きゅうけいさんは二人の魔王を知る
ルフィナさんの話から察するに、間違いなくエッダちゃんの時と同じ状況だ。
人間の街から少し離れた森にいる、人類の味方をしている種族。
そして魔族狩りと、ベルゼブブの眷属である魔族の登場。
そして……体調不良者の登場が決定打になった。
————暴食の吐息。
忘れもしない、情報を聞くだけで恐ろしいベルゼブブの大罪魔法。
暴食の名が食らうは、なんと最大HP。
なのに身体の感覚は現在HPとして感じる。
HP1000の戦士が暴食の吐息を食らって時間経過し、HP50になれば当然瀕死の状態が続くことになる。
体調は瀕死なのに、ポーションを飲んでも回復しない。地獄だ。
ゲームだとボスバトルでの短期決戦だから、きっとそこまでひどくはないのだろう。
しかしこれが数日という単位で続くこの世界なら、その影響はあまりにも重すぎる。
「エッダちゃん。以前に私が行ったときはどれぐらいの時間だったの?」
「えっと……私はその呪い攻撃、使われた瞬間に村を離れていたから無事だったんですけどぉ……それでも、一週間前後、だったはずです……」
「一週間。報告は三日ということは」
「はいっ、多少余裕はあると思います。ですけど、あと数日遅れると、まずいかもしれませんっ……!」
なるほど、あの集落の症状が一週間前後か。
「猶予はあるけど、なるべく早く行かなくちゃ、ってことだね」
皆、頷く。
ルフィナさんは再び頭を下げた。
「重ね重ね申し訳ありません、コネクト途中で皆様が向かうと勝手に決定したような形になってしまって……」
「いーのいーの! とっても偉いグランドギルドマスターさんであるルフィナさんからのわがままって、結果的に私もやりたいって思うお願いなんだから、どんどん頼ってね! 頼ってくれないと寝てるだけだから!」
「きゅうけいさん……うん、ありがとね!」
ルフィナさん、軽くふわっとハグして離れた。その顔は晴れやかで、もう申し訳なさそうな顔はしていなかった。
うんうん、それでおっけーです!
「シルヴィアちゃん、道中よろしくね」
「はい、場所は分かりますから任せてください。それじゃルフィナ、お姉様に私たちで対処する旨を連絡しておいて。きゅうけいさんとエッダと、三人で向かうわ」
「了解しました」
ルフィナさんが丁寧にお辞儀をして、部屋を出て行った。
よーし、久々の本格的なお仕事、頑張りますかね!
-
私たち三人は、再びシルヴィアちゃんのドラゴンフォームで移動するため、最初に降り立ったドラゴネッティの家にある広場までやってきた。
そこで私たちは、とんでもないものを見てしまった。
「あれは……マモンさんと、ベルさん?」
二人は、じっと立ってお互いを見ている。
なんだろう、何かとんでもないことが起こりそうな予感がする。
「……声かける前に、ちょっと二人を見ていこうか」
二人が頷いたところで、再び道場へ視線を戻す。
マモンさんは、つま先で跳ねるように軽く飛び上がり、ウォーミングアップみたいに肩を回す。
「ルシファー襲撃の際は……油断しましたネ。まったく、ワタクシもそれなりにできるつもりなんですが、同格相手にはどうしても無理がたたりますねェ」
「マモンちゃんは、よくやってくれたわ。パオラちゃんもあんなに立派になって、お姉ちゃん嬉しい」
「彼女は本物の不死身ですから、油断してると眷属ではないベルも足元を掬われますヨ?」
「まあ、それは楽しみね〜」
ふふふと本当に嬉しそうに笑うベルさん。
自分の筆頭眷属に追い抜かれることを、あそこまで心から喜べるってすごいなあって思う。
「マモンちゃんは、どれぐらい立派になったかしらね? 遠目には何やってるか分からなかったのよ〜」
「……それを確かめに来たのでしょう?」
「うふふっ」
意味あり気に笑うと……ベルさんは、手元にショートソードを……あれ?
あのショートソード、どこかで。
いやいや、どこかじゃないよ。私の持っているものと同じだ。
続いてベルさんの身体に、私と同じ鎧が現れる。
「ちょっとわくわくしてるわ」
「それは重畳」
マモンさんは……うわ、全身真っ黒いマントつきスーツ姿になった! ってことは、マモンさんの戦闘衣装それですかっ!? あっ黒い帽子を被った!
えっ待ってスタイリッシュ! 初めて会ったときのナリキンマン貴族衣装とは全然違う!
全然違って……こっちの方が断然かっこいい!
「テルマエの前に、軽く運動でもしましょネ」
「まあっ、お風呂に入れるなんて嬉しいわぁ!」
朗らかに笑いながら……ベルさんは肩の前に手を持ってきて、人差し指と中指で矢を掴んだ瞬間に後ろへ放り投げる。
マモンさんは弓を構えていた。……弓? マモンさん弓使いなの?
ていうかベルさんさっき摘まんで防いだの? なんか見た目や喋りの割りに機敏すぎない?
そう思った瞬間に……マモンさんの姿が薄くなり、ぶれる。
ベルさんがショートソードを背中に背負うように構えて……直後、カキィン! という派手な音が鳴る!
マモンさんのハルバードを背中で受けてる! ベルさん見てもいない!
「……相も変わらず眠そうで、こちらに関心もなさそうなのに、絶対に攻撃は受けますネ……」
「じっとしてる分、周りには敏感になっちゃうのよ〜」
再びマモンさんが消えた瞬間……空中にアイテムボックスの魔法が一斉に現れる。
————これ、武器とかばんばん撃つスタイルのやつだ!
私が身を乗り出してその姿を見る。
マモンさん、本人はハイスペックなアサシンスタイルながら、そこら中からびゅんびゅんナイフかと槍とか飛ばしまくる!
そしてその攻撃を、ベルさんは急所に来た部分だけ避けるか剣で受けるかしてる! ほとんど動いてないのに、一度も髪にすら触れてない!
マモンさんは次に、ベルさんに近づいて右手の剣をカチ合わせた! と思った次の瞬間には、もう左手にメイスを持っている。そのメイスを、ベルさんは先制して素手パリイ。
今度はベルさんが反撃に剣をたたき込もうとするも、その剣はマモンさんがアイテムボックスから出したであろう巨大タワーシールドに防がれた。
盾は弾き飛ばされるがまま床を破壊――というタイミングで、再び消える。マモンさんが回収したのだろう。
っていうか、この広場全部マモンさんのアイテムボックスの射程範囲なんですね、さすが物欲の魔王様、この魔法の使い方絶対世界一上手い……。
マモンさんは離れた瞬間に弓矢を引き絞り、ベルさんはマモンさんを追って前方へとダッシュ。その時にはマモンさんの左手は既にナイフ、右手には剣。ベルさんが右手を突き出そうとしたところで……ベルさんの手首に鎖に繋がれていた。
これは、マモンさんのアイテムボックスの一つだろう。
ベルさんは負けを感じ取ってか、剣を手から離して笑った。
「ん〜……やっぱり魔法ナシだと、これぐらいが限界かぁ……。マモンちゃん、強くなったね」
「我々が魔法を使うと、道場ごと壊して怒られそうですからネ。しかし……得意の火炎魔法を禁止してここまでギリギリとは……」
……。
私は、今、猛烈に感動しております。
うわーっ!
ゲームに実装してない魔王の攻防見ちゃったーっ!
マモンさん、本人自体が『怪盗マモン三世!』ってぐらいカッコイイ! 見た目はどちらかというと銃撃ってる方ね!
ていうか最強の暗殺者が実は英雄王みたいな戦闘スタイルでびっくりした。
成金貴族ってイメージだったので、戦いとか不得意なのかと思ってた。
とんでもない、めちゃんこ強いぞこの人。私ほんとレベル9京な上に相手が錯乱していて良かった……レベル9kで初見だと相手できそうにない。
ていうかプレイヤーの勇者が勝てるのこれ? 全く攻撃回避できる気がしないんだけど。
しかしベルさん全部回避してたね。
ベルさんは、無敵要塞。その場からほとんど動かないのに、受けと回避とパリイがめちゃんこ得意な重剣士。
そうか、私の装備ってあんなスタイルの攻防をするためのものなんだ。
そりゃごつい鎧だわ、納得。
こっちもプレイヤーの勇者が勝てるのこれ? 全くダメージ与えられる気がしないんだけど。
「——それに」
あ、マモンさんがこちらを向いた。
「え、えへへ……おふたりともすごいかっこよかったです、ちょーつよい」
「おやおや、一番強い人が何か言ってますよォ?」
「タマエちゃんったら遠慮しぃね? 一緒に模擬戦する?」
「いやあ、さすがに遠慮しておきます。ちょっと用事があるので」
私は後ろを向いて、まだ呆然としているシルヴィアちゃんとエッダちゃんを呼び寄せる。
いやー、出発前にいいもの見させてもらいました。眼福眼福。
この二人がいるのなら、村の守りはますます安全だね! 私も心置きなく外に出かけられるよ!
よーし、二人に負けないようにがんばるぞーっ!