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別視点:トゥーリア 前編

10000ptに到達することができました……!

これも全て支援してくださる皆様のおかげです、ありがとうございます!

 世界は、広い。


 シルヴィアが外の世界に行きたいと言い出したのは、今から約4年前だった。

 人間の世界。とても色彩豊かな街並みに住む、私たち竜族の友人。


 あたしは、危険だから行ってほしくないと思った。

 同時に、その広い世界を見せてやりたいとも思った。




 あたしの昔の話をしよう。


 かつてあたしの父上は、『勇者』という称号を持つ特殊な人間を相手にしたことがあったらしい。

 そして、負けたと。

 何の冗談かと思った。しかし父は、冗談を言うような人ではなかった。


 そして、その勇者が大罪の魔王に負けたと聞かされた。

 相手は憤怒の大罪、サタンだった。


 あたしは……心底恐ろしいと思った。

 腕っ節のいいみんなの姉貴で通っているけど、自分より強い父上、父上より強い勇者、そして勇者より強い魔王。その魔王が……人類や竜族の敵。

 どんな者でも、自分より強いものは恐ろしいものだ。


「父上、あたしを鍛えてほしい」

「……かなり厳しい訓練になるぞ」

「あたしも死にたくはない、強くなりたい」


 そうして、父との訓練が始まった。

 それは過酷で、厳しくて、そんな訓練が長い年月続いた。

 やがてあたしは、長である父上を抜き、村一番の竜の戦士となった。


 あたしは、更なる見識を広めるために人間の社会に行った。

 そこで父上から念を押されたのが「大罪の魔王にだけは関わるな」ということだった。

 もちろんあたしは了承したし、自分から関わるつもりはなかった。


 見識を広めるためとは言ったが、人間の世界はそれはもう素晴らしいものだった。

 建物、武具、美術、音楽、文学、食事……それらのものが過去の遺産ではなくリアルタイムで作られていく様は、この種族がこの世界を牽引しているのだと心の底から思えた。

 同時に、竜族はおろか魔族からも、エルフからも、獣人から見ても肉体も魔力も弱い彼らを守ろうと盟約を結んだ長の気持ちが分かった。


 きっと彼らは、あたしたちの身体能力が羨ましいだろう。

 だけど我々も、彼らの能力が羨ましくてたまらなかったのだ。

 そのことも全部含めて、人間の長も分かっているのだと思う。


 いい関係だ。

 やはり、人間の社会に触れて良かった。


 世界は、広い。




 妹のシルヴィアが人間の街に興味を示したとき、最初は思いつきだろうしすぐに飽きて他の興味に移るだろうと思っていた。

 しかしシルヴィアの様子を見ると、全くそんなそぶりを見せない。むしろ益々興味を膨らませていっていた。

 だが……シルヴィアはレベル1000をようやく超えたあたりだ。外の魔族には、時々ではあるがそのレベルのものが現れることがないとも限らない。


「そうだな、お前ももう随分頑張った。……では、レベルが4000になったら、出てもいいというのはどうかな」


 無茶苦茶な条件だと思った。デーモンロードが倒せればいいと言っていたが、デーモンロードは古竜のシルヴィアなら3000もあれば十分すぎるぐらいの相手だったはずだ。

 最初から行かせる気はないな、と。


「レベル4000……言ったね! もう取り消せないから!」


 ———結論から言うと、あたしも父上も完全に侮っていた。

 シルヴィアは、昔から出来のいい子だった。根性があって、勤勉で、何より一度やると決めたら妥協しない子だったのだ。


 訓練していない期間もあったとはいえ、あたしはレベル4000に到達するのに一体何十年かかっていただろうか……。

 シルヴィアは、わずか2年でそのレベルに到達した。

 本当に、真面目な努力家で、あたしの自慢の妹だ。


「や・く・そ・く!」

「ううむ……」


 だから同じ苦労を味わった者として、あたしは助け船を出した。


「父上、シルヴィアを大切に思うのは私も同じだが、私とて外に出られない間はあまりにも窮屈な扱いに辟易としていたものだ。人間の街を経験するなら早い方がいいし、あまり押し込めてしまうと……この竜族の村を嫌いになりかねないぞ」


 まあシルヴィアに限ってこの村を嫌いになることなど天地がひっくり返っても有り得ないだろう、という言葉は飲み込んでおく。


「うん、ありがとうお姉様! じゃあ、たくさんお外で楽しんでくる!」


 よかった。あたしも寂しいという気持ちがないわけではないけど、この心からのシルヴィアの笑顔を見られるのなら何も問題はない。

 さあ、行ってこい自慢のシルヴィア! お姉ちゃんの自慢のシルヴィアなら、きっと広い世界で色んなことを吸収して、一回りも二回りも自分の世界を広げて帰ってきてくれるって信じてるからなっ!




 ……というのが2年前の話。


 あたしは、今日も居酒屋で酔いつぶれていた。

 人類の味方最強生物が、完全に形無しである。


「うぅ〜っシルヴィア、大丈夫かなぁ〜……」

「またそれですか?」

「だってだって、あたしにはシルヴィア以外にないんだよぉ……」


 シルヴィアには、確かに自由になってもらいたかったし、人間の街からあたし以上のものを学んでくれるとは思っていたよ?


 それにしたって……それにしたって!


 全く!

 まっったく帰ってこないとは思わないじゃん!?


「まさか、ホントに竜族の村のこと嫌いになっちゃったんじゃ……」

「いやいや、それはあり得ませんよ」

「だってよぉ、ほんっと人間の街ってすごいんだよ……メシは美味いし、酒場にはいつでも楽師がいるし、なんかもぉ全体的に細やかで発展してるって感じで……」


 あたしはそんな愚痴をアウグストにこぼしながら、「ああ、あたし以上のものを吸収できるんなら、そりゃシルヴィアが全てを吸収できるまで帰ってくるわけないよなあ……」なんて、ぼんやりと思っていた。

 じゃあ……建築も、鍛冶も、彫刻も、演奏も、執筆……はしてたんだっけ、料理も覚えるまで街にいるのかなあ……。

 ……もしそうなら、2年どころか20年じゃ……帰ってくるわけないか……。


 なんだか最近、ずっとこんな感じで酔いまくりだ……。この酒も、どこかのぶどう園に毒を撒こうとする魔族を討伐した報酬でもらってるものなのになあ……。

 代表のあたしが、こんな体たらくでいいのか……


 あー、あたし、もうちょっとしっかりしないと……。




 その日もいつもと同じような日だった。先日両親が調査に向かってから、今日は村の外食屋でのんびりと食べ終わった皿を見て、ぼーっとしていた。

 悪くはないんだけど、人間の街に比べたら、味が落ちるというより『当たり外れ』が大きいんだよなあ竜族は……。


 ……ん?

 なんだろう、珍しく外が騒がしい。


「なんだろねーおばちゃん」

「さあ? 長でも帰ってきたんですかね?」

「あー……そっかも」


 あたしがぼんやりしてると、外で野次馬してたうちの一人が店の中に入ってきた。さっき食べて出てった客が、あたしの顔を見て戻ってきたっぽい。


「トゥーリアさん何落ち着いてるんですか!」

「ん? どーしたんですか? なんか外が」

「竜! 黄色くてでかい古竜が、一体だけ!」


 一体だけ。

 その言葉を聞いて、あわてて外に出た。


 ……見間違えようがない。両親でもアウグストでもない、古竜。


「トゥーリアさんお勘定!」

「あっ、ああっもおおこんな時に限ってえ!」


 あたしは普段からしっかりしておかなかった自分のダメさ加減を反省しつつ、急いでお勘定を済ませると一目散に屋敷に飛んでいった。




 その扉を開くと、跪いたアウグストの先に、金髪が見える。

 間違いない!


「シルヴィア〜〜〜〜っ!」


 ああっ、シルヴィアだっ!

 シルヴィア、シルヴィア、シルヴィア〜〜〜っ!

 胸に納まる頭の感触、指先に触れる角の感触、髪の匂い、どれもこれもシルヴィアだ———


 ———って痛ァーっ!?


「ああもう! しばらくぶりなのは分かるけど再会して早々に巨乳に埋まって死ぬとかしゃれにならないわよお姉様!」


 ああっ、やってしまったあっ!


 ああ、でも、本当にシルヴィアだ……。

 つい先日、もっと先になるまで帰ってこないだろうとずっと思っていたシルヴィアが、今あたしの腕の中にいる……!


 2年ぶりだけど、変わらず可憐だなあ。あたしはこういう男勝りな性格とでっかい見た目だから、帝国人形みたいなシルヴィアは本当に憧れるし可愛い。

 あーもーぎゅっぎゅ。触り心地最高。


 でもなんで帰ってきたんだろう。

 っていうかそんなことより! アウグスト達はどうしてこんなに武器を握りしめてシルヴィアに警戒を———




 ———青い肌、黒い穴から赤い光がこちらを視ている。


 あたしは頭の中がパニックになりつつも、体から一瞬で剣を出して袈裟に斬りかかる。だというのに……目の前の相手は当たり前のように受け止めていた。


 こんな、片手で剣を横に向けるだけの不安定で適当に持った剣が……全く動かない!?


 ていうか、今いつ剣を出した!? いつ剣を構えた……いや、いつ()()()()()()に移った!? 最初からその構えだったかと錯覚するように、全く動作の流れが見えなかった!

 こいつ、動体視力とか対応力とかそういうレベルじゃない、何か根本的な部分で……あたしより強く感じる……。


 村一番の、あたしより、強い?

 ……やばい、やばいやばいヤバイぞこの状況!?


「魔族、魔族!? どうしてこんなところに! これ、色、青、嫉妬の一族? いや、髪……別の一族か? しかし不意打ち、完全に狙ったのに受けられた……!」


 レヴィアタンの眷属を相手にした時、青肌の魔族を倒したことがある。サタンの眷属の赤い肌の魔族を倒したこともある。だが目の前の奴は別の眷属らしい見た目をしている。


(【パワーエンハンス】【スピードエンハンス】……次で決める!)

「え、あの」

「ハッ!」


 大罪の大悪魔を想定して鍛えたレベルと、そしてその剣技。

 レベル9999相手でも剣を押し返せるぐらいの自信を持って撃ち出した、強化魔法を乗せに乗せた超高速の両手持ち強化振りかぶり逆袈裟。オリハルコンゴーレムでさえ空に吹き飛ぶほどの一撃。

 ……も、当たり前のように片手で受けられた。なん、なんだ、こいつはっ……強さの上限が見えない、今のはレベル9999でも片手で受けられる攻撃じゃないはずだ、デタラメすぎるだろ!


 焦って連携のハイキックに持っていったが……これは悪手中の悪手だ。

 だってあたしは両手剣、あいつは片手剣。

 当然のように、足首を掴まれた。


「……っ!? は、離しなさいッ!」

「いやいや落ち着きましょう!? あの、私は」


 目の前の魔族が、何故か慌てて喋っているのを疑問に感じた瞬間———


「———なにやってんのよおおお!?」


 シルヴィアの声と共に、何か腰に当たった……そう思った瞬間腰から脳天まで電撃が走り、目の前が赤と白に光って……体に重力がかかり頭をぶつけたという感覚とともに視界が暗転した。




 目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。目の前には……。


「……あ、魔族……!」

「はい、魔族です」


 さっきの魔族がいた。

 いや、魔族ですって自己紹介されましても……。


「お姉様!」

「ッ! シルヴィア!?」


 し、シルヴィアが怒っている!?


「お礼!」

「……え?」

「今飲んだのは、きゅうけいさんのエリクサーです!」

「……きゅうけいさん?」

「あっ」


 きゅうけいさん。

 どうも、その名前を呼んでシルヴィアが魔族に申し訳なさそうに謝ってるあたり、きゅうけいさんというらしいこの魔族は。

 会話の内容から多分愛称らしいけど、それにしても仲よく喋るなシルヴィア……あれだけ魔族に関して危険だと語っておいたのに、ここまで心を許すとは。


 しかし今、お礼……?

 ……エリクサー?


 エリクサーって、大昔の聖女が一日に一本作れるか作れないかというものを死ぬまで生産し続け、聖女死後の現在はその残りを消費し続けるだけという『誰も作れない遺産』のエリクサー?

 買われる毎に値段が上がる『プラチナ・レガリア・エリクサー』のあのエリクサーか?

 あたしが人間の街で見たとき、一本で金貨55枚とか馬鹿げた値段になってたあのエリクサーのことか?


 あたしの口元、そして顎が濡れている。指で触れると、濃い魔力を感じる水滴が、うっすら光を帯びている。

 そして魔族の手元には空瓶。しかも魔族の絵つきの私物。


 いや、待って。

 待って待って。

 あれ使ったの?


「え、エリクサー……ですか?」

「うん、シルヴィアちゃんの蹴りがおっそろしくイイ角度で入ってやばかったので、回復のためにエリクサーを飲ませました」


 この何気ない姉妹の喧嘩の一ページみたいなやりとりの回復のためにアレを使ってしまったの!?

 え、まさか弁償、ですか……?


「あ、あの……ありがとうございました……まさかエリクサーを使っていただけるなんて思わず」

「いえいえ、ご無事で何よりですー」


 き、気にしている様子がない……!?

 どうして? 恐ろしく金持ち? いやこの姿で買えるはずがない。じゃあ奪って? いや奪っていたらすぐに討伐の要請がこちらに来る。

 ま、マジで、私物っすか……うわ、あたしが早とちりで斬りかかったために、金貨55枚……いや、今だと白金貨1枚とかになってても驚かない……それを何事もなかったかのように。

 ……うう……目の前の魔族に比べて、今のあたし、めっちゃ小物だ……。


「とりあえずええっと、私は魔族ですけど人間の味方というか、ちょっと変わり者みたいだってシルヴィアちゃんに教えてもらいました」


 そんなことも教えてもらわないと分からない程度に変わり者なのは分かった。


「えっとえっと、お姉様さん」

「トゥーリアです。トゥーリア・ドラゴネッティ」


 お姉様というのは、シルヴィアの姉だからなんだろう。それにしたってお姉様さんはないだろって思うけど。

 と思って名前を伝えたら……


「私もお姉様って呼んでいいでしょうかっ!?」

「ええっ!? いや、あのさすがにそれは……」

「すみません調子乗りました」


 ……て、テンションについていけない! ただでさえ魔族に対してこんなにマトモに会話ができている(マトモか?)だけで困っているのに、やりとりがあまりに軽い。


 どうしようかと思ってたところに目が合った。名前、聞いてみよう。


「私はタマエ・カガミといいます!」


 タマエ・カガミ。たまえ、かがみ。……かがみ? 何か、どこかで……。

 ステータスも見せてもらおうかと思ったら、シルヴィアに自分から見せるように言われた。……さっきからずっとこのタマエ殿の味方みたいで、お姉ちゃんかなり悲しみを背負ってます。


 仕方ない、今更隠したところでどうにもならないだろうし、見せようじゃない!


「【ステータス】」


 お、タマエ殿は目を見開いて驚いている。やはりレベルが高いという認識はあちらもあるみたいで、少し安心する。

 これで大したことないなーなんて顔されたらさすがに凹む。


「はわ、はわわわぁ……」


 ん? そういえば部屋にはもう一人いる。ダークエルフの少女だ。


 ダークエルフは人間に協力的であり、我々竜族とも立場が近いので友好的だ。王国でも信頼が厚い。


「シルヴィアさんとは良くしていただいています、ダークエルフのエッダ・モンティです!」


 シルヴィアの友達……! シルヴィア、どんな友人を作るかと思っていたけど、家名持ちのダークエルフの友人を作ったんだ。


 ……もしかして、モンティって……あの英雄テオドロ・モンティの……娘? じゃなければ、孫なのか?

 ああ……いい子を友達にしたなあ、シルヴィア。


「妹の友達になってくれてありがとな」

「はっ、はい! どういたしましてぇっ」


 ああ、妹は違うタイプだけど素直そうで可愛い子だ。見た目がキツ目なダークエルフの中でも他に見ないほど顔つきが柔らかそうで……私は一発でこの子のことを気に入った。


 そして問題は、この魔族だ。……いやいや、エッダの笑顔を見て安心したように笑顔になってるんだけど。まさかあたしが認めるかどうかを心配していたっていうのか? 保護者なのか?

 先ほどの強さの秘密、見せてもらおうじゃないか。


「いえいえやります! ただ……見せても、敵ではないというのは念には念を入れて確認したいなと」

「わかりました、いいでしょう」

「では……【ステータス】!」


 そこで見せられたものは……予想外であり、予想内であり、そして予想外だった。

 ベルフェゴールであるというのは驚いた。

 レベルが9999であるというのは、それぐらい強いだろうと思っていた。

 同時に、レベルが9999しかないというのが理解できなかった。


「……【スペルブレイク】!」


 ッ! 手応えがあった!

 画面を見て……あたしは納得がいったのが半分、やはり理解できなかったのが半分だ。


「……五桁以上の表示です……それ以上はあまりつっこまないでいただけると……」


 五桁以上。五桁以上か。じゃあ……最低9万以上ってことか。


 捏造していたのではなく下げていたのなら【ハイドレベル】だろう。

 ハイドレベルはレベルを隠す魔法であり、やられた時に隠していたレベル分を消費して復活する再生魔法だ。

 実際のレベルより『高く隠す』ことは当然できない。


 あたしは気になりはしたが、追及しないことにした。ハッキリ行って9万だろうが9000無量大数だろうが、勝てないなら誤差みたいなもんだ。それよりも下手に追及して怒らせて村の皆を危険に晒す方が危ない。


 そして、次の話もあたしにとってとんでもない話だった。


「ええ……その、私は突然ベルフェゴールになったんです」


 まず最初は、その間抜けっぷりに笑ってしまいそうだった。

 ただのめんどくさがりの最終形が、ベルフェゴールになってしまった、ということらしい。もしかしてベルフェゴールの眷属ってこんな奴ばっかりなのか? だったらずいぶんと平和な一族だ。

 魔族も七種類に分けて考えた方がいいかもしれない。


 ……同時に、レヴィアタンのことを考えていた。

 勇者が討伐したはずのレヴィアタン。その幼生が産まれるか次の魔王が元眷属から産まれるか分からなかったが、少なくとも猶予はあると思っていた。

 ……嫉妬深い女が急に魔王になってこの強さになるというのなら話は別だ。


 しかし、シルヴィアがどうしてこんなに警戒していないか分かった。

 というか、警戒しようがない。

 怠惰の大罪は、戦いそのものに怠惰だ。


「で、でしょ! お姉様! だからきゅうけいさんは安心なんですよっ!」

「———ただしッ!」


 あたしは、条件を取り付けた。

 昔聞いた、勇者のパーティの憤怒の呪い。

 あれの怠惰を使われると何が起こるか分からない、だから条件を取り付けた。


「この村で、働いてみせてくれませんか?」


 ……だというのに!


「ああもぉ〜っ! きゅうけいさんはほんとにベルフェゴールじゃないですよね、怠惰とは似つかわしくない勤勉な態度で、あれだけ練習するんだって私に言っておいて、もう忘れちゃったんですか!?」


 シルヴィアが、ベルフェゴールのことを勤勉とか言ってる!

 練習のためにシルヴィアを買い物に行かせたとか言ってる!


 なんだか途中でエリクサーを作るとかとんでもないことを聞いた気がするけど、もう頭がパンクしそうで理解を拒んでるので聞かなかったことにします!


「えっと、きゅうけい、さん?」

「はい! きゅうけいさんでっす!」


 勢いであたしもきゅうけいさんって呼んじゃったけど、もうこんなよくわかんないやつ、きゅうけいさんで十分だよ! いやきゅうけいさんって呼ばれておめェもニコニコ喜んでんじゃねーよオイ!?

 あーっもぉ〜〜っ! ちょっとはお淑やかなお姉様になろうとしていたあたしの内面、完全に昔の姐御肌の頃に戻ってきちゃってるよ!


「なんであなたが勤勉なんですか!?」

「だだだって、私って種族がベルフェゴールなだけの普通の、えーっと普通の普通の魔族ですし?」

「あなたが普通なら、地上に存在する魔族はあなた以外異常個体ですっ!」

「そうです! 私以外が異常個体なんですっ!」


 はー、最初の緊張なんだったんだよホント……。

 ……しかし、お父様のいない間に魔王を住まわせるのか……。


「ってわけで、きゅうけいさんの料理を振る舞うのです! そうすればお姉様も認めてくれます!」

「うっ……シルヴィア、確かに言ったけど……」

「お姉様……まさか、この期に及んでまだ難色を示すの? 自分で言い出したことを自分で反故にするようなお姉様なんて」




 キライッ!




 世界が止まった気がした。


 え、今、何が起こった?

 見ると、シルヴィアのぷいっと向いた横顔と、あっけにとられた魔族とダークエルフの顔が見える。


「フンッ! きゅうけいさんを受け入れてくれないようなお姉様なんて、あたしのお姉様じゃないもん!」


 ———えええええ!? そんなあああ! に、にねんぶりにあって! 二年ぶりに折角の家族の再会! あたしの一番大好きなシルヴィア! せっかく再会したのにこんな仕打ちってぇええぇ〜〜っ!?


「ちゃんときゅうけいさんを認めてくれたら、あたしもこんなに言わないよ」


 う、うう……分かってるって……でも、あたしも長の娘として、ここを預かる者としてだなあ……うう……。


「いいよ、シルヴィアちゃん。トゥーリアさんのこと、嫌わないであげて」


 う、うううぅ……魔族にフォローされた。今日はあたし、惨め記念デーって名付けたいぐらい踏んだり蹴ったりだ……。




 まあ、そんな経緯もあって?

 ちょっと期待していたきゅうけいさんが?

 シルヴィアの部屋で?

 部屋になかったロッキングチェア三つに座ってグースカ寝てたのを見たときは、警戒心露わになりましたけどね?




 きゅうけいさんの料理は……かなり手際がよかった。

 生活魔法、あれは魔力の高さと料理を手元でやったことがある器用さ、そのイメージ力みたいなものが大きく影響する魔法だ。

 だからレベルの影響とはまた別で上手い人は上手いし、下手な人は下手。

 お母様は、村では一応上手い方だと思う。人間の社会基準だとやや雑程度。


 目の前の魔族。カットも調理も手際よすぎ。

 最初「すぐにできますから!」なんて言われたときには嘘つけって思ったんだけど、ホントにできそうだった。

 あと苦手なものをわざわざ聞かれたのも驚いた。ずいぶん配慮が利いているメイドを雇ってしまったものだ……。


 少し、会話をした。


「はい。……ミーナちゃん、弟想いでかわいくて優しい子だったなあ……」


 一応人間にも、このきゅうけいさんを受け入れられた者がいたらしい。事情もあったんだろうけど、勇気のある者だ。


 大罪の話もした。もしかするとこの魔族のことが分かるかもしれない。


「勇者がサタンに挑んで負けた!?」


 この話は情報提供であると同時に、情報収集だった。

 それは、この反応を引き出すこと。


 七つの大罪。少なくとも、ベルフェゴールとサタンは全く連絡を取ってないらしい。連絡を取っていたらあの強い勇者を殺した情報を共有しないはずがない。

 というかここまで人間に友好的なら、サタンと敵対していてもおかしくない。


 そんなことを考えていたからだろう。

 あたしは不意打ちを食らった。




「トゥーリアさんは正しいですよ、たとえシルヴィアちゃんが間違ってると言っても、シルヴィアちゃんを守るためなら私はシルヴィアちゃんよりトゥーリアさんの言い分を信じようと思います」


「ってうおわ!」




 ……あたしが今日、あれだけ酷い事したのにそんなこと言ってしまうのかあんたは。


 一方的に斬りかかって負けて、そのせいでエリクサーを使わせて、今もあたしから一方的に差別しているようなもんなのに。

 この期に及んで、シルヴィアのためなら、シルヴィアよりあたしを信じるっていうのかあんたは。


 きっと自分が呪いを出すと分かったら、迷いなく黙って出て行くだろう。

 そこまで……そこまでシルヴィアを大切にしてくれている。


 ……ちくしょう……世界最強の種族で世界最高レベルのあたし、今日は最初から最後まで完全に小物だ……。


 あたしはもう、初日ながらこの『きゅうけいさん』なる種族がベルフェゴールなだけの魔族個人のことを完全に信用していた。


「あのトゥーリアさんっ」

「え、あっ、はい」


 なんて考えていたら、急に声がかかって驚いた。


「そろそろ出来上がるので、二人を起こしてもらえると!」

「も、もうですか!? わかりました!」


 早!? いやあんたあたしと喋りっぱなしだったよな!?

 手際よすぎだろこの料理人!? どの辺が怠惰なんだよ!?




 あたしはシルヴィアと、エッダの二人を起こしに行った。

 ふふ、気持ちよさそうに寝ちゃって……思えば出る前はレベルを上げるのに必死で、こうやって気分を落ち着けてゆっくりする時間なんてなかったよなこの子は……。


 もうちょっと寝顔を見ていたいと思いつつも、あたしが急かしたのに料理が冷めてしまっては申し訳がないので、シルヴィアとエッダを起こした。


———起こして、ふと、頭にひっかかるものがあった。

 でも、今のこの空間の何がひっかかったのかは分からなかった。




 そして、怠惰の大罪の料理を食べることにした。

 果たしてどんな味なのか、期待と不安が押し合っている。

 あたしは食べて、驚いた。

 驚いている間に、シルヴィアが感想を言っていた。


「味の加減が上手いですね。塩も、にんにくも、過不足というものがない……麵も固くない場合はズルズルに膨らんでしまうこともあるというのに」


 そう、そうなのだ。

 人間の料理は、その辺りが本当に上手い。

 竜族は大きな一族で、大まかなことは上手いが、細かい部分は苦手なのだ。


 数分計るとか、30秒で茹でるとか、温度を調整するとか、均等に切るだとか……そして、分量だとか。


 あたしも昔、人間社会に行った。

 その人間社会に言いたい。


「塩適量」「胡椒適量」「オリーブオイル適量」

「色が変わる前まで」「いい感じまで」「音で判断」

「後は適当に味を」「後は適当に盛りつけ」「後は適当」


 ってわかんねえよおおおお!?


 あたしはその、「適当でもそれっぽくなるから」を信じて、味の薄い焦げまくり料理を何度も作り、逆ギレしながら最後に作った料理が食べられたものじゃないぐらい塩がエグくて泣く泣く捨てた。

 後で味見をしながら作ればいいんだと知った。

 最初にそれを言え! って思ったけど、それでもあの「適量」はないと思う。


 竜族の村も、大抵の料理人がその味のムラが大きい。

 しかも細かい作業が出来ない。

 だから、いい感じの組み合わせでそこそこいい料理はできるけど、完璧な見た目と完璧な味の料理は一度で出すのは難しい。


「……これが、怠惰の大罪の料理……?」


 あたしがシルヴィアやエッダより驚いているのは、その調理過程を見ていたからだ。

 何といってもこの魔族、終わるまで全く「味見」をしていない。

 なのにこの味を出した。多分、偶然ではない。

 食材の細かさと均等さも、完璧というほかない。


 それが出来るのは……反復練習か、圧倒的なセンスだ。

 しかも、全工程ずーっと喋りながらだ。

 それは喋り相手だったあたしが一番知っている。


 何より……このペペロンチーノは、間違いなく人間の街で食べた味そのものだった。

 味一つで懐かしさすら覚えるレベルだ。


「……あ、あの、お口に合いませんでしたでしょうか」

「っ!? い、いや! おいしいですよ……」

「あああよかったぁ〜……トゥーリアさんに認めてもらえないと意味ないですからね、そう言っていただけると安心しました」


 や、やめて……あたしが認めるとかおこがましっつかすいませんでした手加減してくださいあたしより遥かに料理が上手いですきゅうけいさんマジ勤勉の大罪。

 魔族よりポンコツってだけでダメージ大きいのに、上から目線で能力を見るつもりが負けてしかも相手が怠惰の大罪ってあたりで、今日のあたしほんと最後の最後まで惨めで穴があったら入りたい。


 そんなあたしの、目の前には安堵する青い肌の魔王。

 こんな凶悪な見た目なのに、あたしが斬りかかったときよりも、あたしからの料理の感想に緊張していた。

 今はだらしなく、にへら〜って笑っている。




 知らなかった。

 今までの大罪は強いし凶悪で、倒す以外に何も考えてなかった。

 怠惰の大罪がこんな癒し系青肌魔王だなんて知らなかったのだ。


 ……すっかりあたしより広い世界を持ったな、シルヴィア。


 きゅうけいさん、か。

 ふふ……ほんとに、世界は広い。


 -


 あたしはその日、夜久々に出歩いていた。


 なんとなく立ち寄ったのは、占いの館。

 そこには馴染みのレジーナがいる。

 ダメなあたしの愚痴相手で、飲み友だ。


「お、トゥーリアじゃないかい。シルヴィアが帰ってきたって聞いたよー」

「そうなんだよ。だから今日は嬉しくてね」

「これで飲み会もお預けかな?」

「いやいや、また一緒に飲んでくれよ。話したいこと増えてさあ」

「それは楽しみだね、もうあんなダウナーな愚痴じゃ運気が逃げちゃうよ」


 他愛ない話もいいけど、今日の目的はそれじゃない。


「久々に占ってほしい」


 なんとなく、今日は自分の占いの結果を見たい気分だった。


 あたしの所に帰ってきたシルヴィア。

 あたしの元に舞い込んできたベルフェゴール。

 あたしの家に住むことになったモンティ家の娘。


 今日は運命が変わるような一日だ。


「……」


 レジーナが、じっとしている。

 ……じっとしている?


「……どうしたんだ? レジーナ、終わったんじゃないのか?」


 そう、占いは終わっているのだ。


「何か、言いづらい結果なのか……?」

「そうだね」


 はっきりと、肯定した。


「え……?」

「トゥーリア、お客人が来たかい?」

「……ああ、来たよ」


 こういう時のレジーナは冴えている。あたしは隠し事はできないな、と思って正直に話した。


「……直接見ないと断片的にしか分からないし、占いはあくまで占いだけど……今の段階で見えたことを話すよ」


 あたしはレジーナの話に緊張しながら耳を傾けた。




「まず」


「トゥーリアのお客人は、良い光だ」


「それは安心していい」


「とても明るく優しい光だ」


「その光が、この村に活力をもたらす」


「そして」


「途中は見えない」


「ただ……」


「……」




「理由も詳細もわからないが、その客人は最後に敗北するらしい」

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[良い点] レジーナさんの占いの力ってエゲツない効果?もはや未来予知レベルじゃない?
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