きゅうけいさんは食事の再発見をする
庵奈がトーストを焼く!
卵をまぜまぜして焼く!
私は……インスタントコーヒーのポットを押す係ッ!
「ほぼ何の仕事もしてなくてうける」
「すべてをおまかせしますキリッ」
フリーズドライされた茶色い粉が、ぼどぼどと出てくるお湯によって溶けていく。
嗚呼、文明の利器……。
こういうインスタントコーヒーとかでよくあることなんだけどさ。
最初に開けた時とか序盤に、なんか気分良くざばーって入れちゃったりするんだよね。
ちょっと濃いめにしたいなって気分の感じで。
それで作ってみると、いくら牛乳を入れても色が薄まらない、思いの外すげえ苦いのが出来て、これ濃いというのを通り越して単純に微妙って気持ちになるやつ。
次は、後数回で終わるなーって時になって、量をケチり出すの。
実際それで作ってみると、案外それでも極端に薄いってほど薄くならなくて、ようやく粉ってこの程度の量でいいんだって思うの。
その次は?
もちろん薄く入れすぎて微妙な顔になる経験をします。
ぼどぼど、ぼどぼど。
ぼどぼど、ぼどぼど。
ぼど、ぼどぼぼぼっぼ、ぼ、しゅぼぼ……あっやばい水入れ忘れてる。
「ま、自分の分はいっか」
私はまだ混ざりきってないインスタントコーヒーをスプーンで混ぜ混ぜして、牛乳を入れる。
「……」
「……」
そんな様子を、ルクレツィアちゃんとチェレステちゃんがじっと見ていた。
「……んん? どったの?」
「いえ、どうしたも何も、一体それは何の料理なのかなって」
「あっ!」
そうでした。
人類の料理というものの全てを初体験だったこの二人にとって、調理された料理は珍しい。
調理している姿というのも、想像は出来るだろうけどもちろん珍しい。
だけど、そんなものの比ではないぐらい。
近代文明の大量生産工場で作られた、ファンタジー世界では科学理論的にも魔法技術的にも再現が難しい、フリーズドライのインスタントコーヒーとかいう謎の物質の方が、圧倒的に珍しいッ!!!
そうだよなー。
やっぱインスタントコーヒーの便利さって半端ないよなー。
お湯に溶かすだけで、もうあのコーヒーの香りだもんなー。
「凄いです、以前のレストランで飲んだ飲み物が、こんなに簡単に……!」
「これが地球側の、魔法が無い世界の文明パワーだよー。一気に乾燥させて、いつでもお湯だけで戻せるような状態に作ってるの。これをこのまま渇かしても、同じようには出来ないんだよー」
きらきらとした顔で、チェレステちゃんがコーヒーを飲みます。
一口飲んで「あっ苦い」と言って砂糖とミルクを足しました。
「おいしい、本当に凄い世界ですね」
「えへん」
「きゅうけいさん何も貢献してないのにすげえドヤ顔でうける」
庵奈が卵をフライパンでざっくり炒めながら、ごもっともな指摘をする。
でも結局、そういう無関係ドヤ顔が異世界転移で現代既製品持っていく醍醐味みたいなもんだよね。
だから私もドヤ顔します。どやどやー。
「……」
一方、ルクレツィアちゃんは、香りを嗅いで目を閉じる。
いい香りでしょー、インスタントコーヒーの一般品だけどー。
そのまま、静かに飲み始める。
「……ちょっと以前のレストランでの物とは違う。あまりブラック向けではないかも、酸味が強い。チェレステ、私にもミルクを」
「はい、こちらに」
あーっ! 違いの分かる人だったー!
暴食の魔王としての属性を持ったまま細身で生まれたルクレツィアちゃん、完全にグルメの魔王だ!
かちゃかちゃフライパンを触ってた庵奈が、何とも言えない表情で振り向く。
「ねえこれ私のハードルたかない? 次はきゅうけいさんやらない?」
「やりませーんこのまま昼も晩も外食でーす」
「うわこいつずっる!」
そんなやり取りに、オーブンの音が鳴りました。
レンジでチンという言葉でワンセットだけど、今のところチンという鳴り方するのはオーブンしか見たことないです。
「はー、しゃあなし。んじゃま、朝食としますか」
「やったね」
庵奈が皿を並べて、皆に食パントーストを配る。
ジャムは要るかな? 要らないかな。
庵奈謹製炒り卵。空腹には実に美味しそうに見えます。
特にこれといって何かというわけじゃないんだけどね。
トマトケチャップとか、醤油とか、シンプルに塩とか。
テーブルに並べてみよう。
「……これは何ですか?」
「調味料だよ。少しずつ使ってね」
「分かりました!」
チェレステちゃんがケチャップをちょっと出して、卵にかけて食べる。
よく噛んで、目を開いて笑顔。うーん美少女……ちょっと幼さの方が出るぐらいだけど美少女です。
一方ルクレツィアちゃん、まずは卵だけを食べます。
「少し生っぽいけど、大丈夫なの?」
「問題ないよー。これは私ときゅうけいさんの国、ここ日本限定の話だけどね。とはいっても二人ともわざわざこの世界の海外行くってことないよね−」
「美味しいものがあるのなら興味はあるかな」
おっ、そうきましたか。
確かに他の子と比べて、興味がそっちにあるのなら海外に興味はあるだろうね。
だけど、それに関しては日本です。
「この国はね、グルメ多いんだよ。他の国の美味しいもの、探せばたくさんお店はあるし、取り寄せることも出来るからね」
「そうなの? いい国だわ。こうしてこの世界に生きていると、味覚と嗅覚を使う食事ほど人間として素晴らしい娯楽ってないだろうから、その全てがこの国にあるのはアドバンテージね」
うおっ、ここに来て暴食の魔王っぷりが出てきました。
ベルフェゴール転生した私ではなく、元々のベルフェゴールだった初代のベルさんにとっての睡眠並に、ルクレツィアちゃんにとっての食事が重要なものになりました。
そんな私の内面を知らず、卵のみでしっかり味わったルクレツィアちゃんが次に選んだのは醤油でした。
ちょっと匂いを嗅いで、食べます。咀嚼。
「……いいわね、この不思議な味。遠い国に来たという感じがする」
シルヴィアちゃんと近い感想いただきました。
やっぱり醤油って個性強い調味料なんだろうなあ、私もナンプラーとか最初食べた時に個性的な味って思ったし。
「でも、合うわね。調味料、他にないの?」
「あるよー。あとジャムとかあるよー」
「そちらも是非」
というわけで、やっぱりジャムも出てきました。
チェレステちゃん、恐る恐るでブルーベリーに手を出します。
「きゅうけいさん、大量にジャムとか常備してるんだ」
「大好きだからねー、なんか食べちゃうんだよねー。糖尿病にだけは気をつけたい……」
「手遅れ感ありそー」
いいの、多分頭の方でうまく消化してるから。
「……! 甘い! 美味しい! これ私好き!」
笑顔のチェレステちゃん見てると、庵奈と私は娘を持ったみたいな笑顔になります。
一方ルクレツィアちゃん、やはりトーストも最初は何もつけずに食べます。
「……これ、不思議。レストランのバゲットと同じものであるという認識はあるのに、かなり考え方が違う。甘い気がする」
違いの分かる女すぎる……!
そう、日本のパンって惣菜パンとか菓子パンじゃなくても、ちょっと甘い味付けっていうのよね。
それが好まれることもあれば、好まれないこともあったりして。
「でも、悪くないわ……。少なくとも、美味しくないということはない。これも、この国の個性なのね」
感想が玄人すぎる……。
なんだか、自分の国のことを再発見しているような新鮮な感じがします。
ジャムを塗って食べ、目を閉じながら頷きます。
「ただの果物より、断然甘い。これは……そうね、果物を直接載せるだけではこんなに食べやすくないし、全ての果物が甘いわけではないもの」
ブルーベリーに少し手を付け、次は苺ジャム。更にピーナッツクリームのやつも。
じっくり頷きながら、完食しました。
最後にルクレツィアちゃん、庵奈へと頭を下げます。
「庵奈さん、ありがとう。ごちそうさまでした」
「——ハッ!? あ、ありがとうございましたっ!」
先にルクレツィアちゃんがお礼を言ったことにより、はっと気付いたチェレステちゃんが物凄い勢いでお礼を庵奈に言いました。
笑いながら「簡単なもんだったしいーよー、でもどういたしまして」と照れ隠しに手をぱたぱた振っていた。
…………。
料理を庵奈に担当してもらってなんだけど。
ツン度が他の子よりあるルクレツィアちゃんにお礼を言われた庵奈を見ると、料理担当がんばってみたかったなと思ってしまうのでした。
今度がんばってみようかな。






