ハレムの若返り師
最近、婚約破棄以外の方法によるざまぁが増えて来たので自分でもやってみたくなりました。いわゆる生産職ファンタジー系のざまぁだと思ってください。
作者はアンチエイジングがどういうものかまったく知りませんので魔法でなあなあに終わらせています。こんな魔法があってもいいんじゃない程度です。
「頼む! 戻って来てくれぇ!!」
「お願いよ! 私たちを見捨てないで!!」
「ええい、鬱陶しい! そっちから捨てたくせに今更都合のいいこと言ってんじゃねえ!」
オレは足元にみっともなく縋りつく二人の男女――両親を蹴り払い服に着いた汚れをはたく。
「そ、それは悪かったと思っている! まさかお前がここまで使えるとは思ってなかったのだ……!」
「そうよ! そもそもあなたが有能だってお父様に示していれば私たちだってあんな真似はしなかったのよ!?」
なんだそれは?
まるでオレが悪いみたいな言い方をしやがって……!
しかも『使えるとは』だと? オレはお前たちの道具じゃねえ!
「話にならん! いいからさっさと――」
「――騒がしいな」
その時、背後から声がした。
高圧的で他者を圧倒せずにはいられない、カリスマに溢れた声。今のオレの主にしてこの国の頂点に立つお方。
――エリザベス女王陛下。
「おおっ、そこにおるのはジン・クルウォードではないか!」
陛下はオレに気付くと嬉しそうにこちらに歩いてくる。
オレはそれまで以上に乱暴に足元に縋る二人を追い払い、すぐさま臣下の礼を取った。
出来ることなら陛下のお目にあのような下賤な輩を入れたくなかったためだ。
「よいよい。そちと妾の間でそのような畏まった態度を取る必要はない」
「ありがたきお言葉! ですが、これも私の忠誠心の表れと思ってどうか受け取っていただきたく存じます」
「そうか? 本当に気にしなくともよいのだがな。……んっ? それよりもそこにおるのは誰じゃ?」
気付かれてしまった。
そう思った瞬間、舌打ちしそうになるのを意志の力でぐっと抑え込む必要があった。
だから出遅れてしまった。
「これはこれはお初にお目にかかります女王陛下! わたくしはノーコ・リカスード。男爵の地位を賜っておる者でございまして、こちらは妻のオーミエでございます」
「……ほぅ、そうであったか。してそちらは一体何の用があってここへ来たのじゃ? 何やらジンと揉めていたようじゃが?」
男爵という貴族としては低い身分、それに男がこの場にいることに眉を顰めた女王は観察するような目線をリカスード男爵へと向ける。
そんなことにも気付けないリカスード男爵は言ってはいけない言葉を口にするのだった。
「――はっ! わたくしはそこにいる愚息であるジンに我が家へ戻るチャンスを与えに参ったのでございます! 女王陛下からも愚息に申し上げていただきたいのです。追放された身でありながら戻ることを許可している寛大なわたくしたちに感謝をして家の名を落とさぬようにせよと!」
――愚息。
そう呼ばれた瞬間、怒りよりも懐かしさが蘇ってきた。
いや、先程からの女王陛下に対する態度に怒り心頭過ぎて逆にクリアになったのかもしれない。
そして、オレは愚息と呼ばれていた時代を思い出していた。
◇◆◇◆◇
魔法とは生活を豊かにするもの。それを扱うのは民を守るべき者であるべしという考え方が浸透しているこの世界では魔法を使える者が貴族と称されることが多い。
実際には貴族でも魔法を使えない者はごく少数だが存在するし、逆に魔法を使えても貴族でない者もこちらは多数存在する。
オレが生を受けたリカスード家は貴族では最も低い男爵である。
これは功績を立てたのが遠い祖先ということと今現在国に貢献できるだけの魔法を有していないからだ。
どれぐらい力がないかというと一代限りの恩賞で授かる名誉職の準男爵よりも金はなく、力もない。没落貴族と呼ばれてもおかしくないレベルだった。
そんなリカスード家にオレは14番目の子どもとして誕生してしまった。
もしも生まれる前に家を選べるのならばもっとマシなところを選び直したいと思う。
ちなみに14番目ではあるが、もちろん全員が正妻(認めたくはないが実母)であるオーミエの子どもではない。
力も財力もない父ではあるが、何故かモテるようで愛人が8人いる。
オレはオーミエが生んだ2人目であり、表向きの継承権では2位に位置していたらしい。ちなみに、現在の跡取りの長男にして実兄はとっくに成人を迎えていてこちらも魔法の才能は大したことがなく、なんとか父よりは上程度。
さて、先代までの蓄えで生活し、どこか怪しい所に借金までしていそうな父が愛人を囲ってまで子どもをたくさん産ませる理由はただ1つ。
貴族の家の力の象徴――強大な魔法を手に入れるためだ。
そのために愛人に囲っている女たちだって、数世代辿れば魔法を使えた血筋の者ばかりだった。
ただ、家を再興させるほどの力は持っていなかったので、成人の儀を終えたら家から追い出される姿をよく目撃していた。
そして、オレもいよいよ成人の儀を迎え、魔法を授かる日がやって来たわけだ。
正直な話、この時はまだ期待感もあった。
子どもながらに義兄弟や両親から優秀な魔法を授からなければ生きる価値がないただのゴミだ。役立たずに居場所はないと脅されてきたものの、優秀な魔法を手に入れれば認めてくれるということだと思っていたためだ。
ただ、それ以上に恐怖もあった。
オレ以降は父の身体的なものかそれとも精神的、財政的な問題かは不明だが子どもが生まれることはなくなっていた。
そして、あれだけオレをいたぶっていた義兄弟たちも長男を除けば家に残ることを許されたのは僅かに2人だけ。あとは全員追放されている。
しかも、いよいよお家取り潰しが迫っていて日々焦りを見せている様子からすると追い出される際に身ひとつで出て行かなければならない可能性が非常に高まっていた。
貧しいとはいえ貴族に生を受けた者が平民に身を落とすというのは貴族に不満を持つ者たちにとっては格好の獲物なのに、義兄弟たちと違って僅かながらの金銭ももらえないとしたら生きていけるわけがない。
なんとしてでもこの家に残るか、少しでも有用性を見せて金を貰わねば!
――運命とは残酷なモノ。
オレの願いは叶わなかった。
それだけでなく最悪の結果に終わってしまった。
「何たることだ!」
「ッ!?」
殴られた衝撃で地面に転がったオレに対し、父は蹴りで追い打ちをかけてきた。
「高い金を払って貴様を育ててやったというのに! その結果がこれかぁ!!」
魔法を得るためには今では金を支払う必要がある。
それ以前に魔法を扱える資質があるかどうかも問題だが、金を収めることで使用できる魔法が決まると言っても過言ではない。
というのも、ひとりの人間が使用できる魔法の数には上限があるからだ。
そして、使える魔法の種類が多いほどに優秀だとされる。
両親や兄たちは2つ。
それに対して、オレはたった1つ。
「使える魔法ならばまだ許してやったものを……! 使えもせぬ魔法を手に入れただけでなく、それを変えることもできない呪われた体質の疫病神をこの家に置く価値はない!! 早々に出て行け!! 二度と敷居を跨ぐことは許さん! 当然だが、金を貰えるなどと思うなよ! このクズがぁぁあああ!!」
数百万人に1人という割合で起こる魔法交換不可の呪いに蝕まれていたオレの身体はたった1つの魔法を受け入れただけでそれ以上の反応をすることはなかった。
手に入れたのは時空系の魔法『キープ』。
食べ物の鮮度を保ったりするのには効果的だが、ある程度保存技術が進歩し、なおかつ先人たちが『キープ』の魔法で保存できる道具を作ってしまっている現代において無価値の魔法だった。
せめて空間系の魔法や生産系、創造系の魔法。あるいは攻撃系の魔法だったらまだ望みはあったかもしれないが言い訳をしたくても出来なかった。
「くそっ! 腹の虫が収まらん!! ――おい! 息子たちをここへ呼べ!」
散々殴る蹴るを繰り返しただけでは鬱憤が収まらなかった父は兄たちを呼んでオレをギリギリ死なない程度までいたぶらせてから追い出すことに決めたようだ。
恐怖を感じながらも父から受けたダメージが思ったよりも重く、動けなかったオレはその瞬間を待つことしか出来なかった。
「…………二度と面を見せるな!」
家の外に放り出され、唾まで吐きかけられたオレの全身は兄たちによって余すところなく紫色に変色していた。
服もボロボロで辛うじて隠すべきところは隠せている程度。
まともに動けない状態でこれからどうするべきか考えることも出来ず、それでも無意識にこの場にいては殺されると思ってなけなしの力を振り絞って這い逃げた。
ちなみに、父はオレがボコボコにされている様を自身の魔法で作り出した椅子に座って眺めていた。
その時の暗い笑みをオレは忘れないだろう。
例え、それが小さなひとり掛けの椅子を作るだけで息を切らすほどの脆弱な魔法であっても優位性を示し、心を砕くのには使えるのだから。
父はオレが使えない魔法を手に入れたことと自分は魔法が使えることをアピールすることで優れた人間であると誰にでもなく伝えたかったのかもしれないと今になっては思う。
――同時に哀れで滑稽だとも。
◇◆◇◆◇
さて、話が逸れたがそこからどうなったかをさらに語って行こう。
まあ、予想以上に酷い追い出し方をされたのだからまともに動けるようになるまでまず時間がかかった。
しばらくは雨水で飢えを凌ぎ、そこら辺にある雑草をちぎっては胃に貯めるという生活だ。
食べられそうな草を見つけては『キープ』の魔法を使っていたので腐る心配をする必要がなかったのはありがたかった。
皮肉にも自身を陥れた魔法に命を繋げられたことに当初は苦笑していたものだが、それが苦でなく喜びに変わったのは身体がまともに動くようになってからだった。
「ジンさん、これよければ食べてください!」
幼い頃から両親や兄たちの態度を見て育ってオレは周囲の人に優しく接し、常々あの父親の血を引いているとは思えないと言われるほど善良に育った。
そのおかげで貴族でなくなり、また無能として追い出されてからもみんなが優しくしてくれた。
今は以前困っているときに手を貸した人の納屋に住まわせてもらっている。……本当に感謝してもしたりない。
その日は、余ったからと大量のリンゴを分けって貰った。
結構数があってとても食べきれないと思ったが、そこは『キープ』をかけることでしばらくは大丈夫だろうと考えて徐々に食べ始めた。
異変に気付いたのは貰ってから半月近く経った時のことだった。
「……おかしいな?」
実は多すぎてちょっと嫌になった間に忘れかけており、もう駄目かなと諦め半分で取り出して見たのだが見た目にはさほど変化が見られない。食べてみても味は最初に貰った時から変わっていない気がしたのだ。
「まさか……!」
ある可能性に気付いたオレは大急ぎで残りを確認して、ある実験を起こない確信を得た。
「……ハハッ、こりゃ、凄いぞ!」
絶望の淵にあったオレはかなり興奮していたと思う。実際、その時期に会った人たちからは目が血走ってて怖かったと言われてしまったほどだ。
そうしてオレの魔法の使い道を見つけたオレはそれから1年近い時間をかけて自分の店をオープンさせたのだ。
その名も【若返り屋】!
どうやらオレの『キープ』は物の状態を最善に留めておける力があるらしい。
今では使い手が極端に減った魔法なので他の人間がどうなのかはわからないが、教会が所有する魔法時点によると『キープ』は物の劣化を抑える作用がある程度で、通常の保存よりも少し長い間そのままにしておけるらしいが、徐々に痛みが出て来るものなのだそうだ。
その点、オレのは違う。
『キープ』は時間が止まったかのように発動した時と同じ状態を保っている。
正確にはもっと凄くて最善の状態を保っていることに気付いたのはもう少し後になってからだったが、それだけでも凄いと思ったものだ。
魔法が切れれば徐々に効果が薄れていくが1週間で腐る物がひと月以上も状態を保っている。そこから傷むとはいえ、それだけの時間があれば新鮮な食材や素材を運ぶ際に急いで危険な道を通る必要はなくなるだろう。
使えるのがオレ1人じゃなければこれで商売を起こしてもいいぐらいだった。
いや、実際はオレだけが儲けるために行動してもよかったのだが、それではあのクソッタレな家族――元家族と変わらないという思いが反発心を芽生えさせ、そこから研究の日々が始まった。
「……長かった」
研究に研究を重ね、自分の魔法を最大に人の役に立つモノに仕上げるのにかかった日々を思い出すと感涙が零れ落ちる。
魔法の効果を説明して協力してくれる人を集めるのにも苦労したし、そこに辿り着くまでにも大変な苦労を重ねた。
結果として体験者からの評判は上々を通り越して最高。
店がオープンしたらすぐにでも来てくれると確約を貰っている。その予約リストはオレにとって最高の宝物だ。
そして、いよいよオレの新生活が始まる!
「――貴様がこの店の店主ジンだな? 一緒に来てもらおうか」
あっれぇ~??
新たな一歩を踏み出す前に、店の前にいた騎士に捕まりました。
◇◆◇◆◇
怖い顔をした女騎士に捕まったオレはそのままひこずるように連れて行かれてしまった。
「せめて、せめて今日だけは営業をぉぉぉぉ……!」
血涙を流しながら遠ざかる店に手を伸ばすが距離はどんどん開いていく。
……あぁ、オレのちっちゃな野望はここで潰えるんだ。
「――連れてきました!」
「……ご苦労様。下がっていいわ」
「はっ!!」
命令を受け、きびきびと壁際に移動して他の騎士と同じ体勢を取る女騎士。
オレはというと、まるで断頭台に上がった囚人のように顔が真っ青になっているに違いない。
もはや恐怖で前を見る気さえ起きないのだから……。
「――面を上げなさい」
その声に思わず「無理です」と叫びたくなったが、そんなことをすればこの首が飛ぶ。
おそるおそる顔を上げると、そこにいたのがエリザベス女王陛下だった。
連れてこられた場所の段階で予想は付いていたが……できれば嘘であってほしかった。ついでに言うと夢であってほしいと思う。
連れてこられたのは後宮――いわゆるハレムだった。
ハレムというのは王が側室を囲うための場所で、住人も働き手も全員が女性。男性で入れるのは王だけという王個人の花園。
今の時代は女王だし、先王の時代には側室がいなかったのだから使われていないとはいえ、かつてはすべての貴族の女性が一度は足を踏み入れたとされる場所だ。知らない方がおかしい。
そして、女王時代であってもここには王本人しか入れないのだ。
ハレムに知り合いがいたとしても男のオレが入れる場所ではない。つまりはここに連れて来られる時点で女王陛下こそがオレをここに呼びだした張本人だということは疑いようがなかった。
――殺されるのかな?
正直そう思った。
男子禁制の場所に呼び出して処刑……そこまで悪いことをした記憶はないが、もしかしたら琴線に触れて不快に障ったのかもしれない。
今や平民、元も没落寸前の貴族では殿上人であらせられる陛下の気持ちは推測できかねる。
「なんでも、そちは面白い店を開いたとか?」
「……お、面白いですか? 面白いかどうかはわかりませんが……店を開こうとはしておりました」
一応、まだ開いてませんよー?
開こうとしたら連行されましたよー。というオレの想いは通じただろうか?
通じていたらいいな……。
あっ、でもそれって陛下の言葉が間違っていると言ってるようなもんじゃない? あれっ? 逆に死亡率が高まったか!?
「それで、その店じゃが……」
やはり店のことだったか!
クソッ! 店を開くのに王国の許可がいったなんて誰も教えてくれなかったじゃないか!
それともあれか!? 元貴族はいつまでも貴族みたいに王家に金を収める必要があるのか!?
「――女子が若返るそうじゃな?」
「…………へっ?」
予想していたものと違う質問に、オレは素っ頓狂な声を上げることしか出来なかった。
まあ、そりゃあ【若返り屋】なんて銘打ってるぐらいだし、若返ると言えば若返るけども……?
それが本当に女王陛下の求めている答えなのか?
――チャキ
「はいっ!! そうです! 若返ります!!」
明らかに物騒な音に慌てて答えを返した。
今のは絶対に控えている騎士の誰かが剣に手をかけたに違いない!
「そうか。そうか。それはよかった。……では、本題に入ろうかの」
「……なるほどわかりました」
女王陛下からの説明はこうだ。
女王陛下には先代国王との間に王子と姫がひとりずついる。
王子は次期国王と目されているので他国にやることはないが、姫はこの度他国に嫁ぐことが決まったらしい。
そこで少しでも美しい花嫁姿で送り出してやりたいという親心を抱くのは女王陛下であっても当たり前のこと。そんな時に、城の近くで女性が若返ったように美しくなったという噂が広まり、その女性に聞くと元貴族の男つまりオレが女性を若返らせる魔法を使えるという情報を得た。
だが、店を開くまで準備に奔走していて捕まえられなかったので逃げられないうちに捕まえたというのが真相らしい。
悪いことをして捕まったわけではなかったようだが、それならせめて一言くらい説明が欲しかった。
「だが、さすがに嫁入り前の娘をいきなりそちに合わせるわけにはいかん」
当然だな。
オレの情報を得ているとはいえ、それが虚実である可能性がある以上王族を危険に晒すはずがない。
「そこで、そちにはこの場にいる全員にその魔法を施してもらいたい」
つまりは様子見ってことか。……んっ? 今、この場にいるって言わなかったか?
「あ、あのぅ……もしやとは思いますが…………陛下も含まれているなんてことはありませんよね?」
「ん? 何を言っておる妾も含まれておるに決まっておるじゃろう?」
「えー「なりません!!」-!」
驚愕の声をかき消すような大声。
それを発したのは当然、騎士だった。それも一人や二人でなく全員が……。
「そのような得体の知れない者に御身の身体を預けるなど! もしものことがあったらどうするおつもりですか!」
この声に他の騎士たちからは「そうだ」「そうだ」と賛同の声が上がる。
「……そうは言うがの、騎士であるそちら相手では練習の時だけ変なことをしないようにすれば済む話であろう? それでは娘の身が安全とは言い切れんな」
「御身を晒したとしてもそれは同じです! 例え我々全員に何もせずとも、姫様の時に何かすればよいだけのこと! それならば御身にもしものことがないようにするのが我々の仕事です」
……あぁ、うん。それはそうなんだよね。
だけど、その言い方は拙くないかな?
「――それでは姫は最悪の場合、見殺しにすると聞こえるが? 妾が信を置く騎士の忠義はその程度のモノか?」
「――っ!?」
これにはさすがの騎士たちも言葉を失ってしまう。
オレなんてあまりの恐怖に立っていられなくなりそうなのだ。直接睨まれている騎士たちが正気を保っている方がおかしいと思う。
結局、騎士たちは渋々納得し、陛下もオレの魔法を受けることを了承した。
女王陛下は満足気だが、騎士たちから向けられる射殺さんばかりに殺気の篭もった視線が痛いので出来ればすぐにでも解放されたい。
――無理だけど。
それからひとりひとりに正規のしっかりと効果が表れるように『キープ』をかけていったのだが、何分数が多く、騎士全員にかけ終わるのに3カ月もかかってしまった。
「待ちわびたぞ!」
本当に待っていたのだろう、女王陛下の順番が回って来ると即座に服を脱ぎ捨て魔法を受ける準備を始めた。
オレはその裸体を見ないように必死に目を逸らしながら注意事項を説明しようとしたのだが……。
「そんなものは騎士たちから聞いておる! 妾は待ちかねたのだ! 早うせい!!」
だもんな……。
「まったく、あれだけ渋っていた騎士たちがまるで生娘か赤子を思わせるような肌艶になってそちのことを褒めちぎっておるのを聞かされるのがどれだけ苦痛じゃったか……!」
本当に悔しいのだろう。うつ伏せで見えないはずの陛下の顔が怒りで歪んでいるのがわかる。というよりも背中から怒りのオーラが漂っている。
「もうよいのではないか? と聞いても誰もが妾にもしものことがあったらと順番を譲ろうとせん……! わかるか? 周りが若返って行く中ひとりだけ年老いた姿でおる気持ちが!! まるで『鉄の子守り姫』みたいな気分じゃ……」
『鉄の子守り姫』というのはこの国に伝わる童話だ。
鉄でできた人形に心が宿って、職人の家族と暮らしていくのだが家族は歳を取って子が親になり、孫が生まれたりする中で自分だけは変わらずただ錆び付いていくだけ。
やがては整備もされず、動けなくなった人形は家族団欒の声を聞きながら流れぬ涙を流したとか。
ある意味ストーリーは真逆だが、一人だけ取り残されたということがおっしゃりたいのだろう。
「そ、そんな……。女王陛下は今でも十分お美しくいらっしゃいますよ?」
これはお世辞ではない。
事実、子をふたり産み、もうすぐ40が来るとは思えないほどの美貌だ。
「……じゃが、妾と同じように年を重ねた者らが今では若々しいのじゃ」
い、いかん……!
口調が弱々しく感じられ、オレは慌てて魔法を発動した。
――そう、この魔法最大の注意事項を忘れて。
「はひゃぁん!」
「うわぁ!」
「な、なんじゃ……今のは?」
し、しまった~!!
「も、申し訳ございません! この魔法の注意事項をお伝えし忘れておりました!!」
「ちゅ、注意事項……? そんなこと騎士たちは何も……ひゃん! ちょ、ちょっ、今はやめよっんんぅ……!」
「申し訳ございません! ですが、手を止めるわけにはいかないのです」
途中で手を止めれば身体に負担がかかってしまう。
そのことを説明し、オレは手を動かし続けた。
「そ、それで……さっき、のぉんん……ちゅう、い事項とはな、んじゃぁぁあああ」
「は、はい。私が使う『キープ』ですが……体内から若さを取り戻すので言ってしまえば、そのぅ……」
「な、なんじゃ!? 途中で止めるでない!」
「はっ!! 少し気持ち良くなってしまうのです!!」
言い切った。
言い切ってから本当に言ってよかったのかと不安になるが、陛下は相も変わらずうつ伏せの状態で身悶えさせていた。
「なるほどぉっんん……、ど、道理で……身体が喜んでおるわけじゃ」
「本来でしたら、慣らすためにゆっくりとやって行くのですが、今回は……」
陛下に急かされたのもあるが、それ以上に迂闊だった。
女王陛下に対して行うということで緊張しすぎていたようだ……。
だが、今更そんなことを言っても仕方がない。
腹を括ろう……!
「陛下。先程も申し上げた通り、途中で止めると身体に大きな負担となります。……こうなってしまっては私なりに全力を尽くさせていただきますのでご辛抱を!」
これまで、魔力を全開にするようなことはなかった。
そこまで若返らせる必要もないと思っていたからだ。
だが、相手はこの国の頂点に立たれるお方。おそらく半端な魔力では弾かれ、効果が薄れる。
ならば不慮の事故とはいえ、今回のことは女王陛下への忠義として捧げよう。
「わ、わかった。では、やるがよい――」
女王陛下の言葉を受け、オレは全力を出した。
「ふぉおおお……!」
まずは足先からふくらはぎまで。
「くく……! くぅ~~~ぁん!」
次に腕から肩まで。
「ふぎぃいいいいいい……! き、キクゥ~~!!」
頭や首回りを念入りに。
「あああああっ、イイッ! も、もうらめえっぇえええ!!!」
そして、腰から背中。そして心臓付近へとすべてを注ぎ込む!
◇◆◇◆◇
「ふぅ~、ふぅ~……」
出し切った……!
魔力のすべてを注ぎ切ったことで軽い貧血のようなふらつきと虚脱感を感じるが、それ以上にやりきったことへの満足と爽快感で満たされる。
こんな気分は生まれて初めてだ。
「う、うぅ……」
「!?」
し、しまった! 自分だけ満足して、女王陛下のことを忘れるなんて!
「へ、陛下!? 大丈夫でございます……か? へ、陛下……?」
「……んぅ? どうしたのじゃ?」
「陛下、陛下ですよね……?」
「当たり前じゃ。妾がエリザベス女王本人でなく、誰だと言うのじゃ?」
心底不思議そうに尋ねる女王陛下だが、オレは信じられない気持ちでいっぱいだった。
「んっ? 少し声の調子がおかしい気がするの……。別に不快感があるわけではなく、むしろ調子は良さそうじゃが、何じゃろ? この違和感は……」
陛下自身、自分の変化に気付かれたようだ。
「陛下。どこかお身体で優れぬところはございませぬか? いつもと違う――そう感じませんか?」
「どうしたというのじゃ? まあ、そちの魔法のおかげで身体の調子はいつもよりすこぶる快調じゃ! ……強いて違和感を上げるとすれば、動きが良すぎるところかの」
ついでに肌艶もよいわ。
そう語るお声はとても嬉しそうに弾んでおり、調子がいいこと以上に喜んでおられるのは明らかだった。
だが、今はまだうつ伏せになっている。つまりは女王陛下ご自身は変化に気付かれておられない。
断腸の思いで姿見をセットし、陛下にお声をかける。
「陛下。こちらに姿見をご用意しております。ご自身の変化をしっかりとご確認くださいませ」
当然、陛下の裸体を見ないように後ろを向いているので背後で動く気配しか感じないのだが、いつ命を絶たれてもいい覚悟をしてその時をじっと待つ。
「……な、なんと!?」
やはり驚かれるか……。
「そ、そち! いや、皆の者入って来い! そちもこちらを向け! これは命令じゃ!!」
「――陛下! 何事ですか!? …………陛下?」
振り向くよりも早く突入してきた騎士たちの呆けた声を聞きながら、ゆっくりと振り返る。
そこには生まれたままの姿を晒す女王陛下が。
まだ魔法の施術中の効果が残っているのか、上気し火照った肌はところどころ赤らみ、全身には若さというエネルギーが満ちていた。
――女王陛下はまるで10代のような肌艶を取り戻しており、まるで別人となっていたのだ。
「陛下!? 本当に陛下なのですか!」
騎士たちは慌てて女王陛下に詰め寄って行く。
できればオレとの間に入ってオレの視界から陛下を隠していただきたい。ハッキリ言って、あまりの美しさに目のやり場が困る。
「……うむ。妾も驚いたが、どうやら間違いないらしい。……いやはや、ここまで若返るとは」
よく見ると、陛下はたしかに若返っているが、それは肌に艶が戻ったり健康的になっただけでそこに居られるのが女王陛下であることに代わりはなかった。
そこに安堵したオレだったが、騎士たちにはそうは問屋が卸さなかったらしい。
「ズルい! 何故、陛下だけこれほど若返っておられるのだ!!」
その声を上げたのは誰だったのか。
おそらくは陛下に詰め寄っておられる隊長だったと思う。
「……何を言うておる? そちとて同じように若返っておるではないか?」
女王陛下は抗議の声を上げた隊長の言葉が理解できないと首を傾げて問いかけた。
実際、騎士たちはみな一様に若返っている。
実年齢からすると10歳前後ほど。
しかし、騎士たち――いや、この場合は美を追求する女性たちと表現しよう。そんな彼女たちが納得するはずがなかった。
「何を言っているんです!! 私はよくて20代後半ではありませんか!! 陛下はどう見ても10代前半の肌艶を取り戻しておられるのですよ!!」
この剣幕にはさすがの女王陛下もたじたじだった。
それに隊長の言葉を支持するように他の騎士たちからも不満の声が上がる。
「私だって陛下とさほど歳は変わらないのに……! 陛下だけこんなに若返ってズルいではありませんか!!」
たしか、隊長が一番年齢が上でもうすぐ40歳。
歳を取っている人の方が変化は見て取れたが、それでも陛下ほどの激変はいない。
そんなことを考えているうちに、陛下だけがこれほど若返るのはおかしい。
女王の権限を利用して何かしたのではないか?
そんな不敬な声まで上がり、雲行きが怪しくなる。
これは逃げた方がいいかもしれない。そう思い始めた時だった。
「わかった!! そこまで言うのならば、ジンにまたやってもらえばよかろう? ジンよ! この者らにも妾に施したのと同じように魔法を使ってやれ!」
逃げようとしていたオレに一斉に騎士たちの鋭い視線が集められる。
……あっ、逃げられない。
その眼を見た瞬間、まるで獅子に取り囲まれたウサギの心境を体験した。
それからは魔力が回復したら魔法を使う日々が続き、最終的に当初の目的である姫様に魔法を施すのが大分延期されることになった。
ちなみに、姫様が終わってから再び女王陛下に魔法を施し、そのことを聞きつけた騎士たちに捕まって無限ループに陥ることになったのだが……できれば忘れたい。
まあ、何はともかく姫様は無事嫁がれ、オレは解放されると思ったのだが、この一件でオレの魔法の価値を知った陛下たちが逃がすはずもなく、どうせ使っていないのだからとハレムに在中してここを店代わりとして使うことになったのだった。
客層は女王陛下を筆頭に上流階級が多いが、女王陛下の厚意で民にも広く知られることとなり我が国の女性は他国に比べ若々しく美しいと評判になるのだった。
◇◆◇◆◇
「――愚息じゃと?」
女王陛下の声には聞いた者に強制的に理解させるだけの怒りが込められていた。
事実、両親などは声を上げることすらできずに震えあがっている。
小刻みに震え、汗がだらだらと流れ落ちる様は見苦しい。
「そちらは、妾が心底信頼しておるジン・クルウォード子爵を愚息と申したか?」
「し、子爵ですと!?」
父――いや、もやは父と呼ぶのも煩わしい男は驚愕の声を上げた。
そう。オレはハレムの功績。つまりは【若返り屋】としての実績が認められ、貴族に叙勲されていた。
実は顧客の中には高位貴族の令嬢もいて他国との縁組に大変役立ったのだとか。そんな話を外務大臣の奥方から聞いた覚えがある。
もちろん、奥方も上客の一人だ。
ちなみに、女王陛下から聞いた話では功績を称えて本来ならば伯爵にまでしようとしたらしいが、それはオレが固辞した。
そこまで大物になると面倒だと思ったのだ。
陛下には伯爵になると領地なども治める必要があるので今までのように商売が出来なくなると告げて断れば御心を害することなく断れた。
むしろ注目を集めすぎると逆効果だと叙勲の話までなくなりかけたほどだ。
「そういうことだ。今のオレが家に戻る? 自分よりも家格の低い所にわざわざ出戻ると思っているのか?」
本来なら、女王陛下がお話している最中に許しもなく声を上げるなど不敬だが、相手があれでは陛下もお疲れになるだろう。
「……大方、オレが稼いでいるという情報だけを得てここまで来たのだろうが……わかっているのか?」
「な、何を……いえ、何のことですかな?」
身分が上だからと納得できていない様子だったが、さすがに陛下の前で身分制度を軽視したと取られかねない発言をするわけにはいかなかったようだ。
……惜しいな。さっさとおバカ発言をしてくれれば後々楽だったのに。
そして、頭を使ったつもりだろうが、考えが足りていない。オレが何を言いたいのか、そしてここがどういう場所なのか。それがわかっていればあんな発言は出来ないはずなのに。
「……はぁ。愚かしい」
わざわざ教えてやるのも嫌になる。
「わからんのか? ここは後宮だぞ? いかな身分の男性でも近付くことが叶わぬ場所にお前は何故来た?」
例外としてオレは陛下から直接ここを指定されているから問題ないが、こいつの場合は許し手を得ているはずがない。
「……たかが男爵ではあるが、お前の家が没落しそうになっているのは貴族の身でありながら立場を理解していない愚かさこそが原因だと気付くべきではないのか?」
あえて挑発するような発言をすると見る見るうちに怒りで真っ赤に染まる。
「だ、黙れいっ!! 最近、貴族になったばかりの小僧が調子に乗るな!!」
「何を言っている? オレは元貴族だったさ。数年前まではな? 忘れたのか? ――追放した息子のことを」
そもそもそれを論点に乗り込んで来たくせにそんなことも忘れるとは……。まったくもって度し難いバカだな。
「……もうよいであろう? リカスード男爵よ。ジンが言うようにここはいかなる男の立ち入りも禁止されている場所だ。そちが近付いてよい場所ではない。……連れて行け」
「お、お待ちをっ! お待ちをぉおおおお!!」
あっという間に騎士たちに捕縛されて連れて行かれる。
脆弱な力では騎士たちに勝てるはずなどないというのに抵抗するなど見苦しい。
「……お前も早々に下がれ」
夫が連れ去られるのを呆然と見送っていた女に声をかけるとビクッと肩を震わせて恐れるような視線を向けてきた。
「お前は夫が貴族なだけで本来の身分は平民だ。そして、その夫は捕縛された。つまり、ただの平民が無礼にも女王陛下の前で表を上げていることになる」
言われ、ハッとしたように女王陛下に視線を向けようとするが、それをさせるわけがない。
身体を視線の間にねじ込み、陛下を隠すとそのまま立ち去れとアピールしておく。
渋々去って行ったが、もはやあの女には何も出来まい。
生きていけるかどうかすら怪しい。
「――ジンよ。大事な話がある。ハレムのお前の部屋で待っておれ」
「はっ!!」
ここで陛下からの命令か。
さすがに場に相応しくない行動を見せすぎたな。……だが、心は晴れやかだ。
◇◆◇◆◇
「……お前たち、先程の奴らを捕らえておけ」
ジンが去ったのを見届けてから、控えていた騎士たちに命令を下す。
「御意。それでその後はいかがいたしますか?」
以前までのこやつならばわざわざ妾が命じるようなことかと申したであろうが、すっかりジンのファンになってしまっておるようじゃな。
「知れた事よ」
それだけ言って、首の前で手を横切らせる。
これだけで十二分に理解できるであろう。
たかが没落寸前の男爵など王命を出して処分する必要はない。
妾もそう考えるだろう。
だが、奴らは愚かにも妾の大事なジンに手を出してきおった。その報いは受けさせねばなるまい。
どうやらジンもつらい経験をしたようじゃしの。
「……さて、あまり待たすのも悪い。妾も行くとするか」
不快なことなぞ忘れてジンを待たせている部屋へと急ぐ。その足取りが軽やかになるのは仕方ないことじゃ。
――この日を境に、評判のあまり良くなかったリカスード家は時期を早めて取り潰しとなり、最後の当主であるノーコ・リスカードとその妻オーミエ・リスカードが人前に姿を現すことはなかった。
大して力のない貴族家が潰れるなんてよくあることなので、誰も気に留めることもなく、子どもを利用してまで貴族であることにこだわっていた男爵家は王国の貴族歴からだけでなく早々に人々の記憶からも抹消されることとなった。
◇◆◇◆◇
「待たせたな」
ジンの部屋に入ると、ジンが頭を下げて待っておった。
自分の部屋であるのに、椅子に座ることもなく。まるで断罪されるのを待っているかのような印象を受ける。
……いや、事実そのつもりなのだろう。
たしかに先程の言い方では誤解を招いたかもしれんが……。
「ジンよ。妾はそちを罰するつもりはない。表を上げよ」
「……はい」
いつもよりも若干弱々しい返事をして顔を上げたジンに心が痛む。
……そんなに怖がらなくともよいと思うのじゃが。
「……たしかにそちの両親を名乗るあの者たちは不快じゃった」
態度が気に食わなかったため、少し意地の悪い言い方をしても大丈夫じゃろ。
「だが、それでお前を罰するつもりはない。……そもそも、そちも申したことじゃが、今のそちはクルウォード子爵家の当主。リスカード家とはなんの関係もない」
「……そう、ですよね。申し訳ございません! 切り捨てたと思っていたのですが、やはり過去に囚われていたようです」
「うむうむ。気にするな。そちのその心根の優しさは誰もが認める美点じゃよ」
鷹揚に頷いてジンの頭を撫でてやる。
ジンは一瞬、身体を強張らせたが、すぐに受け入れておった。
まるで幼き子どもが母の手を求めるように。
「……辛い思いをしてきたのじゃろう。じゃが、それももう終わりじゃ。そして、妾が居る限り二度とそのような思いはさせぬ」
「ありがとうございます。陛下の温情、この身に染みわたりました」
……ふう。落ち着きを取り戻したようじゃの。
落ち着かせることに成功したが、今度はこちらが緊張してきた。
ううむ、この歳になっても緊張するものは緊張するの……。
身体が若返ったのじゃし、気持ちも若返りもっとイケイケにならんもんかの。……無理か。ジンも見た目や代謝、身体の機能が若返ったように感じるだけで実際の年齢は変わっておらんと言うておったしの。
「――ジンよ。そちにどうしても告げたいことがある」
「はっ! なんでしょうか?」
おぉ……、そんな純粋な目を向けられるとちと照れるの。
「その前に、じゃ!」
すぐに扉を開き、誰もおらんことを確認する。
一応、この部屋に近付くなと命じてはおるが好奇心に勝てる人間は少ない。ましてや、ジンに関することならばハレムの女どもは皆が興味津々じゃろうからな。
「……へ、陛下?」
「うむっ!? な、何でもないぞ?」
ちょっと挙動不審過ぎたようじゃな。気を付けねば。
「さて、大事な話じゃ。とても、大事な。それこそこの国の将来に関わってくるほどのな」
「そ、そのような話をオレ――、いえ私にしても大丈夫なのでしょうか!?」
「……構わん。むしろそち以上に関連しておる者もおらん」
いや、実際は幾人か結構関わって来るが気にしても仕方はない。
「わかりました。そこまでおっしゃるのでしたら、私も陛下に忠誠を誓った身。身命を賭す覚悟でお伺いいたします」
「……いや、そこまででもないのじゃが」
そんなに気負われると言い出しにくくなるではないか!
「ええい! 女王ともあろう者が情けない! ――聞け! ジン・クルウォードよ!」
「ハッ!!」
「――妾と結婚してくれ!!!」
「…………へっ?」
「結婚してくれ!」
「……誰に言っておられるのですか?」
「そちしかおるまい。ジンよ」
「……私と誰が結婚するのですか?」
「もちろん妾じゃ。この国の女王であるエリザベス本人じゃ!」
「……冗談ですよね?」
「冗談ではない」
「…………」
「……嫌なのか?」
「い、いえ! 嫌というわけでは決して!!」
上目づかいで見上げれば狼狽えたように力強く否定された。
そんな姿も可愛いの。
「で、ですが、女王陛下とご結婚など! 私と陛下では身分に大きな差が!」
「何を申しておる。そちが断らなければより高い地位へ付ける話もあったのじゃ。つり合いは取れよう」
「しかし!」
「……気になるのはわかるが、安心せい。妾とそちが結婚したところで大した影響はない」
……?
誰もおらぬはずなのに「あるでしょう!」というツッコミが聞こえた気がしたが……気のせいか。
「知っておるかもしれんが、妾とて王族ではない。いや、生まれつきの王族ではないと表現すべきかの」
我が国では血筋をさほど重んじておらん。
まあ、家系という点では重んじておるが、その程度じゃ。
「妾は前国王、つまりは夫が在位中に死亡したので女王という地位に就いておるに過ぎん」
後継は息子が立派に勤め上げるじゃろう。
多少の迷惑は母の愛の前に潔く受け止めてもらわねば。
「そちと結婚したとしても妾が死ねば今の継承権は王子が持っておる。そちが王になるというわけではない。むしろ、妾亡き後はそちの身分は一気に落ちるやもしれん」
その辺りは気がかりじゃが、王子は優しい子じゃ。周りにバカな臣下もおらんし冷遇するような真似はするまい。
「まあ、子が出来れば少しばかり事情は変わるじゃろうが……」
先の話を気にしておったら恋愛なんぞ出来やせんわ!
「お子ですか!?」
「当然、夫婦となればそういうこともあり得るということじゃ。……まあ、そちが言うには見た目が若返っておるだけらしいし、難しいかもしれんがな。……一応欲しいと思っておると伝えておくぞ」
この歳になって母となる日を夢見るとは。人生わからんものじゃ。
「――あとはそちの気持ち次第じゃ。どうじゃ? 妾のことは嫌いか?」
「……いえ、嫌いではありません」
「では好きか?」
この聞き方はズルい気がするが、こうでもせんとジンは答えてくれぬ気がした。
「……わかりません」
そして返ってきた答えはある意味予想通りだった。
「今の私があるのはすべて陛下のおかげです」
「……すべては言い過ぎじゃろう」
こやつの才とそれを生かすための行動、人脈。それらが作り上げたものじゃ。
妾は大したことはしておらん。ただ、自分の欲望のために囲ったぐらいじゃな。……そう考えると結構非道じゃな!
「……大恩があります。返しても返してきれないほどの」
「妾もそちに感謝しておる」
初めは姫を綺麗にしてくれればいいと思っておっただけなのに、妾や騎士たちまでこれほど美しくしてくれたのじゃからな。
「その上で言わせていただきます。……私は陛下を好きなのかわかりません」
「……そうか」
少し、焦り過ぎたのやもしれん。
実際の歳の差を考えればもっと時間をかけるべきだったのだ。
「――ですが」
「……んっ?」
まさか続きがあるとは。思ってなかった反応に、伏し目がちになっていた顔を上げるとそこには真剣な目をしたジンの顔が。
というか近い近い!
「――とても美しいと思っておりました」
「!!」
そのまま唇を奪われてしもうた!
妾から初めてをしようと思っておったのに!!
「……不敬かもしれません」
そっと唇が離れて行く。できることならもう少ししてほしい。
「陛下に初めて施術した時、私はあまりの美しさに見惚れてしまいました」
「……それは、現金じゃな」
まあ、妾だって終わるまではこやつのことを女性を美しくさせられるだけの存在程度にしか意識しておらんかったからな。
「そんな邪な気持ちで『好きです』とは言えません」
「……妾は好きじゃぞ?」
「こんな気持ちが愛なのかわかりません」
「愛はこれから育めばよい。夫婦とはそういうものじゃ」
「……本当に私でよろしいのですか?」
「むしろ、それはこちらのセリフじゃな」
歳の差が20以上じゃぞ? 本当にいいのか?
「――まっ、逃がすつもりはないがな」
妾はジンが離れられぬようにガッシリと腰に手を回し、引き寄せる。
「そちは本当に女性を若返らせるのが上手い」
だって、女性が本当に若く美しくなるのは――恋をした時なのだから。
◇◆◇◆◇
エリザベス女王が国内で極めて稀有な若返り魔法の使い手ジン・クルウォード子爵と結婚したことで国中の女性は彼を独占するつもりかと抗議をしたが、エリザベス女王はすべての女性に美しくなる権利があると結婚してからも夫の仕事を邪魔することなく、むしろ推奨し続けた。
これにより、エリザベス女王時代でこの国の女性は世界一美しいと称されるほどになり他国から縁談の話が大量に舞い込んできた。
ただ、その恩恵を一番受けたのは他ならぬ女王自身であったことは言うまでもない。
誰よりも美しく、若々しい女王は女性たちにこう語っている。
『誰よりも美しくなりたいのならば、まずは恋をすることから始めてみるとよいぞ』
その言葉を証明するように彼女の隣にはクルウォード子爵が居り、腕の中には二人によく似た可愛らしい女の子が抱かれていた。
――エリザベス女王は子を産んでから数年後に王子に譲位して隠居。
その後、夫よりも30年も早く亡くなったが、最期までその姿は若々しく美しい恋する女性のままだったという。
初めに、この作品を最後まで読んで下さった方々に感謝を。
作中、エリザベス女王陛下が結構変な声を上げていますが、マッサージを受けていると変な声が出る時ってありますよね?あんな感じです。決して、いかがわしいことをしているわけではありません!
※文中で同じ言葉でも表現が違うところがありますが、前後の文字のバランスを考えて漢字表記にするか変えているだけですので誤字ではありません。その他の場所は誤字ですので見つけたらご報告お願いします。