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別視点:トゥーリア 後編

長くなったので前後編に分けましたけど、それでもちょっと長くなっちゃいました。

「ふんふんふふふーん」


 朝早くの鍛錬を終えキッチンに入ると、私服姿にエプロンを掛けた魔族が、ロッキングチェアに揺られながら鍋を見ている。

 昨日の今日でまだ驚きだけど、うちの新しい料理人なんだよな。


 本当に、楽しそうに料理をしている。

 一体誰が、これを魔王だと思うのか。


「いいにおいですね」


 あたしは後ろから声をかける。

 驚いたように顔を向ける。朝が早いことを驚いているようだったけど、むしろ怠惰の象徴が妹より先に起きてきていることの方が驚きだ。


「今日もですみませんけど、二人を起こしに行ってもらってもいいですか?」

「はい、それぐらいならもちろんおやすいご用です」


 いやいや、そんな謝らなくてもいいっすよ。

 あたしもせめてベルフェゴールよりは働かないとなー。




 そんなきゅうけいさんの様子を見て妹の部屋に行きながら、あたしは昨日のことを思い出した。


 -


「は、敗北って……」


 急に言われたことに、あたしもさすがに驚いている。

 抽象的ではあるけど、それでもあの異常なまでに強いきゅうけいさんが敗北することなどあり得るのだろうか。


「間違いないのか?」

「だからあくまで予想だって。そもそもトゥーリアを占ってトゥーリア以外の方が出てくるって時点でちょっと驚いてるんだから。よっぽど強い光だねその人」


 確かに、あれほどの存在感のあるものはなかなかお目にかかれないだろう。


「とにもかくにもだ、その光は、悪い者ではないんだよな?」

「善100%だねー、元気の源って感じの、明るくて優しい光。シルヴィアに似た色を感じたことはあるよ」


 そう、か。なら安心だな。

 だけど、あまり不安にさせてほしくないな。


「ま、そのうち直接見せてねー」

「ああ、すぐは難しいが……ほとぼりがさめたら、必ず見せると約束するよ」


 あたしとレジーナは、その日それだけ確認するとお開きとした。


 -


「すすすみません! 味見を怠っておりました、塩胡椒が足りないです!」


 今日はどうやら味見をしていなかった分、失敗をしていたようだ。

 本来ならばこのミスをつっついたりしてもいいところなんだろうけど、あたしとしてはむしろ、この勤勉の魔王も完璧超人ってわけじゃないと知れて少し親近感を覚えるぐらいだった。


 しかしそこで、ミルをさくさくっと挽いてみせたのだ。

 再び口を付けると、足りない感じはなくなっていた。

 同時に、結構入れたと思ったのに多すぎにも感じない味。

 ……間違いない。今のは、人間の『適量』というテクニックだ。


 やはりこの魔族、塩加減というものに対して圧倒的に扱い慣れていると思う。

 あたしはうっすらと、ある可能性を思い浮かべていた。


 ———このベルフェゴール、前は人間だったのではないか、と。




 食後の会話の中で、とんでもないキーワードが出てきた。


「もしかして他の大罪のこと?」


 他の、大罪ッ……!

 それは、竜族の村を預かるあたしや父上にとって最優先事項の話だった。

 あたしや父上より強い存在、大罪の魔王。その情報は何よりも欲しいものだ。


 暴食の吐息。

 最大HPを減らして現在HPのように感じさせる恐怖の呪い。


 ダークエルフの集落が襲われ、それもこの魔族が救ったらしい。

 ダークエルフが人間の味方だから、エッダの友達だから救ったと。

 ダークエルフのために、魔族を、斬ったと。

 ……分かってはいるんだけど、やっぱり驚かずにはいられない。


 暴食の呪いは恐ろしい呪いであると同時に、その仕組みを理解しているだけでかなり精神的に楽になる。

 毒でもないのにHPが減り続けて、ポーションで回復しないというのは知らずにいるととても恐ろしいだろう。

 だけど予め最大HPが減っているという情報を知っていると、ポーションに頼って攻撃の手が止まるということはなくなる。


 未知は、それだけで恐怖だ。

 情報は、それだけで戦力だ。


 きゅうけいさんがこの情報をあたしに共有してくれた価値は、値千金なんて安値ではなかった。

 もう完全に味方だ。明確に他の大罪と敵対している。

 魔王というものがまさかここまで一枚岩じゃないどころか敵対関係になっていたと知って、かなり衝撃を受けた。




 シルヴィアの話も驚いた。

 街の英雄となったと聞いて、姉として誇らしくて、今すぐ抱きしめたい気持ちが溢れた。

 だというのに、次の一言で水を浴びせかけられた。


「暴食の眷属、ケルベロスに殺されかけたから」


 ケルベロス……! もう、そんなものまで出てきているのか!

 しかも、きゅうけいさんに譲られて、討伐をシルヴィアがやったらしい。


 結果。

 シルヴィアは、レベル6176まで上がっていた。


 いやいやいや、待って、おいちょっと待てこれ母上はおろか父上も抜いてるぞ!


「ていうか待てよ、これあたしも抜かれる流れじゃね?」


 というか、わずか2年でこんな成長されたら、もう僅かな時間で確実に抜かれる!

 シルヴィアに!

 お姉ちゃん抜かれちゃううっ!?


 そ、それは姉として……いや、姉として妹の成長は嬉しい。

 嬉しいよ? でもね、それとこれとは別!

 あたしシルヴィアに守られるおねえちゃんとかかっこ悪すぎる……!




 そう思っていたら。

 頬に暖かな感触が触れて。


「えっと、お姉様は、あたしの方がレベルが高くなろうとも、あたしの頼れる憧れの、世界一美人のお姉様、だから……そんなことになっても避けないでほしいなって、仲良くいてほしい、かな……」


 ———あ……。


「成長できたのはお姉様が人間の街に出て行くための一歩を、最後の一押ししてくれたからだよ」




 ……。……シルヴィア、見た目はずっと幼くて、ついこの間まで後ろをついてくるだけのちっちゃい子だと思っていたけど……。

 なんだか大人に、なっちゃったな……。


 うん……確かに、自分が頑張って自分が追い抜いたら、それで相手に避けられるなんて絶対に嫌だ。

 それって、竜族デキてないっていうか、すげーかっこわりーな。


 それに……シルヴィアがどんなに強くなっても、一番恐れることがあたしと疎遠になることだって言ってくれた。

 それだけで、もう暖かい。




 あたし、ちゃんとお姉ちゃんやれてるかな?

 こんなダメなねーちゃんだけどさ。

 でも、シルヴィアの自慢のお姉様だって言ってもらえるように、あたしも頑張るからさ。




「……ああっ! す、すみませんきゅうけいさん! エッダも、ああっなんか変に大胆なことしちゃったぁ……!」


 うっ……! あ、あたしもすっかりシルヴィアのレベルに衝撃を受けて、周りが見えなくなってた……!

 ああもう、恥ずかしいったらありゃしねえ……。


 でも、よかった。

 シルヴィアは変わったけど、変わってなかった。

 中身はずっと、あたしの自慢のシルヴィアだ。


 -


「きょうのお昼は、えーっとアラビアンナイトです!」

千夜一夜物語(アラビアンナイト)!? アラビアータですよね!? もうジャンルっていうか根本的な部分が違いますよそれ!? 朗読大会ですか!?」


 それからというもの、きゅうけいさんは連日食事を振る舞ってくれた。

 食材が足りないときには、シルヴィアが積極的に買い物に行ってくれた。

 二人は仲がいい。こんなコントみたいなやりとりも、よく見るようになった。




「あの固くて長いフランスパンみたいなのあったけど、どこからきてるの?」

「ふらんす? 帝国パンのことですか? アイテムボックスの中に入れると村でも2〜3日は持つので、人間の街に買い出しに行ってる竜族が入荷してくるんですよ」


 パンを使った料理なども披露してくれた。

 ピザトーストと言うらしいけど、ピザではないらしい。


「ピザは作れないのですか」

「いやー、あれは生活魔法で出来るかなー? ちょっと生地とか石窯とか、作る仕組みを人間の街で勉強しないと無理ですねー。ちなみにパンも無理です」


 きゅうけいさんは、人間の料理を作れるし知っているけど、作り方が分からないものは作れないらしい。

 それはつまり、逆説的にきゅうけいさんが作れる料理に関して、人間の料理を知る機会があったということと、作り方を覚えるための練習をしたことがあるということだった。

 何かここが、きゅうけいさんの秘密のような気もする。




「エッダちゃんが沢山食べてくれるから作り甲斐があるね! 今日はチーズリゾットだよ!」

「わあっ! きゅうけいさんのお料理、どれもおいしくて大好きですぅ!」

「ついでに私のことも好きになってくれていいよ!」

「もうずっと一番大好きですっ!」

「エッまままじで! えへへ……やばい超うれしいどぉしよ、私もエッダちゃん大好きだよぉ〜っ!」


 作れる料理の幅は、本当に広い。時々明らかにこっちの王国の料理じゃないようなものも出してくるようになってきていた。

 ……それにしてもこの二人も、大概仲良すぎじゃね? 今あたしの目の前でハグしあってるけど、きゅうけいさんは顔から『デレデレです』って文字が出てきてると錯覚するぐらいのデレデレ具合だわ。


「これ、ゴルゴンゾーラとパルミジャーノ・レッジャーノまでは分かるんですが……もしかして、ベースにエルネストヴァルの『穴あき』が入ってますか!? 王都でも簡単にはお目にかかれない高級品のリゾット・トリオフォルマジオじゃないですか、おいしいわけだぁ!」


 ……あと、日を重ねる毎にシルヴィアがあたしの思った以上にとんでもグルメ姫になっていることが発覚して、もう料理に関するコメントは差し控えさせていただきます……。


 -


 一ヶ月。まだまだ両親が帰ってこない中で、今日もきゅうけいさんは料理を作っていた。


「今日はカルボナーラだよー!」


 あれは食べたことある。本当においしいやつ。

 濃厚で、もうあれを味わうとやみつきだ。

 予め要求していたので、たっぷり作ってあるのが見える。


「ほ、ほらぁ〜! レッドペッパーを入れると! なんと彩度低めのカルボナーラにアクセント! 白いパスタを綺麗に彩る辺りが素敵でしょ〜っ! ね、ね! 女子力高くなぁ〜い!?」


 最初から、あたしより女子力たけーっつーの! 当てつけか!

 ……確かに、見た目も大事だ。そんな味以外の盛りつけにこだわるあたりも、人間の料理人みたいだな、って思っていた。


「なぁ〜い……かな?」

「……。……はぁ〜〜〜っ……ああもう、負けよ負け! あたしの負けですよもう……」


 根負けした。まさか忍耐で怠惰の大罪に賭けが負けるとは思わなかった。

 いや、もうこの魔族はベルフェゴールというだけで怠惰の大罪とは思っていない。

 勤勉の大罪ベルフェゴールだ。


 ……働いてるとき以外はマジできゅうけいさんというほかないぐらい延々休憩しっぱなしだけどさ。


 そんなわけで、きゅうけいさんはあたしの竜族村長代理権限によって、正式にこの竜族の村で住むことを認めます!

 というか! 今更この料理水準からいつもの外食か、そうでなかったらあたしの地獄の残念自炊に変更とかできない!


「ところで、一ヶ月きゅうけいさんの料理を食べてみて思ったのですが」

「はいっ、何でしょうかっ!」

「……この料理、村のみんなに振る舞ってみませんか?」


 あ、三人とも驚いた顔した。


「急な話に感じるかも知れないですけど、どうしてもきゅうけいさんってイレギュラーなんですよね。なんといっても見た目はベルフェゴールなので。……ですが」


 レジーナの占いを思い出す。


 ———この村に活力をもたらす。


「きゅうけいさんの料理って、竜族の村の基準で行くと、とてつもなくおいしいんですよ」

「あっ、やっぱりお姉様もそう思うわよね! きゅうけいさんの料理に比べたら、こっちの竜族の料理って、どうしても大味で、当たり外れが激しいというか!」

「そうだなーシルヴィア。あたしも食ってて、こんなのに慣れちまったらもう外でわざわざ食べないかもなーって思っちまってさ」


 ちょっと食堂の者達には悪いけど、この味には代えられない。

 そんなわけで、この料理の美味さをを体験させれば、みんなこの魔族に対して一気に親近感を持ってもらえるんじゃないかという希望的観測だ。


「とりあえず、今のカルボナーラってまだあるんですよね」

「はい、あります!」

「よし……ちょっと待っててくれ」


 今日は、ちょっと待たせている客人がいた。

 その客人を部屋に呼んできて、屋敷のドラゴネッティ住居側に通した。




「トゥーリア様、ようやくですか? もうお腹がすい……て……」


 連れてきたのは、アウグストだ。

 さすがに予想外だったのか、きゅうけいさんもシルヴィアもエッダも驚いて固まっている。


「こ、この魔族は、先月の……いえ、確かにここに住んでいるとは聞いていましたが……えっと、エプロン姿?」

「ああ、実は料理を作ってもらっててな。経緯はともかくちょっと座っててくれ」

「はい」


 アウグストが困惑気味にも椅子に座る。


「きゅうけいさん。突然で申し訳ないのですが、アウグストにもカルボナーラを出してやってくれませんか?」

「麵茹でるだけだから余裕ですよー、10分ぐらい待っててくださいね。あ、シルヴィアちゃんとエッダちゃんはどうする?」

「あたしはもうお腹いっぱいです」

「私、きゅうけいさんのカルボナーラならもっと、あと2人前ぐらいは入っちゃいますぅ!」


 この一番ちっちゃい子、どこにそんだけ入るんだ……?

 そしてきゅうけいさん、あんたおかわり要求されて本当に嬉しそうだなあ。


「それにしても、ここにいたんですか、この魔族は」

「きゅうけいさん」

「ん? シルヴィア様?」

「きゅうけいさんだよアウグストさん! 魔族じゃなくて、名前!」


 初日以来であろう、怒った様子のシルヴィアを見て、アウグストも少し慌てる。


「わ、わかりました。では、きゅうけいさん」

「はーい、きゅうけいさんでーす」


 麵をトングで回しながら、上半身をくるっと回して、ニコニコしながら振り返るきゅうけいさん。

 そんな明るい様子に、アウグストも面食らう。


「一ヶ月、一緒にいたんですか?」

「そですねー。一ヶ月ずっと、お食事を作ってました」

「なるほどそれで。食堂のおばちゃん、トゥーリア様が来なくなったからちょっと寂しそうにしてましたよ」

「うーん、後でフォローいれとこかな」


 そんな他愛ない話をしながら10分待って、麵が茹で上がってくる。

 出来上がっているソースに絡めて完成だ。そして……エッダの皿は、なんだかすごいことになってるぞ……。


「それでは、いただかせてもらいます」

「おかわりいただきますぅ!」


 アウグストが一口食べる。

 一口食べて、目を見開く。


 咀嚼を終えて飲み込んだところで、あたしはその驚きの表情に声をかける。


「ふふ……どう?」

「……。いや、なるほど、このレベルのものを毎日魔族……きゅうけいさんに食べさせてもらっていたら、食堂には行かなくなりますね……」


 そうだろそうだろー、なー、うまいよなー。

 あたしもすっかりきゅうけいさん側の者になってしまったというべきか、アウグストがきゅうけいさんの料理を褒めたことを自分のことのように喜んでしまっていた。


「アウグストの反応も見て確信できた。やっぱりきゅうけいさんの料理は竜族の村のみんなに消費されるべきだと思う」


 あたしは自信を持って、きゅうけいさんの料理を他の竜族に振る舞うことに決めた。


 -


 特に店舗があるというわけではない。しかし、食べる場所は必要だ。

 まずはここ、ドラゴネッティの道場の者達に振る舞おうと思う。


「注目! みんな、手持ちの食事とか弁当とか、そういう類のものはなかったよな? 今日は、この屋敷で食べていってほしいんだけどいいかな!」


 おっ、歓声あがってる。みんな食べるのは好きだからね。


「予め言っておくけど、あたしが一ヶ月かけて認めた、性格のいい料理人だから迎え入れてくれよな! それじゃ、きゅうけいさんどうぞ!」


 道場の裏側、門下生から見たあたしの後ろ側からシルヴィアが出てきて、その手を繋いできゅうけいさんが現れてくる。

 にわかにざわつく道場。


「はいはい! とりあえず細かい話はすっとばすとして、まずは食べてもらってからにしてもらおう!」


 こういう時間が長引くよりは、まずは食べてみる。論より証拠だ。

 そして、何よりもあたしが真っ先に食べることでその安全性を示ああああああシルヴィアが先に食べてたあああああっ!?


「きゅうけいさんの料理は、とってもおいしいです!」


 あー。まあ結果オーライ!


 あたしもきゅうけいさんが作っていた、帝国パンのピザトーストを食べる。やはり安定して変わらずおいしい味だ。


「ちなみに君らは銅貨を用意するように。タダ飯はナシだよ」


 この辺りはキッチリしておかないと、どうしても甘えてしまうし、なくなったときに後々文句が出てくるものなんだよな。

 ……うちがソレになりつつあるかもしれないということは、今は目をつぶっておくとして。


 恐る恐る、一人の少年が口に入れる。


「……! えっなにこれすげーうまい……!」


 その一言を聞いて、二人目が食べて、「ほんとだ、すっごくおいしいです」という声が広がる。

 ……よし。こういう集団心理、大抵二人目が出た辺りで、一斉に動き出すのがセオリーだ。すっかりみんな、食べたいという気持ちが勝っていた。


「ぼ、ぼくにもください!」

「私にもいただけますか?」

「あーあー君らちゃんと並べって! うちの門下ならきゅうけいさんとエッダにはみっともないトコ見せんなよー!」


 エッダ、と呼ばれてダークエルフの少女が恥ずかしそうに頭を掻く。何人かは彼女の方を見て、珍しそうに軽く頭を下げた。

 そういやそうだな、村の外に出たことなかったらダークエルフも珍しいか。

 エッダが大人びていて少しキツ目な容姿の多いダークエルフの中でも、飛び抜けてかわいい感じの女の子でよかった。


 きゅうけいさんの青い手からピザトーストを渡される門下生たち。買ってすぐにかぶりつき、目を輝かせていた。

 いい反応だ。これならきっと、もうきゅうけいさん……青肌の魔族に対して恐怖や不審を抱く可能性は大幅に減るだろう。


「ふふっ、お姉様ありがとう」

「だからなんでシルヴィアがお礼言っちゃうかなあ」

「きゅうけいさんってほっとけない感じですし、なんだかきゅうけいさんが受け入れられるのって自分のことのように嬉しくって」


 ああ、ちょっと気持ち分かるな。さっきもあたし、そんなだったし。

 多分……この見た目で苦労してきたというのが分かるからなんだろうと思う。


 あたしもシルヴィアも、生まれながらにして最強の古竜だ。

 容姿は自分で言うのも何だが綺麗な方。

 人間からの尊敬は厚い。


 対してきゅうけいさんは……人間と友好的になりたいと思いながら、人間のために頑張っていながら、見た目一つで関わりあいを避けている。

 ……それって、やっぱ、恵まれて生まれたと自覚があればあるほど、助けたいって思ってしまうのは当然だよな。


 あたしと同じ結論になってくれたシルヴィアも、優しい子だ。

 姉ちゃん嬉しいよ。




 門下生が帰って、そして翌日。

 やはりというか、門下生の家族がやってきた。


「ここで、娘が魔族の料理を食べて、とてもおいしかったと聞いてやってきたのですが……」

「ええ、銅貨持ってきてるのならもちろんいいですよ。きゅうけいさん! どうですか?」

「わーっ、材料があるうちは大丈夫でーす! でもあんまり多いとピザトーストだけとはいかないかもーっ!?」


 そうか、そんなに減るペースが速いのか。

 ふふ、予想外に大人気だなー。




 ……問題が起こったのは、その翌々日だった。


 あたしの目の前には、シルヴィアが帰ってきた先月のあの日、食堂で食べていたおばちゃんがやってきていた。


「トゥーリアさん、こまりますよぉ……お客さん、他の家のところも取られちゃったって言ってて」


 そう、きゅうけいさんの料理がおいしすぎた。

 まあつまり。

 みんな、あたしと同じようなことになってしまったのだ。


「参りましたね……どうしたものか」

「あっ、でしたら!」


 話を聞いていたきゅうけいさんが、体を乗りだして話に加わる。


「私が料理の簡単なやり方を教えてもよろしいでしょうか!」


 えっ、いいんですか!? それってきゅうけいさんが支持されるための、とても重要な部分だと思うんですけど。

 それを外部と共有するって、今の状況から考えて決して自分の立場を考えるといいとは思えないんですけど。


「いえいえー、おいしいものみんな好きですから! それで村全体が幸せになったら後はまあ別にいっかなーって」


 ……ああ、なるほどなあ。

 こういう内面も、シルヴィアは読んでいたわけか。

 そりゃ、全力で支持しちゃうよな。


「あと一人で作るのめんどくさいので、もうちょっと休憩時間が欲しいでっす!」


 以前の私なら、こんな一言にも怠惰の大罪っぽさが出てると思っただろう。

 でも、わざわざ明るく言ってもらったから、もう分かりますよ。

 あたしが後ろめたくないように、フォローしてくれているんですね。


 本当に、誰よりもよくできた魔王様だな……。




 驚いたことに、食堂の料理のクオリティ、マジで上がってた。

 いや、これには驚いた。だって竜族の大ざっぱ料理って、本当に長い間進歩してこなかったんだ。

 人間の街に行っても、料理人の技術を学ぶのは本当に至難の業だったし、そもそも街に滞在する間はその竜の力を使って冒険者をサポートすることが多かったため、そこまで料理の修業をする竜族がいなかった。


 だから、ここまで進歩するのは、明らかに違うアプローチがあるだろうということに気付いたのだ。

 あたしはその秘密が気になったので、後日聞いてみた。


「計量を、正確にできるようにする?」

「そうです。そのことを質問した人はいなかったんですか?」

「いえ……料理人は皆、教えるのが抽象的で、自分たちのやり方を見せるだけでしたから……」


 話を聞くと、計量用のスプーンを使って、すりきりで何回、という感じで使うようにしていた。

 確かに、これなら正確だ。


「むしろどうして、コレをしていなかったんですか?」

「人間の料理人は、誰もしていなかったので」

「おかしいなあ……家庭料理作ってる、あまり上手くない人はみんなこうやって、ゆっくり作っているんですけどね。そんなに誰でもスピーディな作業が出来て上手いわけじゃないですし」


 ———そうか……!

 なるほど、完全に考え方が間違っていた!


 レベルを上げるのならば、強い人に習い、強い相手を倒す。

 料理も上手くなるには、一番上手い人から学べば上手くなると思っていた。


 違う。竜族が教えを請うた料理の先生は、最初から調理のセンスがある人だったため、不器用な人の手順を飛ばして料理人になっていたのだ。

 つまり、料理の下手な竜族は、()()()()()()()()()から学ばなければいけなかったのか……!


 完全に、これは最初から強い竜族の驕り、技術習得の手順の誤りだ。

 ……まいったな、納得するしかない盲点だった。




 それから更に半月、あたしはすっかり村に馴染んだきゅうけいさんと、食堂で一緒に昼食を食べに行った。

 もちろん、きゅうけいさんは恩人だからごはんは丸々おごりだ。おごりだっつーか、きゅうけいさんはお金を持っていなかった。

 当たり前だ、使う場所も稼ぐ場所もないんだから。


 そこであたしは、約二ヶ月ぶりとなる友人に会った。


「結局飲みに誘ってくれなかったじゃん、もー寂しいよー」

「レジーナ! すまん、色々あって忘れていた」

「ま、私のこと忘れちゃうぐらい、あの泣き上戸にそれだけ活力が戻ったんだからいいよいいよー」


 レジーナは店で注文すると、あたしの隣の席に座った。

 正面にはもちろん……。


「そしてあなたが、噂の『きゅうけいさん』だね!」

「えっ、私そんな噂になってますかっ!?」


 すっかり驚いた様子のきゅうけいさんが、レジーナを見て目を見開き、意見を求めるようにあたしの方を見た。


「いや、あたしから直接紹介したことは……ん? いやもうちょっと複雑だったな……」


 そう、直接会ってはいないけど、誰よりも早く知っている人物だった。


「強い魔力」

「え?」

「これが、この村に活力をもたらす光だね」


 レジーナが、きゅうけいさんの手を握っていた。


「会いたかったよ。私は占いをやっていてねー」

「占い師さんですかっ! 私占い好きなんです!」


 お、きゅうけいさんがぱあっと明るい顔になった。

 占いという不確定要素の強いものを不審がる者も多いけど、きゅうけいさん自身は占い好きらしい、良かった。


「ちょっと見せてもらってもいいかなー?」

「はい、どうぞ!」


 レジーナがきゅうけいさんを見て、手を握る。

 きゅうけいさん、ちょっと緊張した面持ち。


 ……。


 ……やがて、食事が到着したところでレジーナは手を解いた。




 あたしの耳には、あの最後の言葉が残っている。


 ———その客人は最後に敗北するらしい


 きゅうけいさんが敗北するということは、全く想定していないことだった。

 今もその占いは正しいのだろうか。


 レジーナがやがて口を開く。


「えっとねー」

「はいっ!」

「今のままだと、あなたは決定的な部分で、最後の最後に何者かに負けて破滅しちゃうって出てるんだ———」

「え?」


 やはり……そんなにすぐに、占いは変わらないか。


「———と思い込んでいたんだけどねー」


 と、レジーナは笑って言葉を続けた。


「なんだろ、あなた自身がとっても強くて優しい光なんだけれど、その周りに友達が出来る度に、どんどん光が強くなっていってね」

「友達、ですか?」

「そう。友達の一つ一つが繋がる度に、あなたは負けなくなる」


 負けなくなる?


「それでね」

「はい」

「あなたは、このままこうやって友達を増やして増やして、みんなに優しくしていくと、全ての光が繋がってあなたの力になる。最後には負けないよ」

「えっと、友達を増やして、優しくしていくと勝つんですか?」

「そだよー。占いの結果は()()()()()()敗北するというものだったんだね」


 それは、先々月の占いとは全く違う結果と言っても良かった。


「だから、たくさん友達を作って、あなたの信じる道を行ってね。あなたの行く末は分からないし、私の占いって結構当たる方なんだけど……あくまで予言じゃなくて占いなんだ。それだけは一応断っておくよ」

「はい、レジーナさんの言ったこと、ちゃんと意識しますね、見ていただいてありがとうございます!」

「うんうん、素直だね。……私はあなたに期待してるわ、きゅうけいさん」


 目を閉じて深く何かを感じ入ったようなレジーナ。

 やがて手を叩くと、再びきゅうけいさんに笑いかけた。


「ってなわけで、私もあなたの友達になりたいな!」

「わあっ、はい! こちらこそ! えっと、レジーナさん!」


 きゅうけいさんは、ぱあっと花開いた表情をしてレジーナと握手をした。

 よかった……私の心のモヤも、晴れた。




 レジーナとあたしは、久々に会ったのでもう少しゆっくり喋りたいという理由で、先にきゅうけいさんには屋敷に帰ってもらった。

 その背中が見えなくなって、レジーナを見る。


「人騒がせなやつだなーお前は」

「んもー、私だって直接見るまでわかんなかったんだよー」

「でも、よかったよ」


 あたしは安堵しつつも、レジーナの正面に座った。


「で、用件は何だ?」


 今度は真剣な顔になる。

 わざわざこんな場所で会いに来たんだ、何かあるんだろう。


「———ごまかせないね。じゃあ言うよ」




「長関係の方があまりに長くて読めないんだ。無事ではあると思うけど、ひと嵐は覚悟した方がいっかなーって」

「そう、か」

「きゅうけいさんに会いに来たのもそれ」

「ん? どういうことだ?」

「それの解決のため」


「あの子の光、きっと村を救ってくれるよ」

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