別視点:レジーナ2
次々に集まる竜族の村に住む人達。
人達、といっても文字通り、竜族だけではなく人間達もいる。
それどころか、今となっては魔族だって決して少なくはない。
きゅうけいさんがいなくなってから、皆の判断は早かった。
助けに行くべき待つかという二択だけど、私達はそもそもここに『助けに行かない』という選択肢がなかった。
みんな、きゅうけいさんの縁で集まったような人達ばかりだもの。
もちろん、私もその一人。
というか今の状況って、私が原因よねー……。
――私占い好きなんです!
今でも新鮮に思い出せる、占い大好き宣言を受けた衝撃。
当時は魔族の占い師がどうとか思ったけど、今はさすがに違うと分かる。
あれは『きゅうけいさんが』占い好きなだけ。
そんな最強のほほん魔王きゅうけいさんへの占い結果が『友達を作る』という、初等部の子供を相手にでもしているような結果。
一瞬なんか間違えたかと思ったもんね。
そんな冗談のような結果に対して――きゅうけいさんは、本気の本気の本気で取り組んでくれた。
友達の範囲、魔族を嫌う人間から人類を狙う魔王、筆頭眷属の数々から別大陸の人類まで。
気がついたら、むしろ仲間じゃない人は残りの魔王ってぐらいに友達だらけになっていた。
その結果が、この竜族史上最強の戦力を誇る竜族の村である。
占い師として大した扱いをされてこなかった私の、大きな特異点。
今までの人生のマイナスを一杯で塗り替えた最高級ワイン。
増えた飲み友魔王は、きゅうけいさんが旅している間も再々飲みに誘ってくれる。いやほんと、ここ数年だけで私の人生バラ色すぎ。
そんなきゅうけいさんが、ピンチに陥っている。
討伐部隊はまさに世紀の最強パーティー、私のレベルなんて下から数えた方が早い。
正直、行ったところで足手まといかもしれないし、まーぶっちゃけ死ぬかもしれないね。
で、それが何?
人間の部隊が、準備をしている。彼らは空が飛べないから、私が彼らを運ぶ役目。
もらった分のお返しとして、ここで皆の足にすらなれないようなら、私は私に失望してしまうだろう。
この人達だって、命がなくなるかも知れない覚悟で来ているのだ。私が行かない選択肢はない。
「レジーナ、行ける?」
「シルヴィアちゃんの方も準備できたわね。もちろん、この人数なら大丈夫!」
後ね。
シルヴィアちゃんの成長を期待してたのは、族長やトゥーリアだけじゃないんだよ。
私にとって、ある意味私が先導した形で産まれた子なのだ。
その子が、きゅうけいさんに出会って僅かな間に、トゥーリア以上に人類側をまとめ上げるほど立派になっている。
感無量、だね。
「それじゃ、パオラさんとクローエさんは先導をお願いします。【ドラゴンフォーム】!」
「【ドラゴンフォーム】!」
ぐっと自分の視点が高くなり、体に感じる大気の感触も変わる。
一箇所スースーしてるのは、闇竜の鱗をマモンさんにあげたから。後できゅうけいさんにエリクサーもらっておこう。
お礼に小金貨5枚のブランデーと、金貨2枚の赤ワインくれた。振る舞い方派手すぎて笑っちゃう、もう自分で買わなくなっちゃったもん。
そんなことを思い出しながら、背中に乗る数人の感触を確かめる。
今回の人間パーティーは、私より強いというか、前々回の勇者パーティー並だ。
金髪の男と、全身鎧の男。あと水色の髪をした女性神官に赤い髪の魔法使いというバランスのいいパーティーだね。
気合いも十分といった様子。
パオラさんが炎を飛ばすのを見て、クローエさんが巡回後シルヴィアちゃんの近くに戻る。
準備はできたみたい。
私も行きましょう、最後の戦いの地へ。
-
半端な場所にある、小さな村ぐらいなら入りそうな島。
島の中心には小高い山があり、木々が生い茂って……いたはずだった。
真上から見ると、中心に大きな空洞がある。
絶対、これは以前にはなかった。
明らかにここが目的地だ。
先頭のパオラさんがゆっくり降り、暗い穴を照らす。
足が着く場所までかなりの距離があり、降り立った先ですぐにクローエさんが周囲に光を灯して場所を確認した。
シルヴィアちゃんと私達も固い地面に降り立ち、背中の人達が降りてからヒューマンフォームへと戻る。
「ドラゴン様。運んでいただき、ありがとうございました」
人の姿で大地を踏みしめたと同時に、自分が降ろした人達から声がかかる。振り向くと、鎧の人含めみんな丁寧に頭を下げていた。
こうしてお礼をしてくれるのは嬉しいわね。当たり前のように思ってほしくないもの。
「どうしたしまして! あとレジーナって呼んでくれると嬉しいわ。あなたたちはきゅうけいさんとの縁があって?」
「はい、レジーナ様。きゅうけいさんには以前命を救っていただきました」
「様もなしね」
この『様はなし』というのもきゅうけいさんの影響かも。あの人見てるとプライド高めに持つこと馬鹿馬鹿しくなっちゃうもの。
きゅうけいさんは、直接的になのか間接的になのかは分からないけど、今代の勇者さんも救っていたのね。
「あ、私も! えっと、きゅうけいさんっていうか、シルヴィア様がルマーニャを救ってくださった時なんですけど」
「あら、あの時の一人?」
「はい! シルヴィア様、改めてありがとうございました。それでえっと、その、あの時なのですが」
「ええ、何かしら」
逆に、神官の子に様付けされても慣れているシルヴィアちゃんは実に泰然としていた。
嫌味がなく次世代の古竜として振る舞っていて……格好良く育ったわね。
とか思ってたんだけど。
「……実は、ケルベロスに吹き飛ばされた時に、見ちゃったんです」
「うっ!?」
一瞬で、その余裕が崩れるシルヴィアちゃん。
おやおや?
「やっぱり、その反応から察するに、シルヴィア様は」
「……ええ、そうね。あの時はケルベロスに勝てなくて吹き飛ばされちゃったわ。だけど、目にも留まらないスピードできゅうけいさんは私の口の中にエリクサーを投げ入れて、ケルベロスを圧倒した」
あらら、実際はそんなことになってたのね。
じゃあ結局、ルマーニャを救ったのはシルヴィアちゃんのようで、やっぱりきゅうけいさんだ。
「誤魔化さずに言うと、そもそもスタンピードを予測していたのもきゅうけいさんだし、ケルベロスを圧倒したのもきゅうけいさん。何だったら、ルマーニャの方をあたしに任せた理由が、召喚者の魔族がダークエルフの集落方面の海岸からやってきてそっちの対処をしてたからなの」
「……じゃあ、もしもシルヴィア様がいなかったら」
「十中八九、きゅうけいさんが両方とも対処しちゃったでしょうね」
半島の、反対方面からの襲撃同時対処。そんなの不可能としか思えないけど……今となっては、きゅうけいさんならそりゃ余裕よね、という感想しか湧かない。
「すごいなあ……私達、ほんとみーんなきゅうけいさんに救ってもらったんだ」
「救ってもらったというか、きゅうけいさんがいなかったらあたし達人類側とっくに全滅してるわね」
いや、ほんとその通りで。
「そんなきゅうけいさんが動かなくなったほどの相手……ね。覚悟して進みましょう」
シルヴィアちゃんがその手に大剣を持ったところで、周りのみんなもそれぞれ武器を構えた。
洞窟の中の魔物、一言で言うと——強い。
今までの魔王の眷属とか何だったのというぐらい、異様に強い。
「すみませんレジーナさん、肩車していただいていいでしょうか!」
「エッダちゃん? ええ、構わないわ。ちょっとここから先は私には厳しいようだし」
「助かります!」
今となっては人類側の最強の一角となるのが、このダークエルフの子。
腕から放たれる弓矢は、視界に入れるのがやっとの目にも留まらぬ黒いキマイラを、正確に捉えていく。
着弾の衝撃は、射貫く、という表現より『吹っ飛ばす』という方が正しい。
衝突したと思ったと同時にキマイラの体が洞窟の壁に叩き付けられ、そのまま血の花を咲かせて絶命する。
もう弓矢の攻撃っぽくもない。
パオラ、クローエ、ビーチェの三人は三方に分かれているけど、こちらも赤子を捻るというレベルで圧倒している。
パオラさんは、両端に刃のついた長い槍を構えていた。弥々華さんからのプレゼントらしいけど、うまく使いこなしている。回転する両端の刃から炎が出て、戦う姿は神秘的な舞踊のよう。
クローエさんに至っては、扉でもノックするかのような動きで手から風を出して、魔物を一切寄せ付けない。視界から消えたと思ったら、短刀一つで相手の頭を一突きしている。強いとかそんな次元じゃない。
ビーチェさんは回し蹴りのポーズで止まってると思ったら、その足元に首のない縞模様のオークがいる。一体あの蹴りを防げる盾がこの世に存在するのか……今更ながら、最初この人が村を襲う予定だったと想像するだけで震える。
きゅうけいさんが意地でも友達を諦めなかった三人は、とても誰かに代わってもらえないほど圧倒的な存在として君臨していた。
意外なのが、人間のパーティーがそれらに見劣りしないぐらい強いのだ。
間違いなく私より強いとして、族長よりも強い。
かつて魔王討伐した勇者達を思い出す、そんな強さだった。
その勇者パーティーが、今は魔王を助けに行くあたりが面白いんだけどね。
そして、ダンジョンの奥地で、最後の魔物が現れる。
「……久しぶりね」
ケルベロス。圧倒的な巨体を持つ、三つ首の地獄の番犬。
「力押しでは戦わないわ。きゅうけいさんと以前話したもの。……みんなは遠距離攻撃中心にお願い。隙を見て大丈夫そうなら参加して」
シルヴィアちゃんは返事を聞かず、ケルベロスの足元に突撃していった!
エッダちゃんが矢を撃ち続け、人間の魔法使いさんが攻撃魔法を叩き込んでいる。ただし、それまでの雑魚のように吹っ飛んだりはしない。
パオラさん達はいつでも入れるようにしながらも、ここはシルヴィアちゃんの気持ちを尊重してか手を出さずに見守っている。
シルヴィアちゃんの戦い方は、足元に回って攪乱しながら攻撃するというもの。
ケルベロスが吐いた炎も、まるで事前にそう動くと分かっているかのように、準備動作の時点で背中側に回っていた。
パオラさんとクローエさんも「へえ」「やるな」と感心した様子で見ている。
勇者の男性がケルベロスの後ろ脚を叩き折り、シルヴィアちゃんの大剣が、安定した戦いの末に最後の首を切り落とした瞬間——!
「——誰がモテない怪力女だオラァァァ!」
派手な叫び声と破裂音に、ケルベロスを討伐したことも忘れてシルヴィアちゃん以下全員が振り向く。
「ぬんッ!」
そっちを見ると……白馬の生首から、角を引っこ抜いたビーチェさんがいた。
「あの、何を……?」
「あっシルヴィア討伐お疲れー。このゴミは私のことを失礼にも『男を抱いたらみんな潰すからモテない、怪力ゴリラマッチョブス』と言ってきた糞ユニコーンのカス野郎ね」
「そこまで言ってなさそうというか、そもそも喋れないと思うんだけど……」
さらりと言ってのけたけど、ビーチェさんの放った単語に私は震えた。
テルマエでのんびりしていた時に、後々シルヴィアちゃんから情報共有されていた存在。
魔族側の眷属で、うち最強の七種。
それが人型になった四人の他にいる、ケルベロスと、ユニコーンと、ゴブリンキング。
ゴブリンキングはマモンさんの眷属であり、今はその枠に九尾がいる。
つまり……復活した最大の関門は、この瞬間に終わった。
最後の最後は、モテない人魚の逆ギレで決まった。
「復活したと同時にこれなら、同情するしかないわねー」
「何言ってんのよパオラ、あんたも元ぼっち処女だし、クローエだって女にしかモテないでしょ」
「いや否定はしないわよ、でも私モテないわけじゃないから」
「俺は……そんなはずは、いや、そうか……? あれ、ひょっとして俺、竜族の集落で男に声かけてもらったこと、ほぼ皆無……?」
「わーっごめんって! そんな真剣に悩まれるとこっちが困っちゃうわよ! ああもう、モテモテの非処女はイデアだけ! 私ら全員マッチョゴリラの負け組! それでいいわね!」
「全然良くないんだけど!?」
筆頭眷属組、実にゆるい女子会モードに入っていた。
なんか、今まで緊張していたのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい、本当にちょっと下品なレベルの女子会話だ。
三人揃ってレベル9000以上の最強グループがこれなの、もう本当に心強すぎる。
「それじゃマモン様のお土産も回収したことだし、先に行きましょうか」
「ええ、そうね!」
あっけらかんとケルベロスの牙をブチブチ引っこ抜いてはアイテムボックスに仕舞うビーチェさんに、シルヴィアちゃんもようやくふっと笑って足を進めだした。
ダンジョンの最奥に、ルシファーがいた。
片腕がない。きゅうけいさんが攻撃した傷、まだ治っていなかった。
「ベルフェゴールに、ここまで取られるとはな」
「今まで大事にしてこなかったからでしょう、必然です」
視線が、クローエさんの方を向く。
クローエさんは毅然とした態度を取っていたけど……その手は、後ろでパオラさんが握っている。
最強の存在、魔王の一人。そして、かつての主人。
敵対するには勇気が要るはず。
ここにきて、私の占いが何かを告げている。
「何か、想定外の敵がいる」
何だろう……嫌な予感、だろうか。
分からないけど、とにかく変化が起こる。
大きな運命の分岐点を感じる。
そう、例えば——私の占いの、終着点というか。
「……嘘、なんで」
思いがけない存在の出現に、さっきまで一番おちゃらけていた人が驚愕の言葉を漏らした。
最もしがらみがないはずの、マーメイドのビーチェ。
震える声色が、動揺の大きさを物語っている。
視線の先。
洞窟の陰から、ゆったりとした足取りで何者かが現れる。
なんともスタイルのいい、鎧というよりはスーツで結構セクシーな雰囲気の魔族。
きゅうけいさんと同じ色の肌に、深い海のような色の髪。
そんな私の観察は、次の一言で一気に凍えた。
「レヴィアタン様……」
レヴィアタン。
嫉妬の魔王。
考えておくべきだった。
筆頭眷属二体が復活して、怠惰の魔王と色欲の魔王の二人が二代目になっているのだ。
それより前に討伐されたレヴィアタンの二代目がいても、何もおかしくはない。
魔王三体の大罪魔法……これは想定していなかった。
きゅうけいさんがいくら強いといっても、大罪の魔法は特別と聞いている。
マリーアことミミちゃんのレベル1ですら、完全には防げなかったって言ってたもの。
それを同時に受けるとなると、何が起こるかは分からない。
「戦えと……今度は、自分の手で討伐しろと言うの……。ずっと失っていた私が……」
「ビーチェ……」
ビーチェさんを見るパオラさんは、特に辛そうだ。
だってパオラさんには、いる。しかも、二人も。先代も今代も一緒に仲良く過ごしている、圧倒的に『恵まれた』側の人だ。
その彼女がビーチェさんに、戦いに参加してもらうよう言うなんてとてもできないだろう。
まずい、最強格が戦いに参加できない可能性が出てきた。
過剰戦力と思っていたパーティーに、一気に不安が募る。
打破する方法。
最初に、どう動くか。
一体どこから、この硬直を破るか——。
——光を繋ぐ階段が、何故かこのタイミングで頭に現れる。
……いや、えっ、今の何? あれってきゅうけいさんを占った時の映像よね?
本人いないのに、何で今なの?
もし近くにいるならそれこそ普段から出てるはずだし、っていうか完成間近っぽいし。
意味不明な現象に「え? え?」と私が呟き、周りの皆が怪訝そうに見ている。
そんな中、視界の中で動き出した人物がいた。
それは、あまりにも予想外な存在。
完全に私の注目から外れていた人。
しかし……この後私は知ることになるのだ。
ずっと、話だけは聞いていた人のこと。
きゅうけいさんの物語。
友達の輪。
それはきっと、私が声をかける前から始まっていて。
「そこにいるんですよね!?」
ここで叫んだのは、勇者パーティーの中で全身鎧の人だった。
ていうか、女の子達が小さいからすっかり男だと思い込んでいた。中から聞こえてきたの、女性の声だった。
「私は、私は、この日のために生きてきました! この瞬間のために、全てを耐え抜いてきました!」
厳つい鎧の鉄仮面が外れる。
そこから現れたのは、茶色いロングヘア。
「勇気が出なくて、会いに行くのがこんなに遅くなりました。でも、このまま会えずに後悔だけは、したくないから……! 【ステータス】!」
きゅうけいさんにとっての、はじまりの人。
そして。
この世界で唯一、シルヴィアちゃんよりも先に出来たという『友達』の名。
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MINA
Guardian Knight
LV:8820
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「ミーナも、きゅうけいさんと、友達になりに来ました!」
——最後の空白が埋まり、光る階段が繋がる。






