
「あ、えっと、あの、その」
「……?」
「あの……わ、わたし、おねえちゃん以外とお話しするの初めてで……その、えっと、突然で、びっくりしちゃって……だから、その……そんなかなしそうな顔、しないで……?」
「え……」
こ、この子……私が勝手にいじけてる表情を見て、それでいてもたってもいられず話しかけてきてくれたの?
て、天使ちゃんだあ……!
魔族だけど!
「あ、ありがとね! えっと、お名前教えてくれるかな?」
「……えと、私はマリーアっていうの。でもみんな、ミミっていうよ……」
「ミミちゃん!」
「は、はい……」
まだちょっと警戒しているけど、名前を教えてくれた。その名もマリーアちゃん、まさかの天使ちゃんどころか聖母って感じの名前だった。
ちょっと名前の発音がイタリア入ってて、さながら男ボーカルが名前をステレオから連呼しそうなミュージカル映画みたいになってるけど。
「私はね、えーっと、んー……きゅうけいさん!」
「きゅうけい、さん?」
「うん、休憩ばかりしてるのんびりやだから、きゅうけいさんってみんなから呼ばれてるんだ!」
「きゅうけいさん……」
「はーい!」
ちっちゃくてかわいい子にもきゅうけいさんって呼んでもらえて、とってもうれしくて顔がすっかりだらしなくなっちゃった。
ミーナちゃんにきゅうけいさんって言われてぷくーってしてた? そんな過去のことは忘れてしまいましたなー。
……ミーナちゃん、元気かな。
「さて、そろそろあたしたちも会話に入らせてもらっていいかしら」
「あっ、シルヴィアちゃん!」
そうだった、すっかり放置させてしまっていた。
「あたしはシルヴィア。きゅうけいさんの友達だから、あなたが魔族だったとしても襲ったりはしないわ」
「……は、はい……」
「エッダですぅ、ちっちゃくて可愛いなあ……」
「あの、よろしくお願いします……」
「私はパオラ。……早速なんだけど、ちょっといいかしら」
「ひぅっ!?」
ミミちゃん、パオラさんを見てびっくりして私の後ろに隠れてふるふるしだした。ふるふる。ふるふるかわいい。
「パオラさーん、いじめちゃだめだよー」
「……分かってて言ってますよね、きゅうけいさん」
もちろん!
ちょっとしたいたずら心!
「……なるほど……めっっちゃへこむわこれ……」
「友達ジョーク!」
「これはある意味、先代より残酷かもしれないわね……」
「そんなに!?」
さすがに想定以上に大きな反応になっちゃったので、あわててフォローを入れる。
「えっとね、ミミちゃん、あのかっこいいお姉さんはとっても優しい人でね。ミミちゃんぐらいの女の子がピンチになったときは、助けてくれたことがあったんだよ」
「……そう、なの?」
「そうそう! 正義のお姉ちゃんなのだ!」
嘘は言ってない。実際、寧々ちゃんを苦しめていた鳩巨人を倒したのはパオラさんのスーパーフェニックスパワーだ。
あれはほんとにかっこよかったし、ムカつく妖怪を一瞬で燃やしてしまったのは気分爽快だった。
「だから怖がらないで、勇気を出して仲良くなってあげてね」
「う、うん……えっと、パオラ、さん……」
「…………」
「…………よ、よろしくお願いします……」
「……ええ、ありがとう。君も勇気のある子だね、よろしく」
よかったよかった。……と思ったらパオラさん、私を見てニヤリ。
……? ……あ、ああ〜っ!? さっきの『先代より残酷』って言い回しがパオラさん流のジョークの仕返しだったのか! や、やられた〜っ!
でも、こういうやりとりって、友達って感じがしていいね!
「……っと、そうだったわ。言いたいことを言い忘れてた」
パオラさん、改めてミミちゃんの前で視線を低くかがみ込む。
「ミミちゃんは、ステータスを出せる?」
「あっ、と。はい。じゃあ出しますね」
みんなが注目、この子はいったい何者なのか。
「えと、それじゃ出します。【ステータス】っ……!」
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MARIA
Asmodeus
LV:1
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アスモデウス本人でしたーーーーーー!
ど、ど、どどどーゆーこと!?
マリーアちゃんがアスモデウス!? 色欲の大罪!? 男を惑わす魔性のデーモン!?
この吹けば飛んじゃいそうなレベル1のロリロリちびっこピンク色魔族ちゃんが私と同格の魔王なの!?
もうとにかく私はパニックだ。わけわかんない。
どーなってんのー! だれかおせーてー!
隣を見るも、シルヴィアちゃんも目をひん剥いて口をぽかーんと開けてステータス画面を見ている。
エッダちゃんも同じ顔だ。
私がどう反応したらいいかおろおろしていたら……後ろから搾り出すような小さな声が聞こえてきた。
「……嘘、だ……」
え? 今のは……。
……パオラ、さん……!?
「嘘だ……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だこんなの嘘だぁっ!」
「ひぃっ……!」
パオラさんが急に取り乱して、頭を抱えて長い髪を振り乱しながら後ろにふらつく。ミミちゃんがその姿を見て、再び私の後ろに隠れて震える。
ど、どうしたのパオラさん!? あの冷静でかっこいいお姉様のパオラさんが情緒不安定だ。あまりにも鬼気迫る様子に、隠れたミミちゃんと同じぐらい私もびびっている。エッダちゃんも涙目だ。
そのパオラさんの様子を見て、我らがリーダーのシルヴィアちゃんが真っ先に冷静になり、素早く事態の収拾に入る。
「パオラさん、落ち着いて!」
「そんな! こんなの、認められない!」
「どうしたのよ!?」
「嫌だ、嫌だ!」
「しっかりしなさいっつってんのよッ!」
シルヴィアちゃん、思いっきり両方からパオラさんの頬を張る!
———パァンッ!
と、レベル6176で繰り出されるダブルビンタでびっくりするような音が鳴って……パオラさんの焦点がようやく合う。
「……あ……?」
「フン、情けない! ……気が済みましたか?」
「あ……ああ。すまない、取り乱して……しまった……」
パオラさんは、意気消沈したようにその場に座り込んだ。
「……で、どうしたのよ。急にあんなに」
「…………」
「……ちょっと、パオラさ———」
「———もう、いないんだ」
「え?」
「マリーアがアスモデウス様の二代目。つまり……先代のアスモデウス様は……あの方は、殺されたんだ……」
それは、あまりにも衝撃的な事実だった。
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落ち込んですっかり黙り込んでいたパオラさんが立ち直るまで、さすがに誰も声をかけられず一分か一時間か分からないような、長く感じる時間が過ぎた。
「……はぁ……受け入れるしかない、か……」
「だ、大丈夫ですか、パオラさん……」
「……ごめんね、みんな。入って早々いきなりこんなに空気を悪くしちゃうなんて」
「い、いえいえ! そもそもパオラさんがいなかったら何も出来ないってレベルで知らないことだらけなんですから! 先代の魔王のこととか全く知識がない私たちを先導してくれて感謝こそすれ迷惑だなんて思いませんから!」
「ありがとう。……うん、そうだね。先代がいなくなった喪失感の代わりに、こんなに素敵な今代が私の友達になってくれたんだもの、私も現実をしっかり見て、起こってしまったことと向き合わなくちゃ」
パオラさんは、凹んでいた顔を今度は自分で張って、真剣な顔になった。
「さて、こんな展開になった以上どうしたものかしらね……」
「えっとえっと、先代のアスモデウスさんのことが知りたいでっす!」
「先代のアスモデウス様、ね。確かに一度話をしておいた方がいいかもしれない。そうすれば、相手の対応の糸口も掴めるかもしれないもの」
「じゃあ、話すわ。私の憧れたもう一人の魔族、アスモデウス様のことを……」
アスモデウス。
色欲の大罪であり、人間と最も近い場所に住んでいた肉食系の魔王様。
魔族の男を襲っても良かったけど、人間の近くにいた理由はシンプルで、人間の男の理性と野性の間を揺れ動く性欲が好きだったからだ。
「アスモデウス様の人間の男へのアプローチはもう圧倒的でね……」
「……ゴクリ……」
「アスモデウス様って、身長が190cmあったのよ」
……190cm!?
「大きいね!?」
「そう、大きいのよ。本気を出さなくても腕力で屈服させることなんて容易なんだけど、相手をまず肉体で圧倒するの。自分を討伐してきた相手に魅了の魔法も使わず、武器も使わず……まず抱きしめるだけで勝てないと心を折る。レベルが9999あるからね、全身を鎖で縛られるような感じよ」
「うおお……」
セクシーハグだ! 多分私も勝てない!
「でもね、最後まで殺しはしなかったし、大罪としての力は使わなかった。ただ抱きしめて、動けない相手にずっと声をかけ続けるの」
「……声を?」
「ええ。そういえば私にも同じことを問いかけたわ……『姦淫はそんなに悪いことなのかしら』って」
姦淫。それは、確か……。
「……未婚でも、既婚でも、やっぱり妻以外じゃ悪いんじゃないの?」
多分あっちの宗教の教えだと、そうだったはず。
「そうなのよね。ちなみにアスモデウス様のターゲットは未婚者限定よ」
「そうなんだ」
「ええ。でも未婚でも姦淫は駄目。……そして、そのことに関してずっと『そんなに悪いことなのかしら』って言い続けていた。『何から姦淫になるのかしら』『どこから姦淫にならないのかしら』って」
……随分と、それは……宗教というより、もう哲学というか……。
どこから姦淫で、どこから姦淫じゃないか、かあ。
汝、姦淫と思う。故に我は大罪。……ってところかな。
「あと、もう一つ口癖があるのよ」
「口癖?」
「そう、口癖。それはね……『幸せになりたいわ』って言うの。私も何度も聞いたわ。どういう意味か聞いても、教えてくれなかったけどね」
なんだか……話を聞けば聞くほど、不思議な魔王様だ。
「それがアスモデウス様……いえ、先代アスモデウス様ね」
パオラさんは、ミミちゃんを見ながら寂しそうに呟いた。
……なんというか、その……すごい話だった。
もっとカルメンさんみたいな、スーパー肉食獣で、男の下半身をちぎっては投げちぎっては投げしているのかと思っていた。
むしろ、どちらかというと……。
「まるで恋する乙女みたいね」
シルヴィアちゃんの声に、みんなが反応する。
「そうだよね、それが身の丈190cmの色欲の大罪?」
「私も思ってたわ、なんだか随分と見た目と中身の一致しない方だなって」
やっぱりパオラさんも、同じ感想だった。
みんな近い反応……と思ったら、大きく違う反応をした子がいた。
「ううっ……かわいそうですぅ……!」
「……エッダ?」
「かわいそうです、こんなのあんまりです、アスモデウスさん……!」
エッダちゃんの言ったことを頭の中で反芻する。
かわいそう。それは、魔族殺しのエッダちゃんが魔王に対して言うには、あまりにも意外すぎる感想だった。
「ど、どうしたのよ」
「だって……だってだって! それって、多分アスモデウスさんは『最後まで幸せになってない』じゃないですかぁ……!」
「———ッ!」
そ、そうだ……!
エッダちゃんの言うとおり、長い間ずっと『幸せになりたい』と言っていて、パオラさんがいなくなる前までそれが口癖で、今は既に殺されているとなると……!
「……アスモデウス、様……」
その事実に気付いたパオラさんは、再び俯いてしまった。
「あっ……! ご、ごめんなさい、私、すっごく無神経なことを……!」
「……あなたが気に病む必要はないわ。いずれは向き合わなければならない問題だし、エッダの言ったとおりだと思うもの。気付かせてくれてありがとう……そうね、アスモデウス様は、きっと幸せを探せないままだった……」
昔の魔王様のことを思い出しているであろうパオラさんの視線は、まるでその心情を表すような曇り空を映す海を向いていた。
「……何が……駄目だったのかな……」
灰色の水平線に、その小さな呟きは不思議なぐらいよく通った。だけど、その声に言葉を返せる者はこの場にはいなかった。
「……ほんと私一人こんなに塞ぎ込んじゃってごめんね」
「いいわよ、あたしだって同じ立場だったらもっと取り乱していたかもしれないし」
そうだろう、きっと仲の良かった友人の上司というなら、それこそ私にとってのトゥーリアさんとか、ロベルトさんとか……が……死んで…………。
…………だ、だめだ……想像するだけで立ち直れなさそうなぐらいつらい。それが、パオラさんにとっての先代アスモデウス……。
「考えても仕方ないわ。まずはこのアスモデウスことミミちゃんのそばにいようと思うの」
「……そう、だね……うん、そうしよう。まさかのレベル1だもん、ちょっと心配だし。それに『お姉さん』ってのも気になるし」
とても気になります。
「じゃあ……えっと、ミミちゃん」
「は、はい……」
「ミミちゃんのおうちで、待たせてもらってもいいかな?」
「えと、その……はい、どうぞ……」
よかった、拒否されなかった。
というわけで私たちは、ミミちゃんが住んでるらしい、ぽつんと建った海のよく見える一軒家の中に入るのだった。
「男ボーカルが名前をステレオ連呼」というわかりにくいネタは、West Side StoryのMariaです。好きなシーン。






