きゅうけいさんはお布団にこだわる
山賊を倒して、女の子を助けて、とっても気分がいい。
どうしても日常生活って、普段の活動が誰かの役に立っているという仕組みではあるものの、そのことを感謝されるということはない。
誰かにとってありがたい存在だったとしても、直接感謝の言葉を貰わなければ、感謝されてるってわからないものだからね。自分も、なかなか意識しないと普段褒めたり感謝したり、なかなか言わなかった。
……庵奈にもお礼、もっと言いたかったな。
『何から何まで、ありがとうございます』
……んふ。んふふふふ。
いけないいけない、ミーナちゃんの言葉を思い出して、にやけちゃってる。
山道で一人でニヤつく魔族。
かなり危ない絵だ。
『それと……最初に怯えちゃって、ごめんなさい』
……それにしても、いい子だった。
最初は油断していた。私だって、自分で自分の姿を湖で見た時、悲鳴を上げたじゃない。しかも、目の前であそこまでの力を見せつけて。
だから、まさか、会話できるなんて思っていなかった。
会話して、笑って、感謝されて。
「ミーナちゃん、かあ」
また、会いたいなあ。そういえば弟くんは無事に治ったのかな?
もしもダメだと再び会う時気まずいってレベルじゃないので、思いっきりエリクサーを作った。【クリエイト】は便利な半面、消費魔力が大きくてゲームの中でもLV100でちょっと使える程度だ。エリクサーとなると、LV9999でも使えてせいぜい5回。あと、ストックができない。
それでも近接でボスを倒す場合は、テクニックが一歩足りなくても全回復5回となると、ボスの攻略難易度が大幅に変わるので、貴重な魔法だ。
そしてなんといっても、使い捨てができるエリクサーというのが、普段エリクサーを溜め込む人にとって非常にありがたかったらしい。
みんなはエリクサー、使っちゃう派? 溜めちゃう派?
ちなみに私は面倒なので使っちゃう派。ザコ敵であろうとセーブポイントに到達する前にやられそうなら使っちゃう。使って負けたらもったいなくないからね。遊びといっても面倒は嫌いなのだ。
「あの魔法なんとなく使っちゃったけど、そういえば離れて消えたりしたら大惨事だ。この世界でもストックできるのかな」
洞窟の中でやることが出来た、薬のストック実験だ。
特に、じっとしててもできそうなところが最高だね!
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洞窟に戻ってきた。さすがに山賊だけあって、結構いろんなもの溜め込んでた。
食料、金銀財宝、武器の類。
「まずはおふとんの確認をしなくちゃね」
そこで最初に確認するのがお布団ってあたりが、いかにも自分だった。いや、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界のアクセ類にはちょっと興味あるけど。ちょっとっていうかすっごい興味あるけど! でも、この姿に黄金のティアラは似合わないだろうなあ……。
元の人間の姿だと似合うかと言われると……元のぼさぼさショートの球恵さんに、黄金のティアラ……。だ、だめだ、考えるだけで悲しくなるのでやめよう。
お布団は……あっさすがにいいもの使ってる。いい感じのベッド、マット、敷布団っぽいの、そして毛布があった。
どうやって作ったんだ、とかは今は考えない。
「これは期待できる。よし……寝よう!」
私は中に入ろうとして……全身鎧であることに気づいた。
「森の中だと寝るのに助かった全身鎧ならまだしも、この毛布の中で全身鎧はもったいない」
睡眠の神様に申し訳が立たない。
睡眠の神様って?
それは、もちろん……うーん、ノリで何か言おうと思ったけど、そもそも自分が怠惰の大罪なんだった。
「つまり、怠惰の象徴的に、気分良く睡眠できないのは自分という存在に対する冒涜だってことだよ!」
よし、言い訳が立ったぞ。誰に言い訳してるんだっていうの。
私は自分の体に纏わり付いている鎧に意識を向ける。
(右手の装備は、意識を向けるだけで出たり消えたりした。これはアイテムボックスの魔法という感じだった。つまり……)
鎧も、脱がなくても装備の解除ができるはずだ。
「(鎧装備、解除)……! よし、解除でき……わああっ!?」
私は装備を解除した瞬間、びっくりして悲鳴を上げた。
「そうだよ、私めっちゃ真っ青だったね」
鎧が脱げて、スポーツブラみたいな布とパンツだけになった自分の体を見る。当然ゲームの中でも、装備全部解除されたからって、この二つが脱げてないんだから、下着は生物標準装備なのだ。
黒い現代的な下着って感じの布が、体にくっついている。
「……んふ」
そして現れた自分の体型、目に入って勝手に口角が上がるよ。
人間の火神球恵の頃にあった、ほんのちょっと三段腹になりかけてたお腹が、縦の筋が入っていて横の筋が入っていない程度のすらっとした体になっている。
胸は据え置き。CもしくはBってところ。でも、以前まであったお腹がなくなって、綺麗で細いお腹との対比で、以前より大きく見える。
「いいじゃ〜ん、私めっちゃスタイルいいんじゃない?」
誰もいない室内で、片手を頭に、片手を腰に、クイっと腰を曲げてみる。自分で自分のファンイラストを描きたい。道具と鏡があったら暇つぶしにでも描いてみようかな? どうも、絵画を嗜む大悪魔です。投稿サイトでは、これでも最高でランキング497位入りました! 500位中のね! ……まあ、そのぐらいです、はい。
そういえば、ゲームのレヴィアタンもスタイルめっちゃ良かった。お前そのダイナマイトボディで何が他者への嫉妬だふざけんなってぐらい、あった。
ていうかゲームの女キャラは、マシュマロ女子として設定してない限り、基本的にみんなスタイルいいよね。開発としても、スタイルいい体型の方がテンプレートあるからね、だから私がスタイルいいのも仕方ないのだ〜んっふふふふ。
自分で自分の腰回りを触りまくって満足したところで、おふとんに入る。おふとんのふかふかの感触が、私を包み込んで、口元がにやけ……
「……。……?」
……なかった。私は真顔になった。
この感触は、間違いない。
「――――洗って、ないッ!」
おふとん、あらってない!
いやまあ確かに山賊がきちんと飯以外の家事してるとは思ってなかったけど、コレは許されざるよ!? おふとんの感触が、なんだかぺとぺとしている。田舎の古い食堂でキッチン近くのトイレの暖簾を思い出すような……わかりにくい? そんなかんじで、ぺとぺとしている。
これは睡眠の神様こと私に対する冒涜だ。
さっき大悪魔だとか言い訳したのに神様を名乗るなって?
じゃあ、睡眠の神様を出しなさいってものよ。
私は前世、怠惰不足で死んだ(と思う)。そういう人が増えているし、実際に隣の席で庵奈がそのことを連想して指摘するぐらい、みんな睡眠不足だった。
怠惰は大罪じゃない、信仰するべきものなの! みんなもっと、手を抜くために全力を出すべきなの!
さあ、私ベルフェゴールこときゅうけいさんを崇めなさい! 名前も火神っていうし、火の神カグツチも怠惰の火神さんも似たようなものだよね!
似てない?
私もそう思う。
ってわけで、私はおふとんを魔法で丸洗いした後に、魔法で乾かすことにした。しかしどうしようかなと思って【マニュアル】を調べてみたら、生活魔法とかいろんな実装してない便利なものがあり、試してみたら当然のように使えた。
よし、全力で気持ちよくしよう。このレベルの魔力を使って、全力で気持ちいいおふとんにしてやろう。
のんびりとした休暇を楽しむために、気合を入れて覚えますか!
怠惰の象徴なのに気合入れるのかって?
そりゃ、休暇のためなら頑張りますとも。
マニュアルを見ながら使った【ウォッシュ】【ドライファッション】を終えたけど、お布団乾燥魔法は完了までそれなりに時間がかかってしまうらしい。ってわけでのんびり乾燥中、私はその他のものを漁りに行った。
お腹はすかないけど、食べ物があるかどうかは気になる。溜め込んでいるものを見てみると……ものすっごい溜め込んでた。
「これは……チーズ! サラミ! そして……ベーコンの塊!」
ふっふっふ、いいものがあるじゃないですか〜!
ちょっとチーズをいただこう。……うん、十二分にいける。普通にチーズだ。っていうか、めっちゃおいしいんですけど。
「他には何かないかなー? って」
なんと、そこには……米があった。
「米食!? ヨーロッパってパン食だよね、なんで米があるんだろ。サラダみたいに使ったりすることもあるって聞いたけど」
そのまま近くのものをごそごそ漁ってると、気づいた。
「パスタ。小麦粉。……そっか、ここって海マップも沢山あるゲームだから、ややイタリア系の世界観だったんだっけ」
じゃあ米は当然……
「……リゾット用だ」
素晴らしい。私はフライパンを探し出して、包丁も探し出した。肉は胡椒に浸かっていたし、じゃがいももあればなんでもあった。
「世界観まばらだけど、今はほんとにそれがありがたい」
早速、ガスのない世界で発展した生活魔法を使ってみよう!
「まずは米を、フライパンにざーっと入れて、と」
手元にある食材を、覚えている限りのいい加減な手順で、とりあえずざっくりぽんぽん入れて調理する。リゾットは割と雑でも食べられなくもないものになってたはずだ。
あと、塩胡椒と、パルメザン……の硬くてでかくてごついやつを、以前テレビで見たようにショリショリ入れてみる。
程なくして、リゾットっぽいものができあがった。
「よし、試食してみよう! …………」
私はリゾットを食べる。
……これは……
「……うっすい! 塩と胡椒を……もうちょっと入れよう」
入れて、再び食べる。かなりマシになったけど、まだ薄い。チーズがめっちゃおいしいからなんとかなっているようなもんだ。
つーか転生勇者とか、料理みんな上手すぎるでしょ。いきなり菓子作りとか、あんなん男子がホイホイできるかっつーの。それとも私の女子力が低いだけ? ……可能性として大きすぎるので、考えないことにしよ……。
スペック上の数値……INTが高くても、知識量は元の人間のままだった。
「……ああ、そっか。米をもっと、コンソメかブイヨンか、なんだったかのスープとかで煮ないといけないんだっけ……」
あのコンソメキューブが恋しい。実はあれ、昔から使ってて何気ない商品だけど、すんごい手間の果に完成している手順を省略した商品なんだよね……。
赤と黄色のパッケージのコンソメ……同じような色のカレー……そして、和食の出汁のパック……。そこまで連想して、当然そのことに思い至った。
「……しばらく和食はおあずけかあ」
しばらくっつーか一生かも。一生涯がどこまで続くか全くわからないけど。前世で蔑ろにしてきたメメント・モリ、今世は完全に忘れそう。
和食は、味噌醤油は……さすがにこの世界で望むのは無理だ。中華もないだろうし、女子会で食べたパクチー料理もきっとない。
「まあ、私イタリアン大好きだし、ていうかイタリアン食べすぎて太ったし。アヒージョとか大好きだし、のんびりイタリア料理の練習でもしますかね」
アヒージョってイタリアじゃなかった気がする。スペイン? ドイツ? 私の感覚、オリーブオイルを使っているヨーロッパ料理は全部イタリアってぐらいいい加減だ。……そうだ! オリーブオイルがないんだった。後で探しておこう。
ってわけで、今後の予定を決めたところで、ネットのディクショナリーウェブサイトを懐かしみながら、なんちゃってリゾットを完食した。
もうちょっと夜まで長いし、クリエイトの練習というか、確認をしてみよう。
「その前に、クリアエリクサー作っちゃった時点で割と魔力が減っていたんだよね。【レベルリリース】」
私は、まずレベルを元の状態に戻すことにした。
「これでいいのかな。【ステータス】」
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TAMAE KAGAMI
Belphegor
LV:90Quad
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「よし、九京に戻ったね」
元が強いだけに、『力が戻ってくる感触』というのはないけれど、ちゃんと元のレベルに戻ってくれて安心した。
「それじゃ早速やってみよう。【クリエイト:エリクサー】」
私の手元に、白い瓶が現れる。一見よく見たアイテムで間違いない。
でも……ちょっと違う。何か、小さく絵みたいなのが描いてある。横顔……角の生えた、ミュシャチックな青ベタで塗られた横顔の絵だ。赤いロングヘアの……
「って、まさかこれ私!? 回復薬が、ベルフェゴール印!?」
なんとエリクサー、私謹製って印がついてた。大罪印のエリクサーってどうなの。
……あれ、そういえば……クリアエリクサーにもついてたっけ? しっかり確認してなかった。でも、この調子ならついてそうだ。
まあ、今考えても仕方ない。性能的には……問題ないはず。
「よしよし、沢山作ってみよう【クリエイト:エリクサー】【クリエイト:クリアエリクサー】……」
ぽんぽんとベルフェゴールエリクサーを作っていく。6本目も……出来た。いやーゲームバランス壊れちゃうね。まあ当然出来るよね、単純計算、五兆本ぐらい出来る計算だもん。
人類一人一本エリクサーどころじゃない。確かにこりゃ、経済壊れちゃうね……ミーナちゃんに指摘してもらえてよかった。
ちなみにエリクサーがHP全回復、クリアエリクサーが状態異常完全回復だ。クリアエリクサーは安かったかな?
病気に効くかなと思ってミーナちゃんにはクリアエリクサーを持たせました。多分これで大丈夫なはず……。
10本作ったところで、アイテムボックスに1本、部屋の中に1本、そして……外に8本ほどばらばらに置いた。
「これでどれも消滅しなかったら、ストック永続ってことだね」
ゲームではやられたら消滅、そして寝たら消滅だった。でも多分大丈夫だと思う。この世界にそういう、ゲームバランス的なものがあるとは思えない。
その根拠は? もちろん私のレベルです。
それからのんびり一通りのポーション類などを作ってアイテムボックスに仕舞うと、お布団の様子を見に戻る。
お布団、無事に乾燥していた。やったね!
触って感触を確かめる。湿気の感じない手触り、少し沈む手、爽やかな干したてのようなおふとんのにおい……。
「……これこれ、これですよ!」
この魔法、いいね! やっぱり山賊リーダー、いい布団を使っていた。それに、やっぱりどうしても男の人が使っていた……しかもあのでかいごついおっさんの使っていた布団を共有感覚で使うのは、ちょっとね。
ふかふか布団の中に入る。……んふ。こっちの世界に入って、初めてのおふとんである。やばい、もうここから離れたくない。
布団は人類の叡智。睡眠は最上の娯楽。
(ありがとうお布団、あなたは私の最高の友達)
―――そう思った瞬間、頭の中に、ミーナちゃんの悲しそうな顔が浮かんできた。
「う、うそうそ! 私の一番はミーナちゃんだよ!」
どうしてミーナちゃんを思い浮かべてしまったのか。初めて優しくしてもらえて、離れてしまってやっぱり私は寂しいのか。
小さな女の子に心が依存してしまう、中身が成人のはずの魔族。
誰もいない部屋の中で、虚空に向かって必死に弁解する滑稽な魔族。
……魔族。
「ミーナちゃんは……私のこと、友達って思ってくれるのかな……」
私は、ふかふかの布団の中で……ほんの少しだけ、一人きりの肌寒さを感じながら眠りについた。