別視点:エッダ 後編
※ちょっと数字をいじりました。内容に大きな変化はないです。
シルヴィアさんに乗って、ダークエルフの集落まで来ました。……初めてドラゴンの背中に乗りました。ドラゴンライダー、ちょっと憧れてしまいます。
でも、今日よりいい竜に乗ることはないでしょう。それぐらい、大きなシルヴィアさんは格好良かったです。
さすがにちょっぴり怖かったのできゅうけいさんにしがみつきましたけど、嫌じゃなかったかな? きゅうけいさんは、いつもニコニコですから。
兄さんと合流して家族を呼んでもらうように言い、まずは長の家に行くことにしました。
きゅうけいさんとシルヴィアさんは、集落のことを綺麗だと褒めてくれて、なんだか自分のことのように嬉しかったです。
長の家に入ろうとすると、メイド服のアンジョラさんが体調が悪いのに出てきて焦りました。アンジョラさんらしいですが、無理はしてほしくないです。
そこから……きゅうけいさんの薬は、本当に目の前で、みんなを治していきました。
誰よりも誠実で優しい、アンジョラさん。すぐに無理をして、長にもっと休めと言われても働いちゃう、とても可愛い人。村のみんながアンジョラさんのこと大好きで、この人が死んでしまったら……長も、私も、暗くなってダメになってしまうだろうと不安でした。
目の前できゅうけいさんにクリアエリクサーを飲まされて、一瞬で治りました。
その姿は、ずっと目の前を覆っていた黒いもやが晴れるようでした。
———馬に乗って半日走っていた時、みんなのことを、考えていました。
不安でした。
一人一人、死んだ時のことを想像してしまっていました。
本当に……不安、だったのです。
笑顔が素敵な、みんなの胃袋を掴む料理の先生グラッツィアさん。腕っ節の強いお母さんの花嫁修業の恩人であり、再々遊びに来る母の友人です。私もいずれ教わりたい、第二のお母さんみたいな人だと……だから、死んだら後を追うぐらい悲しみに沈みそうだと思っていました。
一瞬で治りました。
兄さんの、両親から学べない部分の攻撃魔術の先生であるオルランドさん。彼が死んだら……兄さんは魔術を学べず、私に追い抜かれる可能性が高くなります。きっとそのことで兄さんは……私を、責めないでしょうね。でも、もう生涯心の壁が出来たままになりそうで。その想像は、あまりにも怖いものでした。
一瞬で治りました。
私と一緒に狩りをしていた、幼なじみでツンツンのフラヴィアーナちゃん。モンティ家として私が訓練を重ねて、実力が大きく上回ってしまったことで、距離が開いてしまってずっと仲違いをしたままだったんです。このままいなくなると、一生彼女の死を引き摺ると思っていました。
一瞬で治りました。
治して……もっとお話をしたいと、もう二度とお話が出来ないかと思うと、死にたいぐらい辛かったと伝えました。また、友達になれました。
そして、私の大好きな、いっつも頼りにしているベアトリーチェさん。かっこいい女性で、私みたいなちんちくりんからは憧れで、いつも相談して人生のアドバイスをもらって……。そんな人が死んで、私だけが生き延びてしまったら、自分が代わりに死ねば良かったと、一生自分を責めてしまいそうでした。
一瞬で治りました。
「本当にありがとうございました!」
「いいっていいって、どういたしまして!」
死にそうだった顔が元気になり、いつものキリっとしたかっこいい顔が、きゅうけいさんの方を向いて笑顔になります。
治りました。
一瞬で治りました。
長年治らなかった部分も、治りました……。
エリクサーとクリアエリクサー、合計100本。
レベル換算すれば、200000以上。
きゅうけいさんは、本当に、別次元の存在です。
私、モンティ家として、働けました。
ちゃんと当然の仕事ができて、安心しました。
そう伝えました。当然の働きです———
「当然じゃないよ」
———え?
「自分で自分を褒めてあげないと、自分がかわいそうだよ。だから……頑張ったときは、もっと自分が頑張ったって、言っていいんだよ」
……そこから、私は。
私は、何もかも、決壊しました。
ばれていた。
きゅうけいさんには、私が無理をしていることが、ばれていたんです。
子供っぽい人だと思っていました。
とんでもない。
こんなに優しい女性が、人の機微に疎いわけ、ありませんでした。
だから、子供の私は……何もかもばれていたんです。
自分をごまかしてごまかして、なんとかやってきました。
でも、私は……。
私は、やっぱり、弱い。
家族では一番弱いし、喋ると集落でも特に子供っぽい。
だから、強がっていました。
でも。
いいんですよね。
私。
頑張ったって言って、いいんですよね……。
「私みたいな魔族が誰かの役に立てるって、本当に嬉しいんだから」
———ッ!
なんで、そんなことを、言ってしまえるのですか!
私は、私はあなたを……!
-
長の家に行き、報告しました。みんな、安堵しています。そして、きゅうけいさんとシルヴィアさんは、とても軽そうです。
きゅうけいさんからは魔力を消耗した疲れが全く感じられません。レベル十万と思いましたけど、倍以上は余裕でありそうな気がします。
長が、お礼を申告します。その気持ちは……わかります。
きゅうけいさんは、報酬にハンモックを所望しました。そんなあたりもきゅうけいさんで、笑ってしまいます。
でも、あのロッキングチェアで幸せそうにヨダレを垂らせてニコニコしていたあなたなら、きっと何より気に入ると思います。
晩ご飯。一度は諦めかけた、みんなでの食事。
きゅうけいさんと、シルヴィアさんと、一緒に食べました。
暖かい。一度は手放しかけていた環境が、手元にあります。
食べ終わってから家族はみんな家に帰り、私はもうしばらく長の家にいることになりました。
窓の外、きゅうけいさんが揺られています。目を閉じて、口角を上げています。
「……ロベルトさん……素晴らしすぎます……」
寝言ですか? ふふっ、幸せそうです。
「……エッダちゃん……」
……え?
「……私に出会ってくれて……ありがとね……」
———!
ああ……ああ……っ!
だめ、ダメです……! もう、仮面の上に粘土を塗って塗って塗り固めた、こんな幸せな結末に、後悔の涙を流さないと決めていたのに……!
流れて、いって、しまいます……。
……私は、無言で蹲り、涙を流します。
動けません。
「……エッダ?」
……! この、声は……
「……シルヴィア、さん……?」
「———えっ!? ちょ、ちょっと、どうしたのよ……?」
……誰かに。誰かに聞いていただかなければ気が済みません。
「私の、愚痴を聞いてもらえますか? 集落の人でなく、きゅうけいさん本人ではない、あなたにしか話せないことなんです……」
「……何か、事情がありそうね。いいわよ、受け止めてあげる」
ああ、やっぱりシルヴィアさんって、素敵だなあ……。
-
私たちは、真夜中、長の家のリビングにいました。
「で、話って何なのよ」
「私たち……ダークエルフのことです」
私は、シルヴィアさんに、懺悔をしました。
私のこと。
私たちのこと。
エルフとダークエルフは、この暖の海に囲まれた半島と、南の砂漠の民ぐらいの、肌の色が違う程度の差でした。
私たちは、自分たちと違う種族、光り輝く森を守る彼ら彼女らを、敬意を込めてブライトエルフと呼んでいるのです。
ブライトエルフ達は、闇に溶け込み狙撃するのが得意なことから、敬意を込めて私たちをダークエルフと呼びました。
特に仲は悪くありません。だから、エルフの森の産物である、ユグドラシルの秘薬も融通していただけているのです。
でも、ダークエルフという呼び名と、闇に染まった見た目。
魔族は、上位種でないものは、主に人型で、耳が長く、赤褐色の姿をしています。だからでしょう……私たちは人間達にとって、悪魔の一種……魔族側なのではないかと思われていました。
あまりに心外です。ですから……私たちは……。
「……魔族の討伐をしているんです」
そうすることで、信頼を得ようとしました。シルヴィアさんは、じっと聞いています。
ただ、元々ダークエルフに友好的だった国は、特に変化もなく友好的なままでした。そして、ダークエルフに差別的だった国は、褐色とあらば人間だろうと差別的な国でした。
まあ、つまり意味はなかったんです。
でも魔族は人間を殺します。なので、私達は友好的である、人間側であるということを明確にするために、魔族の敵となったのです。
ずっと……ずっときゅうけいさんを裏切ってきました。
「私たち……いえ。私は、魔族を、かなり殺しています」
魔族を殺す種族の命を、魔族に救ってもらう。
それを黙っている。
だというのに。
だというのに……きゅうけいさんは、私たちを救えたことそのものを嬉しいと言ってくれて……魔族が人助けできることだけで嬉しいと言ってくれて。
そして、トドメがさっきの呟きです。
「……私に、出会ってくれて、ありがとう、って……!」
思い出して、また涙が出てきます。
どうして、そんなに優しいのか。
そんなの、私のことを知らないからです。
「ずっと怖くて言えませんでした。私はダークエルフのモンティ家長女、『魔族狩り』エッダ・モンティなんです……!」
私に出会って良かっただなんて思えるのは……私が自分のことを知られないよう隠して接触したからなんです……!
私は、八つ当たり気味に心の中身を吐露しました。
シルヴィアさんは、私の話を聞き終わると……腕を組んで、考え込むように顔を上げて「あー……」と声を出して、再び俯いて「はー……」と声を出しました。
……な、何を、思っているのでしょうか……。
「エッダ」
「は、はい……」
「やっぱりあなた、いい子だねー」
……はい?
「あの、今の私の話を聞いていましたか?」
「うんうん。要するに、きゅうけいさんにとっての、同族殺しだということを気にしているわけね」
「そう、です……」
私の話を聞いて……シルヴィアさんまで、私をいい子だなどと、言ってくれるのですか……?
シルヴィアさんは、足を組んで、ソファの肘掛けに肘をついて握り拳を頬に乗せながら、もう片方の手の平を上げるという、かなり気楽そうな格好で言いました。
「きゅうけいさん、多分気にしないわよ」
……え、ええ!?
「え、だってきゅうけいさんって、あの人は優しい人で、思いっきり魔族で、同族にも普通優しいんじゃ……」
「魔族だけどね、魔族じゃないの。……そうね、エッダなら言ってもいいかもね。本当はきゅうけいさんに直接言ってほしいところなんだけれど、少し秘密主義な部分があって……あの人自身が優しい上に強いこともあって、とても聞き出そうという気にならないのよね」
「確かに、魔族らしくなさすぎますけど……」
「じゃ、私の知ってることと……私の推理を話すわ」
そして、シルヴィアさんの話が、始まりました。
「まず、きゅうけいさんは、魔族が人間を殺すということそのものを知らなかったわ」
「……え? 魔族なのにですか?」
「そうよ。それどころか最初に会ったとき、「あなたが人間を無差別に殺すなら討伐する」とか言われて、もう意味が分からなかったわ。あたしは竜だから、人間と友好関係を結んで、魔族の陵辱から人間を守る側だっていうのに……もう何もかもトンチンカンよ」
竜族と人間の盟約、それによって訪れている両者の友好関係による平和は、この世界の常識中の常識です。
だから、魔族は竜を敵視しています。最初にシルヴィアさんときゅうけいさんが一緒に寝ていたときに、なんと不思議な組み合わせだろうと思ったのもそれが理由です。
きゅうけいさんが魔族で一人ぼっちだったというのならまだしも、そこまで知識がないのはあまりにも異常です。
「だって、あだ名をつけた人が……」
「———そう。きゅうけいさんは、誰かにあだ名をつけられて、きゅうけいさんになったの。あたしはベルフェゴールにあだ名を付けたのはサタンか誰かかと思っていたんだけど……どうやら、ベルフェゴールに「ある日突然気がついたらなっていた」っていうのよ」
「……そ、そんな簡単に、なっちゃうんですか?」
「なるわけないでしょ? それでもなっちゃうあたり、きゅうけいさんって、よっぽど休憩好き扱いなんだなーって思っちゃうけど」
そう言ってくすくすシルヴィアさんは笑いました。確かに、そんなあだ名を付けられて大罪の大悪魔にさせられるほどの休憩好きって、よっぽどですよね。
「で、ね。私は最初、大罪は、生まれてから成長すると思っていた。次に、魔族がランクアップして大罪になったのかと思ってた。その次は……人間に怠惰の罪が被せられて、大罪になったのかと思った、けど……」
「……けど?」
「今は違う。だって、竜族のことを知らない説明にならないのよ。他には……そうね。きゅうけいさんは料理……ペンネを作ったのよ」
ペンネって、あのペンネですよね? 私もグラッツィアさんが来たときに、お母さんが夕食に出してくれました。後からグラッツィアさんがほとんど一人で作ったと、お父さんのいないところでこっそりお母さんがネタばらししました。おいしかったです。
「適当に作ったと言っておきながら、パンチェッタ入りのペンネアラビアータに、パルミジャーノ・レッジャーノがかかっていてね。……ハッキリ言って、魔族どころか竜族でも作ってないような、完全に人間の街の料理のセンスよ。あんな適当があったら竜族の女全員泣くわ」
……ごくり。聞くだけでおいしそうです。お夜食の時間に聞くんじゃなかった。
「だから、人間の街のルールを知らないと言っても、何らかの形で人間の文明に関わりがあるのだろうと思ったの」
「もうひとつが、私の寝ていたロッキングチェア」
「ロッキングチェア、ですか?」
そういえば、三種類それぞれ違うのがありました。シルヴィアさんのものは、ちょっと見たことがない形でしたね。なんだか模様になっているような感じでした。
「あれはね、オリエンタルラタンタイプ、っていうロッキングチェアなの」
「オリエンタル、ラタン? 植物のラタンですか?」
「そう。東洋のラタン。そして値札には、ラタンの横に、小さく「トウ」って現地の呼び方が書いてあったのよ」
トウ、というのは聞いたことがありません。それにしても、細かい所までよく見て覚えているなあと思います。
「で、きゅうけいさんに、ロッキングチェアを三種類並べて見せたときに……全く説明をしていないのに、見た目だけで「トウ家具だ」って叫んだの」
「え……!」
「そう。人間の街に入れないはずの青い肌の大悪魔が、ラタンではなく現地語のトウで呼ぶ。しかも、「懐かしい、持っていた」と。つまり……あのオリエンタルラタン家具の輸出元が、きゅうけいさんのふるさとである可能性が非常に高いわ」
「トウの国が、きゅうけいさんの国……!」
「ええ。その国で人間と敵対していない魔族や亜人、もしくは人間としてきゅうけいさんが生きていて、急にこちらでベルフェゴールとなったのなら、今のところ大体の説明がつくの」
……す、すごい記憶力と、それに伴う推理力です。
シルヴィアさん、頭がよくてかっこいいです。
「この話、きゅうけいさんには内緒ね。あまり自分のことを知られたくないと言っているようだから、あたしも深入りしないわ」
「は、はいっ、もちろんですぅ!」
「うんうん。……少し話が逸れてしまったけど、それでね……」
シルヴィアさんは、さっきまでの調子の良かった喋りはなりを潜めて、沈み込むように項垂れた。
……どうしたんでしょうか。
「きゅうけいさん、ロッキングチェアを壊されて怒ったって言ってたじゃない」
「あ、言ってましたね」
「……壊したの、あたしなのよ」
壊した。怒った。……あのちょっと抜けてる、いつも笑顔で底抜けに明るいきゅうけいさんが怒った?
「……あの……どんな感じ、だったんでしょうか……」
「竜の姿を維持する魔力が、「私の休憩の邪魔をするな」って怒鳴られるだけで消し飛んで、人型状態で頭を掴まれて、あたしはもう死ぬんだって覚悟したわ」
「……は、あはは……」
レベル4000の古竜。地上最強生物の、尋常ならざる高レベル。そこまでの生物が、声一つで戦闘続行不能ですか……?
「……きゅうけいさんって、どれぐらい強いんですか?」
「詳細は不明だけど……あたしの予想では、レベルは90万か、900万か、それ以上先はもう想像できないわね」
「いやいやいや、待って下さい、確かに今日10万以上はあるだろうと確信してましたけど、そんなに強いはずは……」
「じゃあ正確に言うわね。きゅうけいさんの本当のレベルは、90クアッドよ」
……90、クアッド?
「そう表示してあったのよ。きゅうけいさんは五桁以上から先の表示って言ってたけど、そんな言い方、五桁の人がするわけない。だから、あたしの予想は最低で90万以上なの。9億かもしれないし、90億かもしれない。ただ、予想通り9万でないことだけは今日確定したけどね」
はは……シルヴィアさんが言うなら、間違いないです……。
「つまりね、それぐらい、きゅうけいさんは私に対して怒ったのよ」
「……」
「だけど、すぐに許してもらえた。それどころか弁償しに戻ってくると料理を作ってたり、色々お礼を言ってもらったり、なんだか妙に好感度高くてね?」
「そうです、お二人はとても仲良く見えて、本当に驚きました」
「出会って二日目よ」
……え? であって、ふつかめ?
「ロッキングチェア壊したのは昨日で、買ってきたのが今日」
「今日一番驚きましたよ!? 仲良すぎませんか!?」
「本当に……仲がいいと思う。でもね、そんなの当然なのよ……あんなの、好きになるしかないじゃない。だって……」
そして、シルヴィアさんは、座り直してまっすぐ私を見た。
「私と魔族が戦ったら、私を優先して助けるって断言してくれたもの」
「え?」
「だから、竜が人間の味方をする限り、竜と魔族の戦いで、『魔族殺し』になること選ぶのが、きゅうけいさんなの。どこまでも人間の味方なのが、きゅうけいさんなの。つまり……」
シルヴィアさんが立ち上がり、私の隣に来る。
その体重に柔らかい座面が沈み込み、自然と私はシルヴィアさんの方に傾く。シルヴィアさんの体に、頭が寄せられます。
「あなたが気に病む必要なんて、これっぽっちもなかったのよ。ダークエルフが人間の味方をする限り、エッダ・モンティ一人のために魔族全員を敵に回す『魔族殺し』タマエ・カガミになることを厭わないのが、きゅうけいさんなの」
———あ……ああ……!
「きゅうけいさんはそれぐらい、既にエッダのことを気に入っているわよ」
———もう、涙は出ないと思ったのに。
シルヴィアさんが、そう言って、私の頭を抱き込むようにしてくれたから。
温かくて。本当に、温かくて……。
「それを、こんなに自分を責めてまで……強い、責任感……えらいよ……エッダは本当に、優しい子だね……」
私は、また、体重を預けて泣いてしまいました。
私は、本当に子供でした。
こんなに……こんなに恐がりで、泣き虫だったんですね。
ありがとう、シルヴィアさん。
ありがとう、きゅうけいさん。
今日は……いろんなことを、学びました。
-
翌朝、折角だからと長のソファでシルヴィアさんと休んで元気いっぱいとなった私は、目を覚まして真っ先に目に入った光景に、頭が真っ白になった。
「ありがたや、ありがたや……あ、おはよっ」
きゅうけいさんが、両手の平を合わせて、すりすりと擦り合わせていた。
「あのぉ、何をしていたんですか?」
「尊き御神体に、感謝の祈りを捧げてました」
「ホントになんなんですかぁ!?」
きゅうけいさんの意味不明すぎるボケに対して、私が派手なツッコミを入れると、膝の上から「ん、ん……?」と声が聞こえてきました。
「あっ……起こしちゃいましたね」
「ん……おはよ」
私は、少し寝ぼけ眼のシルヴィアさんの顔を覗き込みました。……綺麗な顔が、眠そうで可愛らしいです。
綺麗な髪……。
「……ん……」
「ふふ……」
気がついたときには、シルヴィアさんの髪を優しく撫でていました。やっちゃった、と思ったのですが……そのまま気持ちよさそうに、目を細めています。
こうやって見ると、私と同じ末っ子なんだなー、って思えて、ちょっと嬉しいです。
「ありがたや、ありがたや」
「んふふーあがめたまえー」
あ、目を閉じているシルヴィアさんが、きゅうけいさんにノっています。きゅうけいさん、ニッコニコでほめちぎってます。あー、完全にこれは、気付いてないですね。
でも調子に乗ってる感じのシルヴィアさん、とても可愛いです。
きっとこの人も……無理、してる部分は、あるんでしょうね。
-
「うぅぅ〜〜っ……エッダぁ……言ってくれてもいいじゃないのよぉ〜〜っ……」
そして、目を覚ましたシルヴィアさんは、顔を真っ赤にして頭を抱えました。
「だって、あまりにも気持ちよさそうだったので……」
「気持ちいいわよ、よくわかんない称賛の声に乗せられてね! ああっもう穴があったら入りたい……」
「かわいいシルヴィアちゃんも最高……ありがたやありがたや……」
「それ気に入ったんですか!?」
シルヴィアさんが、きゅうけいさんの反応に、やっぱり乗っています。お二人、本当に仲がいいです。
ふと、気になったことを聞きました。
「あの……」
「ん?」
「どうして、きゅうけいさんは、私を助けようと思ってくれたんですか?」
ちょっと、曖昧な質問だったかもしれません。
「そりゃまあエッダちゃんが可愛かったからってのが理由の殆どだけど」
「はぅ、そういうお世辞はいいですからぁ」
「むぅ〜っ、本当なんだけど……そうだね、怖がられなかったからというのは、大きいかな。私、まずは見た目で怖がられちゃうから」
きゅうけいさんの話は、確かにそのとおりだと思いました。まず、その見た目は普通の人なら会話すらできないと思うでしょう。
「友達、少ないし……友達を増やすタイミング自体が掴めないから」
そう言いづらそうに、頭をぽりぽり掻……くかと思ったら角を邪魔そうに叩いた。……確かに、この人、そもそも魔族っぽくないですね。
「あ、じゃあきゅうけいさんに言いますね」
これは、私からのお礼になるかな? 多分もう、みんなそうだと思うから。
「私たちは見た目で差別されてきた種族ですから。きゅうけいさんの見た目なんて度外視でして、もうダークエルフの誰も優しいきゅうけいさんを警戒してないです」
「あっ、それは嬉しいね」
「恩人というか———
———もう多分、集落全員が友人だと思ってますよ」
きゅうけいさんが、あっけにとられたような顔をしました。ちょっと珍しい、きゅうけいさん側のぽかんとした顔です。
会話の途中で、ドアが開き、ロベルトさんに視線が集まります。
「友達か、いいな。寝たければいつでも来てくれていいよ、今度はアンジョラの天蓋付きベッドでも寝ていくといい」
「そ、そんなものがっ! それは楽しみです! 絶対アンジョラちゃん抱き枕にしてベッドインします!」
真っ先に食いつきました。きゅうけいさん、こんな場面でもブレません。というか長、かなりベルフェゴールきゅうけいさんの扱い慣れちゃってません?
あとアンジョラさん、後ろでひっそり照れないで下さい、想像してしまってこっちがドキドキしてきます。
きゅうけいさんが、私の方を見ます。
「エッダちゃん!」
はいっ。
「私に会いに来てくれて、ありがとね!」
その、明るくかわいい魔族の満開の笑顔に。
シルヴィアさんの、繋いでいる手を握って。
今度の私は、陰りなしの微笑みで返します!
「こちらこそ、きゅうけいさんに出会えて幸せですっ!」