きゅうけいさんは優しい子が好き
シルヴィアちゃんの背中は、そりゃもう気持ち良かった。
私はフライトシミュレーションというか、ミサイル80個ぐらい積んでドッグファイトしまくる架空の空戦ゲームも好きだった。レースゲームに並んで映像が綺麗になって嬉しいジャンルだったし、風景を眺めながら空を飛ぶのは気持ち良かった。
VRの機械が出た時は「これこれ、これがベストマッチなんですよ!」と一人ではしゃいだものだ。……VRにはホラーゲーム? あ、あんなの一人でやるわけないでしょう!? 今の姿だったとしても、絶対やりたくない。
あのね、私個人が強いというのと、ホラーゲームが怖いか怖くないかってのは全然違うの! 怖いものは怖いの!
しかし、今は怖くない。高所恐怖症でなくても、高い所って落ちそうだとお尻とかもぞもぞっとするけど、どう考えても私がここから落ちた程度で死ぬとは思えないし、シルヴィアちゃんは拾ってくれると思う。
それに、シルヴィアちゃんの飛び方は安定しているのだ。大きな羽を広げているけど、ほとんどバッサバッサしていない、まるで魔力と浮力で飛ぶように、スーッと真っ直ぐ飛んでいる。
あと多分、風が来ないようにバリアとか張ってるよね。落ちそうな感じが全くしない、まさに無風の、形が不安定な崖、程度の場所でしかない。
まあ、いろいろクドクド言ったけど。
つまり、超最高の眺めと乗り心地だった。
「私も初めて乗ったんだけど、気持ちいいね!」
「はいっ! あ、その山を越えた先です!」
エッダちゃんも高所恐怖症じゃないみたいで、古竜の上では楽しそうにしていた。そして……私の腰にしがみついていた……。
……そう、エッダちゃんがしがみつくと、すごい!
どこがどうとは敢えて言わないけど、私の横腹は今、最高です!
これだけでも、一緒に飛竜デートした価値があります!
じゃなくって、ちゃんとダークエルフを治しに行きます!
ほんとほんと。
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山を抜けた深い森は、日光を遮る木が凄まじく濃かった。それはもう、昼過ぎであるにもかかわらず、相手の顔がハッキリ見えないんじゃないかと言うほどだった。
「エッダちゃんって、こういう森でもはっきり見えるの?」
「多少の慣らしは必要ですけど、かなり見えますよ」
「シルヴィアちゃんは?」
「正直、もう森の奥とか何があるかさっぱりわかりませんね……」
なるほど、ダークエルフはダークエルフの集落に適応した種族になっているらしい。ゲームでも、あの矢鱈と攻撃力の高い視界外からの攻撃に手間取ったものだ、相手からはよく見えているということなんだね。
「ところでさ」
私はふと、疑問を言った。
「ダークエルフ、いきなり遠くから撃ってきたりしない?」
……一同、無言。
「そ、そそそ、そんなことはないとおもう、けどなあ……」
「……じーっ……」
「ううっ……どうしましょう」
そうだなあ……エッダちゃんだけを責めるのは筋違いもいいところだ。撃たれるとしたら十中八九私の容姿のせいだし。
私は、手元に先ほど作ったクリアエリクサーを持った。
「きゅうけいさん?」
「シルヴィアちゃん、これ持って。エッダちゃんも……はい、これ持ってね。私も持ちます」
「はあ……」
「両手にクリアエリクサー持って、私とエッダちゃんとシルヴィアちゃん、横並びで歩きましょう」
無害アピールだ。見た目が私もシルヴィアちゃんも、知ってる人が見たら強いって分かってしまうので、多少なりともこれで悪印象は防げる……はず。
そんな感じで、三人で森の奥まで歩いていく。
「……あっ」
「ん? どったのエッダちゃん」
「今……何か……」
エッダちゃんが、明らかにもう何も見えないだろ、っていうぐらい真っ黒い森の奥を見る。何も見えないし、聞こえない……。
「……! おーい!」
———え!? 誰かいるの!?
「帰りましたーっ! あの、二人は仲間ですーっ! ほら、薬! あの薬を作っている方ですーっ!」
エッダちゃんが、両手に持っているクリアエリクサーを高く掲げる。釣られて私も掲げると、シルヴィアちゃんも高く持ち上げ「クリアエリクサーですよー」と声をかけた。
すると、目の前に銀髪の、優しい顔立ちの美少女が現れた。
「エッダ、もう帰ってきたのか!」
なんだかハスキーな声で、キリッとした喋りだった。
どうやら先制攻撃はされそうになくてよかった。「仕舞っとこう」と私が呟いて、みんなクリアエリクサーをとりあえず手元に仕舞った。
「ですですぅ! こちらの、シルヴィアさんが送って下さったの!」
「シルヴィアさん、妹を送っていただきありがとうございました」
「えと、どういたしまして。とりあえずあなたが、お兄さんでいいのよね?」
……ん? んんっ!?
そ、そういえば、助かったのは兄だって……シルヴィアちゃんが言うまですっかり忘れてたっていうか、すぐ連想したシルヴィアちゃんやっぱり頭いいよね?
エッダちゃんそっくりの顔立ちに、エッダちゃん以上のセミロングの綺麗な顔つきに、そりゃまあ胸はないし肩幅はちょっとあるし、あれ、手は大きくて……見れば見るほど……!
「兄さん、こちらの方々は信用できる素晴らしい方です」
……お、男……! 従来の、ダークエルフの怖そうなイメージと全くかすりもしないこのメチャメチャ綺麗な子が、エッダちゃんのお兄さん……!?
「はい。初めまして、エッダの兄、テオ・モンティです」
ほんとにお兄さんだった……。
やばいやばい。私は日本人女子だし、男の人って大きいとちょっと怖いとか、私そういう苦手意識ほんのちょーっぴりあるんだけど……この美少年というか男の娘、いい意味で、全く男に見えない。
テオ君ほんとありがとう、一人目がコレだと多分もう大丈夫だと思う。
「紹介ありがとう。まずは集落まで案内していただけないかしら?」
シルヴィアちゃん、ナイス。会話は任せた。私は男の娘をガン見する。
「わかりました。……」
……! あっ、すっごい見返されちゃったって当たり前か! ど、どーしよ緊張しちゃう! なんか喋らないと、喋らないとっ!
「ええっと、クリアエリクサー作ってます、カガミっていうんだけど……きゅうけいさんって愛称で呼んでくれるといいよ」
「きゅうけいさん、ですか」
「うん。詳細はエッダちゃんに聞いて、聞きながらゲラゲラ笑ってね」
「えっ? ……はあ……わかりました」
不可解な顔をされたけど、そりゃまあいきなり「笑い物にしてくれ」とか言われても困るよね! でもきっと、あなたも笑うと思うよ!
なんといっても、どうしようもなくカリスマ性の欠片もない、情けない経緯でなっちゃった大罪の大悪魔だからね!
アハハ……自分で言ってて悲しくなってきたぞ。
-
ダークエルフの集落付近は、本当に全く、日光を寄せ付けない深い森だった。
でも、その森は青っぽく、淡く光る魔光石が沢山あり、建造物の少ない森を、幻想的な街並みに彩っていた。
集落っていうからもっとこぢんまりとしてたかと思ったけど、とても綺麗だった。
「綺麗……」
「えへ、そうですか?」
「びっくりしたよ。シルヴィアちゃんは?」
「はい、あたしの住んでた村にも花畑などはありましたが、こういう趣は人間の街を含めて全くないパターンですね……綺麗です」
その話を聞いて、テオ君が振り向く。
「えっと、シルヴィアさん……とお呼びしても」
「あっ、うん、それでいいわよっ!」
「はい、シルヴィアさん。……その、シルヴィアさんの村というのは?」
うーん、と考えるようにして、シルヴィアちゃんは……なんと「【ステータス】」と、いきなり自分の情報を見せた。
こういうことできるの、絶対強者の貫禄だよね。
「……え……シルヴィア・ドラゴネッティって……もしかして、ドラゴネッティ長老の……?」
「あら、妹さんより詳しいのね。そうよ、あたしはドラゴネッティの次女、シルヴィア。あたしの住んでるところは、竜族の村よ」
お兄さんと、妹さんと、私がびっくり顔。シルヴィアちゃん、ここに来て歴代最高の超ドヤ顔いただきました。
ドヤ顔もかわいいっ!
「って、きゅうけいさんまで驚くことないじゃないですか」
「驚くよ、めっちゃご令嬢だったんじゃんシルヴィアちゃん! こんな気楽に呼んじゃって大丈夫なの?」
「それに関してはもちろん、きゅうけいさんの方がすごい方ですし、今まで通り気楽に付き合いいただければと思います!」
そう言って、再び満面スマイルのシルヴィアちゃん! 何度見てもかわいすぎて心臓が飛び跳ねる。ていうか待って、ちょっとちょっと、ここ数日で好感度パラメーター振り切りすぎだと思うんですけど私何かやったかな!?
ペンネ・アラビアンナイトみたいな名前だったアレが好物だったかな? ありがとう食材の在庫! パンみたいな名前の生ベーコン! パルメザンジャジャーンみたいなチーズ!
……自分の頭の出来が残念すぎる……。
「と、あまりゆっくりしていないで、薬を届けないといけないんだったよね」
「はぅ! そ、そうでした、はいっ! 急いで長の所へ行きましょう!」
そう言って小走りになったエッダちゃんとテオ君の後ろを、私とシルヴィアちゃんはついていった。
長の家は、木造だけど綺麗に整えられていて、魔光石で光りまくった二階建てのログハウスって感じで、これだけでもう観光地になるんじゃないの? ってぐらい綺麗だった。広い庭にハンモックもあって、食事用のテーブルもある。
ダークエルフまだ舐めてたわ。手先の器用なエルフの色違いバージョンってだけの認識でいいぐらい。
「長老の家には、私と入って下さい。兄さんは、お父さんとお母さんを長老の家まで呼んできて」
「わかった」
そう連絡を取り合って、テオ君は飛び立った。
後ろ姿を見送ると、エッダちゃんが長老の家のドア近くの鈴を鳴らす。涼やかな音が鳴る……って、こういう金属加工品もあるんだ、ほんと綺麗だね、ダークエルフの家。
中から音が聞こえて、ドアが開くと……なんと、メイド服のダークエルフさんが現れた。でも、その人は非常に苦しそうな顔をしていた。
「アンジョラ!? や、休んでないとダメだよ!」
「そういうわけには……それに、エッダさん、もしかして……」
「うん、見つけたよ、クリアエリクサーの生成者。長に会いたいの」
「も、もちろんです……! さ、客人の方……も……」
ダークエルフのメイドさん、私の顔を見て固まる。……まあ、そりゃそっちの方が普通ですよねー……。
「あっ、この魔族の方が生成者なの! すっごくすっごくいい人だから、絶対に失礼なことはしないで! したら許さないし、集落はおしまいだよ!」
「っ! わ、わかりました! 大変失礼致しました……!」
「あっいえいえ! 私見た目怖いですからね! っと、体調が悪そうだし、はい」
私は有無を言わさず、クリアエリクサーの蓋を開けると可愛いグラマーチョコメイドさんの口にねじ込んだ。
「ん……!」
「私も今すぐ効果見てみたいから飲んでね」
そうして少量の液体を飲み終わると、メイドさんの顔色が良くなる。もう一本を飲ませると、活力が戻ってきたのか目を見開く。そして自分の両手を見ながら手を開閉し、軽くジャンプする。
「……な、なおって、いる……?」
「ほんとに治ってるっぽいね、効くようでよかった」
それを見たエッダちゃんも、すっかり笑顔だ。
「ホントに治ったんだ……よかったね!」
「ああ……はい! 本当に、ありがとうございます……! でも、私などに使ってしまって……」
「その辺の話も長の人としたいから、入れさせてもらうね」
「はい、ご案内します!」
トランジスタなんちゃらみたいな、かわいい系のダークエルフメイドさんの病気も無事治せたことで、信頼を勝ち取って堂々入場。
長の家は本当に綺麗で、中は普通に暖色系の灯りが綺麗なログハウスだった。広いリビングには大きな紫水晶とガラスを組み合わせたすんげー綺麗なテーブルがあり、私とシルヴィアちゃんは大いに目を輝かせた。
視界に入る食器棚には色とりどりのガラスと、銀食器の数々。壁に掛かっているのは美しい黄金の宝剣。窓から見える庭は、青い薔薇が咲いている。
ソファに座ると、柔らかさを感じる革製のクッション材入りの椅子にずぶずぶずぶ〜っと沈んでいく。やばいなにこれ気持ちいい超ほしい……沈む度に口元がにやける……。
いい家……私の知ってるセレブな人の自宅より、よっぽどいいお部屋だ。
何より、必要最低限でありながら、一つ一つが高級感を持っているあたりが、本物って感じだ。高いもの増やして埋めればいいわけじゃないって人の言った意味、分かる……。
あーほんと……くつろげるわー……。
「……ふふっ……」
「……ん?」
「あっ、えっとすみません……また椅子に座って目を閉じたきゅうけいさんが気持ちよさそうで、きっとソファを気に入ったんだろうなあって」
「んっふっふ、シルヴィアちゃんは私のことよく分かってるねー。まさにそれだよ、ソファが気持ちいいってことに頭の全部がもってかれちゃったよー」
本当に、シルヴィアちゃん、私のことよくわかってる。……なんだか、シルヴィアちゃんが私のことを分かってくれていると思うだけで、心がふわーっとなっちゃう。ドキドキしちゃう。
そうやって口元ニヨニヨして幸せ噛みしめてると、ドアが開いた。
「ようこそ、お客人達。私がこの集落の長、ロベルト・サルヴォです」
中から現れたのは、中年の物腰穏やかそうな男の人だ。ダークエルフで中年ってことは、実年齢は相当上である可能性が高い。
なんか取引先思い出しちゃう。しかも社長以上の年齢の方。それだけ偉い立場なのに、とても丁寧な対応である。
怖い人に礼を尽くすというのももちろんあるけど、礼を尽くしたい人には自然に礼を尽くしてしまう。
この人は、後者だ。私は立ち上がって、礼をした。
「初めまして、ダークエルフの長、ロベルト・サルヴォ様。私は球恵・火神と申します。本日、こちらエッダ・モンティ様より、長の家にご招待いただけたこと、恐悦至極に存じます。わたくし事情を拝聴し、集落の治療のためにと馳せ参じた次第です。至らぬ所はあるかと思いますが、何卒よろしくお願いします」
おそとむけ、って感じの挨拶を終えると、腰を60度ほど曲げて、少し長めに礼をした。顔を上げると……なんだか、相手側が私のことをじっと見ている。そしてエッダちゃんを見て、再び私を見た。
「な、何か粗相を……」
「……きゅうけいさん……」
「シルヴィアちゃん?」
「あのですね? 見た目から想像する挨拶じゃなさすぎて呆気にとられているんだと思うんです」
「ひどっ!?」
これでもそこそこ対応には評判が……って、今はそうだね、青かったね!
そんな私とシルヴィアちゃんの仲のいいコントを見て、長のロベルトさんが「ふふ……」と笑った。
「いや、魔族が来たと聞いた時は驚きましたが、このように丁寧な挨拶をされると驚いてしまいますな……」
「長ー、この人普段はもっとゆるい感じだから騙されちゃダメだよ」
「エッダちゃん!?」
まさかの裏切り者二号!
「はは、そうなのかエッダ。客人……カガミ様、もっと砕けてくれても問題ありませんよ」
「えっと、そうですか……? じゃあ、少し肩の力を抜かせていただきますね」
「ああ。それに……先ほど無理せず休めと言っていたのに働いていたアンジョラが、今は全く悪くなさそうだった。カガミ様が治してくれたのですね」
「はい。薬の効果があるかどうか、実際に見ておきたかったので」
ロベルトさんと話していると、部屋のドアが開いた。そこには、銀髪褐色肌は共通で、男前な若い人と、エッダちゃんの妹っぽい感じの人、あとテオ君がいた。
「あっ、お父さん、お母さん、来たんだね」
……!? いや、可能性としてあったけど、その爽やかな男性と、えっと……その明らかに、エッダちゃんより背が小さい感じの人が、お母さまですか……!?
可能性としては確かにあったけど、これは犯罪的な幼妻……! いや、常識で考えたらダメだ。年齢は30以上でもおかしくはない。おかしくはないけど……すごい。エルフの血すごい。
そうだ、ご挨拶しないとね
「私の薬を飲んだんですよね、エッダちゃんから話を聞きました。カガミって言います、よろしくお願いします」
「あなたがエッダを救ってくれたのですね、ありがとうございます」
全く怖くないダークエルフの男性、お父様にお礼をされる。
「エッダちゃんが、薬を作ってくれた人を捜し出すと言ったときは大丈夫かと思いましたが、まさか半日で見つけて、しかもこんなにすぐ来ていただけるなんて……」
「あ、それに関してはシルヴィアちゃんだね」
シルヴィアちゃんが、私の説明を受けて前に出る。
「シルヴィア・ドラゴネッティです。立場としては竜族の族長の娘なのですが、次女で未熟者ですし、あまり壁を作らず気さくに呼んでいただければと思います」
「シルヴィアさんは、とっても優しい人だよ!」
「ふふっ、ありがと、エッダ」
エッダちゃんの言葉を受けて、シルヴィアちゃんと微笑み合う。んんんっ尊い! キラキラしている! 私が窓の外の青薔薇を百合の花に変えたい衝動に駆られたのは、それはもう仕方のないことだと思う。
「そう……そうですか、娘のエッダと。ありがとうございます、シルヴィア、さん。乗せていただいたのですね」
「そういうことです。案内してもらって、すぐに着きました」
「まあまあ、良かったわね。ありがとうございますシルヴィアさん」
そうして、お互いの挨拶を終えた。
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さて、まずは薬を使うにあたって、どうしても確認しておきたいことがある。
「クリアエリクサーを、四つ使ったのですよね」
「ええ、そうです。私と、モンティ家の三名。エッダだけは元々外に出ていたため無事でした」
なるほど……それで足りてるんだね。
「このクリアエリクサーなのですが、私としては使って差し上げる分にはいいのですが、余分に渡して流通させたら、かなり市場経済を壊してしまう可能性があります。エッダちゃんに聞いたところ、村人は55名ということなので、全員私が直接薬を飲ませたいのです」
「そういうことでしたら。……薬は、本当にいただいてもよいのですか?」
「まあ、見てもらったら早いですよ。【クリエイト:クリアエリクサー】」
私は、ぽんっと一個、クリアエリクサーを出す。
「こんな感じで、いくらでも出せます。売ったら本当に高いと思うので融通は出来ないけど、作るに際して私に疲労はないので。私としても、エッダちゃんと知り合った以上治してあげたいなって思いますし、どうでしょう」
「おお、なんとお優しい方だ……もちろんです! エッダ、全員分案内できるな?」
「うん! 任せて! それじゃあきゅうけいさん、すぐに行きましょう!」
エッダちゃんが立ち上がったので、私も立ち上がる。ロベルトさんに会釈をし、モンティ一家にも軽く挨拶をして、エッダちゃんと集落の外に出る。
ちなみにシルヴィアちゃんは、さすがに何もしないのに他の家にお邪魔するのはと、待機することを選んだ。
集落の外で一人一人に会い、クリアエリクサーで治していく。
ダークエルフのみんなは……本当に、印象が違った。オールバックの人もいたけど、あまり怖い感じはしなかった。ツリ目のお姉さんもいたけど、治ったら柔らかく微笑んでくれて、冷血のご令嬢、微笑む! という感じの美女っぷりだった。
とても大きい人から、エッダちゃん以上に幼い感じの子もいた。でも、全てのダークエルフが、治った暁には私の容姿に驚きつつも、エッダちゃんの丁寧な説明で、最後には微笑んでお礼を言ってくれた。
それにしても……ほんと、悪そうなダークエルフ、一人もいないんですけど。
今のところあの護衛対象の女エルフNPCに全く好感度がないため、これで気持ち的には完全にダークエルフ支持。
ていうか護衛ミッションって、めっちゃ無防備にズンズン進む護衛対象とかに腹立ってきたりするよね? あれが怒ってばかりで褒めもしないからね。ゲーム三大悪女を書くなら、私はあの女を推すね。
この様子なら白エルフの方も大分違う可能性が高いけど。いつかエルフにも会いたい。しかし……白エルフの集落に行くとか、私の容姿じゃ絶対無理だよなあ……。
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飲み終わった後に驚愕に目を見開き私を見るダークエルフさんに、エッダちゃんがいろいろ話をして、そしてダークエルフさんが私の方を見る。
「本当にありがとうございました!」
「いいっていいって、どういたしまして!」
その美人でダイナマイトボディのダークエルフさんの笑顔を見て、家を出る。これでメイドさん含めて50人分ちょうど、クリアエリクサーを使った。
「もう大丈夫だよね? 忘れてないよね」
「はい! ……本当にありがとうございました。私たち、助かったんですね……まだ自分で信じられない……」
「エッダちゃんは、いい子だね」
エッダちゃんは、きょとんと私の方を見た。
「え、あの?」
「村のために、こんなに頑張って、責任感凄いよ」
「と、当然ですぅ! モンティ家は、長を支える戦士の家なので、私も末っ子ながら長女ですから、頑張っているのです……!」
ぐっと両拳を握るエッダちゃん。そうか、この集落でも立場が高い子なんだ、ファミリーネーム持ちということは、それだけ貴族としての責任感? みたいなものがあったんだね。
……でも、どこか私には、無理しているように見えた。
私の所に一人で来るのは、決して楽ではなかったはずだ。
半日の距離をずっと乗馬し続けることの過酷さ、家族大好きでありながら、終わりの見えない村を離れる寂寥感とも戦った。
この小さい体で、それだけのことをやったんだ。
ただ、モンティ家に生まれたというだけで。
……それを当然なんて言われたら、私が納得いかない!
「当然じゃないよ」
「え?」
「私がエッダちゃんぐらいの頃なんて、助けてもらってばかりだったからね。でも、エッダちゃんは助けた。そしてエッダちゃんの力で、みんなを助けきった。満点だ。だから、偉いよ」
「……きゅうけい、さん……」
「自分で自分を褒めてあげないと、自分がかわいそうだよ。だから……頑張ったときは、もっと自分が頑張ったって、言っていいんだよ」
私はエッダちゃんの頭に手を乗せる。小さな体……この体から、レベル140の戦士としての力で、一人で頑張ってきたんだ。そう思いながら、優しく撫でる。
「……あ……ああ……」
エッダちゃんは、我慢していたものが溢れ出すように、涙を流し出した。
……やっぱり、無理、してたんだね……。
「……こわかったぁ……こわかったよぉ……っ!」
「うんうん……」
「わたしっ……みんな、まもれなかったら、わたしのせい、だし、みんな産まれてから一緒で、みんな知り合いで、友達で、ファミリーネームなんてなくても、家族で……!」
……エッダちゃんは、一族のことを、そこまで想っていたんだね。
「ダメだったら、っ……! 私だけ……私だけ病気じゃないから、私だけが、生き延びてしまう……! そんなの、そんなのもう、生きている意味がない……!」
「エッダちゃん……」
「病気の時のお母さんが、一人でも生き残りなさいって言ってたけど……そんなの、できるわけないよぉ……本当は、一人でも死んだら、って、思う、と……つら、すぎて……私も、ってぇ……!」
ああ———本当に、この子は、いい子。
あなたは本当に、優しい子……。
「えらいね……えらい……」
「ぐすっ、ふえぇぇぇ〜〜〜〜ん!」
「私は、自分が治したぞーなんて、思ってないけど……でも、自分がエッダちゃんの役に立てて、嬉しい気持ちだけで染まっちゃってるよ」
「ううっ、ありがどうございまずぅ〜……」
「私の方こそ、ありがとうだね。私みたいな魔族が誰かの役に立てるって、本当に嬉しいんだから」
そうして、エッダちゃんの泣いている顔に胸を貸した。私はその綺麗な髪を、ずっと撫で続けた……。
……ここで、ほんわかに、いい話で終わりたかったんだけどね?
お腹に柔らかい感触が当たってるなーって思っちゃうあたり、私ってしまんないなあって思ってしまうのだった。
-
サファイアの光源に照らされた深い深い森の、シルバーレースに降り注ぐ通り雨も止んで。
———私とエッダちゃんは、ちょっとお互い恥ずかしがりながらも、すっかり晴れた顔で長の家に戻った。
「ただいま戻りました」
「おお……エッダ、大丈夫だったか!?」
「はい。確かに私エッダが一人一人案内し、49名全員にクリアエリクサーを飲んでいただきました」
エッダちゃんの報告に、みんなから喜びの声が上がっていく。メイドさんは膝を突いて泣き出しちゃうし、パパさんとママさんは抱き合うし。
ダークエルフ、みんながみんな、お互いのことを家族だと思っている。……こういうの、いいなあ……。
「お疲れ様、きゅうけいさん」
私のところへ、シルヴィアちゃんがやってきた。
「うんうん、しっかり終わったよ。余裕余裕!」
「余裕なのは世界中できゅうけいさんだけですよ、本当にすごいですね」
んふふ、もっとほめてもいいのだよ! といっても、女神様からの頂き物というか、元々そんなつもりじゃなかった想定外のレベルなので、あまり調子には乗らないようにしないとね。
活躍したいけど、それが誰かの努力を踏み躙るようなものじゃいけないと思うし。「この程度余裕ですけど、こんなこともできないんですか?」なんて、結果として行為が良くても、心が悪人すぎて自分で自分を許せそうにないもんね。
特に、この姿じゃマジで悪人すぎてヤバイ。
……前世でも、成績優秀だった。寝ていても、ある程度そこそこ勉強はできた。一応自分で勉強した時間はあったけど、それでも成績を全部自分の努力の結果だとはとても思えない。
賜った才能を利用しておきながら人の機微に疎いなんて———努力してる人にとっては暴力的な人より嫌なヤツだ。前世で私のこと、善人か悪人かと聞かれたら……善人と答えなかった人も多かったんじゃないかな。
……隣の庵奈とは仲良かったけど、私、ヤな奴、だったかもなあ……反省。
運に感謝、九京に感謝、そして休憩に感謝のベルフェゴールなのでした。まあ運の良さ自体3300京あるからね私。
全く想像できない数値と、全く効果の想像できないパラメーター。
でも、この出会いの運の良さは、数値並のものだと感じてるよ。
「ところで……」
ん? ロベルトさんが何か言いにくそうにしている。何だろう?
「ここまでやっていただいておいてなのですが、私は……大昔に取引で、クリアエリクサーを利用したことがあります」
……。……な……。
「何も、お礼をしないということは……とても、できません」
……金額を……金額を聞くのが怖い……!
でも、お礼を断ることが出来ない空気なのも、わかる……。
「そう、ですね……」
なんとか私は、お礼になりそうなことを考えて、考えて。
そういえば、外にあったものを思い出した。
「もし、お願いを聞いていただけるのでしたら、ロベルトさんの家のハンモックで寝たいです!」
「……ハンモックで? その程度のことで———」
「その程度のことではありませんッ!」
私が急に叫んで、みんながびっくりする。
どう説明しよう。やはりこういう時は……そうだ、まだ私を知ってもらってなかったんだったね。
「えーと、【ハイドレベル:9999】……よし。【ステータス】オープンっ!」
オープンは気分で言いました! その画面を見て、ロベルトさんは驚く。
「べ、ベルフェゴール……!?」
「はい、私は怠惰の大罪ベルフェゴールです。休むのが好きで、最近ベルフェゴールになったのです。中身は本来の大悪魔とは関係ないと思ってください」
「あ、ああもちろん、村を救ってくれたあなたを悪い魔族だとは思いません」
「ありがとうございます。そして私は……大抵のことでは怒らないけど、休憩に使っていたロッキングチェアを壊されると怒ってしまうぐらい、休むことにこだわりがあります。なんといっても怠惰の大罪ですから!」
完全に開き直りだ。……でも、怠惰の大罪じゃなくても私こんな性格だし、やっぱ怠惰の大罪そのものな感じがしてくる。
「……私は、エッダちゃんとの出会いは本当に幸運だったと思っています。だって、ダークエルフって私の中で、もっときつい性格というか、会話も出来ないぐらい攻撃的な人達だと思っていましたから」
「……」
「だけど、エッダちゃんは違いました。とても優しくて、幼い感じで、可愛らしくて。だからダークエルフの集落にも来ようと思ったんです。そして来てみたら……こんなに綺麗な場所なんて!」
私は両手を広げて、喜びを全身で表す。そして、隣のエッダちゃんの綺麗な銀髪を撫でる。エッダちゃんはくすぐったそうに微笑んでいた。
「エッダちゃんと会わなければ、きっと来れなかったでしょう。だから、お礼を言いたいのは私の方なんです。だけどもっと欲を言うのなら……」
そして窓の方に歩いていき、この集落を照らす青の光を浴びながら、訴えた。
「ここでしか体験出来ない、ダークエルフと邂逅しなければ体験出来ない、そんな贅沢な睡眠を……私はダークエルフ以外の種族として貪りたいのです! だから、外でハンモックで寝るのは、私にとって一番の報酬なのです!」
ロベルトさんの方を向いて、両拳をグッと握り込んで前のめりに私が力説すると……ロベルトさんは、
「ふふ、ふふっはははは……! なんと朗らかな大悪魔か……今代のベルフェゴールは、こんなに楽しい方なのか!」
と笑っていた。そしてキリッとした笑顔で、親指を上に、腕を動かして天井を指すようにして言った。
「今日は二階のテラスのハンモックをお使い下さい、入り口と反対側で私の自慢の青薔薇園を一望できる、この家……いえ、この集落で自信を持って言える、一番いい場所です!」
……! な、なんとそんなところが……!
「やった……! ありがとうございます!」
「お礼を言われるほどでもない、正当な報酬ですよ」
「でも私、寝たら全回復ですよ!」
「私だって貸して減るものはないです」
なんだ、ウィンウィンじゃないか。
私とロベルトさんは、お互いに笑い合った。
-
晩ご飯をロベルトさんの広い家で、エッダちゃん家族と一緒に食べた。アメジストテーブルで食べる晩ご飯、なんかもう料理もお洒落な感じで最高だった。
そして、私は楽しみのテラスへの扉を開く。
「———うわあ……!」
目の前には、すんごい綺麗な青薔薇の、ほんとお金取れそうな薔薇園が広がっていた。っていうか、私お金払って薔薇園行ったことあるもん。
しかも、あの、かつて『不可能』を意味していたブルーローズ。それが魔光石に照らされながら、視界一面に広がっている。
私はその光景を見ながら、その場所にあったハンモックの中に体を収める。
ぎゅっ、と私の体を抱きしめるような感触とともに、ゆらゆらりと揺れる。
背中が涼しくて、気持ちがいい。
「……やばい、これホントに報酬として最高すぎる……」
目を閉じる。
少し薄目を開ける。
黒い森に、青い光で淡く光る木々が幻想的。
右を見る。
一面に広がる青薔薇園。
ゆらり、ゆらり。
(……ロベルトさん……素晴らしすぎます……)
ゆらり……ゆらり……
(……エッダちゃん……)
ゆらり……ゆらり……
(……私に出会ってくれて……ありがとね……)
……ゆらり……ゆらり……
…………———。