きゅうけいさんは転生した
めっちゃゆるいのをゆるく書いていこうと思います、よろしくお願いします!
生きていたら、うまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。
うまくいくって、具体的にどういう状態を指すのかな。
思い通りになった状態?
結果が芳しかった状態?
その両方とも違う状態?
その日、私は、きっと―――――
「きゅうけいさーん、ほんっと珍しくよく起きているねー」
隣りに座る同僚の声に、作業を一旦中断する。
「普段は眠いんだけどね、なんだか今日も元気があって」
「あたしも助かるよー。貫徹はお肌が荒れちゃうけど、どうしてもねー」
そう言って気さくに笑いつつも元気のない様子の彼女も、貫徹だ。私は……珍しく、なんと二徹もしている。
火神球恵。
通称、『きゅうけいさん』。
それが私の呼び名だ。
とんでもなくかっこいい名字から続く、とっても普通の名前。でも嫌いじゃないよ。そして、珠ではなく球という漢字を使った名前からの、昔からのあだ名。
球恵を音読みにして、きゅうけい。
私はそれはもう、昔からよく寝る子だった。
親も、幼い頃からピクニック、キャンプ、サファリパーク……どこに連れ出しても寝ていたと言っていた。
何かにつけて授業中は寝ていたし、体育は休んでいたし、家に帰っても勉強はしなかったし、休日も寝ていた。
そして、当然のようにみんな、私を「きゅうけいさん」と呼んだ。
これはきっと言霊だ言霊。みんながきゅうけいさんって呼ぶから、私はいつも休憩する人間になったんだ。なんて責任転嫁してみる。
それでも地の頭が良いのか成績は良かったから、公立高校に入って、大学に入って、そしてなんとなくノリでベンチャーなところに就職した。
ここは新進気鋭の企業で、就業時間も給料も少ない、のんびり会社だ。
私はここでもさくっと仕事を終え、何かにつけてコーヒーブレイクして、コーヒー飲んでもグースカ寝て、今の「きゅうけいさん」の名前を手に入れた。
小学校からあだ名が皆勤賞ってどういうことなの?
主に私のせいですね、はい。
今回は、ゲームのバグフィックスだ。何を隠そう私も遊んでいるゲームだったので、手伝い要員として社内に仕事が回ってきた時はちょっと気合が入った。
珍しくブラック企業モードになっていて、周りも気合が入っている。
「もう一昨日から言ってるけどさー。きゅうけいさん、そろそろ休憩したら?」
「そうだね、なんだか眠くないんだけど、目を閉じたら眠れるかも」
「こーゆーの、ランナーズハイ? ワーカーズ? つってさー、元気元気ってやってた人に限ってさくっとかろーししちゃうんだよー」
「そういう話聞くよね。うん、そうだね……じゃあ軽く仮眠するよ」
私は同僚の言葉に甘えて、一日4本目の小さな栄養ドリンクの空き瓶を視界の隅に収めて、椅子に深く腰掛けて……一瞬で意識を失った。
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目を覚ますと、オフィス内には誰もいなかった。
「……ちょっと、バグでプチ炎上中だってのに、みんな帰っちゃったわけ?」
私は誰もいないオフィスでため息一つ、作業中の画面を見た。
『レベルを入力して下さい』
……? なにこれ。
レベルが自分で入力できるらしい。
表示されている空白は、二つ。
「これ……このゲームの画面だよね。え? 何これどういうモード? 二周目……ではないよね。ていうかレベルを任意入力できたらゲームになんないでしょ」
二つってことは、二桁よね。……普通は二桁あれば、99って入力するところなんだけど。
でも、私は知っている。
このゲーム、ラスボスを倒す時に必要なレベルが50で、そいつを倒してエンディングを見ると二周目が始まるのだ。
二周目が始まるとどうなるかって? そりゃあ、裏ステージが始まって裏ボス攻略までの道のりが始まるわけよ。私はもちろん、その最終面まで行ったことがある。
必要レベルは?
―――9999。
HPじゃないよ。
LV9999。
あの世界を知っていると、二桁で最強とは思わない。
99って入力しても、絶対足りない。
さて……どうしたもんかなー。
私はマウスで操作できる画面上のテンキーにポインタを乗せて、手元のキーボードを触って……この記入欄に、英文字が入力できることに気がつく。
このゲーム、コンシューマ機で操作することを想定しているけど、PCゲームでも販売してるから、これはPC側じゃないとできないことだ。
「英文字がいけるのなら……”アレ”ができるのでは?」
私は、その入力欄に
”9k”
と入れた。
(9k……これは、9キロ……つまり、9000という意味)
時々使われる言い回しだ。
もしもエラーでレベル1でも構わない。だってどのみち、99なんて裏ボス中盤のレベル500のブルーサラマンダーや、レベル2000のエンシェントドラゴンに比べたら1と99なんて誤差みたいなもんだ。
いや、1と99自体は誤差じゃないけど。
9mって書き込んだら9メガになるかな……って思ったけど、9ミリだったら困るのでやめた。
「よくわかんないけど、何が起こるか興味あるし、怖いもの見たさでやってみますかね」
でも、これはもうダメ元だ。失敗したらそれまで。
ってわけで、私は自信満々、その9kの文字を再度確認し……Enterキーを入力した。
瞬間。
私は座っている椅子ごと、落っこちた。
いや、落っこちたんじゃない。
なくなってる。
なんかもう、座った所っつーか、全部なくなってる。
すっごい勢いで、落ちてる。
夢だこれ、とか思った瞬間、机の近くの空き瓶が頭にぶつかって激痛が走る。
……いやいや、めっちゃ痛いんですけど、どう考えても夢じゃないよね!?
「あ、あれ、これもしかして、裏ゲームの夢とかそういうんじゃなくて」
ゲーム系の異世界転生のほうなのでは。
と言葉を発したつもりが、消えていた。
人生とは、やり直しがきかないものだ。
あの時ああしておけば。
でも、もしもの世界はないのだ。
これがいい判断だったのか、悪い判断だったのか。そんなものなんて、最後の最後の結果論を見るまで、お預けだ。
せめて結果しか知れないのなら、「最良だった」と信じるぐらい。
ぼんやりとする意識の中で、どうして異世界転移することになったのか考え、そして一つの結論に思い当たった。
「ごめん、庵奈……忠告聞いとけばよかった。……私、かろーし、だね」
隣の同僚の目に隈ができた顔を最後に思い浮かべながら、意識を失った。
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気がついたら、私は森の中にいた。
「……どこだここ」
なんだかあまりに現実感がなくて、自分で慌ててない自分の事、あー私だなー、なんて他人事のように思っている。マイペースにもほどがあると思います。
パニックに陥らない性格でよかった、と思っておこう。
なってしまったものはしゃーない。前向きに考えよう。
とりあえず、現状把握。
Q.転生した?
A.間違いなく。
まず、転生前のことを思い出す。
「そうだ、レベル!」
真っ先に思い出したのは、あの無茶苦茶な記入だ。
のんびり屋の自分にしては無難さのかけらもない、思い切り過ぎた入力。
(だってこんなリアルに転生するなんて思わないじゃん、あーもー99にしとけばよかったかなーしまったなー……)
私はそう思いながら、レベルの確認手段がないことに気づく。
「チュートリアルとかヘルプとかないの? まったく、ユーザビリティテストが足らないわ。……えーっと……じゃあ、【ステータス】!」
そう叫ぶと、本当に画面が出てきた。
「うおっ、出ちゃった。……どれどれ?」
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TAMAE KAGAMI
Belphegor
LV:90Quad
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「えっ……な、なんなのこれは……」
おかしい。想像していたステータス画面と違う。
まず、ベルフェゴールってなんだ。なんだって、間違いなく……
「怠惰の……大罪のこと?」
七つの大罪。このゲームにも二人実装していた、知っている人にとっては有名な、宗教における七つの悪いこと、という内容のものだ。
その七つの大罪、対応する大悪魔が割り当てられているため、創作物ではテーマに沿ってキャラクターとして、よく見るようになっていた。このゲームでも、裏ゲーム終了後に追加購入できるDLC『七つの大罪Ⅰ:サタン』『七つの大罪Ⅱ:レヴィアタン』という追加ボスが実装されている。
傲慢のルシファー
憤怒のサタン
嫉妬のレヴィアタン
強欲のマモン
暴食のベルゼブブ
色欲のアスモデウス
……そして、怠惰のベルフェゴール。
「この欄ってジョブとか種族のはずだけど、たぶん称号かな……自動で私の性格に合わせてつけちゃったのかも」
って誰が怠惰の大罪だよやかましいわ!
そんなことより、なんだか私の表記、CPUのコア数みたいになってる。どう考えても、これは……えっと、これ、レベルを表示してるんだよね?
しかし、99でも、9000でもなくて、90……?
90Quadって、なんでこんなよくわからない単位が……。
……単位、だよね。
わからない……続きを見てみよう。
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HP:550Quad
MP:560Quad
STR:432Quad
VIT:1.073Quint
DEX:160Quad
INT:1.176Quint
AGL:670T
LUK:33Quint
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並ぶ数字に、やっぱりQuadとついている。わからない。
下の方は、なんか違う単位出たぞ。
数字から考えると……恐らく怠惰の私では数値が低いであろうAGLから察するに単位の小さいT。そして、多分大きい単位だから小さい数字になっているであろうLUKのQuint。
Quint。
……。私、この単位の変化、知ってる気がする。
これを初めて見て、その意味を調べたゲームを思い出す。
Biscuit Builder。
ビスケットを手作業のワンクリックで作り始めて、おばあちゃんのビスケット作りが、ビスケット工場になり、ビスケット魔導になり、ビスケットモンスターが世界を埋め尽くすビスケットラグナロクが起こり、ビスケットホワイトホールで溢れるビスケットが宇宙を飲み込むというゲームだ。
わけわかんない? 私も説明していてわけわかんない。
わけわかんないけど、そのノリに私は大ハマリした。なんだか数字が増えれば増えるだけ、フィーバーって感じで気分が高揚して面白かった。
思えばこのLv9999ゲームも、数字のフィーバー感が、ウリの一つだったように思う。
でも、あまりに数字が増えすぎて、どれぐらい大きい数字になったのか、ぱっと見てわかんなくなっちゃったのよね。
だから、バージョンアップで数字を省略できるよう単位が増えた。
100万からは、1million。
10億からは、1billion。
1兆からは、1trillion。
1000兆からは、1quadrillion。
100京からは、1quintillion。
――――私の妄想に、女神様が二人現れ、脳内漫才を始めた。
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A「転生者のレベルを読み上げますので、記入して下さい」
B「了解です」
A「次の転生者、LV99です」
B「きゅうじゅうきゅう、了解です」
A「次の転生者、LV99です」
B「きゅうじゅうきゅう、了解です」
A「次の転生者、LV9kです」
B「きゅうけい、了解です」
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1quadrillion。1000兆。
90quad。
呑気な私でも、さすがに分かる。
「はは……これ、九京……だ……」
レベル90000000000000000。
どう考えても入力ミスとしか思えないレベル。
それが、私らしい。
「かんっぜんにチート転生だこれ。しかも、アイデアでどうこうみたいなチートスキルじゃない、超脳筋ゴリ押し型の」
あまりにも想定外の事態に、頭が変に回ってしまう。
そもそもここはどこなのか。どういう状況なのか。
ふらつく頭を押さえて……更なる違和感に気づく。
「……今、なんか」
変なものに触れたような。
首を動かす。何か、違和感がある。自分の頭に手を伸ばす。
……ツノ。なんか側頭部に角生えてる。
その際に手が触れて気付いたけど、短髪ぼさぼさだった頭が、さらりとした……赤色のロングになっている。手はごっつい籠手。
レベルと一緒に見た、称号を思い出す。
(称号じゃない。最初からゲームの通りだとすると、あそこにあるのはヒューマンタイプならジョブ、それ以外の亜人や魔族は……)
間違いなく、種族。
「種族が、ベルフェゴールで合ってるのだとすると……もしかしなくても、私、七体の大悪魔のベルフェゴールそのものなの!?」
まさか、そんなことになってるとは思わなかった。
チート転生だと舞い上がっていた気分が一気に焦燥感に変わっていく。これ、私、街とか絶対入っていけないよね……?
どうしよう。
「あー……なんか、焦っていたらめっちゃ疲れてきた……。……もう、考えても仕方ないし、疲れたし……怠惰の大罪らしく、ふて寝しよう」
きゅうけいさん、現実逃避を決め込んで、森の中で眠ります……。