きゅうけいさんはやっぱり会いたい
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高位の魔物の死体だらけとなった浜辺を尻目に、来た方を向く。ダークエルフの森は、このなだらかな丘を越えた向こうの、すぐそばだ。
私は再び兆スピードによる加速で、今度はダークエルフの森に向かって真っ直ぐ突き進む。
……ステルスの魔物は、予想できなかった……!
レーダーの精度は距離と共に落ち、魔法防御とともに正確性も落ちるようだったけれど、まさかそのレーダーをかいくぐれるような魔物がいるなんて思わなかった。
ゲームではミニマップには普通に敵は全て出ていたし、それは魔法を駆使して行うものじゃなかった。つまり、魔族にとってそもそも存在しない概念だったはず。
こちらではそれが、ステータスを含めてゲームの画面の仕様ではなく魔法で見られるものになったわけだ。
つまり……それに伴う、対策もできている。
(ということは、ステータスの対策もある、と考えるのが妥当よね)
よくある、実力を隠す系のヤツよね。ハイドレベルみたいなマッチングとは違う、ジョブを含めた完全なる隠匿魔法。
そういうものが「ある」と考えた方が、自然だと思う。
———ま、結局おセンチになっちゃうわけで。私は走りながらずっと、さっきまで会話していた魔族のことを考えていた。
私は、エッダちゃんと魔族の二択で、前者を選んだ。更正なんてものができなさそうな上に、そんな時間的余裕もなかったから。
ダークエルフとデーモンというより、エッダちゃんとあの魔族、といった方が正しいかもしれない。
思えば……最初にNPCみたいな山賊を殺すのを躊躇ったのも、その要素が大きい。更正できるかどうか、そして時間的余裕があるかどうか。後は……更正するにあたって、一体誰があの強い魔族に道徳授業みたいなことをするのか、とかね。
私、何の迷いもなくゲームではダークエルフとか討伐してたけど……ってまあ、ゲームのプログラムに対してどこまで感情を動かすかって話はまた別だけど。でも、どんなヤツにも事情ってものがあるんだよね。
……そうか、エッダちゃんはずっと前に、もう選んでたんだ。人間を選んで、魔族を殺すこと……話せる生き物を殺す道を。私、エッダちゃんのこと、責任感があるし偉いって思ってたけど、まだまだ知ってなかったね。……本当に、強い子だ。
またエッダちゃんに、勇気をもらえた気がする。
やっぱり私、ただの日本人の女だし、会話可能な相手を、悪人だから殺して最強気分最高、なんて感情にはなれない。それでも私は、エッダちゃんのためにあの魔族に手を掛けた。……それによって感じた重い感情も、背負っていくよ。
だって私は、レベルきゅうけいさんだからね。エッダちゃんが背負ってるものぐらい、私も軽く背負ってみせるよ。
高速バイク気分での走りで、高い高い丘の上に出た。その斜面からしたら崖のような山を下る。なるほど、これは確かにダークエルフの森に他種族がわざわざやってくることはないわけだ。
「【レーダー】」
私は再び、索敵を張り直す。……この付近でも、敵が見つからない……もっと調べて見るとどうだろう……
……! いる! すごく薄いけど……いる! そうだ、レーダーの精度を、大きな虫も観測できる寸前まで上げていけば……!
見つけた……!
私は山道を駆け下りる。するとそこには……シャドウブレードタイガーと、シャドウオークがいた。……ゲームではただの闇属性モンスターっつか、レベルは高いけど光属性の武器や魔法が弱点になっちゃったせいで大して強いと思わなかった敵の種類なんだけど……こいつらが、ステルスタイプか!
私はその、シャドウブレードタイガーを後ろから斬る!
「……!」
前の方にいる魔物達が、散開する。いい反応だけど、相手が悪かったね。どんなに囲んでも、どんなに素早く反応しても、私の前では何の意味もないんだよね!
「兆スピードッ!」
魔法の発動みたいに、ノリノリで叫んで速度を上げる。そして淡々と、一匹ずつ首を刈っていく。相手からは、私が叫んだ瞬間に自分の首が飛んだとしか思えなかったはずだ。
そして、その場所には十数体の死体が出来上がる。
(これでおしまい……ではないみたい)
どうやら、かなり村の中まで魔物が入っているようだった。私は村のみんなのことを思い出しながら、再び急加速した。
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集落の奥である長の家。そこでロベルトさんを見つけた。よかった、無事だ。弓矢の腕前と魔力は相当なもので、一射する度にシャドウブレードタイガーが数メートルは吹き飛ばされている。完全に弓道という構えで、全く体がぶれない中年のおじさま。あのね、ロベルトさんかっこよすぎ。おっさん属性に目覚めそう。
そして近くにはシャドウオークも来ている。シャドウオークは……ッ、あ、あいつ! あの広い青薔薇園に足を踏み入れている!
太いオークが一歩、一回その足で薔薇園を踏み荒らす毎に、日本じゃ一束で1万円や2万円分は下らなかった青薔薇が潰れる。なんてことを……私はそいつの後ろを取り、素早く行動に移す!
「タマエ・ダイナミック!」
ショートソードを片手持ちし、正中線から真っ二つに斬る! 叫び声はもちろん技でもなんでもなくノリです!
「……む! あ、あなたは、きゅうけ、あっ、カガミ様!」
……今、ロベルトさんの口から、信じられないセリフが出たような……!? わ、私から振ってみるべきですかね、コレ!?
「どうもー、きゅうけいさんでーす」
「……」
あ、ロベルトさん、口元を押さえて……しまった、というふうに頭を押さえている。
「あ、あの、別に怒ったりとか、困ったりとかしてないですからね? ね?」
「……そ、そうですか……」
「経緯はなんとしてでも話してもらいますけどっ!」
「ああ、それはもちろんです……というより、あなたが先に言ったんですけどね」
え? 私が言った?
そんなはずは……。
「別れ際になんと言ったか、覚えてらっしゃいますか?」
「い、いえ全く……」
「あなたは『私は怠惰のきゅうけいさんです』って言ったんですよ。だから私はエッダに、『きゅうけいさん、とは何のことだか分かるか?』と聞いたのです」
……あ、ああーっ! やっちゃったぁーっ!
言ってた! 確かに私言ってたわ! そりゃロベルトさんも聞くよ!
今度は私が頭を押さえる。
「えと、はい。まあその、みんなが呼ぶ私のあだ名です……ロベルトさんも自由に呼んでくださいませ……」
「ふふ、女の子同士なら可愛らしくていいですが、さすがに私がきゅうけいさんと気楽に呼ぶのは気が引けますね。年若いレディに対して失礼な感じですし、あだ名で綺麗な女性に近づくなど少しいかがわしい感じもして呼びにくいです。今後とも、カガミ様とお呼びしても?」
……べ、ベリーベリージェントルマン様……! このメッチャ青い魔族の私に対して、なんというケアの行き届いた持ち上げまくりの紳士的対応!
顔文字のショートメール投げてくると愚痴をこぼされた元クラスメートの上司にも濃縮還元爪の垢をガロン単位で飲ませてやりたい!
落ち着いて落ち着いて。相手は多分、年齢三桁よ。ああでも、ロベルトさんなら私おじさまでもオッケー。
以前レズは女なら誰でもオッケーなわけない、異性愛者だって異性相手なら誰でもオッケーなわけじゃないでしょって言われたけど、すっごい気持ちわかる。相手がその人だからオッケーってこういうことだ。
まあさすがに、本気でそういう関係になる気は全くないけどね! でも、その気持ちは理解できた!
「は、配慮をしていただきありがとうございます。でも、もしもロベルトさんがよければ、私のこと「カガミさん」ぐらいの距離で呼んでくれると、私としては嬉しいです」
「そこまで距離を近く感じていただけるなんて光栄な限りです。よろしくお願いしますね、カガミさん」
ロベルトさん、にっこりスマイル。あー、いい出会いしてるなーって思ってるけどほんと徹底していい出会いよねー。問題は、同年代の男が皆無なところぐらい?
……テオ君は? と思ったけど、それはなんだか……それこそロベルトさんの言い分じゃないけど、私が犯罪しているようにしか感じないので却下の方向で……!
「そ、そうだ、みんなを助けに行きます!」
「なんと、カガミさんはそのために来ていただいたのですか!?」
「もちろんです! あ、魔物をけしかけてきた奴らは先に倒しましたんでご心配なく!」
私は言うだけ言うと、レーダーを張り直して集落の中へと走っていった。
集落は、なかなかどうしてみなさん強いというか……レーダーで見ると、既に多数が木の上に登っていて、視認した魔物を弓で射ている。
それでもシャドウオークは強いらしく、近接タイプの人は苦戦しているようだった。そこを優先して……攻撃!
「どーも、昨日ぶりです!」
「あ、あなたは……!」
「じゃーね!」
軽く挨拶をして、次の敵へ行く。クリアエリクサーを使って全員治したから、みんな顔を合わせたことがある。
というか、私から相手のダークエルフをしっかり覚えてなくても、相手は私を完全に覚えている。だってめっちゃ青いもんね、忘れるとか無理だよね!
さて、次! あれは……エッダちゃんとお話をしてた子だ。キリっとしたツンツンっ子だけど、最後はエッダちゃんと友達のよりを戻して恥ずかしそうに握手したとってもとっても可愛い子。
私はその子が戦っているシャドウブレードタイガーを倒して前に出る。
「ていっ! こんにちは、エッダちゃんのお友達! 昨日ぶり! 元気?」
「えっ、あなた、昨日のきゅうけいさん……?」
「そうです! それではまた!」
あの子は苦戦していた。他のダークエルフも心配だ、急ごう。……別れ際に、「あれ、あの子も私のこときゅうけいさんって呼んでない?」とか思ったけど、そんな疑問も目の前のすんごい光景にかき消えた。
次に出会ったのは、モンティ家の母親、エッダちゃんのお母様だ。
エッダちゃんのお母様は……籠手でシャドウオークと握手していた。シャドウオークは「ブ……ブブェ……」と醜い声を上げながら、地面に磔にされるように倒れていた。
……待って待って……いや、あの……エッダちゃんよりロリ巨乳なお母様、めちゃめちゃデタラメに強いんですけど……。しかもあの体格で格闘系なんですか……?
「ふふっ、自分が強いつもりで襲ってくるオスを屈服させるのって、やっぱり気持ちいいわねぇ〜」
「ブフーッ……ブフーッ……」
「でも、そろそろ長の様子も見に行きたいの。あなたはここで終わってね?」
無情にも私の『デーモンイヤーは地獄耳』が発動し、聞いてはいけない声を聞いてしまう。そして、エッダママは空いている左手でシャドウオークの頭を撫でるように掴むと、グシャッ! と握りつぶした。
「……きゅうけいさんのかわいいマークつきのエリクサーで、魔力が回復したから久々に本気で動いたけど……ッ、ふぅっ……昂ぶっちゃう……鎮めてもらわなきゃ……」
「……ゴクリ……」
「……三人目、おねだりしちゃおっかな……」
お、お、おお、お母様ーっ、チョー肉食系ーッ!
私がイケナイものを見ちゃった緊張で一歩後ずさると、パキリ、と足下で枝が折れた。お母様が振り向いた。
ひえーっ! ごめんなさーい!
「あら、きゅうけいさん!?」
「ふえぇっ、お、お母様、どうも昨日ぶりです! 魔物の気配がしたのでエッダちゃんが心配でかけつけてきました!」
「そう、今来たところなのね」
「ハイ」
嘘ですずっと聞いてましたー!
「そ、それじゃ、私はエッダちゃんの所に行ってきます!」
「ええ、私は長のところに行って、そのまま巡回しますわ」
「はい、一応ロベルトさんのところは助けましたが、まだ残っているかもしれません。ご武運を!」
私はさっきの覗きがバレてやしないかドキドキしながら、エッダちゃんのところに向かった。
エッダちゃんは……テオ君とペアで戦っていた。
テオ君、魔法を使いながらも格闘をしている。傍目にはズボン姿の美少女魔闘家って感じでとてもかっこいい。さすがあのエッダちゃんのお兄さん!
「ふっ、ハッ、【ウィンドカッター】。エッダ、そっちは?」
「問題ないよ! これぐらい余裕———ッ!?」
エッダちゃんの前に、オークが現れながら、左右を虎が囲むように襲ってくる。明らかに数が多い。やはりモンティ家というの、優先的に狙われているっぽい。
「数が多いっ! 徹底的にやるつもりなの!? どうして、私の居場所ばかり……ッ!」
「モンティ家が泣き言を言うな! こちらも支援する!」
まだまだ余裕があるけど、このまま続くと危ない。ので、すぐに私は動いた。
「これでもっ! …………え?」
「よく、死ぬ寸前ピンチのギリギリに助けに入るヒーローとかいるけど、もっと余裕持って助けに入れよって思うのよ私は」
「あ…………」
私は、全力のスピードで周りのシャドウ系の魔物を倒して二人の前に出た。時間感覚が戻り、周りではオークと虎が吹き飛び、同時に鮮血を撒き散らしている。
「ってわけで、まだまだ余裕そうなうちからやってきました! ついさっきぶりだね、エッダちゃん!」
「…………」
「……あ、あれ? エッダちゃん?」
「…………」
「おーい。……あれ、私、登場かっこよくなかったかな……?」
私がぽりぽり頭を掻いていると、エッダちゃんが走ってきて、私に抱きついた。
「わっ!」
「……きゅうけいさん……きゅうけいさんだ……」
「えっと、はーい。あなたの友達、きゅうけいさんだよー」
エッダちゃん、ぎゅーっとしがみついてる。
……さっき、無意識で押しつけてくれると最高、なんて言っておいてなんだけどさ、こんなに無防備にやられると、ほんとに私が男じゃなくてよかったねというほかないよエッダちゃん。男じゃないけど狼になりたいぐらいだよ。
「きゅうけいさん……」
「うん」
「きゅうけいさんがいなくなって、ほんのちょっとの時間だったんです。ものの数時間なんです」
「うん」
「ダメでしたぁ……」
私の胸に埋まっていたエッダちゃんの顔が、私の方に向く。エッダちゃんは……なんと、泣いていた。
「昨日半日ずっと一緒にいて、いろんなことを喋ってぇ……私、きゅうけいさんに出会って、その人柄に惹かれて……お別れして……お別れ、したら……また集落に危機が訪れてぇ……っ!」
「……」
「なんで、私の居場所にばかり、こんな不幸がって思ったら、もう本当に悲しくて、でも戦うしかなくて……そうしたら……」
エッダちゃんが、離れて、両手を自分の胸に持ってきて重ねる。
「また、来てくれたんです。きゅうけいさんが……」
「……」
「私の集落は、不幸なんかじゃない。私の居場所は、世界一恵まれている。そう確信を持てるぐらいの、世界一の幸運の女神。それがきゅうけいさんです」
い、言い過ぎじゃないカナー……完全にこれ、信頼というより信仰に入っちゃってないカナー……。だってほら、女神って言うか、魔族だし? っていうかぶっちゃけ魔王らしいし?
吊り橋効果が強くない程度に、死ぬ直前に助けに入るヒーローみたいな演出にならない程度に助けに入ったつもりが、もう状況そのものが二連続のトラブル解決だったわけで、完全に吊り橋ってた。
「う、嬉しいけど、あんまり言われちゃうと私困っちゃう! それに、なるべくエッダちゃんとは、もっと近くで、こう、仲良くしたいよっ!」
「……っ! は、はい! 私も、きゅうけいさんとは……ずっと、近くで仲良しでいたいです!」
「じゃ、じゃあ……」
私は、両腕を広げる。
「もう一度ぎゅーってさせて!」
「はいっ!」
エッダちゃん、再び体当たり気味に私の胸に飛び込む。そして再び……私のお腹が幸せ絶頂です! 髪の毛も撫でて、サラサラヘアーに指を通して、ああもうエッダちゃん全身気持ち良すぎ!
と、やりとりしてると、当然テオ君と目が合った。
「ど、どーもどーもお兄さん、お久しぶりです」
「数時間ぶりでそれはないでしょう。……でも、何故ですか?」
「ん?」
「何故あなたは、我々がピンチだと分かったんですか?」
テオ君が、疑いの眼差しをしている。ん、んん……? 何でだろう……?
「だって、さっきの魔物は全くレーダーにひっかかりませんでした。姿も闇に溶けて見えにくいはずです。襲撃があるのを知ってたみたいじゃないですか」
「ああ、それはね……知ってたというより、ついさっき知ったんだよ」
そうだ、思い出した。
「さっきモンティお母様に会ったけど、お父様の方はどの辺にいるかわかる? 話したいことがあるの」
「まだ動いてなければ、西です」
「わかった。エッダちゃん」
私はエッダちゃんの頭をぽんぽんと軽く叩く。エッダちゃんは顔を上げて離れてくれた。以心伝心、いいね。
「ちょっとお父さんとお話があるから、行ってくるね」
「お父さんとですか?」
「うん。どうしても確認したいことがあるんだ」
———それは私の中で生じた、ほんの些細な疑問。喉に刺さった魚の小骨ならぬ、指に刺さった薔薇の棘みたいなもの。
だけど、どうしても気になること。
「大丈夫、エッダちゃんのお父さんをどうこうとか、お父さんが何かあったって話じゃあないよ」
「そうなんですか?」
「うん。だから、またお話が終わったら、後でね」
エッダちゃんの頭を最後に撫でて、私はエッダパパのところへ向かった。