きゅうけいさんは誇りに思ってほしい
私はエッダちゃんとお別れして、西へと走る。
あのエッダちゃんのお父様だから実力的な部分は疑っていないけど、さっきまでのエッダちゃん兄妹への数による暴力作戦っぷりを見ると、どうしても心配になってくる。
西の、森の入り口付近まで来た。私はそこで、エッダパパを発見することが出来た。よく見ると、黒い片手剣を持っていた。
「ふっ、久々にここまで囲まれるとはな……」
強いだろうなとは思っていたけど、まるでそこにだけ結界があるように、全く敵を寄せ付けていなかった。近づくだけで魔物から血が飛び散って絶命する。
かっこいい! 爽やかイケメン! ハンサム二枚目青年ボウイ! テオ君は手を出したら犯罪臭がすごいけど、エッダパパなら私にも余裕で射程圏内!
———と思った瞬間に、肉食系ママンのこわ〜い笑顔がちらついた。
「ヒエッ……」
「ん? そこにいるのは……おや? きゅうけいさんじゃないですか!」
『ちょっと見た目が好みだと思った瞬間に、奥様に怒られることを想像したことによって声が出てバレる』という、魔王史上最もダサいバレ方をして、私はお父様さんのところに出てきた。
今気がついたんだけど、本当に私の名前、完全にきゅうけいさんですね!
「どーもどーも、討伐しちゃって問題ないです?」
「問題はないですが、そこまでしていただくわけには」
「いや労力にもなんないし、用事があるのでやっちゃいますねー」
私はそのことだけ告げると、再び加速してシャドウ系のモンスターを倒す。本当にとんでもない数がいたようで、エッダパパを確実に仕留めるという意思が感じられた。
「な……!? こんな一瞬で……!?」
「えーっと、エッダパパさん、こんな感じでよろしいでしょうか!」
「エッダパパさん? ああ、そういえば名乗っていませんでしたね。ヴァレリオとお呼び下さい」
「ヴァレリオさん! あっとそうだ、あの肉食系なお母様のお名前も!」
「に、肉食系……。あー、カルメンのことですか?」
エッダパパもといヴァレリオさんの名前ゲット! そしてエッダママの名前もゲットだぜ! もう名前からして情熱的そう!
「はい! ってわけでヴァレリオさん、終わりました!」
「ありがとうございました。さすがにあの数はどうしたものかと困っていたところですよ」
「いやいや、まさか剣一つであんなにズバンズバン敵が吹き飛んでいくとは思わなかったんでびっくりです。やっぱりモンティ家って一族ずっと強いんですね!」
私がその名前を出した時に、ぴくり、と震えた。
「……あの、失礼ですが……どこまで知っておられるのですか……?」
「あっとそうでした。まずは、その前にですね……ここに来た理由は、この集落がステルスタイプの魔物に襲われたと聞いたからなんです」
「……誰に、ですか?」
「海岸にいた赤茶色の魔族ですちなみに殺しましたッ!」
誤解があると困るので、息継ぎナシ一息で言い切る! ヴァレリオさんはさすがに驚いていた。
「赤茶色……間違いなく魔族ですが、きゅうけいさんは殺したのですか?」
「はい」
「……それがどういうことか、分かっているのですか?」
「分かっています。ああいう殺しは初めてですし、同族を殺したのも初めてです。でも、これで魔族の私を見ても救世主だと信じてくれた、エッダちゃんの友達だと胸を張って言える選択をした、と思っています」
ヴァレリオさんは目を見開くと……少し考えるように目を閉じ、そして意思の籠もった目で私を見た。
「そこまで言ってくれるのなら、心配はないでしょう。……改めまして先ほどは失礼しました。そして、エッダの友達だと言ってくれて、父親として……は勿論のこと、集落を救ってもらった者として誇らしく思います」
「えへへ、どういたしまして! こちらこそ、二人があんなに可愛くて真っ直ぐな子を育ててくれて、感謝しかないです!」
「本当に、あなたみたいな方がいてくれてよかった」
よし、誤解されそうにはなくなったかな。
「それで、質問なんですけど……モンティ家が『魔族殺し』であるというのは、本当なんですね?」
ヴァレリオさんは、少し言いにくそうにしていたけど、先ほどのやり取りを思い出してか、はっきりと頷いた。
「はい。魔族は何かにつけて人間を襲いに来ますし、それを討伐するブライトエルフ、ダークエルフ、あと竜族もですね。何度か襲われています。……いえ、そんなカルツォーネで包んだような言い方ではいけませんね」
カルツォーネってなんだっけ。多分パイみたいな料理なんだろう。オブラート的な慣用句かな? ……た、食べたい。おなかすいてきた。
「かなり、殺されています。殺し、殺されの関係が、ずっと続いていて。……だから、エッダがあなたを連れてきたときは驚きましたね」
「……よ、よく私を見て、ころすぞーってなんなかったですね……?」
「事前にエリクサーの空瓶に描かれてある絵をみんなで見ていたのと、あとは襲ってくる赤褐色の魔族に比べて、あなたの色が大幅に違ったのもあります」
そういや、レッサーデーモンからグレーターデーモンまで、魔族は全部赤系だった。今から思うと、それはやっぱりサタンの色だったのかもしれない。あいつはベルゼブブタイプの色だったのかな?
「それに……」
「ん?」
「その、寝ているエッダに対して襲わなかったのはもちろんなのですが……同じように魔族殺しだったエッダが、あなたの顔を見ただけで無害だと判断したというのが大きいです」
「……私の顔を見て……?」
「その、今日聞いたのですが……怒らないで聞いてくださいね? ……「きゅうけいさんは、ロッキングチェアでヨダレを垂らしながら、寝言で「しあわせー」と言いながら笑っていて、とても悪人に見えなかった」と言っていました」
……………………。
……あ……穴があったら入りたい……。
私は頭を抱えてしゃがみこんだ。
「すみません……その、寝顔を盗み見するような娘ではなかったのですが……」
「あ、いいですいいです、どう考えてもそんな油断顔を晒している私が全面的に悪いですから……」
「そう言っていただけると……」
き、気を取り直そう。
「そ、それでですね! 私が聞きたいのはそこではないのです!」
「そこではない? はい、何でしょうか」
「魔族殺しのヴァレリオさん、両親はもちろんいらっしゃいますよね」
ヴァレリオさんの表情が硬くなる。……いきなりは地雷だったかな……?
「あの、どうしても話したくないなら……」
「……そのことを聞いて、どうするんですか?」
「えっと、正直に話します。多分集落が狙われてる原因の一端に触れられるのではないかなーと……」
それは、私が感じた小さな違和感だった。
魔族は、人間を襲う。
人間と協力してるから、魔族はダークエルフを襲う。
人間と協力してるから、魔族は竜族を襲う。
……人間と協力してるから、というのが理由なら、メインターゲットは人間のはずだ。どうしてそのベルゼブブの呪いである『暴食の吐息』を人間じゃなくてダークエルフに使ったのか。
そうでないにしても、普通古竜みたいな強い相手の方に、優先して使うのではないかなと思う。
もっと端的に言うと「恨まれすぎちゃう?」である。
「正直、この集落を呪いの道具……あっと、アレそういう類の攻撃だったみたいです。で、そんな凄い道具を人間の街よりダークエルフの集落に優先して使うかなって」
「……」
「それってつまり、作戦と言うより、個人的な感情で、この集落が襲われたんじゃないかなって思うんですね」
私がそこまで言うと、ヴァレリオさんはじーっと私の方を見る。……うう、目を逸らしたい。だけど……。
そして、私と目を合わせ続けて……根負けしてヴァレリオさんが溜息をついた。……黒い目が怖かったとかじゃないよね?
「ええ、おっしゃるとおりです。魔族殺しの両親は、かなり年が離れていてですね」
そこから、ヴァレリオさんの話が始まった。
曰く、ダークエルフの中でも長以上の年齢で、集落を見守る最強のエルダーダークエルフが、モンティ家の年長二人だったそうだ。
その攻撃たるや苛烈で、ヴァレリオさんが産まれる前は、それはもう恐ろしいほど活躍したらしい。ダークエルフが魔族を殺すのだと喧伝せずとも自然と周囲に知られたのも、この二人の活躍が大きいらしい。
……里の運命を二人で変えちゃうとかとんでもないっすわ……。
そして、そんな二人はついに伝説を打ち立てる。
「ケルベロスを、討伐したのです」
「……って、伝説級の魔物じゃないですか!」
ケルベロス。言わずと知れた三つ首の犬の魔物だ。確か大罪の大悪魔ベルゼブブの筆頭眷属だったはず。
「そ、そんなの討伐できるって、とんでもなかったんじゃ……」
「ええ。未だに自分自身、二人の足下にも及ばないと思っていますよ」
サタンと戦ったときも、大罪の筆頭眷属としてユニコーンが配置されていて厄介だった。そりゃもう強かった。自キャラを女でプレイしてたけど、めっちゃ襲ってきたからね。そういう抜け穴はなかった。
「爪や牙を避け、地獄の業火を避け……二人はそのコンビネーションで遂に討伐を完遂しました。瞬く間にその伝説は伝わります」
……しかし、そんな伝説の時代も永遠ではなかった。
エルダーとは言ったものだけど、魔力ならまだしも、近接武器を使うのなら当然体力の衰えは死活問題だ。
そこにデーモンロードが、グレーターデーモンを山ほど連れてやってきた。
体力の衰えと、その日は普段より体調の悪かった二人は、幼いヴァレリオさんを残してやられてしまう。魔族も魔族でかなりの犠牲を出し、その二人を倒したことで満足して帰ったという。
「普段より、体調が悪かった?」
「ええ、動きが鈍いというか、ポーション類を常に飲みながら戦っていたと聞いています」
「それって、この村の状況ですよね」
私の指摘に、ヴァレリオさんが驚く。
「え……?」
「だから、その攻撃です。『暴食の吐息』という、最大HPそのものが減っていく、呪いの攻撃です。だからクリアエリクサー以外では治りません」
「……な……それ、じゃあ……」
このことを言うのは、残酷だろうか。でも、言わなければならないだろう。
「はい。恐らくダークエルフの集落、特にその二人は、ベルゼブブの恨みを買っているから眷属から攻撃を受けたのだと思います。ケルベロス、確かベルゼブブの右腕ポジションですから」
ヴァレリオさんさん、放心したような状態になってしまった。……そして、私の方を向いた。
「……その、話を……どこで……?」
「最初にお話しした、ベルゼブブの眷属の魔族から聞きました。いやー私が魔族なんで仲間のフリしたら全部ベラベラ喋ってくれましたよ」
「な、仲間のフリって……きゅうけいさん、肝が据わってますね……」
「いえいえー、これでも小心者です!」
ほんとだよ。ジャパニーズ小市民にスパイ大戦術はハードル高かったです!
「ってなわけで、疑問が解消できました。予想通りというか、やっぱりそれぐらいの恨みを買っていたんですね」
「しかし……ベルゼブブですか。両親のことは尊敬していますが、まさか大罪の大悪魔に狙われてるような活躍だったとは、少し複雑な感情ですね……」
そりゃそうだろう、救世主で英雄だった人が、全滅の理由だったなんてことは考えたくないだろう……なんだけど、そういう考え方そのものが私はあんまり好きじゃなかった。
だってさあ、ダークエルフは、人間のために頑張ったんだし、きっとそのケルベロス討伐は相当の人数の人間が助かったはずだ。
やらなければならないことをやったんだ。その結果の苦痛を、ダークエルフ自身だけが浴びるというのも納得できないし、祖父母の二人が全てを背負ってここまでのリンチを受けるというのは、納得いかない。
まず、先に手を出した相手の方が悪い。そこから話を始めないといけない。
———何より。
エッダちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんだ。
きっと……エッダちゃんは、顔も知らない。
……おばあちゃん大好きだった私には……こんなの、納得できるわけがない!
「祖父母の二人は悪くありません」
「え?」
「まず人間を襲った魔族が悪いですし、何より勇者の街を襲った魔王がそもそもの原因です。反撃ですらない、正当防衛です。二人は何も、悪くないです」
「……勇者と魔王……? その、話は、どこで……」
「納得いかない。……納得いかない!」
私が叫んだことで、ヴァレリオさんさんはかなり驚いているようだった。
でも私は止まらない!
「最初っから仲良くしてりゃよかったんですよ! ベルゼブブのヤツも欲を出さずに! それをこんな風にしたのは先に手を出したあっちが悪い!」
「きゅうけい、さん……」
「私は、エッダちゃんを産んでくれたヴァレリオさんとカルメンさんに感謝しています。そして、そんなヴァレリオさんを産んだエルダーダークエルフのお二人にも感謝したいんです」
「……」
「何も悪いことなんてない……何も悪いことなんてしていない!」
事情は知らないけど、あれだけ陰湿な呪いと、ストーキングだ。ベルゼブブが碌なヤツじゃないのは分かっている。
だから私は、思いの丈をぶちまける。
「ヴァレリオさん」
「は、はい」
「シルヴィアちゃんはレベル4000、ベルゼブブはレベル9999です。暴食の大罪、倒せますか?」
「……! そ、そんな……とても倒せません。情けないですが……」
「私が倒します」
ハッキリ宣言する。
「狙われるというのなら、私が守ります。エッダちゃんも、この集落のみんなも、もう友達だから。シルヴィアちゃんも守ります。まだ会ってないけど、シルヴィアちゃんの家族も、竜族の村のみんなも」
「……あなたは……」
「私? 私はベルフェゴール、知ってますよね。きっと人間サイドでは、唯一ベルゼブブに対抗できるのが、私です」
そして、少し落ち着いてヴァレリオさんに話しかける。
「私が協力するのは、エッダちゃんが本当に可愛くて優しくて、いい子だったからです。ヴァレリオさんが育ててくれて、カルメンさんが育ててくれて、すくすくとってもいい子に育ったからです」
目を閉じて、あの笑顔を思い出す。
「だから、魔王ベルフェゴールの私が即日で協力しちゃうような、そんな娘を育てた自分たちを誇ってください。そして、ここからが私の要求です」
要求、と言う言葉を聞いて、ヴァレリオさんが息を呑む。
「何よりも……そんな凄いエッダちゃんを引き当てたヴァレリオさんを産んだ、ヴァレリオさんの両親を誇りに思ってください。胸を張って、最高のおじいちゃんとおばあちゃんだったと、エッダちゃんに、そしてテオ君にも話してあげてください! エッダちゃんが、真っ先に祖父母の自慢を始めちゃうぐらい、お話してあげてください!」
ヴァレリオさんは、その要求に目を手のひらで覆い、私に背を向けた……。
……そして少しの時間が経過し———
「———あなたの要求、このヴァレリオ・モンティが、誇り高き祖父母のモンティ家に誓って、必ず守ります」
「ありがとうございます。私、おばあちゃん大好きっ子だったから……その言葉が聞けただけで嬉しいです」
私が笑うと、ヴァレリオさんも、ようやく優しい顔で笑った。
話すべき事は話した。
私は、レーダーに映るダークエルフ達が落ち着いたことを確認した。魔物側が見えなくても、こちら側が見えれば、敵の様子も分かる。
……ん? こちらに歩いてくるのは……エッダママことカルメンさん!
「ヴァレリオさん!」
「はい!」
「詳しい過去は知りませんが、多分私のせいでカルメンさんは完全復活しちゃってます!」
「え?」
「なので、えーっと、三人目を期待しています!」
私の言ったセリフに、さっきまでの緊張はどこへやら、きょとんという顔をしたヴァレリオさんを尻目に、私は……なんとなく逃げる!
カルメンさんのスマイルが、何もかも見透かされてそうで怖いので!
「それでは私は、シルヴィアちゃんの様子を見に街の方へ行きます」
「っと、はい、わかりました! くれぐれも人間とはあまり顔を合わせないように注意してください!」
「ご忠告ありがとうございます!」
私はヴァレリオさんとの会話を終えると、再び街へと戻っていった。
シルヴィアちゃんに限って大丈夫だとは思うけど、それでもケルベロスなんてものが過去に出てきていたのは驚きだ。
油断なく行こう。シルヴィアちゃん、今行くからね!