轍にさよならを。
乱雑に置かれているガラクタの中から頭をふるふると左右に振り払うのが見えた。
「そんなに奥にあるもの、一緒に捨てちゃえばいいじゃない」
押入れから「よいしょ」と出て来た彼は、
「いや、奥にあるからこそきっと捨てちゃいけないものなんでしょ」
と言いながら手に持っている段ボールを開けた。
私は呆れながらも片づけの手伝いを続ける。
そんなわけがない。
どうせいつもみたいに押入れの奥の方へ投げ込んで置いた内の一つに過ぎないのだろう。私は彼が綺麗に片づけをした姿を一度も見たことがないのだから。
「これ、これアルバム!」
そう言って喜々として彼はアルバムを私に見せつけてくる。受け取り、ぺらりぺらりとページを捲る。男友達と楽しそうに遊んでいる小学生の彼、中学生にあがってから私も写真に紛れ込んでいる。高校生の写真はアルバムには収められてなく、彼の勉強机の上のコルクボードに飾られている。
そして、コルクボードの真ん中には彼と私じゃない彼女が映っていた。とても幸せそうに。
明日には目の前の彼は引っ越してしまう。中学生に出会った頃から一目惚れして、ずっと片想いだったのに私は彼に気持ちを伝えられずに終わる。
「そういや友達に挨拶は済ませたの?」
「うん、昨日の間に」
「そっか」
大きな段ボールに彼の物を丁寧に詰めていく。
これは彼を見送る準備。私の気持ちにさよならする荷造り。
「これ、懐かしくない?」
「なに?」
彼が指さす写真は、体育祭の時の写真だ。彼がリレーのアンカーで精一杯走っている姿が映っている。
「走ってる顔、必死すぎでしょ!」
「仕方ないだろ」
拗ねるように答える彼。
知っているよ。
体育祭の前日に高熱出して、リハーサルも休むほどだったけど病み上がりで本番走ったこと。
「お、合唱コンの写真もあるよ」
体育祭の写真から右下の写真を彼が指さす。
「お前が伴奏してる姿、かっこよかったよ」
「そこは綺麗だった、とかでしょ! 私、これでも女子なんですけどー」
委員だった彼は写真係だった。
クラスのみんなが舞台に上がってから、最後に私が上がる。その時、舞台の下手の近くでカメラを構える彼を見つけた。
私に気付いた彼に「見ててね」と口動かしても、彼は首を傾げた。あとでちょっとやらなければよかったって後悔しているのは今でも覚えている。
それから私たちは手を止め、すっかりアルバムに夢中になっていた。
まるで写真に写り込む私たちを宝物のように思い出を語る彼の横顔を愛おしくて仕方なかった。彼の指が描いていく軌跡を私は目で追った。
気付けば、日は暮れていた。いそいそと二人して片づけをまた再開する。
「あのさ」
「ん?」
背後で彼の返事。その手を止める気配はない。代わりに自分の手を止め、両手を包んで膝の上に置いた。
「私には、挨拶してなくない?」
「あー……」
言い淀む彼を横目で見てみると中学校の教科書を眺めている。
「こうやって一緒にいるから挨拶いいかなぁって」
「はぁ、そっかぁ」
やっぱり私の中の彼はこんなにも大きな存在になっていたのに。
幼馴染だったことに優越感。
好きな音楽は洋楽とかちょっとかっこよく自分を見せるとことか、機械音痴でとてつもなくアナログ人間だったりするとことか。
笑うと実はすごく変な引き笑いをするのも。負けず嫌いで馬鹿にされると努力するのも。
全部自分が好きなだけだったみたいだ。
彼の中の私はあまりにもちっぽけだったということが分かっただけ。
「え、何その気の抜けた返事」
「いやぁ、やっぱりあんたって呑気だよなぁって思っただけ」
「へ?」
「いや、こっちの話だよ」
寂しいという気持ちよりも、当たり前だけどこの気持ちを自分しか持ってないということが恥ずかしい。
伝えられないということが悲しい。こんなにも知らぬ間にすくすくと育ってしまった恋心にもう水をあげることは出来ない。
「今度行こうって言ってた遊園地も行けなくなるんだよね」
「引っ越しちゃうからな」
そのために買ったワンピース、タンスにしまったままになっちゃう。
そんな後悔をいくつ数えたとこでキリがない。けど、今ここで彼を見送るのと一緒に彼への想いも見送ってやろうと考えついた。
そう理由つければいいのだ。
目頭が熱くなるのを感じながら、彼にばれないように鼻をすんっと小さくすすった。
「全く馬鹿だなぁ」
「え、もしかして俺のことだったり?」
「さぁ、どうでしょう」
笑いながら彼の方へと振り向いた。
背中に隠した黒いシミをつくった段ボールに指を這わせて。
登場人物の名前は決めずに書いたのでいつも以上にゆるい感じです。
いつか成就してくれるような恋愛が書けるようになりたいです。