表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/278

別視点:弥々華

 最初は、幸せな記憶しかない。

 恵まれた出生の幼少期など、得てしてそのようなものだ。


 小野家の長女。

 庄内きっての別嬪。

 めんごい(かわいい)娘っ子。


 それが我の生まれだった。


 人間同士の戦などはない国だった。元々妖怪の多い国だ、兎角討伐に力を注がなければ、人類側が負けてしまうことは分かりきっていたことだった。

 我は討伐とは当然無縁であったが……誰かの役に立てるよう勉学に励んだ。大きな家に、取ってもらえるように。我自身も頭を使うことが好きだったことも、良い方向に働いた。


 成人し、最上もがみ光儀みつよしという城主に嫁いだ。

 この近辺でも特に知名度の高い貴族、最上家。

 そこで我は、小野弥々華から、最上弥々華となった。


 城下町は発展しており、侍衆も強い。

 妖怪は町中ではいよいよ見ることがなく、城内で取引や市井関係の仕事をしていると、この世界に妖怪がいることさえ忘れてしまうようだった。

 本当に、良い町だ。


 我は昔から頭を働かせることが好きだったが、旦那となった城主もとても聡い男だった。ただ嫁ぎにきただけながら、すぐに我らは惹かれ合った。

 そして愛し合い、男二人と……女一人を産んだ。


 特に娘の紅姫べにひめは三人目で、それはもう光儀様は溺愛してな。三十路に入って生まれた子供は、本当に愛らしかった。

 まあ当然のことながら兄にとってもお姫様だったからな、蝶よ花よと育てられた。来る日も来る日も、勉強を疎かにしつつも「ととさま」と甘えに行くと、あの智略の王が駄目な父親の顔になってしまうのだから、まったく娘の持つ魔性の魅力というのは恐ろしい。

 ……まあ、我も娘にせがまれたら断れなかったので、お互い様だな。それでもここまで勉学を疎かにして、相手の男に好かれぬことにならなければ良いが……。

 悪戯をして怒るとすぐに泣き出してしまい、結局我が折れて手ぬぐいを顔に当てて頭を撫でてやったりと……そんな日も幸せだった。

 このお転婆娘、いっそずっと家に置くか? ……ふふ、それもまた良いやもしれぬな。


 目にも入れても痛くない、などとはさすがに大袈裟な例えであると思うが、本当にそれほどまでに愛されて育った。




 ある日、紅姫が急に外で遊びたいと我が侭を言ってな。

 寝ぼけ眼で外に出ると、まだ空が暗かった。


 娘は古い文化の蹴鞠に嵌ったようで、最近は見事に一人でこなせるようになっていた。我も負けじと、少々意地になって遊んだ。

 早朝だろうし、すぐに日も昇って薄暗くなるだろうと思っていた。今日の仕事は、眠気との戦いだなあ、などと……暢気に。


 すっかり海外の文明を取り入れて西洋式の時計に慣れてしまっていた。

 時刻の言い方など、忘れてしまっていた。

 城内が平和だと、思い込んでいた。


 時刻は二時半。早朝どころか丑三つ時だった。


 我はやはり室内でずっと座りっぱなしだったため、下手でな。

 蹴り上げた球は、あらぬ方向へ飛んでいった。




 ……そこには横を向いた鳩がいた。

 その鳩に、とすんと。

 少々高く上がりすぎた球が当たった。


 当たったが、何故か、鳩は全く動かなかった。

 まるで……今の痛みを記憶に刻みつけているようだった。


 そして……不自然にゆっくり、鳩の首がこちらを向いた。

 不気味だった。

 とても、鳩には、見えなかった。




 ———痛いんだナ。




 その声を初めて聞いた時の、背筋が凍るような気持ち悪さは覚えている。

 気がついたら……鳩の顔をした人間がそこにいた。

 血走った目がこちらを見ている。


「痛いんだナ。これは失礼な人間なんだナ」

「な……!? 妖、怪……っ」

「動物、鳥、怪我させるなんて、極悪人だナ。ええ、エエ。これはどうするかナ? ふむ、有罪。なるほど納得だナ。当然だナ。ええ、エエ。いやアおめでとウ———」


「———死刑ですナァ」


 淡々と。

 何の感慨もなく告げられた。


 死刑。


「……!」


 我は、あまりにも恐ろしくて、脇目もふらずに庭から部屋の中に入った。

 そして部屋の中で、何も出来ずガタガタと震えておった。


「……かかさま?」


 しまった、そうだった……なんと情けない母親か、娘を忘れていた。

 娘は一人で我の所に来てくれていた。


「逃げても、無駄なんだナ」

「ひっ……!」

「明日夜に供物を山まで持ってくるんだナ」


 鳩の妖怪はそれだけ言うと、鳩に戻り部屋から去っていった。




 翌日、光儀様にもうまく言えず、とりあえず鳩の好きそうなものでも適当にと思い、屋敷のものを見繕う。

 恐ろしくて誰にも相談できない……だから、夜には一人で近くの万世山まで荷物を持って出た。


 山の中で荷物を展開する。


「供物……こんなものでいいのかしら」


 自信はない。ないけど……それでもきっと、大丈夫なはずだ。我はじっと耐えながら、その時を待つ。


「……かかさま?」

「っ!? 紅姫!? な、何故!?」

「だって、昨日……」


 ああ、そうだ……姫は、一連の話を聞いていた。

 完全に失敗してしまったな……。


 しかし情けないかな、娘が来るまで本当に不安だった。だから娘が来てくれたことで、我は本当に安心していた。


「山は寒いよ」

「薄着のままにしてしまったな」

「寒い…………あれ……? 熱、い……?」


 え……?


「赤い……明るい……どうしてなの……?」


 そんな……山、山が……燃えている!

 まさか、あいつの言っていた『供物』て……!


「かかさま、だいじょうぶ……?」

「あ……」

「姫が、ついていてあげるからね」


 紅姫が、優しい声とともに、不安に震える我の頭を抱きしめてくれる。


 ……ああ、なんと気丈に育ってくれたんだろう。

 の子に好かれぬなどと、要らぬ心配だ。

 勉学ができなくとも、この子は引っ張りだこだ。

 将来がどれほどいい女になるか、楽しみなほどだ。


 ああ……とても、優しく……いい子に……育って、く……れ……?




「かかさま……さむい、よ……」

「……紅姫?」

「…………さむ…………い…………」


 ———これで死刑は終了ですナァ。

 良いことをしたんだナ。

 まったく、人間は、これだもんナ。




 我の顔を抱いた娘の心臓が。

 心臓の音が。動きが。


「あ…………ああ、ああああアアアア!」


 わ、我の……我のせいで……!

 ……そんな……紅姫、が……。


 あ……ああ…………。




 ……燃える山を娘の亡骸を抱えながら城まで無我夢中で走った翌朝、光儀様は動かぬ娘と我の様子を見て狼狽えた。

 我は……恐ろしかったが、昨日の出来事を話した。


「なんだと……それでは、その妖怪を怒らせたのはお前ではないか!」

「……そう、です……」

「それなのに、何故お前が生きて、娘が死んでいる!」

「…………紅姫は……我を、抱いて……そのまま代わりに…………」


 光儀様は、ついに我の胸ぐらを掴んだ……。

 仲睦まじい夫婦として中年も大幅に過ぎた我々だが、その日、光儀様は初めて見せる怒りの顔で叫んだ。


「お前のせいだ! お前が———お前が娘を殺したんだ!」


 ……何も、言葉が返せなかった。

 事実としてその通りであったし、我も全く同じことを自分に言い聞かせていた。何度も、何度も……。




 光儀様は、自ら町や山の鳩を斬りに出向いた。

 狂気的ではあったが……娘の仇とあっては、その気持ちもわかるというもの。


 しかし、それがいけなかった。


 夜になり、闇が深くなってからも光儀様は帰って来ず、あまりに気になった我は出迎えに行った。……光儀様は、まだ鳩狩りで山にいらっしゃった。

 出会って名前を呼び合うや否や、我の前に鳩人間は現れたのだ……あまりに巨大な姿となって。

 光儀様は腰を抜かして、何も言葉を発することが出来なかった。


「光儀。弥々華。大変な罪を重ねた夫婦なんだナ。これは死刑なんだナ」

「き……貴様、どうして……なんだその大きさは……」

「フム。鳩の姿をしたワタシの分体全てがワタシの本体なんだナ。しかし……妖怪じゃない鳩を殺してしまえば、その罪と恨みの分、ワタシが強くなるんだナ」

「……な……それでは、その姿は……」

「そちらの間抜けの、自業自得なんだナ。それじゃあ約束通り、キミと七代先まで……は今のワタシの強さでは二代目で全員滅ぼせそうだからネ? 七代先まで待って滅ぼしてあげるヨ」


 そして……狼狽する我の胸が、苦しくなる。


「あ……が……な、なぜ…………供物は、紅姫が……」

「何を言っているのかナ。ちゃんと約束を守って、キミが死刑になってもらわないと意味がないんだナ。人間だって、犯罪者の親や子供が代わりに死んでも、再犯しそうな本人は許さないよナ? まったく馬鹿はこれだもんナァ……」


 ……そ、そんな……。


「……それでは、紅姫は、何のために死んだ……」

「人間の言葉で、所謂いわゆる『無駄死に』っていうんだっけナ? ハハ」


 こ……こいつ……ッ!

 紅姫を、あの気丈で心優しくて、誰からも愛されていた……!

 我の紅姫をォッ!


「……鳩巨人……お前は……お前はいつか滅ぼしてやる……! 死んでも、この恨み、晴らさずにおくものか……!」

「キミ程度の力じゃこのワタシを倒すことはできないのはさすがに分かるよナ? まさかそんなことも分からないのは馬鹿だからなのかナ」

「我が…………我が滅ぼせ、なくても…………必ず……追い詰めて…………追い……詰、め…………て………………」


 そして我の意識は途絶えた……。




 -


 ……昼寝から覚めるように、山の中で目覚めた。


「……我、は……」


 我は、最上弥々華。確かに最上弥々華である。大丈夫、記憶はしっかりしている。

 しかし……何だこの違和感は。


「……ん? これは……耳? 尻尾?」


 髪に手櫛を通すと、透明のような、綺麗な銀色の髪が抜ける。

 そして、大きな尻尾がある。

 自分の気分で……ゆらりゆらりと揺れる。


「……また、面妖な……」


 ……どうやら我は、生まれ変わってしまったらしい。

 一度死んだから……。


「……そうだ、あれからどうなった」


 死んだ。殺されたからだ。

 まずは自分がどうなったか気になる。


「【ステータス】」


 不慣れながら、横文字を使う。

 ……自分は、仙狐になったのか……はは、なるほど。意識すればするほど、なかなか強い種族に生まれ変わったようではないか。


「……待ってろよ鳩巨人……我は必ず、お前に復讐する……!」




 それから術の練習などを始めたが、どうやら根本的に修練値……レベルなるものが足らないことに気がついた。

 これは由々しき事態だ……時間をかけて解決していかねばなるまい。


 とりあえずこの体は受け入れられるのだろうか。まずは町に入ってみたが……なかなかどうして発展している。

 そして当然のことながら、我は注目の的だった。城主の妻だった頃より注目されてるんじゃないだろうか。まあ我も、こんな姿のものがいれば注目してしまうな。


 この種族で身分もなく城に入るわけにはいくまい。まずは冒険者組合だ。

 我が入ると、しん……と静まりかえった。それを気にせず、受付に行く。


「……妖怪の者か? 珍しいな」


 受付の男が緊張した様子で対応する。どうやら妖怪自体が町中で仕事をするのは全くないと言うほどではないらしい、有難い。


「驚かせてすまぬ。だが事情があってな……【ステータス】」


 我はその情報を見せる。その名前を見て……受付の男が名字を呟き驚く。よかった……どうやら最上家を知らないというわけではなかったらしい。


「最上、ややか……?」

「そうだ、最上弥々華。最上光儀の妻だったものだが、恨みで死ぬに死にきれんでな。生まれ変わったはいいが身分がない。こちらで登録させてもらえぬだろうか」


 ……それからの組合の喧噪は凄まじいものだった。

 話によると、町がこれだけ発展したのは急逝した最上光儀とその妻であるという話が広まっているようだった。

 二代目のおかげだな……いい男に育ってくれた。


「今の城主は?」

景義かげよし様です。五代目城主、最上景義様。そのご子息に、義髙様がいらっしゃいます」


 六代目が、既に生まれているのか……! 随分と我は長い時間を寝ていたようだ。


「分かった、ありがとう。これから長い間世話になるだろうが、町を守れるよう強くなるつもりだ。末永くよろしく頼む」

「はっ!」


 そうして、我と組合との長い付き合いが始まった。




 城も、門番との会話、城主との会話とうまくいき、義髙の世話係となった。


 ある日、山で一人の魔族なるものと出会った。


「あなたは狐の魔物なのですネ。ワタクシの眷属になりませんか?」


 あいつに喋り方が似ている気がして、腹が立ったので断って挑んだ。

 ……短絡的だった。そもそも我のレベルは低かったし、その魔族はとてもではないが我の勝てる相手ではなかったのだ。

 敗者として、その者の眷属になることを受け入れるしかなかった。


「……もっと、強くならなくてはならないのに……」

「おや、強くなりたいのですか。ではワタクシがある程度鍛えてあげましょうかねェ?」

「なに……本当ですか!」

「ええ、ええ。その代わりといってはなんですが……めぼしい貴金属はなさそうですから、この付近のお酒を全種類いただけたら引き受けましょう。どうですかネ」


 その願いは、代償としては安い。

 我はその者……マモン様と地元や他国の銘酒を引き替えに、子鬼ゴブリン討伐による段階的な訓練をさせてもらえるようになった。

 様々な術も扱えるようになり、ゴブリンメイジ、ゴブリンライダーと順調に倒せるようになり……ある程度シャドウゴブリンの複数体を相手取って勝てるようになった頃、我のレベルは121まで上がっていた。


「この付近では十分な強さではないですかネ。……ワタクシ、どうも呼ばれているようでしてこの地を去りますので。またお会いできるのを楽しみに待っていますよ」


 最初から最後まで、唐突な主様だった。

 しかし……鍛えてもらったことには素直に感謝したい。


 我は、城下町で最も強い戦士となっていた。




 義髙も順調に育ち、ギルドの受付も代わり、我は順調に討伐任務に当たっていた。

 しかし、時々何故か討伐任務の中に明らかに強い妖怪が出るようになり、まるでそれまでとは違う強さに我は苦労をすることになる。


「これも……鳩の影響か?」


 我は、城下町に鳩が現れるようになっているのを気にしていた。鳩自体は前々からいたのだが、住人が餌を与えるためあまり逃げないのだ。我にはそれが、どうしてもただの鳩に思えなかった。

 しかし鳩が危険などと荒唐無稽な話、誰が信じるだろうか。それに……妖怪の鳩とそうでない普通の鳩がいる。この二つの見分けを付けられる者など、いない。


 ある日、我はその地に現れた黒い河童に苦戦した。蛙のような鳥のような顔で、陸地でも自在に動く強力な河童だ。

 そいつの攻撃を受け流していると……急に河童が一刀両断された。


「狐の女の子とは珍しいわね。大丈夫?」

「あ、ああ……助かった」

「へえ! 男前な喋り方ね」


 それが香取鈴と呼ばれる者との出会いだった。


 鈴殿は、とにかく能力の底が全く見えないほどの強さを誇っていた。しかしギルドに登録しておらず、どういう存在なのか誰も知らなかった。

 だが、誰かが危機に陥れば必ず助けに入る。鈴殿は、すぐに皆から慕われるようになった。


 難しい任務を一手に引き受ける我と、強い敵の時に現れる鈴殿。

 当然のように、討伐で出会う回数が増えていった。

 お互い慕われてはいたが、お互い肩を並べられるほどの者もいないので、誰かと組むことはない。


 我ら二人が親友になるのに、時間はかからなかった。




 義髙はおたえを妻にし、寧々という可愛らしい娘を産んだ。

 娘というものは……本当に可愛い。同時に、成長するに従って我の記憶に奥底に封じていた紅姫の姿が被って……。


 そして、悲劇が起こった。

 いつ現れるか、前のように姿を見せるかと警戒していたが……ある日突然寧々の様子がおかしくなった。

 そこに母親が覆い被さり……それはまるで……。


 ……いや、違う。

 愚かな我と、これが同じなものか……!


 母と娘の関係が逆だ!

 ここでタエを引きはがせば終わりだ……だが、娘が死んだ後はどうする……!

 娘を……みすみす母親の代わりに娘を死なせた我が!

 どうして娘のために自らを犠牲にする母親を邪魔できようか!

 そのような権利、あるはずが……っ。


 我は……また、何もできない、のか……。


 お妙は息を引き取った。

 ……我は、寧々を地下に閉じ込めた。

 まるで罪人のように……まるで、寧々が封印されし妖怪そのものであるように……。




 ある日。暫く音沙汰もなく忘れかけていたマモン様から、突然の連絡が来た。


『とても強い魔族があなたの元へ来ますよォ。あなたでは絶対に勝てないので、全力で挑んでみてくださいネ』


 そして魔族は、その日苦戦しているカマイタチの討伐任務中に突然やってきた。


 青い肌の魔族。我はその者に先制攻撃を仕掛けてみるも……まるで気にしている様子さえない。効かない、なんて生易しいものではない。そもそも我の全力で攻撃されたこと自体に怒ってさえいない。

 ……なるほどこれは、強いな。


 そう思っていると、消えた。

 消えたと思ったら……特殊個体のカマイタチの大親分を、まるで掘りあげた大根でも見せびらかすように両手で掴んでいた。

 しかも最後を譲るという。……嘘か誠か、我は自分の能力で燃やした。手ごとだ。

 ……全く、効いている様子がなかった。


「これ本当に大丈夫なんでしょうね!? 大丈夫じゃないっつーならぶん殴るわよ」


 自分が喰らったら? 当然無事では済むまい。

 ……う、後ろめたい。さすがに。


「殴らせろ!」

「わーっ! 待って待って大丈夫だから! っていうかやってって言ったの私だから!」


 だというのに、当の本人が怒っていなかった。

 全く、存在そのものが圧倒的だし……それになんというか、さっきから見た目の割にあまりに明るいというか子供っぽいというか。


 話の流れでステータスを見せたが、我自身驚いた。


「ね、ね、前のレベルってどんなだったんですか!?」

「教える必要あるまい」

「ええ〜っ!?」


 言えぬ。

 まさかカマイタチの大親分がいなくても苦戦しかねないレベルだったなどと……!


 我らはそこで、なんと龍の娘だったシルヴィア殿と、可愛らしいダークエルフのエッダ殿とともにギルドへ戻った。魔族は体が大きいばかりであまりに子供っぽく、また本当に町の子供のようないたずらをしてきた。

 子供がするというのならまだ許せるが、こんな大きな女がやるというのは頭に来る。


「そのような児戯をするために我と一緒にいるというのなら、もう案内などしない! 勝手に一人で歩いていろ!」


 そう言うと……な、なんと泣き出してしまった。

 これには我も驚いた。シルヴィア殿もエッダ殿も突然のことで対応できなくなっているようだった。


 ———記憶の奥底に仕舞い込んでいた、紅姫との思い出。


 ……仕方のない娘だ。我は服を破いて涙を拭ってやった。

 我を見るその顔は、まさに大きな娘そのものだ。


「———もう、娘は作りたくないのだがな……」




 それから四人で、城へと戻った。

 義髙にも挨拶をさせ、皆で夕食を取ることにした。海外の者の対応は外交である程度覚えておったので、それに併せた食事にした。自信満々に解説したが実際はどうか不安でな……だが、料理は好評だったようで安心した。


 夕食も終え、明日からどうしたものかなと思っていたら、なんと……寧々が体調を崩していると聞いた。

 な、何故……! いや、理由は分かっている! 城中に目立たぬ程度に魔除けの札を貼って、寧々本人も十分に休ませたつもりが……体力が少し落ちたところをやられたのだ!

 ヤツの強さを、我はすっかり侮っていた。


 ああ、こんな時だというのに……これが生命力吸収サクションであるということまでは分かっていたが、この攻撃に対して何をすればいいのか、結局分からないのだ。

 しかし……きゅうけい殿は、なんと瀕死の寧々を救ってしまったのだ。薬を飲ませて、一瞬で完全回復。……まさか、このような見た目でありながら、回復薬を専門としているなど誰が思うだろうか。


 我は、きゅうけい殿を遣わせてくれたマモン様に心から感謝した。

 レベルを上げてくれた時以上だ。誰かに対してここまで感謝したのは初めてかもしれない。


 三人は本当に頼りになった。可愛らしいエッダ殿も含めて、とにかく三人があまりにも出鱈目に強いのだ。この町……いや、この国を探し尽くしても、ここまで優秀な者達がいるだろうか。




 ある日、四人で銭湯に行ったとき、鈴殿に出会った。

 鈴殿はきゅうけい殿を非常に警戒している様子だった。普段は何者も恐れない鈴殿にしては非常に珍しい。

 結局二人は微妙な距離感のまま、その日の入浴は終わった。

 ……ちなみにきゅうけい殿は、豆乳が売り切れていたことに、全身を使ってがっかりしていた。


 何かにつけて鈴殿はきゅうけい殿を避けているどころか、かなり辛く当たっており……さすがの我も、少し討伐が遅かった程度で、きゅうけい殿が『ここにいること』そのものに文句を言ったときは頭に来た。

 きゅうけい殿は……我にとって救世主なのだ。ここ大和では製薬の魔法を使えるものがおらず輸入に頼っておる。それでもかなり値段が安くなった方なのだが、ポーション一本に銀貨は当たり前、ハイポーションを数本買おうものなら小金貨が飛ぶ。

 それを……あのエクスポーションとエリクサーの大盤振る舞いだ。あんなもの毎日湧き出る湯水のように飲ませていたら、山縣城の予算でさえ一瞬で消し飛ぶ。……だというのに……山縣城の食事に大浴場に、せいぜい寝る場所。そんなもの程度できゅうけい殿は満足してくれておるのだ。


 もう、きゅうけい殿がいなかった場合のことなど、怖くて怖くて考えられない。もう……もう失うわけにはいかないのだ……!




 巨人の噂、はぐらかしつつも、対決が迫っていることは気付いていた。

 決め手は……エッダ殿が山に鳩が集まっていると言ったことだ。


 我が寧々を呼んで窓で待機していると……なんときゅうけい殿達は、みなそのことを察していた。対応が早い。

 普段は子供っぽいというのに、たまに見せる顔のなんと頼りになることか。

 シルヴィア殿の大きな背中に飛び乗り、四人で近くまで飛ぶ。

 そして我らの後に、鈴殿がやってきたようだった。


 ……結末は、あまりに呆気なかった。

 きゅうけい殿が……なんと、全ての鳩の妖怪を倒したというのだ。先ほどシルヴィア殿が高度を落としたのは、それを察したというやり取りなのだろう。

 そして鈴……いや、パオラ殿。フェニックスのパオラ殿により、あの凶悪で強くなりすぎた残忍な鳩巨人は、一瞬で灰になった。




 しかし次に起こったことは、あまりに我の想像の及ばないことだった。


 最も命を救ってもらったパオラ殿が。最も大恩のあるきゅうけい殿を、本気で殺しにかかっている。


 ……その会話は、きっとパオラ殿の、この地にいる本当の事情なのだろう。

 我が入って良い場所ではない。

 それでも……わかる。会話を聞けば分かる。


 きゅうけい殿は……全く関係のない、赤の他人のために……そのような者のために自分の命を差し出しているのだ。

 人類を滅ぼす命令を受けたパオラ殿と、人類の味方を決めたきゅうけい殿。

 あの、鳩巨人でさえ一瞬で滅ぼした、火の鳥の業火をその身に受けてまで……。


 やがて……永遠とも思われた炎は鎮まり……その怒りの業火が収まった頃、きゅうけい殿は気絶していた。

 常人には何度即死を繰り返したかわからないほどの業火だが、見た目の上では完全なる無傷といってもよかった。

 だが……無事とは限らない。


「どうしよう、私、取り返しのつかないことを……!」

「取り返しはつく! 城まで走れ!」

「え……!?」

「寧々付きの千世に、薬を要求しろ! 今すぐだ!」

「……っ! 分かった!」


 パオラはその赤い髪を光らせ、きゅうけい殿を横抱きにして目にも留まらぬ速度で、城まで走って行った。

 ……後には、シルヴィア殿とエッダ殿が残った。


「……あたしたちも、帰りますか」

「そう、だな……ああ……終わったのだな……」


 そう、あまりにも目まぐるしくて意識しなかったが……。


 ……我の……七代に渡る因縁は……終わったのだな……。




 きゅうけい殿は、無事に起きて……なんとパオラ殿と、そのまま友達になることを希望した。本来は我とマモンのような関係らしいのだが……きゅうけい殿は「絶対嫌」と言い切った。

 ……本当に、なんと甘く、子供のように無邪気で、そして優しい子か……。


 今度は、パオラも断らなかった。




 後日、しばらくパオラ殿ときゅうけい殿達は、外に出かけてしまった。

 なんとも久々の、一人の町中散策をする。

 こうやって見ると、本当に発展して綺麗な町だ。


 ……きゅうけい殿は、鳩巨人の分体が一つ残らず町にあると言っていた。我はあの嫌味で厭らしく腹の立つあの者の考えをよくわかっている。

 きっとヤツは、パオラ殿に殺された後、こう言うのだ。


『キミがワタシをすぐに殺したせいで、町が滅んじゃったナ』


 ……い、いかんいかん。想像するだけで頭に血が上りそうだ。

 だが間違いなく、そのつもりだったのだろう。一羽二羽ほど山や海方面にでも逃がして……虱潰しに殺させたところで、最後は城の屋根に出現。

 山縣城を潰し、寧々を殺して、義髙を殺して言うのだ。


『キミのせいで最上家が滅んでしまったナ、人間はコレダモンナ』


 と。

 本当に……あの時……真っ先に鳩巨人の特徴を周りの者全員に伝えられてよかった……。


 ……ふと思ったのだが、もしもパオラ殿が先に着いていたら……?

 その想像は……あまりに恐ろしいものだった。


「もしかすると、あの三人組で一番凄いのは、エッダ殿かもしれぬな……」


 あの可愛らしくも色っぽい、寧々と一番の友達になってくれた浅黒い肌の美少女弓術士。あまり意識はしなかったが、あの者が一員である意味を、ようやく理解できた気がする。




 その日の夜、我は山へと呼ばれた。

 かつて、紅姫が命を引き取って燃え上がった山。すっかりその山も木々が生い茂る普通の山となっていた。


 そこには四人が、調理器具を持って和気藹々としていた。……いや、よく見てみると、料理しているのはきゅうけい殿だけみたいだ。


「えっへへへ〜。お世話になった弥々華さんに、私がお礼をしちゃうよ!」


 ……そんな……。世話になったのは我の方だ。

 我の悩みを全て解決してくれたのが、きゅうけい殿だ。


 ……いや、きゅうけい殿はパオラの怒りを全て受け止めた。自分のことでなくても、自分の罪のように。

 そんな彼女なら、きっとあれだけの討伐を行ったことなど、些細なお仕事なのだろう。衣食住を世話した我のほうを気にかけてくれているのだ、全く……ふふっ、無邪気であるが故に末恐ろしい。


 料理を見てみたら……そこに現れた料理の数々に、我は驚いた。

 鮭だ。嫁いでからというもの、あまり食べることがなかった鮭が調理されて並んでいる。


 塩焼き。ああ、寧々が生まれてから城から二日と離れられなかったので断念した、何度も欲しがった、あの鮭の塩焼きだ……!

 更に……汁物か! 鰹や昆布も使われている……!

 なんと豊富な海の幸か……!


「やっぱまずはニホ……大和で鮭といえば塩焼きだよねー」

「……えと、きゅうけいさん……本当に大丈夫なんですかぁ……?」

「エッダちゃんは貝とか海のもの食べないんだっけ? だいじょーぶだいじょーぶ! ダメだったら私が食べちゃうからねー」


 ……妙に、大和に詳しいな、この魔族……。


 そういえば……。


「なあ……」

「ん?」

「きゅうけい殿は、本名がきゅうけい殿っていうのか?」

「……え?」


 ふと見ると、シルヴィア殿が頭を抱えていた。

 ……何だ?


「弥々華さん、すみません完全にあたしのミスです」

「……な、何だ……」

「きゅうけいさん、ステータス出してください。……ああもうやっちゃった、あたしのバカ……」


 ステータス? 確かに見たことはないが……。


「まだだっけ……? えっと、じゃあ【ステータス】」


 ———タマエ・カガミ。


「火神球恵っていいます!」

「大和出身なのか!?」

「んー、そんなかんじ? 記憶が正しければ、宇和島うわじまのほうだよ」


 うわじまって! あの北でも南でもない海に面した、海の幸の兎話島うわじま城下町のことか!?

 ああ、なるほど! きゅうけい殿、最初っからこっちの人だったのか!


「……なるほどな……そういうことか……」

「そだよ! でも本当にこっちがどういうことになっているか全く分からなくて、しかもこんな見た目だから、どうしても案内が欲しかったんだ。だから弥々華さんには本っ当に助かったよぉ〜っ! ありがとうございましたっ!」

「うむ! そういうことなら、お礼として受け取っておこう!」


 ようやく、きゅうけい殿の謎が分かった。

 思えばきゅうけい殿、席が離れていたから気付かなかったが、最初から箸を使って食べていたのだな。

 あんこも食べ慣れていたし、緑茶も飲み慣れていた。

 温泉だって行きたがるわけだし、着物だって珍しがらないわけだ。


「ならば味は大丈夫そうだな」

「そりゃもーね。パオラさんもこっちの事情が分からなかった頃からお世話になったってことで張り切っちゃってね」

「パオラ?」


 そこには、手伝えず少し申し訳なさそうにしているパオラがいた。

 名前はいきなり変えると困るかと思ったが、黒髪の頃の鈴という感じと違って、髪が炎の色となった今はパオラと呼ぶのに抵抗はない。


「……ええ、まあ……ずっと親友って思ってたけど、私はあなたの事情を根掘り葉掘り聞いて、あなたには名前すら見せてなかったから。だから申し訳なくてね」

「気にするな。その分のお礼を今日はしてくれるのだろう?」

「……これがお礼になってるかわからないんだけど……まあその……きゅうけいさん? カガミさん? がこれが絶対良いって言うもんだから従ったわ」


 ……一体、何だ?

 そう思っていたら……きゅうけい殿が笑顔で鍋の蓋を開けた。


 米を炊い……て……!?


「これは……!」

「お魚とか好きなら、こういう記念の時に食べてもらえるとうれしいなーって」


 米の上に魚がでかでかと載っている。

 これは……なんと大きい……鯛!


「おめで鯛めしです! 後は生活魔法でカット! いやー楽でいいね!」


 そして身だけを米の中に入れると、今度はしゃもじで身を混ぜ込んでいく。


「これは手作業でやりたいんだよねー」


 身が、米の中に混ざって……。

 ……ああ……わかる……あんなの絶対美味しいに決まっている……。


 きゅうけい殿が、茶碗に一人分を盛りつける。

 そして、鮭の塩焼きの隣に置いた。


(食べる)?」


 そんな笑顔で、そんなことを言われたら……。


 長い間、一人だった。

 分かってくれる人なんていないと思っていた。

 だけど……我のやってほしかったことを、全部やってくれて。

 お礼にこんなに心から、欲しいものを出されるなんて。


 幸せな生まれから、最後は転落した人生。

 解決の糸口が掴めない、第二の人生。

 ……だが、生きてさえいれば。

 幸せな記憶の一日を得られる日も来るのだ。

 例えば、今日のような……。


 光儀。紅姫。

 我はもう一人ではない。

 大丈夫だ。


 我は、永らく忘れていた、童心に戻った心からの笑顔で答えた。


(食べる)!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ