きゅうけいさんはレイドボスを凌駕する
ウトゥックが尻餅をついたところで、大きな揺れが島を襲う。
比較的岩肌の多い島で、煙は幸いにもあまり立たない。
……いやー。
冷静に考え直してみたら、こうなるのはある種必然だった。
きゅうけいさんは、レベル九京。
この異世界の人類がどれぐらいの人口かはわからないけど、地球における世界の人口は70億か80億ぐらい。
まあおまけして90億と仮定しよう。
仮に90億の人間と私のレベルを拮抗させるのなら、その人口でレベルを割るしかない。
そして計算した結果。
1000万。
生まれたての赤ん坊から、死にかけの老人。
オリンピック選手からコミケ作家まで。
掃除のおばちゃんからニートまで。
人類全員レベル1000万で、ようやく私と釣り合う。
……。
……マジかー。
私のレベル、計算し直すとそれぐらい無茶苦茶かー。
わはは……自分で自分に呆れるしかないなー……。
多分、私の魔力を全部どころかもうちょっとたっぷり吸ったら、目の前のやつはユグドラシルの魔力を全部吸うよりも強くなったんじゃないだろうか。
しかしこいつは、ちょいと薄い。
多分、私のMPの数万分の一程度しか吸収できていない。いやまあ私のMPの一万分の一って、56兆あるんだけどね。
同時に思うのだ。
種族の差はあれど、それってどのみち、このウトゥックは私の五万分の一未満……それどころか数兆分の一の魔力で顕現したにすぎないんじゃないの? って。
つまり何が言いたいかというと。
人類全員参加必須のレイドボス程度、私一人で余裕なのだ。
私は、後ろを振り向いて、唖然としてるエッダちゃんに目を向ける。
そして、羽ばたくのを忘れて緩やかに雲の合間から降りてきて、ちょっぴりだけ口が開いているシルヴィアちゃんが見える。
あれはね、驚愕で大口開けてる時じゃなくて、現状認識できずにぽかんとしてるときのシルヴィアちゃん。
うーん、本当に古竜姿でもめっちゃ表情読めるようになっちゃったね。見た目は凶悪なエンシェントドラゴンなのに、もう私あの古竜の姿に『かわいい』という感情しか浮かばないもん。
ぐぐ、とまた地面が揺れる。
振り向くと、巨人が立ち上がっていた。
「おっけー、私とまだまだやり合いたいよね。私も……だんだん楽しくなってきたよ!」
なんといってもウトゥックは、私があんまり戦えなかった敵なのだ。
相手の動きは知っていても、ちゃんと遊べなくて後から他の人の動画を見て悔しい思いをしたこともある。
リアルタイム性のある限定イベントって、どうしてもそうなっちゃうよね。
ってなわけで、レイドボスの独り占めは、ある意味最大の贅沢なのだ。
ありがとう肥満の魔族、名前すら知らないけれど、でも。
「ブライトエルフの集落を狙った分は、存分に楽しませてもらうよ……!」
そうして、私とウトゥックとの戦いが再開した。
頭の中で、ベルフェゴール……ベルさんの戦っていた姿を思い出す。
静かで、俯瞰的で……それでいて絶対的な強さ。
プロレスラーだったら、リング中央で動かないタイプの最強レスラー。
その姿は、ちょっと憧れちゃうぐらいかっこよかった。
ウトゥックの黒い半透明の腕が、何やらもぞもぞと蠢きながら地面に勢いよく叩き付けられる!
私はそれを、鎧姿で半歩退いて、風圧とともに目の前に現れた腕を、ショートソードでずばーっ。
巨人は右腕を引き抜いた後、左手で掴みかかるように迫ってきた。
そこを軽くしゃがんで回避、私は遠慮なく相手の腕を下からざくーっ。
巨人は立ち上がって、大きな足を持ち上げた。
そして私のところに……叩き付ける! と同時に、ぴょんっとジャンプして振動を回避。
そして足だか脚だかわからない、黒い半透明の柱をズクシュ!
……誰だったか言ってたけど、あのズクシュって効果音どこから来てるのかって、勧善懲悪時代劇から来てるよね絶対。
刀で斬ったとき、すんごい音出るもん。
今の私は、暴れん坊魔王きゅうけいさん!
あっ、まずい、あのテーマ曲がベルさんのイメージになってしまう!
いやまあ盾もなく、一度斬った後にぴたっと止まって剣を構えて静かに動き出すところとかそっくりでしたけどね!
————とまあ、そんなことを考えている理由。
私はわりと、余裕なのだ。
うんうん、大体アクションゲームのボスって、慌てると回避が大変で全然勝てない感じになっちゃうんだよね。
それで他の上手い人のプレイ動画を見て思うの。『簡単そうじゃん』って。
大体こういうの、相手の動きを覚えて落ち着くと、突然簡単になる。
私は今、この巨人ウトゥックに踏みつけられても、全くダメージ受けないんじゃないかな、という確信がある。
いやまあ迫力はめちゃあるんだけどね?
でも、間違いなくこいつは、素早いボスのサタンよりは圧倒的に格下だ。
しかし。
「来たね、レイドボスおなじみの、プレイヤー脱落攻撃!」
のっぺらぼうの黒い塊であるウトゥックの顔部分が口のように開き、『ウオォォン……』というなんとも不安を煽る音声とともにぶわあーっと黒い怨念のような者が出てくる。
大体これで体力を奪うのだ。どんなに回避できても何回かコレを受けると、それでプレイヤーは時間切れ。
あんまり弱いと、アクションゲームはいつまでも貼り付けちゃうからね。
だからゲーム開発者にとって、この手のランキングボスは健康第一なのだ。
一日中張り付かないといけないソシャゲのギルドイベントとか、めちゃ大変なのに比べるととても遊びやすい。
まーそれでもやりこんじゃう人がいるんだけどね。
私はその怨念っぽい普通のダメージ攻撃を、もちろん普通に受ける。
よし、やっぱり大したダメージじゃない。
普通よりレベルの低いレイドボスに、普通じゃないレベルの高さをした私はダメージを受けないのだ。
ホーミングで強制的に体力を奪う攻撃、魔法盾で多少カット出来る程度の攻撃だから問題ない。
あと、自分の着ているごつい鎧がごつい。全然効いた気がしない。
全くノックバックしない、強靱度フルパワーである。
多分これゲーム中最強の鎧なんじゃなかろうか。
ってわけで普通に受けて、そのまま戦闘を再開する。
無表情のウトゥックが驚いたような顔をした気がするのは、気のせいじゃないかもしれない。
総合すると。
こいつは、竜族の村のダンジョンに出たゴーレム並に、あんまり強く感じられないのであった。
ほんとチート転生だなー……。
再び相手を見上げると、ウトゥックの頭に矢が飛んできて大きな音ともに巨人の輪郭が揺れる。
「……きゅうけいさんが、頑張ってるんだ。きゅうけいさんは絶対に勝てる。きゅうけいさんが一緒なら、絶対に大丈夫だからっ!」
エッダちゃんの攻撃が、ばんばん凄い勢いでウトゥックの体力を削っていく。
残りの本数を気にしてか、魔力でできた矢を使うのみで今回はエンチャントによる実物の矢は消費していない。
長期戦で、ばんばん撃つつもりだね。本当に頼もしい。
こういう団体で前衛と後衛分かれて戦うのも醍醐味なんだよね。
……私は、ふと、ちょっとしたことを思いついた。
「ウトゥックの体力、それなりに削っていけば……もしかすると……」
私はこの敵が、ゲームよりも弱いと仮定している。
そして、ゲーム中と同じような感じで消えるかどうかはわかっていない。
「人間の体型を維持するのを切断すれば……!」
私は、ウトゥックの片足を蹴り上げて、もう片方の脚を掴んで——といってもしがみつくような感じ——無理矢理引き倒した。
脚を滑らせたように、両足が宙に浮いてゆっくりと地面に倒れ込む。
「ここからは本気だよ。【フレアソード】!」
そして私は、この半透明生命体の脚を……思いっきり切断!
ウトゥックはそのまま脚が切り落とされても、まだ体力は残っている。
身体の中央……ではなく頭に核があるからだ。
ゲーム中は意識しないけど、そういうデザインをしている。
そして倒れたウトゥックの両腕も切り落として、そのまま胸もフレアソードを突き刺す。
頭の方の核の大きさを慎重に見ながら……うん、大分小さくなってきた。
そして再び地面に倒れ込んだ頭部の口が開くも、ウトゥックの頭に隣接して、その攻撃がエッダちゃんに行かないように至近距離で自分の身体に受けさせる。
至近距離で見ると、頭だけでも大きい。
その頭の核を、今度はショートソードで少しずつ削っていく。
少しずつ、小さくなっていく核。
ゲーム中はもっと黒の濃い姿をしていて半透明ってほとんど分からなかったけど、もしかすると元々こういう核が小さくなることで終わりがわかるレイドボスのデザインをしていたのかもしれない。
今更過去イベなので、動画でも見直さないと確認できない。
まあ何より、私が死んで転生しちゃったので確認手段がないけど!
身動きの取れなくなった敵に対して、私はエッダちゃんに指示を出す。
「思いっきりやっちゃって!」
「はいっ!」
そしてエッダちゃんが、この時のために取っていたであろう、すんごくおっきい弓と、金属で出来ているであろうでっかい矢をアイテムボックスから取り出す。
あれがエッダちゃんのとっておき……!
「これで……終わりにしますっ!」
そして頭の核目がけてでっかい矢が何本も刺さる。
十本から数えるのはやめたけど、突然ウトゥックの頭が痙攣したと思ったら、核が光って……そのまま巨人の輪郭は溶けてなくなった。
よし、全て計画通りでの討伐完了だーっ!






