きゅうけいさんは放っておけない
銀髪。浅黒い肌と、長い耳。
この見た目は……間違いない。
(ダークエルフだ)
いや、ダークエルフではあるんだけど。
そうじゃなくて、いやあの……えっ?
……どちらさま……?
じっくり見てみる。……ダークエルフといえば、基本的にゲーム中は敵だ。ダークエルフの森でのエルダートレント討伐任務、そこで味方に強制NPCとして、人間にもきっついタカビー美女エルフがいた。その一部で妙な人気のあるエルフは、当然ダークエルフなんて罵詈雑言浴びせてと仲良くなることはなかった。
というか、基本的にゲームでは敵として現れて、それこそ山賊と同じように一方的に攻撃してくる奴らに反撃しておしまいだった。
そして、魔物扱いだったダークエルフは、敵って感じの見た目だった。
オールバック銀髪で背の高い、すげー怖い顔の男剣士。
オールバック銀髪で背の高いグラマーな、顔のメッチャきつい女弓術士。
中分け銀髪で背の高いグラマーな、顔のメッチャきつい女魔道士。
以上。全員会話は不可能。
「……すぅ……」
全く、かすりもしない見た目。
これを一言で言うと……ロリとまではいかないけど……銀髪褐色ロリ巨乳、と表現するしかない可愛らしい容姿だった。
……まずは、ゆっくり起き上がる。そして、音を立てずに歩き……シルヴィアちゃんを起こす。
チョイチョイ。
「……ん……んん……?」
天使の寝顔が、片目を少し開けて、私を見る。ちょっと、ぽーっとしている。……少し、ほんの少しだけ。寝ている内にぷにぷに触りまくりたかったな、とか思ってしまう。
私は、唇に人差し指を当てて、シルヴィアちゃんの左目部分を手のひらで包むようにする。これで、見れないはず。
「……静かに……」
「……」
アイコンタクト。少しずつ目を開け、無言で頷く。
「私も、起きたばかり。……声を、上げないでね」
「……」
再び、頷く。……左手を、離す。
シルヴィアちゃんの顔が右へ向く。両目がダークエルフちゃんを捉え、大きく見開く。目を見開きながら、両手を口に添えて、こちらに目線を送りコクコク頷き合う。……うん、グッドな対応だよ。
シルヴィアちゃんが、ゆっくり起き上がる。そしてそろりそろりと、私と一緒にダークエルフちゃんのところに行く。
近くで見ると……本当に綺麗で、可愛らしい。全く知らないタイプのダークエルフだ。少なくともゲームには絶対実装されてない。
つつきたい。
ほっぺの前に。
その理不尽なぷるんぷるんをッ……!
だけど、さすがにシルヴィアちゃんの手前、できない。ここで残念お姉さんになりたくない。いや、怠惰の魔族の時点で残念じゃない部分なんてかけらもないけど。でも、ベルフェゴールの色欲要素は、なかったことにしてほしい。
さすがに、そういうことしたい的なアレはないです。中身はごくごく普通の日本人女子ですので!
女子? 女子なの! 女の子は多分29歳ぐらいまで女子!
……30歳超えたら39歳まで女子とか言いそうだって?
言うよ、当然でしょ!
あ、なんだかシルヴィアちゃんが不安そうにじっと見てる。そ、そうだね、脳内漫才はシルヴィアちゃんにとって突然私が考え込んでるも同然だもんね。じっくり眺めてないでまずは起こしてコンタクトとらないとね!
私は、その子の肩に手を乗せて軽く揺する。椅子がどうしても、一緒に揺れてしまう。
目が少しずつ開く。……緊張の瞬間だ。
少しずつ開いた目が、ゆっくり開き……やがて白目の縁取りがされるほどに大きく見開かれる。そして、シルヴィアちゃんの方を向き、再び私を向いた。……あ、やっぱツリ目でさえない。本当に柔らかい顔つきだ。垂れ目ダークエルフ、かわいい。
とりあえず、用事とか目的とかより、私の興味はこの子自身に向いた。
「まず最初に伝えたいのは……私は特に怒ってないから、あなたのことを聞かせてもらえるかな?」
「……あ……あ……」
「ほんとだよ? ステータスとか、いいかな?」
……うーん……まだ緊張しているなあ。
「あの、きゅうけ……カガミさん、対応が優しすぎるのでは……多少無理矢理にでも聞かないと、わからないかと思います」
「そ、そういうことはしたくないよ」
「……まあ、あたしも最初の出会いを考えると、人のこと言えないですからね。わかりました、ちょっと任せて下さいね。……【ステータス】ッ!」
シルヴィアちゃん、なんとダークエルフちゃんに向かってステータスを出した。当然そこに現れるのは、この近辺に存在しない種族の、デタラメ超スペックの存在。
ダークエルフちゃん、その画面に「ひっ……」と、恐怖に震える。
「あたしも、こちらの魔族のカガミさんも、あなたに対して危害を加えるつもりは今のところないわ。でも……逃げられるとは思わないでよね。……返事は?」
「っ! ……わ、わかり、ました……」
「あまり待たされるのは好きじゃないの。あたしは出したんだから、あなたも出しなさい。そも不法侵入者に拒否権はないわ、本来なら街の警邏に突き出しているところなのよ?」
わ、わあお。シルヴィアちゃん、素の喋りを初めて聞いた。
か、かっこいい……! レベル四千の古竜としての貫禄があって、その容姿と相俟ってベテランのような貫禄がある。
このシルヴィアちゃんもステキっ! もう好き!
「はっ、はい……。【ステータス】……」
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EDDA MONTI
Dark Elf
LV:140
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……ここ最近ね、出会う数字がインフレしていて感覚がおかしくなっているということをちゃんと考えないといけないね。
はあっ!? つっよ!? 一周目のラスボスより強いの、このおどおどびくびく小動物ダークエルフ!?
どんな子供かと思いきや、ゲームのモブ敵より遥かに上のエリートダークエルフだ。そりゃ単独行動しても余裕だろう。
「エッダ・モンティ……でいいのよね?」
「はい……」
「エッダちゃんは強いね。ダークエルフの中でも、こんなにレベルが高い子は見たことないよ、驚いちゃった」
「———」
エッダちゃん、ぴたっと止まって、私を見ている。
「おーい、エッダちゃーん?」
「———ふぁっ、えっと、はいぃっ」
な、なんだか反応が、いけないことをしている気になってくる……! かわいい、犯罪的にかわいすぎる……!
「かーわーいーいーっ!」
「ひゃあっ!?」
私は叫んで、シルヴィアちゃんに同意を求めた。
「シルヴィアちゃん! この子反応すっごくかわいい!」
「ええと、おめでとうございます?」
反応に困る、という感じの顔をするシルヴィアちゃん。まあ、そりゃそうだよね。でも何か言いたそうな……もしかして、妬いてくれたり?
「もちろん世界一のきらきら天使ちゃんなのはシルヴィアちゃんだけどね!」
「……! あの、ありがとうございます……!」
体からじわじわと染み出てきたような、照れた笑顔!
かーわーいーいー!
「というか、さっきのキリっとした喋りが素なんだよね」
シルヴィアちゃんにそのことを言うと、びくっと震えた。
「あ、あれは、その……」
「私にもあれ、やってくれない?」
「ええ!? む、無理ですっ!」
「えーっ!? ね、ね、一回でいいから! お試しで!」
「本当に、その、勘弁して下さい……」
むう、拒否されてしまった。もうちょっと粘りたかったけど……今はエッダちゃんを優先しよう。ああ、置いてけぼり喰らってるって顔してる。
「エッダちゃんは……その、まず確認したいんだけど……私の姿を見て、別に討伐とかするつもりもなく、無警戒に隣に座ったんだよね」
「……は、はいぃ、そのとおりですぅ……」
「うんうん、それだけでも嬉しいよ。私は最初に人間に出会って助けたんだけど、それでも思いっきり怖がられてしまったからね」
私の言葉を聞いて、くりんとした目で首を傾げるエッダちゃん。ああもうおにんぎょうさんみたいぃ!
「人間を、助けたのですか?」
「あっ、エッダちゃんみたいなダークエルフ的にはもやっとする行動だったかな、なんだか考えなしに喋ってごめんね」
「い、いえっ!? あの、やっぱり優しい方なんだなあって……」
……? 今……
「今、『やっぱり』って言った?」
「はうっ!? はわ、あの、その、はいぃ……」
やっぱり……って、まるで、私の性格を知っているか、もしくは予想して言っている……?
「ど、どうして? 私こんなだよ、見た目完全に悪い奴って感じで、思いっきり大悪魔なのに、優しいだなんて……」
「そ、そんなことないです! あなたは……あなたは救世主です!」
———救世主?
「えっと、ごめんね、全く事情が分からないから説明してくれると……」
「あ、あうぅ〜そうでしたぁ〜……」
「その前に———」
私は、彼女の座っているロッキングチェアを、くいくい指で後ろに動かした。エッダちゃんが「はわわ」と慌てて椅子にしがみつく。
「———このまま喋る? それともテーブルのところまで行く」
「……て、テーブルのところで喋らせてくれるとと思いますですぅ……」
エッダちゃんは俯いて、ロッキングチェアに翻弄されながら、恥ずかしそうに小さな声で呟いた。
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お昼を食べた四角いテーブルに、新たに椅子を一個置いて、私とシルヴィアちゃんが並んだ。テーブルを挟んで、エッダちゃんだ。
「えと、お話の前になんですけど」
「うん」
「あの、あなたのお名前か、ステータスを教えていただけると……」
あ、そういえば出しそびれていた。
「ごめんね、気が効かなくて。【ステータス】」
「ちょっ、きゅうけいさん!?」
シルヴィアちゃんが止めに入るも、私はステータスを出した。そして当然、エッダちゃんはびっくりして固まって、シルヴィアちゃんは頭を押さえていた。
「べ、べ……ベルフェゴール!? ベルフェゴール様ご本人なのですか!?」
「やっぱりそこ見ちゃう? 正直そんなに大した部分じゃないというか、私を構成する上でオマケみたいなものだし、あんまり重要視しないでもらえると」
「いや誰が見ても一番重要ですし大した部分ですよ、きゅうけいさん……」
シルヴィアちゃんのツッコミが入る。……そりゃ、そうだよね……降って湧いたようにベルフェゴールになっちゃってるけど、私だってヒューマンでプレイして山奥にベルフェゴールが出てきたら、まずは名前もレベルも見ずにベルフェゴールって部分見るよ。
ふと、エッダちゃんを見ると、私とシルヴィアちゃんの方を何度も何度も視線を往復させ、銀髪をゆらゆら揺らして首を傾げまくっていた。
「……? エッダちゃん?」
「あの、えっと……タマエ・カガミ様という名前なんですよね」
「うん!」
「……きゅうけいさんって、何ですか?」
あ。
私は、ばっとシルヴィアちゃんを見る。シルヴィアちゃん、ものすっごい申し訳なさそうな顔をして、肩を小さく竦めて「ご、ごめんなさい……」と呟いた。
……いやいやいや! やめて! シルヴィアちゃんのその顔は罪悪感がやっばいことになるからやめて!
「気にしなくていいよ! どっちみち言うことになると思ってたから、ね!」
「は、はい……」
そして、私はきゅうけいさんの名前の説明をする。最初はきょとんと聞いていたけど……やっぱりエッダちゃんも笑い出した。
きゅうけいさんパワーすごい。このあだ名、漢字が使えない世界でも距離縮めるのにすっごい便利。まあ……確かに自分で言っててあまりに間抜けな名付けられっぷりだけど!
「ということは、シルヴィア様も、きゅうけいさんと普段は呼んでいるのですか?」
「ええ、そうよ。最初は私も緊張していたんだから。でも……話せば話すほど、話しやすくて、それに優しくてね。……あと」
シルヴィアちゃんは、エッダちゃんの方を見て、言いにくそうに……でもはっきり、告げた。
「最初にあんなに威圧してステータスを見せてしまって、今更だけど……古竜と言ってもあたしもそんなに偉いわけじゃないし、末っ子だし……丁寧語を辞めろとまでは行かないけど、シルヴィア様、って呼び名はちょっと居心地が悪いわ」
「あっ……えっと、じゃあ、シルヴィアさん、でどうでしょうか」
「……うん、我が侭聞いてくれてアリガトね、エッダ」
おお、シルヴィアちゃんとエッダちゃんの仲が縮まった! お互いが少し恥ずかしそうに名前を呼んではにかんでいる! よかったよかった、眼福眼福。
「……えっと、あと、そのぉ……」
「ん?」
「私も、きゅうけいさんって、呼んでもいいでしょうか……?」
……それは、もちろん……
「いいよー、仲良くしよう!」
「あ、ありがとうございますぅっ!」
「どうしたしまして!」
よかったー……まとまった感じがする。みんな仲良し、これでいいね! 犠牲になったのは私の本名だけなのだ!
……ごめんねーお父さんお母さん。たまえの漢字を「球」にしてしまった自分たちを恨んでねー。ちなみに私は、恨んでないどころか、こんなに自分のあだ名に助けられちゃって、感謝しているからね。
お互いの自己紹介が終わって仲良くなったところで、さっきの話を聞こう。
「で、私が救世主って話だよね」
「あっ、はい! えっと、その……ベルフェゴールのきゅうけいさんが、きっと、その……エリクサーを置いていただいたんじゃないかって。同じ顔が描いてありましたから、それで優しい方なんだろうって」
……あっ! そ、そうか忘れてた! 結局ミーナちゃんの弟は元気いっぱいだったんだ、つまりそれは離れていてもエリクサーが維持されたということだ。
じゃあ……エリクサーがなくなったのは、当然……
「そうか、私が寝ている内に、エッダちゃんが拾ったんだね。それで知らないうちになくなってたんだ」
「……! あ、あわ……え、まさか……す、すみません申し訳ございません、誰かのために置いていたわけではなかったのですか……貴重品を使わせてもらって、まさか使われたことを知らないなんて、あわ、あわわ……私、一体、どうやって償えばぁ……」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
な、なんだか話がとんでもないところに行きそうなので戻す。
「今はそっちはいいの、エリクサーで救世主ってことは、エッダちゃんが助かったってことだよね?」
「えっ、でも……はいぃ。助かったのは、いえ、私ではないです。族長と、私の父と、母と、兄が救われました」
「それで救世主と」
「はい……族長だけでも救えればと思ったら、私の家族も救われて、本当に嬉しいやら、でも私の家族だけで申し訳ないやらで……」
ってことは、クリアエリクサーを何か感染症に使ったってことなのかな。
……ん?
「今、私の家族だけって言った?」
「はい……」
「あのクリアエリクサー以外では治らない病気だったの?」
「クリアエリクサー、というのですね……。はい、ユグドラシルの薬をなんとか手に入れたのに、治りませんでしたぁ……」
その時の絶望感を思い出してしまったのか、エッダちゃんは、涙目になって俯いてしまう。
……お、おあああ! エッダちゃん泣かないで! なんか、ものすっごい悪事を働いたような背徳感がする! シルヴィアちゃんといい君たちかわいすぎるの! 私の心臓もたないっ!
「その病気、ユグドラシルの葉を調薬したもので治らないなら相当だね……。よし、私が行って治してくるよ」
「……え?」
「クリアエリクサーがあればいいんでしょ?」
「そ、そうですが……まさか他にも持ってらっしゃるのですか!」
持っているし、いくらでもある。
エッダちゃんの一族、ダークエルフ。
放っておいたら、そのまま一族全滅。
この子が、一族が死に絶える姿に、耐えられるとは思えない。
ゲームでは全く知らないタイプの、ダークエルフ。
きっとその先も、知らないタイプのダークエルフに会えるだろう。
じゃあ見たい、助けに行きたい。
それに……こんな可愛くて、一族のために頑張ってる子なんだ。
もう、私たちは知り合ったんだ———
———放っておけるわけ、ないよね!
「ここから、ダークエルフの街へは?」
「えっ……その、集落へは、馬でも半日ほどかかります。私もなんとか手に入れて走って、そして馬で途中まで戻ってくるのがやっとで……」
私は、シルヴィアちゃんを見る。以心伝心、シルヴィアちゃんは私の目を見て無言で頷いてくれた。
「外に出るよ」
「は、はいっ……!」
外に出たら、ぐっすり寝た分夕日が傾いているかなーと思ったけど、まだまだお昼と晩の間といったところだった。
これなら十分、日が落ちきる前に着くんじゃないかな。
「……【レベルリリース】」
私は、レベルを戻す。
エッダちゃんが、私のほうをじっと見ている。
「【クリエイト:クリアエリクサー】」
出来上がったのは、ベルフェゴール印のクリアエリクサー。
「こ、これは……! クリアエリクサーって、クリエイトできるものなのですか!?」
「レベル9999で、せいぜい5本ぐらいかな」
「……あ、あの……それじゃあ、全員分は……」
「ちなみに集落って何人?」
「……55人、です……」
消え入りそうな声で、今にも泣きそうな声で、俯く。
「泣いてる場合じゃないよ」
「でも、きゅうけいさぁん……グスッ……」
「【クリエイト:クリアエリクサー】、【クリエイト:クリアエリクサー】」
私は、更に二つを出して、アイテムボックスに仕舞う。
「【クリエイト:クリアエリクサー】【クリエイト:クリアエリクサー】」
「……! ま、待って下さい、魔力切れを起こして、このままではきゅうけいさんが倒れてしまいます!」
「【クリエイト:クリアエリクサー】【クリエイト:クリアエリクサー】【クリエイト:クリアエリクサー】」
「……え?」
私は、出来上がったエリクサーを見せると、またアイテムボックスに仕舞う。
「え、どうし、て」
「さっきのレベルリリースってね、下げたレベルを戻す魔法なんだよ」
エッダちゃん、少し考えるような顔をして……やがて驚愕に目を見開く。でも、話すのは後だ。
「シルヴィアちゃん!」
「わかってますよ、きゅうけいさん! ……【ドラゴンフォーム】!」
そこに現れるは、最強の竜。
『グガアアアァァァァァァァ!!』
大きな体は、人間一体何人乗れるか、というほどの広さだ。
「あわ、あわわわわわ……」
「———エッダちゃん、乗って!」
「え、は、はい!?」
「ダークエルフの集落まで、シルヴィアちゃんを案内して! 私も一緒に行く!」
エッダちゃんは、はっとすると、顔を引き締めた。
「大丈夫、私もシルヴィアちゃんも最強だからね……」
そして、エッダちゃんを安心させるよう、ニッと笑って言った。
「ダークエルフ、全員救いに行こう!」