別視点:庵奈
久々の更新です!
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そして、遂にきゅうけいさんのコミカライズがスタートしました! 念願の漫画化!
きゅうけいさんが表情豊かに動いて喋ってしているので、是非是非読んでくださいませ!!!
少し考えれば分かることだった。
いや……頭の中では理解していたのかもしれない。
自分が、事実を認めたくないと思っていただけで。
学生時代から、どっちかというと陽キャ寄りだったように思う。
十二分に遊んで、友人とつるんで、ね。
勉強とかは、まあほどほど。全くしていないわけじゃないんだけどさ。
でもやっぱ、子供の本分は遊びでしょ。
その日はたまたま、ちょーっと深い話になりましたね。
『庵奈さ、将来どうするの?』
そんな顔も思い出せないクラスメイトの言葉に、私はのんびり答えた。
『しょーらいのこととか、わっかんないなー。ゲームとかだとたのしそー』
『ゲーム作るの、大変だって聞いたよ』
『えーまじか、じゃー遊ぶ方がいいかな?』
『遊ぶだけでお金なんてもらえないって』
友人の一人に、そりゃそっかとけらけらと笑いながら返す。
ずいぶんと昔の記憶だ。
ただ、そんな仕事が全くなかったわけではない。
『……デバッグ?』
それは、ふと耳にした職業の話だ。
遊んでいるってわけじゃあないけど、ゲームコントローラーを持ち続けて仕事ができる職業らしい。
その内容、地味だけどちょっと興味をそそられた。
先生とか親には特に反対されなかったと思う。晴れて私は、デバッガーという世界へと入って行ったのであった。
紅一点!
これが、オタサーの姫の気分……とはならなかった。
お隣に、私と同じ女子がいる。
それが、球恵。火神球恵さんである。
自分のことを棚に上げておいてなんだけど、すごく強そうな名前だなとか思った。
『たまえ……球恵? きゅうけい? 名字だけじゃなくて、下の名前も変わってるねー』
その瞬間。
彼女は机に突っ伏して『あ〜〜〜〜……』と呻いた。
なんかやらかしたかと思ってたけど、なんてことはない。
この人のあだ名、どうやら小学校の頃から『きゅうけいさん』らしい。
マジかー。ていうかそれ自己申告しちゃうかー。
そしてこの日より、『きゅうけいさん』は皆から『きゅうけいさん』と呼ばれるようになったのであった。
来る日も来る日も、コントローラーを持って壁に体当たりする生活。
すっげーきついとか事前に聞いてて、ちょいとびびってたよ。
でも意外と、私にはこーゆーの合ってたかもねって思う。
見た目は結構なバリキャリみたいなんだけど、私って中身がこんなんだからさー。
そりゃまあ女子だし、見た目ぐらいは拘りたいわけよ。男所帯でも色恋沙汰がなくても、メイクぐらいはやってるし。
でも、中身が見た目どおりとは限らない。
その点きゅうけいさんは、見た目も中身もゆるゆるである。
同じ女子友として、私はきゅうけいさんとすぐに仲良くなったねー。
それから、いろんなゲームを担当した。
そりゃもーいろんなゲームを担当したさ。
シミュレーションものだと確認は簡単。
3Dアクションになると割と悪夢。
その中でも、お隣の女子のことを私は意識し始めていた。
「もー、きゅうけいさんってば休憩しすぎー。けっこー大変なやつじゃん」
「ふわぁ……あ、もう全部洗い出したよ」
「……終わった?」
「ん」
きゅうけいさん、手元の操作が異様なぐらい早い。
コントローラーを持つと、普段のだらだらっとした雰囲気が変わる。
無口で眠そうな目のまま、とんでもなく素早い動きで、しかも正確に。
全ての箇所をチェックしていくのだ。
——このとき、私の中で言葉にできない感情が表れた。
胸と喉の間で、一匹のミミズが暴れたような、嫌な感覚。
私はその感情を、自分の意思で押し込めた。
とある日に現れたゲームは、凄まじいタイトル。
人気シリーズの続編だ。
「私やりこんでたんだよ、うわーっDLC追加デバッグじゃん」
「えー、これ今燃えてるやつじゃーん……ちゃんとデバッグしてリリースしたのー? 火消しデバッグこっちにまわすとか、もーたまんないなー」
「よーし、今回は頑張っちゃうよ。『ゲームタイトルプレミアム』狙えるからね!」
ゲームタイトルプレミアム、通称ゲープレはその年の優れたゲームに贈られる賞だ。
前作シリーズはいいところまで行った。今作は、本編の出来が本当にいい……らしい。らしいというのは、私はまだ遊んでないのだ。
ていうかゲームを会社で遊んで、家でも遊べるきゅうけいさんがちょっと浮いてる。どーなのそれ。
まあ、とにかく。
その賞が取れるレベルの人気ゲームのDLCが、よりによってダメダメなのだ。
不具合だらけで、運が絡むようなクソゲー状態となり炎上。
特に難易度が高いだけならまだしも、難しい場面をあっさりバグで越えちゃえたのが致命的。
やり応えを追求するために作り込まれたゲームだから、これでクリアすると現代のオートセーブと合わさって滅茶苦茶冷めてしまうとのこと。
マゾゲーマーどもめ。あっ隣のきゅうけいさんもその一人か。
ってなわけで、会社の結構な人数がこのゲームを同時に担当することになった。
……この時に気付くべきだった。
きゅうけいさんが頑張るというのが、どういうことかというぐらい。
ダイエットとかでもあるんだけどさ。
少食とか過食とかじゃなく、急に食べる量を変えることが体調不良に繋がるって言う話とかもあるわけなのよ。
きゅうけいさんってさ、普段は全く起き続けて作業しないんだわ。
本当に、作業してない時以外はずーっと寝てるのね。
そんなきゅうけいさんが、全く寝ずに作業をする。
大丈夫かなんて、言うまでもない。
徹夜の末、ようやくきゅうけいさんは眠った。
その姿を眺めつつ、私は彼女を抱えて休憩室に寝かせる。
「おつかれー」
私はそんなことを言って、自分も徹夜だったなと思い、隣に眠った。
翌朝、私は目覚めた。
きゅうけいさんは、まだ眠ったまま。
昨日はずっと頑張っていたし、無理はさせるわけにはいかないだろうと思って、私はきゅうけいさんのことを起こさなかった。
そして軽い朝礼みたいなものをやって、ゲーム機の前へ。
ふと、隣を見ると変なものが見えた。
『レベルを入力してください』
[9|k]
……なんだろ。
また変なデバッグモードでも見つけたのかな?
私は操作しようと思ったけど、さすがに勝手に触れるのはどうかなと思ってきゅうけいさんを待つことにした。
きゅうけいさんはずっと眠っていた。
きゅうけいさんは、翌朝も起きなかった。
全く。
本当に、全く起きないのだ。
最初に揺すっても眠っていたとき、まあ仕方ないか、ぐらいにしか思っていなかった。
嫌な予感がする。
私は、恐る恐る、手を触れる。
きゅうけいさんの肌は——
——温かかった。
死んでなかった。普通に寝てるだけだった。
めっっっっちゃ長いこと眠っているだけだった。
その事実に、身体の緊張が一気に解ける。
「……っもー、びっくりさせないでよねー」
私はきゅうけいさんの頬をぷにぷにつつく。
むにゃむにゃも言わないけど、まあ柔らかいし温かい。
さすがに丸一日は休みすぎだろうと思って、肩を揺らす。
……ところが、それでも起きない。
大きめに揺らすも、起きない。いくら動かしても、きゅうけいさんは起きない。
足を持って揺らす。頭を持って揺らす。
寝息は、聞こえる。
聞こえるけど。
全く起きないのだ。
「え……これ、かなりまずいんじゃ……!?」
私はチームのチーフへと報告した。
さすがにコトがコトだ。救急車を呼んでもらった。
これが普通の病気や怪我ではないことぐらい、私でも分かる。
病院に搬送してもらい、私は一緒に病室へ。
きゅうけいさんは、すやすやと寝息を立てて点滴を打たれていた。
「んもぉー、こっちの気も知らないで、気持ちよさそうに寝ちゃってさー……」
きゅうけいさんの寝顔を見て呆れつつ、私はすぐに次の準備にかかる。
そう、今はまだデバッグの真っ只中なのだ。
一人分の欠員が出てしまったけど、その一人分を全員でカバーしなければならない。
私達は、作業に戻った。
同じ部署の男性諸氏とも連絡を取り合って、数時間ずっと画面に張り付いて、最後にチーフに提出する。
そこで私は、意外な言葉を返された。
「……バグの報告量が半分以下だ。本当に、やりきったのか?」
私は他のメンバーと顔を合わせつつ、目の前の上司に頷く。
胸の中で、あの日のミミズがのたうち回る。
そいつが熱を持った蛇となり、喉を上がってくる。
分かってる。
知ってる。
この感情。
劣等感だ。
怒りのような燃える感情に近い。
悔しさ。嫉妬。
そう。
私は、きゅうけいさんに嫉妬しているのだ。
分かっていた。
認めたくなかったけど、認めざるを得なかった。
きゅうけいさんは、大学受験のために頭のいい人が集まった高校を出ている。
信じられないことに、きゅうけいさんはこの高校を留年してない。
おかしいと思ったのだ。
何故他の人が起きている時間の半分以上を眠り続けながら、この人は進学校を余裕でパスしているのか。
何故ゲームを趣味としているのか。
なんてことはない。
学校の勉強を聞きそびれても、ゲームを遊んでいても、きゅうけいさんの地の頭が凄まじく優れているのだ。
半端ではない基礎スペックが、きゅうけいさんには備わっている。
彼女は、通常の三倍は結果を出せるのである。
——さて。
そんな人間が、遊び慣れているゲームをデバッグするとどうなるか。
私はチーフに頼んで、きゅうけいさんの報告を見せてもらった。
その内容を見て目を剥き、私は思わず呟いた。
「……この結果は、有り得ない」
一緒に作業していた隣の男も、私の意見に同意した。
本当に、有り得ないのだ。
きゅうけいさんの行動範囲は、明らかにデバッグをしているスピードでは合わない。
広大な3Dマップに対して、あまりにもきゅうけいさんの動き方は速すぎる。
これでは、ほとんどちゃんと調べられてないのではないか。
……そんなことはない。だからバグの数も同じぐらい見つかっている。
それに、明らかに行きづらい壁や高い位置、本来あまり触れない場所までリストアップされている。これは、丁寧にやっているだけでは簡単に洗い出せる場所ではない。動きは速いのに、狙いはむしろ私達より細かいのだ。
間違いない。きゅうけいさんは、プレイヤーとしての勘によって『バグの大体の位置が分かる』のだ。
そうとしか思えない。なんだその意味不明な能力、私ら全員で束になって洗い出せるのか。
ぞわっと、全身の血が抜けるような感覚に襲われる。
何徹していた? きゅうけいさんは、普段の三倍働けるのに、普段の三倍の時間働き続けて、その上で何日画面に張り付いていた?
……緩い女子、ぐらいに思ってた。
対等か、もしくは妹分ぐらいの感覚で接していた。
いや、違う。本心では分かっていたのだ。
勝手に緩い子ぐらいの認識からアップデートせずに、彼女の真価から目を逸らしていた。
駄目だ。彼女の代わりになるなんて、とてもできない。
でも……今はやるしかないのだ。
「すぐに作業に戻ります」
「……無理するなよ」
「お断りします」
私はチーフの言葉を明確に拒絶して、画面に向かった。
嫉妬の炎は、とっくに消えた。
今は、申し訳なさしかない。
私は、きゅうけいさんに頼りすぎていた。
二人でセットの成果、ぐらいに考えていた。
とんでもない勘違いだ。ここ数日は1:10以上の差が、私ときゅうけいさんの間で開いていたのだ。
だから今の私には、嫉妬をする権利がない。
ふと、チーフが隣に来た。
視線の先には、きゅうけいさんのPC画面がある。
「この画面は?」
「これは、きゅうけいさんが最後に見ていた画面です。何のことかは分かりませんが……できれば、このままにしておきたいです。重大なヒントがあるかもしれません」
「……そうか、分かった」
チーフはそのまま何も言わず、自分の仕事へと戻っていった。
『レベルを入力してください』
[9|k]
隣の画面に光る文字。
そのディスプレイをちらと見ると、私は自分の目の前にあるゲームの起動ロゴに視線を戻す。
すっごく頑張ってもらったんだ。
ずっと頼らせてもらったんだ。
じゃあ、今だけは……しっかり働いた分、しっかり休んでもらいましょーね。
そして、起きたときにはこの見たことない画面のこと、ちゃんと説明してもらわないとね。
それじゃー私も、彼女の仕事量に負けないぐらい頑張っていこう。






