別視点:シルヴィア3
きゅうけいさんの反応がおかしくなってから、あたしはすぐにその可能性に気付いた。
何かが、きゅうけいさんの身に起こっている。
きゅうけいさんが、明らかにあのツナミという敵の攻撃を防いでから雰囲気を変えたのに気付いた。
あの攻撃は、確かに災害級の……いえ、違うわね。
災害そのものだった。
そして、きゅうけいさんと弥々華さんだけが、あれを『災害=天災』として認識していた。
きゅうけいさんは、理解したのだろう。
このままでは、本格的に自分以外の者の命が危険に晒されると。
だから本気になった。
……自分の命が狙われた時じゃ本気にもならないんだから、本当にそういうあたりがいかにもきゅうけいさんよね。
まずは、その場にいる人達に伝達。
この場なら弥々華さんとイデアさんに伝達は任せよう。
「二人はそれぞれ、まずパオラさんとリリアーナさんへ伝達、最終的に皆で道場に来るようにしてください」
「うむ!」
「分かったわ」
二人が出て行ったところで、エッダの不安そうな顔が目に入る。
「……心配することは、ない……というのは嘘だけど、簡単にやられるような人じゃないわ」
「うう、そうでしょうか……」
「きゅうけいさんが簡単にやられたら、それこそ一秒もかかることなくこの集落は全滅してるわね」
それぐらいの力の差はある。なんてったって、山奥のこの集落から走ってルマーニャ周りのダンジョンを攻略して帰って来るまで、本当に僅かな時間なのだ。
多分コーヒードリップするより早い。
きゅうけいさんにとって、ダンジョンは数秒もあれば往復できるようなものなのだ。
……改めて、魔王と敵対しても勝ち残るために頑張ってきた私達が、いかに弱い存在だったかを否応がなく理解させられる。
先日のダンジョン攻略も、きっときゅうけいさん一人で潜った方が早かったのだろう。
じゃあ、全部任せていいの?
きっと、それ自体は別にいいのだろう。
客観的に見て、あたし達が頑張る必要はない。
でもね。
——それで納得できるかどうかは、別なの!
-
「これで集落に集まっている中心メンバーは皆揃った」
お姉様が道場に集まった皆を見渡し、あたしの隣に座る。
あたしも、集まった顔ぶれを一人ずつ見渡した。
魔王マモン。
先代魔王ベルフェゴール。
転生魔王リリアーナ。
マーメイドのビーチェ。
フェニックスのパオラ。
サキュバスクイーンのイデア。
グリフォンのクローエ。
九尾の最上弥々華。忍者の千世に、侍大将の氏家光。
姉、トゥーリア。隣にはアウグスト。父エドモンドと、母ナタリア。
闇竜のレジーナ、グランドギルドマスターのルフィナ。
サキュバスのヴァンダ、ダフネ、オレスティッラ。
何人か、人間の街から来ている人。
そんな皆を見渡す、エッダとあたしシルヴィア。
この場にいない人でも、いくらでも名前が出てくる。
ルマーニャ。
ヴェアリーノ。
ヤマトアイランド、ヤマガタ。
北エイメラ、ノース・ジャーニー。
ダークエルフの集落。
ブライトエルフの集落、ロッティの街。
そして——ここ、竜族の村。
きゅうけいさんは、全員を『友達』にしてきた。
最初に否定されながら、敵対されながらも……決して諦めることはなかった。
だから、今がある。
「まず、結論から言います。きゅうけいさんの反応がダンジョンで動かなくなりました。あたしは今から、きゅうけいさんがいるダンジョンへと向かいます」
浮き足立つ面々に、あたしは手を上げて一旦落ち着いてもらう。
「ここにいる人達には、私と一緒にそのダンジョンへ向かってほしいのですが……、同時に、こんな状況です。この集落に同程度の守りを残しておきたいのです」
あたしの言葉に、最初に手を上げたのはリリアーナさんだった。
恐らく、この中でも特に頭のいい人であり、発言力も一番。
「残る人、ある程度は私が決めるわね。まず私と、ベル。この二人は行かない」
「理由を聞いてもいいですか?」
「まあ私は戦力にならないってのはあるけど。敵の本命がこっちだったら、確実に誰か残っていることが望ましい。ベルは自分から動くより守りに徹してた方がいいし、特にクローエだけ残ってたりする状況でルシファーが来たら目も当てられないわ。シルヴィアが向かうなら、クローエとビーチェは同行すること。そしてシルヴィアが行くならトゥーリアは残ること。ここは譲れないライン」
……なるほど、確かにバランスを考えるとその部分は避けて通れないわね。
二人もその指示に頷いた。心強いわ。
お姉様も、あたしと分ける理由——最悪の想定——には感づいているだろう。
あたしたちは人類の守護者、竜族の長の娘なのだ。私情よりも未来を選ばなければならない。
一瞬目を合わせる。
小さく頷く。
それだけで、十分。
「元々サキュバス組は、きゅうけいさんが守るために待機してもらったからそのままとして。マモン。あんたはどーする?」
「残りますネ、私の願いはエドモンド殿に生き残ってもらうことですから」
「結構。じゃ、魔王組三人は残ると。パオラはどうする?」
パオラさんは、出来れば来てほしい。戦力的にもトップクラスだし、何よりもきゅうけいさんへの理解があたしと同等以上と考えてる。それぐらい、パオラさんはそのレベル以上に大切な存在だ。
ただ、先代ベルフェゴールがいる今は……。
「……、……」
パオラさんは何か言葉にしようと思うも、うまく言葉に出来ずにいる。
その背中を押したのは、やはりこの人だった。
「行ってあげて」
「……ベルお姉ちゃん」
先代……ベルさんは、そのモコモコとした赤い髪を揺らす。
「私は、パオラちゃんに守ってもらわないと戦えないほど弱くはないわ。それに……やっぱりあの子、タマエちゃんって私の後輩であり、誰よりも近い種族の友達で……。……ううん、そうじゃない」
それまで眠そうだった目を、大きく見開いてパオラさんに訴えかける。
「『あの子自身』を気に入っちゃったんだ。一番迷惑掛けたのに、一番助けてもらったあの子のこと。だから、私が一番信頼できるパオラちゃんに、私が一番気に掛けているタマエちゃんを任せたいの。それが、今一番私のやってほしいこと。どうかな、できる?」
「……ふふ、もちろん。私が一番やりたくて悩んでいたことが、ベルお姉ちゃんにとって一番やってほしいことなら、断る理由なんてないよ」
パオラさんは、ベルさんに笑顔で頬ずりした。
その姿は以前までのパオラさんを知っていたのなら、絶対に有り得ないような姿だったから、もちろんこの人は一番驚いている。
「……パオラ、お主はそんな顔もするのだな」
「そうよ。私だけのお姉ちゃん、いいでしょ」
だから、恥ずかしがりもせずにそんな返事をされたのは予想外で、弥々華さんは益々面食らっていた。
同時に、かつて苦しんでいた親友がこれほどまでに変化した理由も、すぐに思い当たっていた。
「そうか、そうか……お主はもうそれほどまでに大丈夫になったのだな。それも全て——」
「——ええ」
そう。
パオラさんから全てを取り戻したのが、きゅうけいさん。
救われた人は、もちろん彼女一人じゃない。
エッダも全てを失いかけたし、人間の街も全てを失いかけた。
……あたしだって、きゅうけいさんがいなかった場合のマモン襲撃を、切り抜けられなかっただろう。
そもそも、怪力キックファイターのビーチェさんと戦わなければならなかったはずなのだ。
無事に切り抜けられることは……いいえ、どう考えても勝てる相手じゃない。
ビーチェさんに勝てる人なんて人類側には一人もいないし、ゴブリンキングに勝てるメンバーもいない。その上で、魔王マモンがいるのだ。
そのマモンさんが『友達』になって、誰よりも自分の欲のためにお父様を守る存在になっている。
……ああ、そもそもヤマトアイランドへの案内は、マモンさんから弥々華さんへの連絡が要るわね。
そう考えると、きゅうけいさんとの出会いがどれほど広い縁になっているかということを、改めて気付かされる。
この村を出て人間の街を旅しての、あたしの二年。古竜として人間を圧倒してみせ、対等な交流への努力をしなかった……狭い世界だったなあ。
あたしの第二の人生、きゅうけいさんと出会ってから始まったようなものだ。
「メンバーはある程度固まったと思います。立候補したい方は? 役目の自己申告でも構いません。……レジーナ?」
「私は向かうわ。きゅうけいさんの行く末を、最後まで見なければならないと思うの」
「危険だけど……言っても聞かないのはあたしも一緒ね。分かったわ、他には?」
「——はい」
それまでのメンバーの中で、一人人間の男が手を上げた。
金髪で背が高く、その身の丈に合った大剣を背負っている。年齢は二十前後だろうか。
「あなたは?」
「きゅうけいさんの救助を希望したい人間のうちの一人です。他にも、何人かいます」
「……死ぬかもしれないわよ。それでもいいの?」
「無論、覚悟は出来ています。他の者も。それに、きゅうけいさんを助けられなかったら、どのみち全てが終わりますから」
……全く、いつの間にこんなに信奉者がいたのかしらね。
マリカさんだけじゃなく、きゅうけいさんのことを慕っている人は沢山いる。
それこそ、レジーナの言ったとおり、本当に全人類が友達になるんじゃないかなと思うぐらいには。
「分かった。それじゃ人間は全員揃ったら、レジーナまたはクローエの背に乗ること。あたしはエッダとビーチェさんに乗ってもらう」
あたしの言葉に、全員が頷く。
「それじゃ、みんな……きゅうけいさんに、今までの分を返しに行くわよ!」






