別視点:ミーナ
私は、ミーナ。街に住んでいる、13歳。
お父さんと、お母さんと、私と、弟のミルコと四人で住んでいます。
弟の調子がおかしくなったのは、二ヶ月前から。徐々に悪化していって……お父さんがお金を出して来てくれた薬師の人は、難しい病気だと言っていました。
親切な人だったから、その病気の詳細と、治し方を教えてくれました。すぐに見たら分かるらしい、特徴的なきのこ。だけど……危険な森の中だし、すぐに必要なものじゃないから在庫がないらしいです。
冒険者が受けるまで待ってほしいと言っていたけど……一向に受けない。誰も、採取なんてお金も少なくて地味で、なのに危険な仕事なんてしないって。
ひとつ下の弟は、昔から仲が良くて。ずっと私の後ろをついてきていたのに、スライムが出てきたら前に出てやっつけてくれたんです。まだ弟は私よりも小さいけど、きっと私より大きくなって、頼れる弟になってくれる、そう思います。
病気の弟は……本当に毎日苦しそうで。だというのに、私が近くに行くと、大丈夫って笑いかけてくれる。私には……もったいないぐらいの、いい弟なんです。
守ってくれた、弟、ミルコ。
今度は、私が――――
―――私は、我慢できずに飛び出しました。
「このあたりに……ないのかな、まだ先なのかなあ……」
私は、そのきのこが魔物のいるところにあると知っていたのに、山の中に入ってしまいました。
こわかった。何度も、怒るお父さんとお母さんの顔を思い浮かべて、冒険者を待ってからでも遅くないと、戻ろうと思いました。
だけど……弟の顔を思い出すと、戻る気にはなれませんでした。
今助けなければ、もう二度と会えないような、そんな気がして。
山の中を歩く、歩く、歩く。
一体どこまで来たんでしょうか。
魔物に出会わなかったのが、奇跡みたいなものでした。私はずっと、きのこを探していました。どこに、どこにあるの……。
そう、ずっと、探していました。
ずっと、下を見ていました。
無警戒に。
「こんなところにガキがいるなんて珍しいじゃねえか」
だから、気づきませんでした。
「あ……ああ……」
ぱっと見て分かる、明らかに街で見るような男の人とは雰囲気が違う大きな男。
魔物には出会わなかった。だけど……もっと危険なものに出会ってしまった。
「身なりがなかなかいいな。これは……人質に使えるか?」
「お頭ぁ! せっかくだから連れていきやしょうぜ!」
「ああ、思わぬ拾い物だ。今日は運がいいな……よし、こいつを縛っておけ」
「あいさぁお頭!」
間違いない、街で少し話を聞いたことがある、危ない人達。
私は、抵抗むなしくロープで縛られました。
口まで布で縛られて、山奥の洞窟まで連れ込まれる。こんな遠いところに、こんな怖い人達が沢山いたなんて……。
どうしよう、助けなんて絶対来ない。それに、来たとしてもこんなに強そうな人がいるんじゃ、返り討ちにあってしまう……。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。ミルコ、ごめんなさい。
考えなしで、ごめんなさい……。
「へへへ、見ると子供なのになかなかいい育ち具合じゃねえか」
「身代金の前に、いただいちまうか?」
「いいねえ……丁度山道を通る商隊のババアにも飽きてきたところなんだ」
「お嬢ちゃん痛がっちゃうなぁ〜……グフ、グフフ」
なんだか、こわい会話をしています。
私を、いただく?
私が、痛がる?
一体どういうことなの……? でも、きっととても嫌なことをされる。嫌なことをされるけど……こんな人数相手に、それどころか一人相手だったとしても、勝てるわけないよ……逃げられるわけないよ……。
「お前たち、慎重に扱えよ。死んでしまったら使えねえからな」
一回り大きい、兜を被った男の人が私を縛っているロープを掴みます。そして片腕で……な、なんて力なの……こんなに無造作に、私が持ち上がってしまって……。
私が震えていると……急に雰囲気が変わったのがわかりました。
「誰だッ! 侵入者……な、なんだ!」
「おい、何が……ヒィッ、あ、悪魔だ! 悪魔が来たぞ!」
「集合! 全員集合! こいつをぶっ殺すぞ!」
悪魔? 一体どういう……っ!?
あ、悪魔。
悪魔がいます。
青い顔。明らかに人間じゃない、黒い眼球の中に、赤い光があります。
初めて、見ました。
初めて見て、一目で悪魔だと分かります。
「山賊?」
「おい、言葉を喋るぞ!」
しかも、会話をしています。ただの魔物ではありえません。
「面倒は嫌いなんだけど……手加減するよ、かかっておいで」
そこからは、一方的でした。
軽く手で叩くと、あの大男が大げさすぎるほどの悲鳴を上げています。そして、腕を押さえています。……間違いなく、折れています。
それを見て、口元を緩めて……笑って満足そうに確認していました。その顔を見た瞬間、男達から一斉に悲鳴が上がりました。
怖い。……怖い、怖い……!
目を開けると、あの強そうな男達、全員の腕が折れています。まさか……手加減して、ただ手で叩くだけで、一瞬で同時に腕を折った……?
つ、強過ぎる……。
どうして、こんなことになっているんでしょう。
私が、そんなに悪いことをしたのでしょうか。
ここまで、怖い目に遭うほどだったのでしょうか。
そこから、山賊と呼ばれた人たちは、片腕の痛さに顔を歪めながら、武器を片手に外へ出ていきました。……私と、悪魔の、二人が部屋に残ります。
悪魔が。
悪魔が私を見ています。
そして私と目を合わせて、近づいてきます。
怖い
怖い
こわいこわいこわいこわいッ!
間近で見ると、本当に怖い! 黒い目、赤い光。そして異常なまでの強さ!
私の、あの全く身動きできなかった頑丈なロープを、引っ張ってちぎっています。な、なんて力なんでしょう、あんな手で握られると、頭なんてラビオリのように……!
「……あ、ああ……こ、殺さないで……!」
逃げ、ないと……!
「腰が、抜け……こんな強そうな悪魔が、なんでこんなところに……」
動かない……どうして、動いてよ……!
私が、私が何をしたっていうの……!
「……ねえ、話を」
「ひぃっ!」
声が……! 私を見ている! 悪魔が私に話をしようとしている!
でも、そこで絶望感に震えていると……その悪魔が、後ろに身を引いて……何故か、とても悲しそうな顔をした。
「……怖がる気持ちも、分かるよ……私、悪魔だもんね……? ……こんな見た目だけど……い、一応さ……私、あなたを助けたんだよ? ……そんな反応されると……さすがに、へこむよぉ……」
―――――え?
「……」
「……」
私は、だんだんと冷静になります。
そういえば、この悪魔は、どうしてあの男達を倒したのでしょう。そして……どうして殺さなかったのでしょう。
この悪魔にとって、殺すほうが、明らかに簡単だったはずです。
そして、私。
どうして、私のロープを引きちぎったのでしょう。
どうして、私は襲われていないのでしょう。
正面の、赤い髪を下に垂らして、ぺたんと座っている悪魔を見ます。
……今、この悪魔は、何と言いました?
『私、あなたを助けたんだよ?』
……そう。
この悪魔は信じられないことに、私を助けています。
私を助けたと自己申告しています。
もう一つ、気になったことがあります。
『……怖がる気持ちも、分かるよ……私、悪魔だもんね……?』
まるで、自分の見た目が悪魔なのを気にしているみたいです。
それは……自分の見た目が悪魔の姿なのを、嫌がっているとしか思えません。
この悪魔……魔族……
……悪い魔族じゃ、ないの……?
俯いた姿は……なんだか、叱られた女の子みたいで……とてもこの人が、私に痛いこと、嫌なことをする人に見えませんでした。
……。勇気を、出そう。
「……あ、あの……」
魔族が、ぴくりと肩を揺らして、恐る恐る私を見ています。……さっきまで大男相手に圧倒的な力を奮っていた魔族と同じとは思えない、小さな姿です。
「え、えっと、あなたは……その、私を助けた……のですか?」
「……そのつもり、だよ」
弱々しく答えます。やっぱり、そうでした。
「そう、ですよね……えっと、ありがとう、ございました……」
そう言うと、安心した、というような感じの表情になりました。……なんだか、片目を閉じながら、目尻を人差し指で押さえています。
――――ええっ!? まさか……!
まさか、今、泣いちゃってたんですか!?
私が怖がったから、それだけで悲しくて泣いちゃったんですか!?
それからは、もう、怖い人には見えませんでした。
私はこの魔族さんとお話をしました。何故かわからないけど、この魔族さんは人間の味方をしているそうです。
さっきの大男……山賊たちですけど、やっぱり殺さないようにしていたみたいです。でも、その理由がもっと驚きました。
「人間といっても、あの人達は悪人だったから、更生させようと思った。体力はありそうだから、出来れば真面目に働くようになってくれるといいなーと思って、殺さないように気をつけたよ」
なんと、ちゃんといい人悪い人の判断をした上に、あんな街の兵士なら制圧して殺してしまいそうな悪人達を、更生させたいから殺さなかったというのです。
人間よりよっぽど、優しいです。もう、わけがわかりません。
わけがわからないけど……この人、すっごくまともです。下手な人間より、よっぽどまともな人かもしれません。
話は、私の弟の病気になりました。私は、弟の病気のこと、そしてきのこを採りに来たこと、そこで襲われたことを話しました。
「【マニュアル】」
魔族さんはそう言って、突然ぼーっとしています。なんなのかと聞くと、何か魔族さんだけ見れるものを見ているみたいです。
そう言うと、今度はステータスを見せました。ステータスは、当然見れます。私は、見れるよと言いながら、その内容を見て……本当に、驚きました。
「べ、ベルフェゴール……大罪の大悪魔、ベルフェゴール……!?」
「……あちゃあ……見られちゃったかあ……そうです、私はベルフェゴールです」
ほ、本物の大悪魔だった……! 悪の象徴である、ベルフェゴール……!
更に私は、その下の文字も見てしまいました。
LV:9999
……人間の……私達と同じ次元の存在じゃない、です……。
こんなのを、滅ぼす悪だと教えていいのでしょうか。
街の冒険者が、レベル10や20です。Aランクさんが、40です。Sランクの人は60以上あると言われていて、勇者様は、100以上だったと思います。
最初に聞いたときは、やっぱり勇者様はすごいと思いました。
でも。
100以上だから、何だと言うんでしょうか。
目の前の存在が、9999……一万……二桁違うんです。
しかも、七罪は……当然、七体いるはずです。
勇者の、二桁上のレベルの、七体の大悪魔。
こんなの……こんなの、人類全てでかかったところで、勝てるわけないじゃないですか。
でも、そんな事実でさえ、次の会話で吹っ飛びます。
「……どちらかというとそっちじゃなくて、タマエって方が名前なので呼んでほしいかな」
「……タマエ、さん?」
「―――! うん!」
ステータスを見た時に見えた、種族ベルフェゴール族の、タマエ・カガミさん。ベルフェゴールなのに、なんだか別の国の人みたいな名前です。
そして名前で読んだら、なんだかとっても嬉しそうに体を揺らして、ルンルンって文字がそこらじゅうに浮かんできそうな、そんな笑顔をしました。
これが、最悪の敵?
人類を滅ぼす大罪?
ありえないです。
しかも、更におかしいことを言うんです。
「自分がベルフェゴールって種族にさせられたのも最近なの」
なんとこの魔族、ものすっごい怠け者らしくて、怠けて怠けて、怠けまくっていたら、ある日突然ベルフェゴールになったというんです!
「私の事みーんな勝手に『きゅうけいさん』って言うんだよ、ひどくない?」
あだ名が休憩って! きゅうけいさんって!
そ、そんないい加減ななり方で最強の大悪魔になっちゃうなんて、なんて面白い方なんでしょうか! 私、すっかりこの方の人柄、気に入ってしまいました。
きゅうけいさんって呼ぶと、子供のようにぷくーっと膨れてるけど、すぐにニヤニヤとした口をして、私と会話していることが本当に嬉しそうです。
なんて可愛い人なんでしょうか、私も嬉しくなってしまいます。
「えーっとそうだ、病気だったね。【クリエイト:クリアエリクサー】」
突然、きゅうけいさんは魔法を使いました。薬をもらってもいいと言いました。直後に、よく見知ったポーションをあっさり作ってしまいます。
いくらでも作れることの影響について私が呟くと、そこからも驚きました。
「人間の街を混乱させちゃうと思うから……このことは、私達だけの秘密ね?」
人間社会の経済のために、能力を秘密にしてほしいというのです。なんときゅうけいさん、人間の、商売をしている人たちのことを心配しています。
なんでこんなに、人間に詳しいんでしょうか。不思議です。
ここまで話して、思いました。
なんてすごい人に出会えたんだろうって。
私の生まれてから今までのラッキーを、全部集めたような、恵まれた出会い。同時に……最初の顔を伏せていたきゅうけいさん、本気で傷ついていただろうなって分かります。……私は、反省しました。
「何から何まで、ありがとうございます。それと……最初に怯えちゃって、ごめんなさい」
「怯えるのは普通だと思うし、私も認識が甘かったから……でも、謝ってくれて嬉しいよ。あなたはいい子だね。……そういえば、名前は? 年齢も気になるかな」
そうでした。
「あっ、そうですね! 私の名前はミーナといいます、年齢は13になりました、よろしくお願いします」
「ミーナちゃん! うんうん、よろしくね。外は魔物が多いから、街の近くまで送っていってあげる」
何から何まで、お世話になりっぱなしです。
そしてきゅうけいさんは、山賊の住んでいた場所に帰って……やっぱり休憩しちゃうそうで、笑ってしまいました。
「それではきゅうけいさん、お世話になりました!」
私はきゅうけいさんと、名残惜しく思いながらも、別れました。
……また、会えたらいいな。
-
街に帰ると、まず両親にこってり絞られました。
謝りながら、どうしてもミルコのために、危険な目に遭ってでも薬の材料を取りに行くため、誰も取りに行かないのが我慢ができなかったと訴えると、両親は私を抱きしめてくれました。
温かかったです。
……そうだ、薬!
私は、お父さんとお母さんに薬を見せました。親切な人に助けてもらって、病気の話をしたらこの薬をくれたと伝えました。
両親は不審がっていました……当然ですよね。効くかどうかわからない、謎の薬なんです。
私はどうしても使いたいとなんとか伝えようとすると……急に家の奥から苦しそうな声が聞こえてきました。
―――ミルコ!
ミルコが苦しんでいる……! もう、もう体が限界なんだ……!
お母さんが、覚悟を決めて薬を受け取ります。そして……ミルコに、その薬を飲ませました。
飲んだ瞬間、ミルコは静かになり、眠りました。
……ちゃんと、効果はあったの?
わからないです。今は薬……きゅうけいさんを信じて、私もミルコを待ちます。
翌朝……ミルコが起きました。しかも、普通に立ち上がっていました。まるで……今まで寝ていたのが嘘だったみたいです。
「ミルコ!」
「お姉ちゃん、僕、調子いいんだ。……高い薬、使っちゃったの?」
「ううん、いただきものだよ」
そしてお母さんが来て、お父さんが来て、ミルコを見て抱きしめました。
二ヶ月ぶりに、家族みんなが元気です。
病気は……完全に治っているみたいです。
よかった……本当に良かった……!
私はお父さんに聞かれました。
「どんな薬をもらったか、聞いたか?」
「なん……だったかな?」
きゅうけいさんに、迷惑をかけないようにしなくちゃ。あのクリエイトっていうすごい魔法は、隠さないと……。
「えっと、エリクサーっていうのを」
「エリクサー……って、王都のエクスポーションでも治らない怪我のための、金貨で取引される最高級治療薬の、あのエリクサーなのか!?」
「えっ!? そんな貴重な薬なの!? えっと、えっと、クリアエリクサー、だったかな、確かにそう言っていたよ」
きゅうけいさん、すごい薬を作ったと思っていましたけど、本当にすごい薬を作っていたみたいです。
……人間の病気を治しちゃう大悪魔だって。
本当に、不思議な人です、きゅうけいさん。
あの山道は怖いけど……お礼を言いに行きたいな。
それはお父さんもお母さんも、ミルコも同じだったみたいです。
「とてもお礼に釣り合うものをお返しできるとは思えないが、お礼を言いたい。なあミーナ、名前は聞いてないのか?」
そして、私は大変なことに気づきました。
「あだ名しかおぼえてない……」
なんだか、別の国の人の名前だったような気がしましたが、完全に忘れてます。
名前は……「きゅうけいさん」が面白すぎて、衝撃的すぎました。
「ええっ、そんな恩知らずな……」
「ち、違うの! あだ名があまりにも印象に残っちゃって! きゅうけいさんだよ!」
「きゅうけいさん?」
そこで私は、きゅうけいさんの話をしました。
ベルフェゴールというところは伏せて……人間じゃないけどとっても強くて優しくて、でもすっごい怠けまくっていて、みんなから「きゅうけいさん」と呼ばれている話をしました。
私の話を、家族みんなが聞いています。やがて、その話を聞いてみんなも笑いだします。
「休憩しすぎてあだ名がきゅうけいさんって、よっぽどだなその人は」
「エリクサーを融通してくれるほどだから、きっと有名な人だろうけど、見つかるかしら」
見つからないと思います。
「お姉ちゃん、僕もきゅうけいさんに会ってお礼を言いたい」
「えっと、私も場所はわからないけど……そのうちね」
うそをつきました。
私も、きゅうけいさんには、もう一度お礼を言いたいです。ミルコにも会わせたいです。
ミルコはきゅうけいさんを受け入れてくれるでしょうか。
受け入れてくれるといいな。
そして、私は気づきました。
きゅうけいさんの名前が、家族みんなきゅうけいさんで固定されてしまっています。本当に名前、忘れてしまいました。
名前、なんていったかなあ……タマーラみたいな、でも別の国っぽい、なんだか、そんな名前だったような気がしたんですけど思い出せません……。
でも、きゅうけいさんなら。
きっと、あの可愛い顔をぷくーっと膨らませて。
そして、笑って許してくれるはずです。
また、会いたいな。
面白かった、続きが気になる、更新頑張って! と思っていただけましたら、
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