2話 アイツはチートだからなぁ
新キャラァァァ!
外は、既に蒸し暑く熱されており、視界の先はゆらゆらと揺らめいていた。七月の初旬にしては早い真夏日だ。
「お兄ちゃん、もう七時半過ぎてるけど大丈夫?」
「大丈夫だ、問題ない。」
「それ、意味知ってて言ってたら笑えないよ。」
絢音は白けた目で真を凝視する。そんな、絢音の視線から逃げるように顔を背けながら真は言った。
「そんな、ここから五キロ位ならひとっ走り行けば間に合うだろ。余裕余裕!!とゆうわけで、行ってき!!」
へらへら笑いながら猛スピードでかけていく真に絢音は小さく舌打ちをした後、小さく呟く。
「逃げたか……本当、魂魄強化様様だねぇ~あれで、黒なんだから驚きなのよね。」
絢音が呟き終わる頃には既に真は夏の陽炎に消えていた。
《魂魄強化》それは、魂魄の可視化による副次的な発見であり、二十世紀最大の発見でもあった。魂魄強化は魂を持つ全ての動植物に施す事が可能な事が最大の特徴である。
この魂魄強化をすることにより1900年代、平均寿命が五十歳といわれていたが魂魄強化によって寿命が十年~二十年伸びる事が確認され注目を浴びた。また、身体能力も個体差は有るが上がり単純な生命力も上がる事になる。
ともあれ、現在世界中では生まれて直ぐに魂魄強化を施すのが常識となっているのだ。
だが、この《魂魄強化》によってもたらされた人類最大の天敵の存在も忘れてはいけないのである……
真は、正に風を思わせるようなスピードと軽やかなステップで通学路を走り抜ける。道中ですれ違う人々に挨拶を交わしながら、目の前に人の壁があれば塀垣の上に跳躍しその上を走り、ガードレールの上なども走り抜け、縦横無尽に走り続けるその様は、まるでフィクションの世界の忍者そのものに見えるだろう。
もちろん真は学生なので、決して軽くはない量の教材を持っている。それをものともせずに走る彼は闇色の髪をしていたのである。
十分ほどたった頃だろうか、真は息一つ上げず学校にたどり着いた。真夏日なのにそれなりに激しい運動をしたせいか真は決して少なく無い量の汗をかいている。
(よしっ!十分三十四秒新記録達成!!)
真は腕時計を見て小さくガッツポーズする。
校門前では生徒指導の体育教師と生徒会の面々が今日も挨拶運動をしている。真も小さく挨拶をした後、生徒玄関へ向かった時である。何処からか真の聞き慣れた馬鹿の高笑いが響き渡る。
その音源は真の頭上から木霊しており、真が見上げると、屋上のフェンスの上には、小中学生程の低い身長に、燃えるような朱い髪、そして肌と同じ色の二本の角を持つ青年が立っているのだった。
そのことに気がついた体育教師もすぐに駆けつけすぐに危ないからフェンスから下りるように、と促すも彼は気にも止めずに続けるのだった。
「なーはっはっはっはっはっはーーー!諸君おはよう。そして九十九 真いや、我がライバルよおはよう……」
「この流れって……龍牙め……やる時は道場だろ普通……」
思わず小言が出る真。
龍牙がこうなってはもう止まらない事を知っている真は距離を取り臨戦体勢に入る。
「いざ、勝負!!」
龍牙は周りの人々の予想通りそのまま屋上から飛び降りる。四階建ての校舎の高さは約二十メートル、龍牙が飛び降りた瞬間に周りの女子は叫び声を上げ、体育教師は目をつむり、耳を塞いでいた。そんな、周りの反応とは裏腹に龍牙はまるで猫を思わせるかのような滑らかな体裁きで"すとん"と着地する。
龍牙は着地するやいなや膝をつき、両手で印を結びながら詠唱を唱えだす。
《混濁したこの卑しい世界よ。狂い、哀しみ、歓喜する霊気たちよ。その狂気は我が肉体の糧となる!反発し爆発し狂喜せよ!》
龍牙の唱えた言葉は特別大きな声で叫んだ訳でもないのに、大気を振るわせ、周りの人々を奮わせ、真の魂を震わせる。龍牙の体からは朱いオーラが溢れ出す。朱いオーラはとぐろを巻きまるで生き物のようにうねっている。
「綺麗……」
そのあまりのうつくしさに青髪の女子生徒が声を漏らす。
真には、この力が何か覚えがあった。人知を超えた力の躍動、自分もよく知ったエネルギーの奔流。
「鬼術か……まーた新術身につけたか、あのチート野郎め」
真は更に距離を取り構える。
詠唱が終わり、龍牙のオーラが収束し飲み込まれたときである。明らかに空気が変わった。龍牙からは殺気と呼べるような気迫が発せられ夏真っ盛りだというのに背筋が凍るのを感じる。
(来るっ!!)
風が吹き真が瞬きしたときだった。
『鬼術 第二式 瞬身!!』
龍牙から太陽を思わせるほどの光が放射される。
「っ?!」
真がまどろむ視界の中で瞼を開けたときには既に龍牙は真に肉薄し拳を放っていた。その時間、零コンマ一秒にも満たない。
真はその拳を体をねじり地面に転がりながらなんとかそれを躱す。龍牙も瞬時に瞬身を無詠唱で発動させその慣性を殺し、体勢を崩した真に近づく。真は殺気と喜びを孕んだ表情を浮かべる龍牙にかなりの焦りを感じ早口に話す。
「お、おいあんまりじゃないか龍牙。朝登校していきなり鬼術で攻撃なんてよ。なっ落ち着けって。」
必死に宥めようとする真に対し龍牙は嬉しそうに微笑みながら言う。
「クックック……やっとだな、真!これで俺はお前を倒して本物の無敵☆最強だぁぁぁぁ!!」
龍牙は真に拳を振るおうとした時だった。
「っ?!」
龍牙は見てしまったのだ今まで一度も勝てなかった相手が決まって勝利を確信したときに見せる相手をナメ腐ったような目とゲスな『ニヤリ』とゆう擬音語が似合いそうな顔を。
龍牙は本能的に感じてしまうのだ敗北の予感を。
(ヤベェ!!)
自分の犯した最大のミス、真に対して最大の警戒を怠った事に対して後悔をするも、もう時既に遅し。真を攻撃するために踏ん張った体はすぐには動かせない。
真は転がった時に一緒に握りしめていた砂を龍牙の顔めがけ投げつける。
「め、目がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
目に大量の砂が入り込み瞬きする度に目が削られるような痛みに襲われる。龍牙はすかさず結界を張ろうと霊気を練ろうとするが真はそれを許さない。龍牙に蹴りを入れて吹き飛ばす。
「ひ、卑怯だぞ!真!!勝負に小細工など使うとは!」
「なーにが卑怯だ、まず勝利の為なら小細工、イカサマ、嘘でもなんでも利用せよは、お前の親父さんの教えだろうが。」
真はニヤニヤと笑い、腰に付けているポーチに手を突っ込みながら龍牙を馬鹿にするように、言い放つ。
「それに……」
真はポーチに突っ込んでいた、手を後ろに向ける。その手には小型のスプレーがおさまっておりシューっという音と共に霧状に若干赤みを帯びた液体が噴出される。
真の急な行動に周りも黙り込んでしまう。
そんな時だった。
何もいなかったはずの真の後から断末魔が聞こえるのだった。それに対して真は更に馬鹿にするように言い放った。
「お前だって小細工してんじゃん。」
「「・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
あまりの出来事に周りの野次馬たちも大声を上げてしまう。
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「九十九くん勿体振らないで何が起きたか説明しなさい!」
体育教師は興奮覚めやらぬ様子で真に問い詰める。真の目の前には砂をかけられ目を押さえている龍牙と真の特製、世界有数の辛味成分を持つと言われる唐辛子、ブート・ジョロキアの煮汁を使った防犯スプレーの餌食となった龍牙の二人がいる。
明らかに異常事態である。何故、龍牙が二人いるのか。何故、真はこのことを初めから知っていたかのように対象出来たか聞きたい用だ。
真はめんどくさいと思いつつも順を追って丁寧に説明しだした。
「まず、先生も知っての通りだと思いますが鬼術の発動には詠唱が不可欠ですね。では発動プロセスは何通りだと思いますか?」
「それは……完全詠唱と詠唱短縮と詠唱破棄と無詠唱の四つだよな。」
「その通りです。ですが、龍牙が詠唱したのは一つの鬼術を完全詠唱したかのように見せかけた三つ分の鬼術の詠唱短縮です。」
「つ、つまりどうゆう事なんだ?」
「つまり、そこでのたうち回っている馬鹿は一度に十一式の瞬光で目くらましをして、更に二十八式の影人形を使い自分と全く同じ身代わりを作り俺に特攻させ、その上影人形に二式の瞬身まで一度に施したって訳だ。まぁ俺にはバレバレだったけどなwwwww」
最後の最後で台なしである。真の最後のイントネーションに周りは若干引くも更にその中の水色の長い髪を一つに纏めた女子生徒が手を挙げて聞いた。
「真くん、真くん!それでも龍牙君が見えていなかった説明はされていないよ、どうして?」
「おう、それは今からする。実は言うと俺も詳しくはわからないんだが、確か霊気以外のオーラが出る鬼術は全部隠形系統だったから多分無詠唱で発動させたんだろ。さっきも言ったと思うが瞬光の光の中で入れ代わったんだろ。悪いな水月詳しく話せなくて」
「ううん、全然。むしろわかりやすかったよ!じゃあ要するに龍牙君は同時に四つの鬼術を発動させたの?」
「まぁ、そうなるな……やっぱりこいつ、存在自体がチートだわ。神童様はちがいますねぇ」
自分で説明したのにも関わらず真も龍牙のオーバースペックにドン引きする。鬼術の発動自体が厳しい真からしたら龍牙はチート以外の何物でもないのだ。
「いや、相手の鬼術を一目で見破って対処しちゃう真君の方がチートだと思うよ……」
「?……水月、兵科学校受験するならこれくらい当たり前だと思うぞ。」
真は不思議そうな顔で水月に言い返すも。当の水月はあきれ顔で
「そんな普通あったら困るなー。アハハ」
と返すだけだった。
校舎からは着席10分前のチャイムがなり、体育教師もそれを聞いて顔を真っ青にして職員室へ向かって走って行った。真はそれを傍目に水月とまだも苦しみもがく龍牙を引きずりながら教室へ向かうのだった。
「そういえば、今日の体育何するの?」
「確か、一式〜五式までの練習と実践だったはず」
真が水月に説明すると、手元から元気な声で
「今回は、爆破するんじゃねぇぞ真!」
と声が響き、彼らの一日が始まる。
もちろんその後には、真の鉄拳制裁が龍牙を待っていたのは別の話である。
鬼術……詠唱、もしくは脳内処理で発動できる術。発動には適切な量の霊気が必要。番号が大きい程、霊気調節がシビアで処理も多い。無詠唱も可能。
二式 瞬身……物凄いスピードで真っ直ぐ進むことが出来る鬼術。しかし、止まるにはまた、瞬身を進んだ方向の逆に使わないといけない。
十一式 瞬光……物凄い光を出す。暗い所での目くらましに有効。
二十八式 影人形……自分と魂レベルで全く同じ物を複製する鬼術。詠唱破棄での発動は演算量が多すぎて出来ない。龍牙は今回、詠唱短縮で発動させた。
穏形……認識や気配をずらしたり。認識されなくなる鬼術。




