きゅうけいさんは町娘の人生と心を知る
「……あの、言いたいことは分かりました」
「うん」
「その上で言います。できれば、このままでお願いします」
ミーナちゃんの返事は、現状維持でした。
「あ、ミーナちゃんは『ミーナちゃん』のままの方がいい?」
「はい。その……」
ミーナちゃんは、キリッとした目つきを少し下げて、指を突き合わせた。
「えっと、私って強くなるためにいろんなものを捨てて、一気に……もう十年なのか二十年なのかすら分からないぐらい置き去りのダンジョンで修行していて」
「……そんなに」
改めてその事実を聞くと……果てしないなあ……。
自分が学生の頃の部活動とか、そういう中高の六年の放課後だけでも、大抵の人がそれなりの専門的な能力を身につけるよね。
それを、全ての時間を費やしての十年。
バイエルを弾いていた幼稚園児が、ソナタを弾くぐらい。二十年あったら、プロとして活躍する人だっている。
それぐらい、人間の一年という単位はちゃんと大きい。
それを、勇者パーティーの上昇効果付きで、『置き去りのダンジョン』でこの年齢になるまで。
人類最強にもなるというものだ。
「……でも、私は……今でも家具職人のお父さんの娘で、編み物が得意なお母さんの娘で……その、大人になった、という感覚も、人類を代表するほど偉くなったという自覚もないんです」
「……」
「みんな、下になっちゃった……見上げる相手がいなくなっちゃった……私は、ずっと、大人になれたか分からないままなのに……」
そうか……大人になったという感覚が薄いんだ。
ずっと、戦い続けてきたから。
「だから、えっと……きゅうけいさんみたいな、私より遥かに上位者で、何度も私より人間を助けてきた方には、もっと気軽に接してほしいというか……」
ミーナちゃん。
ミーナちゃんの気持ち、分かったよ。
「じゃあ、ここでちょっとお話ししておきます」
「えっ? はい」
「私は元々レベル1で、ある日突然レベル九京になっただけの元人間です」
六人の視線が一気に集まる。
それ、喋っちゃってもいいんですかって感じで。
「全く努力してないです。予めそれは言っておきます。……それでも、ずっと苦労して追いかけてきたミーナちゃんにとって、私は尊敬でき——」
「尊敬できる人です!」
うおっ!? く、食い気味に発言キャンセルされた。
「力を持つのは、恐ろしいです。かつて私を侮っていた人、弟を馬鹿にした人、友人を子供扱いした人、友人に女らしさを強要した人……全てに対して、黒い感情が湧きました。驚きましたよ。私、自分が思ったよりもいい子じゃなかったんだなあって」
「……」
「でも、その度に思い出しました。きゅうけいさんは、山賊に更生を促した。圧倒的上位者で、あの時確実に悪人だったマッシモを許した。きゅうけいさんが選択してきた道に、どんなに気に入らない人間でも手に掛けた話はありませんでした」
まあ、うん。
そうだね。出会った人達が良かったからね。
ヴェアリーノではいろいろあったけど、できれば現地の人達に判断を任せたかったという部分は大きい。ルマーニャの山賊もそんなかんじ。
「マッシモのお陰で私は強くなり、キアラとも出会いました。きゅうけいさんが問題を解決したダンジョンの、ポーションの泉があるダンジョンでミルコは勇者になりました。今のレベルになるまでいた置き去りのダンジョンへの入場許可は、きゅうけいさんとルフィナ様が解決してから入れるようになりました」
あ、そっかあのダンジョンって自由に入っていい場所じゃなかったんだ。
そりゃそうか、ルフィナさんが攻略できなかったんじゃ普通の人が入って無事なわけないもん。
結構出会い方ニアミスだったんだなあ。
「そして呑気にレベルを上げている間……災害から何度も救ってもらっていました。両親は、今も無事です」
「……」
「両親が……いなくなるのは、本当に、怖い、です。だって、私には守る力があるのに……。キアラも、サンドラも……」
名前を呼ばれ、二人もそのことを考えてか俯く。
同じ街、だもんね。
「だから、突然得た自分の力を、最初から最後まで乱暴に扱わなかったきゅうけいさんは……むしろ、もっと尊敬できるぐらいです」
——。
ああ、いいなあ。
私が一番欲しい言葉、言ってくれる。
何の努力もしていないままできることを、本当に頑張りや功績と言っていいのか。
そのことを、ちょっと考えちゃったんだよね。
やっぱさ、チート転生の能力って『果たしてこんなもんでイキっていいのか』って悩んじゃう部分はあったから。
だからかな、この力を誰かの為に使い、人間の心だけは失わないようにしようと思ってたの。
私だって、自分のことを大人だなんてはっきり言えない。選択が正しいかどうかなんていっつも分かんなかった。なんかもう必死だったもん。
ミーナちゃんにとって、私の選択は『正解』だったんだ。
努力して選んだ以上に、尊敬してくれる選択と言ってくれるんだ。
ならば、私からのお返しはこうしよう。
「じゃあ私とミーナちゃんは一緒だね」
「……え? 一緒、ですか?」
「うん。私も世界最強になっても、一番怖かったことは友人を失うことだったから。守る力があっても、誰か一人でも失うことになったら負けたと思っていたんだ」
「そう、だったんですか」
「そーだったの。そして私は人類を何度も助けて、そんな私をミーナちゃんが助けてくれた! だからミーナちゃんは私と対等な、私の最高の友達! だよ!」
私がそう宣言すると……ミーナちゃんは、静かに涙を流しながら微笑んだ。
「鏡を見て、変わり果てた自分を見て……私の人生は、これでよかったんだろうかと、どこか頭の隅でずっと感じていました……」
「うん」
「……初めて……ようやく、私は、人類の守護者として、勇者の姉として、正しい道を歩めたと自分を認められそうです……!」
ミーナちゃんの涙を、サンドラちゃんが丁寧に拭く。
キアラちゃんは涙もろいのか、ミーナちゃんよりも泣いていた。
あとエッダちゃんがもらい泣きしていた。
どれだけ自分に厳しければ、ここまで誇り高い人間になれるのだろう……。
本当に、ミーナちゃんと最初に出会えたことが、私の人生最大の幸運だったなあ……。
皆の様子を眺めながら、静かにコーヒーを飲んだ。
ちょっと冷めていたけど、その味は今までで一番おいしく感じられた。
ちなみに。
「話も終わったところで、メインのデザートいこう! 実は机の下でずっと作ってました」
「さっきまで生活魔法を視界の外で駆使しながら喋っていたんですか!? しかも、単純作業じゃなくてデザートの調理!? どんなコントロール技術なんですか!?」
サンドラちゃんの突っ込みを受けながら、机の上にチーズケーキを出す。
戻った日にレシピサイトに検索をかけて、いろんな料理を軽く調べておきました。
普通の料理ならともかく、甘いものはレシピなしだとフィーリングじゃ作れないからね。
「めっちゃ材料を遠慮なくふんだんに使いまくった、すーぱーベイクドチーズケーキ! です!」
「……あれ、もしかしてきゅうけいさんってさっきのクッキーも」
「あれも全部私だよ! というか、竜族の食堂のみんなに料理教えたのも私だよ」
勇者パーティー、女子三人が顔を見合わせて顔を寄せる。
「……ちょ、ちょっと……うちらの中で料理できるのいる?」
「いるわけないでしょ……私がみんなの分の肉焼いて塩振ってたぐらいだし、ミーナもキアラも即焦がしてから全部買い食いじゃん……」
「うげ、思い出させんなよぉ……やべーぞ、あたいら魔王に女子力何一つ勝てねーんじゃ……」
いえいえ、君達みたいにばりばり努力してきた戦士と違って私はただの日本人女子だからね。お気になさらず。
あとキアラちゃんはその美貌だけで女子力フルマックスだと思います。お母様にご挨拶希望します。
そんな三人の様子に、シルヴィアちゃんが手を叩いて注目を集める。
「はいはい。もうそこらじゅうでこの反応やってるけど、きゅうけいさんはここでも、ヤマトアイランドでも、北エイメラ大陸でも料理していたぐらい料理好きなのよ」
「全部魔王に料理任せてたって……それ、正直どうなんですか……?」
「だってきゅうけいさん、誰よりも料理上手いもの。きゅうけいさんの料理よりおいしかったのなんて、ルマーニャのレストランぐらいじゃないかしら」
シルヴィアちゃんの言葉に、皆を代表してミルコ君が手を挙げる。
「あの、質問いいですか?」
「うん」
「なんで怠惰の大罪なんですか?」
「なんでだろうね!」
そんなミルコ君に、私は続けて答えた。
「ま、こういうスイーツタイムも含めて、休憩時間が何より好きだからかもね」
なぜなら私は、きゅうけいさんですから。
な、なんか驚いたことに、この作品のブックマーク数が1万超えていたみたいです。
じわじわ増えたみたいで……ありがとうございます、嬉しいです。完結後だったのでびっくりしてます。
これからも超マイペースに更新していきますので、ゲームED後のアフターストーリーみていってね!
また、別途書いていた『黒鳶の聖者』3巻が書店に並び始めました!
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すっごくがんばって書いたので、ぜひぜひお手にとってくださいませ……!






