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恋せよTS娘!

作者: 秋野ハル

ベタなTS物を書きたいと思って書いた、そんな小説。

読んでくれた貴方がちょっとでもTS萌えを感じてもらえれば、幸いです。

 これは元々男の子だった一人の女子が、恋に振り回されたり空回りしたりするそれだけの、なんてことのないお話。平凡な、恋するTS娘が綴る人生の1ページ――。






 たしか築50年は経っていた気がするそこそこ年季の入ったうちの高校。

 その1階の、壁一面がタイル張りになっており塗装も所々が剥がれてどうしても古臭さが拭えない女子トイレの洗面台に据え付けられた鏡の前に立った俺は、自分の姿を念入りにチェックしていた。

 そういえばちょっと前までだったら女子トイレと言うだけで変な緊張感に襲われて用を足すだけでも気が気で無かったものだけど、あの頃に比べたら俺も成長したなぁ。

 まぁそれはそれとして。


「制服変にずれてないかな……目立つ皺も無し……無いよな!」


 高校指定の制服であるセーラー服の裾や胸元のリボン等を指で摘んでピッと伸ばしつつ、鏡と直視の両方でそれらに変なところが無いかを確認する。

 そしてきちんと綺麗に着れている事を確認した俺は「よし!」と小さく拳を握って、次の確認に移った。

 鏡に向かってぐい、と顔を近づける。

 そうなると当然鏡は己の目の前にある、くりくりとした愛嬌のある丸い目とぷにっと柔らかそうなもち肌の少女を映し出した。

 こうやって鏡を見るとたまに思うが、鏡に映った少女――俺の顔は、自分で言うのもなんだけどまぁまぁ可愛いんじゃないかと思う。

 って言っても所詮自己評価なんてあてにならないし傍から……例えばアイツから見たら、ただ子供っぽいだけで女の魅力なんて全然無いんじゃ……背は低いし胸だってあんま無いし……っていやいやこれから大事な時だってのにネガティブになってどうするんだ俺!

 俺はふるふると頭を振って嫌な考え弾き出すと、再び鏡に向かい合った。


「顔は……ニキビとか大丈夫だよな?髪も、跳ねているところは……あ、あった」


 顔をゆっくり傾けて鏡に満遍なく映しながらそこに映った自分自身を覗き込み、できものの類が無い事を確認すると鏡から軽く顔を離して、今度は視線を鏡に映る自身の髪へ。

 肩甲骨の辺りまである栗色のストレートヘアーには、朝の寝癖はちゃんと直しておいたはずなのにいつの間にやらぴょんと一箇所跳ねている部分があった。

 俺はその跳ねてる部分をさっと手櫛で直して……あ、また跳ねた。こんにゃろ。

 それならばと、目の前の洗面台の蛇口を捻って出した水で右手を軽く濡らしてから再び、何度か跳ねている部分を撫でる。今度は直った。

 そして俺は鏡から一歩引いて上半身が丸々映りこむ様に立って、自分の姿を再度確認する。

 鏡に映った俺の表情は緊張と決意のせいで、まるで死地に向かう武士の様に真剣な表情をしていた。


「よし…………やるぞ、今日こそやってやるからな!」


 俺は他の誰でもなく自分自身に向かって、そう宣言した。

 男は度胸だ!……って今は女だった。でも、女だって度胸だ!もう呼び出しまでしたんだ、ここでやらなきゃいつやるんだ!頑張れ俺、負けるな俺!

 心臓が警鐘を鳴らす様にけたたましく鼓動を鳴らす中、心なしか地獄の門もかくやといった威圧感が放たれている様に錯覚してしまうトイレのドアを、俺は――朝雛始あさひなはじめは、決意と共に勢い良く開け放った。





 トイレから出た俺が向かったのは、校舎2階の一角にある2-Bの教室。

 夕焼けが照らすその室内は、普段俺を含む生徒達で賑わっている時の騒がしさからは想像も出来ない程の、不思議な儚さと寂寥感を持って俺を迎え入れた。

 俺は一瞬、その空気に飲まれそうになったがしかし今の俺にはやるべき事がある。

 故に普段と違う教室の景色を味わう事もせず、俺は教室を見回して『目的の人間』を探した。

 そして教室の奥。開け放たれた窓の傍に、学ラン姿の『アイツ』はいた。

 その『アイツ』の名前は夜鳥終斗やとりしゅうと

 何をするわけでも無くただ暇そうに外の景色をぼぉっと覗いているだけだった終斗は、俺の視線に漸く気づいたらしくそのスラッとした細身の長身をこちらに向けてきた。

 終斗はそういうのに無頓着なのか、その黒色の髪は短めかつ無造作な整え方をされているけど、目鼻立ちが整ったカッコイイ顔をしているおかげでむしろ一種のファッションの様にも見える。

 というか改めて見ると本当に格好良いのなこいつ。イケメンは自然体のままでもイケメンって事かよ爆発しろ!って昔はよく嫉妬したもんだけど、今はそういう所も、その……いやいや今はそんな場合じゃなくて!

 俺が今内心でちょっと慌てている事もそれ以上にこれからの事でガチガチに緊張している事も知らないであろう終斗は、いつも通りのちょっぴり眠たげな顔で(本人曰く『別にそんなつもりじゃない』との事だが)言った。


「……遅かったな、何かあったか?」

「わ、悪い悪い。その……何かあったって言うか、これから何かあるって言うか……その為に、まぁちょっと……」

「成る程、よく分からんが大変そうだな」

「お、おう。まぁ、そんな感じだ」


 しどろもどろになっている俺の発言の意味が当然ながら分からないであろう終斗は、しかし随分とあっさりとした一言で話を終わらせた。

 意外と天然さんな性格の終斗は細かい事をあまり気にしない性質なのだ。たまに困惑させられる時もあるが、でもその性格のおかげで隣に居て安心する……だからそんな事考えている場合じゃないって!

 言わなきゃ、言わなきゃ、ここまで来たんだ。一言で良いから言うんだ俺――!

 キッと顔を上げて正面から、終斗の眠たげに開かれた眼を見る。あ、やばい。何か心臓の音が今まで以上に喧しくなってきたし、頬が溶けるんじゃないかってくらいに熱くなってきた気もする。


「あ、あ、あ、あの……」


 目に見えて混乱している俺に対して、終斗は先程と変わらぬ表情で俺の目をじっと見てくる。

 どんな時でも動じない天然さはありがたいと言えばありがたいけど、たまには目ぐらい逸らしてくれ!俺が死んじゃいそうだから!

 でも今の俺は命を賭けるに等しい大勝負に出ているのだ。死にそうなくらいではもう止まれない。

 すぅー、はぁ……すぅー、はぁ……。

 荒れる呼吸を無理矢理にでも整えて、負けじと終斗の目を見つめ返して。


「お、俺、その……実は、その、す、す、す……!」


 後一押し、後一歩。

 俺は自身の背を押し出すように最後の一呼吸を置くと、口を大きく開いてもはや叫ぶ様に言った。


「すき――――――!」





「……で、そこまでやってなぁーんで最後の最後に日和るかなぁ。このヘタレは」


 場所は高校、時刻は昼休み。情けなさとか悔しさとかその他諸々の苦い感情から机に突っ伏さざるを得ない俺の頭上から、明らかに呆れた様子をした女子の声が降ってきた。


「俺だってなぁ……頑張った、頑張ったんだよ……頑張ったんだよぉ……」


 たとえヘタレ呼ばわりされても事実なので反論できず、まるで会社を首になったサラリーマンの様な台詞を吐いて嘆くことしか出来ない俺。


「はぁー……で、何か。結局昨日はマジですき焼き食って終わっただけって事か」

「美味しかった!」

「そうじゃねぇだろ」


 『すき焼き』という単語に昨日の夕食の美味しさを思い出してがばりと顔を上げた俺を目の前には、俺の机に自分の机をくっ付けて座っている女子高生が一人。

 黒髪を馬の尻尾の様に一本に束ねた気の強そうな、そんでもって羨ましい事にボディラインのメリとハリが輝かしい彼女は柱間はしらままひる。

 女になったばかりで困っていた俺を色々助けてくれた上に今日まで何かと良くしてくれてもいたありがたい友人だが、そんな彼女も今回ばかりは投げやりなテンションと反応だった。

 すき焼きは本当に美味しかったのに……でも――。


「お母さんに無理矢理頼んで急いで作ってもらったから、材料費が俺のお小遣いから天引きされる事になった……」

「悲しむのそこかよ。『好き』じゃ無くて『すき焼き』ってのたまってしまった事に対してアンタはもうちょっと何か無いわけ?」

「違う、わざとじゃないんだ。告白するその瞬間までは俺だってイケるって思ってた。でも……」

「でも?」

「……なんか気づいたら、言えなかった」

「はぁー……」


 俺の視線の先で、まひるはこりゃ駄目だと言わんばかりにため息をついて首を振った。

 その気持ちは俺だって分かる、俺だってため息の一つはつきたい。もう昨日から数えて百回ぐらいはついているかもしれないけど。

 そう思うと脳内で昨日の事をつい思い返してしまう。


『すき――――――焼き、今日うちで、やるんだけど、お前も一緒に……どうかなぁー……って……』

『すき焼きか、それは魅力的だな。お前が構わないなら是非ご同伴させてもらおう』


 そんなわけで最後の最後、結局変なプレッシャーに負け日和ってしまった俺はその後すぐお母さんに頼み込んで、嘘を真にしてもらったのだった。大事な事だから何度も言うけどすき焼きは美味しかった。

 事情を話した時にお母さんの口から出た『ああ、うん……それならしょうがないわね……』には一体どれ程の思いが込められていたのだろうか。今の俺には知る由も……うん、まぁ間違いなくまひると同じ感じなんだろうな。どうせ俺はがっかりなヘタレだよ!


「……結局のところ、アンタには度胸が足りないのよ。まぁそりゃ親友だった奴に告白するって言うんだから色々と大変なんだろうけどさ」

「『親友だった』じゃなくて今でも『親友』だよ、まぁ出来ればそれ以上の関係になりたいっていうか……」

「そういうの良いから。……そうじゃなくて、『男同士の』って話よ」

「まぁ、うん。……そうなんだよ、本当になぁー……」


 たまに思う。俺が本当に生粋の女子だったら、終斗に気負いせず告白出来たのかなぁと。

 俺は約半年前まで男だった。極々普通の、少なくとも今俺が着てる様なセーラー服など縁が無い普通の男子学生だった。

 それが何の因果か、妙な病気にかかって女の体になってしまった。

 幸い、病気の存在が世間にそれなりに浸透していたのと学校や周りの皆も良い人ばかりだったのがあってイジメみたいな事も無かったし、まひるとか助けてくれる人たちのおかげで慣れない女子高生生活も何とかやっていけていた。

 それでもただ一つだけ、俺には深刻な悩みがあった。俺の幼馴染であり大事な親友でもある夜鳥終斗のことだ。

 アイツは本当に良い奴だ。優しくて気遣いも出来て、天然だけどだからこそこっちも本音で話すことが出来て。何かと鈍くさい俺はアイツに何度助けられたか分からない。

 ……それにアイツは俺が女になって、昔とは違う環境に放り込まれて周りからの扱いもひどくはならなかったけど何かと変わったり遠巻きになったりして、そんな中でもいつもと変わらず親友として接してくれた。

 それが俺の心の支えになって……。

 女になってから数ヶ月。気づいたら俺は終斗に何と無く惹かれていて、気づいたらアイツに対してはっきりとした恋愛感情を抱いていた。

 最初は隠そうと思っていた、諦めようとも思っていた。

 だってアイツは俺の事を男の時と変わらぬ親友として接してくれているんだ、俺だけこんな感情を抱いているなんて不誠実じゃないか。

 それに終斗だって元々男だった俺から告白されても気持ち悪いだろうし、アイツは格好良くて性格も良いから俺なんかよりもよっぽど釣り合いが取れる魅力的な女の子の方が良いだろう。

 自分の恋心に気づいたばかりの頃はそうやって悩んでいたんだけど、そんな時にまひるが言ってくれたんだ。


『本当に終斗の事を親友だって思うなら、そういう大事な事はちゃんとケリつけておきなさい。自分の為にもアイツの為にも、ね』


 まひるの言葉は俺の胸にすぅっと届いた。

 そうだ、俺は終斗の事が好きだ。親友としてもそれ以上のものとしても。

 だからこそ隠し事なんてせず誠実な自分になって、胸を張って終斗の隣に立ちたい。その為にはまずアイツに俺の本当の気持ちを伝えなきゃいけない……はずなんだけどなぁ。

 俺は自分の駄目さ加減を再自覚してしまったせいで、再び机に突っ伏してしまった。


「まぁでも、うん……今回は頑張った方だと思うわよ?なんせ今までは呼び出すところまですらいかなかったんだから」


 あまりにも気落ちしている様子の俺に、さすがのまひるも気遣いの言葉をかけてくれたが今の俺にそれは逆効果だった。


「たしかにそうだけどさー……」


 これまで何回何十回も告白しよう告白しようって思った時はあったけど『振られたら、嫌われたらどうしよう』『もう親友ですら無くなるのかな』とかそんな後ろ暗い事を思ってしまい、今回みたいな行動にすら移せなかったわけだからその時に比べれば大進歩ではあるんだけど……。


「この世は所詮結果主義なんだ……結果が出せなきゃしょうがないんだよ……」


 俺が今の今まで恋心を引きずって未だ踏み出せないでいる事に変わりはないわけで。

 そんな自分が更に不甲斐なく感じて最早俺の体はスライムもかくやといった感じで脱力してしまっている。


「あーもう……よし、しょうがないわね!……始みたいなヘタレでも、告白すら出来なくても終斗アイツと恋人同士になれる方法が一つだけあるわ」

「マジで!?」


 がばりと顔を上げてまひるの言葉に食いつく俺。

 一応俺の気持ちをアイツに伝えるのがとりあえずの目標ではあるのだけど、その最終目的は勿論恋……うんまぁそういう関係な訳で、告白すっ飛ばしてでもそうなれるんならそれに越した事は無い。

 

「躁鬱激しいわねアンタ……まぁそれは良いとして、結局の所アンタは終斗と恋人同士になりたいんでしょ?思う存分イチャイチャしたいんでしょ?」

「こっこっこっ恋人とかイチャイチャっておまっ、たしかにぃ……そうだけどぉ……そんなはっきり言われると……」

「今更何言ってんのよ。……話を戻すけど、重要なのは終斗と恋仲になるのに必ずしも始から気持ちを伝える必要は無いってことよ」

「お、おお……?」


 頷いては見たものの、まひるの言っている意味が今一理解出来ない。


「アンタ分かってないでしょ……要するにさ――終斗から告白させちゃえば良いんじゃないの?」

「はぅぁ」


 まひるからの思いもがけない提案に、俺は思わず変な声を上げてしまった。

 自分が告白しなきゃ駄目だとずっと思い込んでいたからそんな発想は全然思い浮かばなかったが、告白出来ないならさせてしまえば良い。

 確かに妙案と言えば妙案だ。でも……。


「冷静に考えたらさ、終斗が俺に惚れるなんて……有り得るのかな……」


 だって俺胸も背も小さくて女らしい魅力なんてないしファッションセンスも皆無だし家事だって全然だし未だに男言葉使っちゃってるしつうか元々男だったし……。


「またアンタはそうやってすぐ凹む……自分の欠点が分かってるなら話は早いでしょうに」

「そんな事言われても……って何で俺の考えてる事分かったんだ!エスパー!?」

「ねぇよ。途中から口に出てたのよ……具体的には『胸も背もーー』って辺りから」

「殆ど最初からだった!」


 うわぁー。

 自分の考えが筒抜けになってたって中々恥ずかしい!


「まぁアンタの場合口に出さなくてもどの道分かりやすいから、あんま気にしなくてもいいんじゃない?」

「しまった、また口に……!」

「はいはいまた脱線してるからもう要点だけ言うわよ、昼休みも終わっちゃうし」


 カァァ……失態に頬を赤くしてしまう俺の様子を気にせず、まひるは宣言通りの単刀直入で一言。


「――始、アンタ……終斗も惚れる様な可愛い女の子になりなさい」

「…………へ?」


 そんなこんなで『朝雛始美少女化計画(まひる命名)』が始まったのだった。





「――てことで、適当なショッピングモールにやってきたわけだけど……何ていうか、芋っぽい」

「い、芋っ……そんなに変かなぁ……」


 まひる曰く『何事もまずは形から』という事らしく、ファッションとか髪とか要するに俺の外観を磨く為、休日に近場のショッピングモールでまひると待ち合わせていたわけだったが、合流してからの最初の一言がまさか『芋っぽい』だとはとんだ不意打ちである。

 上は適当な英語が書かれたTシャツの上にボタンで留めるタイプの長袖のシャツを羽織り、下は何の変哲も無いジーンズ。というのが今の俺の格好だ。髪の方はいつも通りの自然体で。

 シンプルだけどそこそこ形にはなるし何より準備が楽だから、この手の格好は男の時から割と気に入ってるんだけど、まひる的にはそれじゃ駄目だったらしい。


「変じゃあ無いけど、有体に言えば色気が無いわね」

「しょ、しょうがないだろ。そんな女の子らしい服なんて持ってないんだし……」


 女になって半年。色々と慣れてきた事もあるが、俺だってそれまでの十数年男として生きてきたのだ。未だに慣れなかったり拒絶してしまう事もある。例えば言葉遣いなんかはまるっきり男の時のままだし。

 服もその類だった。

 いかにもなヒラヒラとかスカートの頼りなさとかがどうにも落ち着かなくて、ついつい男物や中性的な方向性の服に逃げてしまっていたのだ。

 そのツケがまさかこんな所で来るとは思わなかったけど、言われてみれば確かにこれじゃあ男から見て魅力的とは言えない……のかな。ていうか俺が男の時ってどんな女子が好みだったんだっけ?


「うーん……思い出せないなぁ……」

「アンタはまた勝手に考え込んで……人の話を聞けっ」

「あいたっ」


 つい自分の考えに耽ってしまった俺のデコにまひるがデコピンをかましてきた。パチンッと小気味良い音がなり、軽い衝撃と共に俺は我に返った。


「ごめんごめん……で、何の話だっけ?」

「全く……だからアンタには色気……ていうか女っぽさ?なんていうかそういうのが無いのよね。それにさっきは変じゃないって言ったけど、正直今の格好が似合ってるか似合ってないかって言ったら似合ってないわよ。まず男物がアンタには合わないわ」

「ま、マジか……」


 自分では違和感無いと思っていたのに……やはり俺のセンスは当てにならないらしい。


「まぁ物は試しね。ここはアタシにどんと任せときなさい!実は始のこと結構弄りがいがありそうって思ってたのよね……」

「あ、あのー……まひる、さん?なんか何処となく楽しそうにしてる気が……」

「女の子初心者の始に一つ教えてあげるわ。女ってのは自分が着飾ることも好きだけどね――それと同じくらいに他人を着飾ることも好きな生き物なのよ」






 はい、そんなわけで。


「あ、あ、あああ……」

「うーむ……カッコイイとか綺麗とかよりも素直に可愛い感じの方が似合うんじゃないかとは思ってたけど、ここまで来るといっそ……あざといわね」

「お前がやったんだろ!?あああ恥ずかしぃ……」


 ちょっとひらりと風で舞えば、即下着が見えるんじゃないかってくらいに短いスカート。

 ペプラム……だっけ?ウエスト辺りがスカートみたいにヒラヒラしている可愛らしい服。

 栗色の髪はふわふわのシュシュで括ったサイドポニーに。

 なんという事でしょう。そこには芋っぽいと一言で評された少女の姿は無く、庇護欲をくすぐられる小柄な可愛らしい一人の美少女が――いやまぁ俺なんですけどね。

 まひるに為すがままにされ、あっちにこっちに連れ回された結果がこれだったのだけど、正直最初に鏡見た時は本当に驚いた。「これが……俺?」ってそんなベッタベタな台詞を思わず口に出してしまうくらいには。

 自分で言うのもなんだけど「これならワンチャンあるんじゃね?」とも思った。

 だけどそんな自画自賛もつかの間。

 スカートは頼りないどころか『俺今本当にスカート穿いてるの?』レベルで存在感無くて下着しか穿いてない様な錯覚に陥りかけるし、ヒラヒラの服もふわふわのシュシュも妙に女の子していて何ていうか『女装』している感みたいなのが半端無い。

 いや男の頃なら兎も角今は女なんだから『女装』というのもおかしな話だとも思うが、それでも俺の中に残っている男としての価値観的なものがそう感じて羞恥心で悲鳴を上げているのだ。

 そういった理由でこの格好をしているだけでも結構恥ずかしいって言うのに、この格好をさせられて以降妙に周りの人たちから視線を感じてそれが更に恥ずかしさを助長させていた。やめてー、見ないでー。


「良いじゃないの、胸張りなさいよ。女は見られてナンボよ?そんだけ始が可愛いって事でもあるんだし」

「ほ、本当かよぉ……てかそれでもやっぱり見られるのは恥ずかしいし……もしこんな所終斗にでも見られたら……」

「俺に見られたらどうかするのか?」

「どうかするっていうか恥ずかしさで死んじゃ……う…………」


 俺は錆びついたロボットがそれをする時の様なぎこちなさで首を回して後ろを向く。

 すると、噂をすれば何とやら。

 俺の視線の先に居たのはいつも通りのちょっと眠たげな顔をした(勿論本人曰く以下略)終斗だった。

 

「ぴっ!?」

「ぴ?」


 悲鳴というよりかは断末魔じみた短い音を発した俺は、そのリアクションの意味が分からないのか首を傾げる終斗の事もお構い無しに、俺の中でかつてない程に俊敏な動作でまひるの後ろに隠れようとした。


「ちょっ……ひっつくな鬱陶しい!」

「無理無理無理無理無理無理無理無理!」


 何が無理なのか自分で言ってても正直分からない。ただこのままだと羞恥心に殺されかねないのは本能で理解できた。

 しかし首をぶんぶん横に振って無理無理連呼する俺を見て『全くこいつは……』と言いたげなため息をついたまひるは、その後すぐ終斗に顔を向けるやいなやとんでもないことを言い出してくれたのだ。


「とりあえず、何でアンタがここにいるのかは置いといて……今の始を見てどう思うよ、随分可愛くなったでしょ?」

「ふむ……」


 何とんでもない事聞いてるんだこのアマァ!俺を恥ずか死にさせる気ですか!?

 なんて心の叫びも言語化された時には「ひぁぁぁ……!」みたいな情けない音にしかならず、当然まひるの質問に答える為に、隠れようとしてはまひるに無理矢理表に引っ張られようとしている俺をじっと観察し始めた終斗の視線に、俺は「もうこのまま死んだ方が楽になれるんじゃないかな」とか新手の自殺願望に陥りかけた。

 が、ものの十数秒程度という長くも短い時間で俺から視線を外した終斗は、まひるに向き直ると一言で感想を述べた。


「たまには新鮮で良いんじゃないか、良く似合ってると思うぞ」

「ふぇ」


 なんか変な声出た。

 どうしよう。相変わらず恥ずかしいけど、それ以上に嬉しい。にやけた笑いが止まらない。

 変な顔になってるだろうから終斗から見えない様にまひるの背にしがみついた。


「えへ、えへへ、へへへへへへ……似合ってるって、褒められた……」

「こ、この浮かれポンチめ……喜ぶ気持ちは分からんでもないけどまだ早いわよ、ちょいこっち来なさい。あ、終斗はちょっとそこで待っててね。女同士の内緒話だから」

「了解した」

「えへへー……ってちょっ、まひる?」


 にやけていたらいつの間にかまひるに手を掴まれそのまま引きずられて、終斗と若干距離を離された。

 丁度小声の会話なら聞こえないだろう、といった距離だ。

 まひるはそこまで俺を引きずると、いかにも内緒話をしますよ言わんばかりに肩を組んでから小声で俺に話しかけてきた。


「アンタは何でそう単純なの、アイツの反応見たでしょ?全然動じてなかったわよ」

「……?でも褒めてくれたよ?」

「こ、こいつ褒められたって事しかもう頭にねぇ……良い?確かに終斗はああいう時に嘘付く様な人間じゃないからアレは正直な感想だと思うけど、それとアンタがアイツの好みに合ってるかどうかってのは話が別でしょ!」

「はっ!た、確かに……」

「ついアンタを着飾る事に夢中になっちゃって失念していたけど、よくよく考えたら終斗を振り向かせられる女にならなきゃ意味無いのよ」

「じゃ、じゃあどうすれば……アイツ、あんまそういう事話さないから俺好みなんて知らないし……」

「……ま、そこは気づかなかった私の責任でもあるからね。今からスパッと聞いてきてあげるわ!」

「えっ、ちょっとまだ心の準備が!」


 俺の制止も聞かずにズンズンと終斗に向かって歩いていくまひる。

 しかし俺だってアイツの好みは気になるから、彼女の歩みを止める事は出来ない。

 で、でもどうしようセクシーな女の人が好きとか言われたら。やっぱそういうろ、露出度の高い格好とかしなきゃいけないのかな。逆にロリロリな女の子が好きだったら?フリフリのいっぱい付いた服になるのか……が、頑張ろう!アイツの好みがどんなのだって、出来る限り合わせるんだ!

 ああでもやっぱ不安だなぁ……出来れば俺に近い好みが良いなぁ……。

 そんな感じで妄想を巡らせながらあわあわと様子を見守ることしか出来ない俺を背に、終斗の側にたどり着いたまひるがアイツに向かって単刀直入に聞いた。


「ねぇ終斗ー、アンタって女子の胸は大きい方と小さい方どっちが好み?」


 まひるさぁぁぁぁん!?

 アンタ女子ですよね!花も恥らう女子高生ですよね!何でそんなダイレクトにむ、む、胸とか聞いちゃってるの!?

 最早終斗の好みがどうとかよりもまひるへのツッコミで脳内が一杯になってしまった俺だったが、質問された本人である終斗は「そうだな……」とか言って考える素振りを見せていた。お前もお前でもうちょっと動じろよ!?

 だが終斗はすぐに、俺の頭が冷静さを取り戻す前に顔を上げると、実にあっさりとした調子でまひろへと返事を返した。


「まぁ、その二択で言ったら大きい方だな」


 ……………………。

 終斗の一言で完全に思考が止まった俺の元に戻ってきたまひるは、ぽんと肩に手を置くと慈愛に満ちた聖母を彷彿とさせる柔らかい笑みで一言。


「ま、女は外見だけじゃないわよね!」





「えー……こないだはイマイチな結果に終わったけど、気を取り直しってちょっ、やめろ人の胸さわんなっていや掴むなもごうとすんなや!」

「うっさい俺のより大きいおっぱいなんて皆もげてしまえ!」


 いきなり失敗に終わった『朝雛始美少女化計画』その1から数日後の高校の昼休み。


「そんな本気で殴らなくても……」


 小気味良い打撃音と共に頭に大きなタンコブを作って机に伏せた……ていうか伏せさせられた俺の頭上から何時ぞやと同じ様に……いや、前とは違って若干憤っているまひるの声が降ってきた。


「いきなり人の胸鷲掴みにする奴が悪い。……それよりも、私はこないだの終斗とのやりとりで気づいたんだけどアンタは胸囲うんぬんの前にやるべき事があるわ」

「そ、それは一体!?」


 がばっと顔を上げた俺にまひるはビシッと、昼食中だったせいか右手に持っていた割箸を俺に突きつけて言った。ちなみにどうでも良い話だけど、彼女は基本的にコンビニ飯派であり今日もそうだった。んで俺は学校の惣菜パンだ。


「それは雰囲気そのものを変える事よ!着飾った始を見た時の終斗の淡白な反応、見たでしょ?」

「似合ってるって言ってくれたな!えへへ……」


 さすがに服はまだ恥ずかしいけど……あの時アイツが褒めてくれたから、それ以来俺の髪型はいつもあの時と同じサイドポニーになっている。

 あの時のことを思い出してついついニヤけながら髪の毛の先っちょをくるくる指で弄ってると、まひるは明らかに白けた様な目でこっちを見てきた。


「何つうかアンタって人生楽しそうで良いわね……でもあん時の終斗の反応から察するに多分アンタ、アイツに異性として見られてないわよ?だから多分見た目が可愛くなっただけじゃ恋愛対象にすらならないかも」

「ま、マジか……」


 こんな体になっても親友として変わらず付き合ってくれる終斗の性格には感謝してもしきれないと思っていたけど、まさかそんな落とし穴があったとは。


「だからとりあえず、アイツに始だってもう女なんだって事を、異性だって事を意識させるの。その為には言葉遣いとかから直さないと。こないだの服装もそうだったけど、アンタがいつまでも男だった頃を引きずってるからアイツだってアンタの事を意識出来ないの。ただでさえ女っぽくない体してるってのに……」

「な、なるほど……って女っぽくないってアレか!?おっぱいか、おっぱいなのか!?」


 何処もかしこも立ちはだかるのは胸囲の格差社会って事なのかファッキン!滅びろ巨乳!

 だが世の理不尽に憤っていた俺を現実に引き戻したのは、まひるが両手を打ち合わせてパンッ!と鳴らした音だった。


「はいはい。どうしようも無い事について悩むのはそれぐらいにして、さっそく女の子っぽく喋ってみなさい」

「どっ、どうしようも無いって……うぅ~、分かったよやれば良いんだろやれば!」


 容赦の無いまひるの発言にやりきれない思いを感じつつ、俺は半ばやけっぱちに答えた……ものの、女の子っぽく喋れって言われても……。


「わ……私の、名前は、朝雛始……です?」

「翻訳サイトか己は。そうじゃなくてこう、もうちょっと……ほら、私がこうやって喋ってる感じでさぁ」

「そんなの簡単に出来たら苦労しねぇよ!……じゃなくてしねぇ、です……しない、です……わよ……」

「なんか段々エキサイトな感じになってきたわね」

「しょうがないだ、ろ……しょうがない、でしょ……う?」

「聞かれても」


 約16年間慣れ親しんできた喋り方を変える事は想像以上に難く、この後も暫く試してみたもののどうしてもぎこちのない感じが抜けなかった。


「う……こういうのって人前で演技してるみたいで、女の子っぽい服着た時とは似て非なる恥ずかしさがあるんだよ……」


 散々女言葉で喋らされたせいで、俺の頬は羞恥から軽く赤くなっていた。

 まひるはそんな俺の様子を見て、うーん……と唸って考え込む様に両腕を組む。


「元男ってのも難儀な物ねぇ……よし、こうなったらちょっとスパルタ式にやってみるか」

「へ?スパルタってどういう――」

「ちょっと待ってなさい!」


 まひるはそう言い残すとさっさと教室を出て行く。

 しかし何事かと俺が首をかしげている間に彼女は戻ってきた。……何故か、終斗まで連れて。


「え、なんで終斗を?」


 俺とまひるは同じクラス、終斗はその隣のクラスに在籍していて、3人とも昼食は基本的に自分のクラスで食べている。

 だから多分終斗は自分のクラスから連れて来られたんだろうけど……しかし何故に?

 俺は新たな疑問に再び首を傾げるが、その答えはすぐまひるの口から出た。


「今から一つ、ゲームをしようって思ってね。というわけで――今から昼休みの間、始には女らしい言葉遣いで終斗と会話して貰うわ、男言葉で喋っちゃったら私らにジュース一本おごりね。はいスタート!」

「ほう、何事かと思えばそういう趣旨か。それならせっかくだし付き合おうか」

「え、ちょっ、ええ!?」


 何でまひるは普段頼りになるのに、たまにぶっとんだ事言い出すの!?そして終斗は相変わらず動じないなぁ!

 突然のゲーム開始の合図に慌てふためく俺の耳元で、その妙なゲームを始めやがった張本人であるまひるが終斗に聞こえない様に囁いた。


(良い!?アンタは度胸が無かったり恥ずかしがりやだったり要するにヘタレだから、これぐらいしないと尻込みしちゃうでしょ?ほらジュース奢られたくなかったら頑張んなさい。それに終斗が見てる前で女の子っぽく喋れたらアイツも少しはアンタの事、意識するかもしれないわよ!)

(う、それは魅力的だけど……うー……よし!とりあえず頑張ってみる!)


 そうやってひそひそと話していたら、それをいぶかしんできたのか終斗がいきなり横から話しかけてきた。


「……どうかしたのか?」

「え゛!いやべ、別になんでもない……わ、わ、わ、わよ?」


 セェーッフ!

 しかし何とか答えられたは良いものの、終斗がいるせいだろうか。さっきまでまひるだけと女言葉の特訓をしていた時の数倍恥ずかしい。

 さっそく頬が熱くなってきた俺に、無情にも終斗が追い打ちの如く会話を続けてきた。


「おお、ちゃんと言えているな。……そういえば女らしいで思い出したが、こないだの休日の時からずっとその髪型なんだな」

「へっ!?あ、あ、あのっ……やっぱ女の子っぽいのなんて……似合わない、かな?」

「いや、個人的にはそっちの方が似合ってるし可愛いと思うぞ。まぁ俺のセンスだから当てにならんかもしれないが……」

「ふへぇ!?や、そ、そんな事無いって!だって、……その……お、お前にそう言ってもらえれば……ふへへ……」


 俺の言葉はどんどん尻すぼみに小さくなっていって、最後にはただのにやけ笑いになってしまった。

 でも元々恥ずかしかったところに似合ってるとか、可愛いとかあんな事言って貰えたのだ。もう羞恥と歓喜が混ざり合って自分でもよく分からない感じになってもしょうがないと思う。


「ああそうだ、こないだみたいな服はもう着ないのか?あれも良かったと思うが」

「ほ、本当に!?そ、その……また……見たかったり、する?」

「……始が着てくれるというならば。まぁ無理強いはしないが――」

「着る!絶対また着る!うんと可愛い奴!」

「そうか、なら楽しみにしている」

「うん!えへへ……」


 ああどうしよう、嬉しすぎてしんじゃいそう。ああいう服は恥ずかしいけど……頑張らなきゃ、他の誰でもない終斗がまた見たいって言ってくれたんだし――。

 と、そんな感じで幸せに浸っていた俺の思考は『キーンコーンカーンコーン』とベッタベタな擬音で表せる様なチャイムの音で現実に引き戻されてしまった。


「あれ、もう昼休み終わり?」

「む、そろそろ戻らなければな。それじゃあ始、また放課後」

「あ、うん。またな!」


 元のクラスへと戻っていく終斗をパタパタと手を振って見送る俺。

 教室と廊下を隔てる扉の向こうへと終斗が消えていった後、俺は手を止めると何故か俺たちの後ろで全然喋ってなかったまひるへと、満面の笑みで振り返りながら成果を報告した。


「やった!また見たいって言われた……って、まひる?どうしたんだ?」


 振り返った俺の視界に映っていたのは、何故か凄い釈然としていなさそうに口をへの字に曲げたまひるの姿だった。

 そんなまひるは俺の疑問に、うーん……と難しそうな顔でひとしきり唸った後、漸く返答をした。


「はぁ、なんていうかさぁ……ま、とりあえずアンタはジュース奢りね。明らかにって言ってたし」

「ふぇ?……あ、そういえばそんなのもあったな!うん分かった、全然良いよ!あ、でも代わりってわけじゃないけどまた今度可愛いファッションとか教えてもらってもいいか!?」

「あー、うん。良いんじゃないかしら……」

「やったぁ!」


 たまにぶっ飛んだ事言い出すけど、やっぱりまひるは頼りになるな!

 でもこの時の俺は浮かれているあまり全然気にしてなかったけど、何故かまひるは学校が終わるまでずっと難しそうな顔のままだった。





「もしかして、とは思ってたけど……まさか終斗の奴本当に……でもマジで?いやでもあの台詞はやっぱねぇ……」





「うーん……なぁまひるー、次は何すれば良いと思う?」

「え、何が?」

「何ってアレだよ!ほら、何だっけ。『朝雛始美少女化計画』、結局二つとも失敗しちゃったし次こそは成功させないと!」


 いつも通りの昼休み。俺はいつもと同じ様にまひると、終斗を惚れさせる為の作戦について話し合っていた……が、何故だかまひるの顔は若干浮かない様子。


「あー、アレ……やる必要あんのかなぁ……」

「ん、今何か言ったか?」

 

 まひるが何か小声でぼそりと呟いた様だが、よく聞こえなかったから聞き返してみる。

 だがまひるはそれを苦笑いで誤魔化すと、いつもの調子に戻って声を上げた。


「あー、ごめんごめん気にしないで。……よし。ま、ここまで来たならやれるだけやってみましょうか!……ぶっちゃけどっちに転んでも……」

「え?」


 また最後の方だけ聞き取れなかった。いつもはハキハキと喋るまひるらしく無い。

 しかしそのまひるはまた苦笑いをしてそれを誤魔化す。


「ああいやなんでもない、なんでもない。……それじゃあ今回もいつも通り当たって砕けるわよ!」

「お、おー!……って今度は砕けないから!」

「はいはい、まぁ砕けても……むしろ砕けるくらいの方が……」


 俺のツッコミを軽くあしらった後、またぶつぶつと一人で何か呟き始めたまひる。

 ……何か悩みでもあるのかな。普段は一杯助けてもらってるんだ、もしアイツが困っているんだったら次は俺が助けてやらなきゃ!

 そう決心した俺の前で、まひるは相変わらず何やら難しい顔をしていた。





『外見も雰囲気も大事だけどそれに加えてもう一つ……古今東西、男を落とす決め手はいつだって胃袋よ!「俺の為に一生味噌汁を作ってくれ」と、そんな台詞を引き出せるくらいの料理人を目指すの!さぁレッツトライ!』


 まひる曰く「人間の三大欲求の一つである食欲さえ虜にしてしまえば、そいつの三分の一は最早自分の物になったも当然」との事らしい。……何処かヤケクソ感漂う気もするけど、きっと気のせいだよな!

 そんなわけで俺はあれから一週間、特訓に特訓を重ねて何とか普通に弁当を作れるくらいにはなっていた。

 そんでもって昼休み。絆創膏だらけの両手にそれぞれ風呂敷に包まれた小ぶりな弁当を一つづつぶら下げた俺は普段の昼休みとは違い自分の隣の、終斗のクラスへと向かっていた。


「ふふふ……終斗の奴、俺が弁当作ってきたって聞いたらどんな反応するかなー」


 俺が両手に持つ弁当は、一つは自分のものだけどもう一つは終斗の為に作ってきたものだ。

 アイツに内緒でこっそり特訓してこっそり作ってきたから、これを見たらさぞや驚くに違いない。

 もしかしたら料理が出来る様になった俺を、女として意識してくれちゃったりしちゃったりして!

 なんて妄想で浮かれながら、俺は鼻歌交じりで終斗のいる教室に入った。

 そしてキョロキョロと辺りを見回すと……あ、居た!


「終斗ー!あのね、今日――」


 窓際にある自分の席に座ってた終斗は、丁度昼飯を食べるところだったらしい。

 多分自作・・であろう弁当の蓋を開けたばかりのアイツは、とてとてと小走りで近づいてきた俺の声に気づいたのか例の如くちょっと眠たげな顔をゆっくりと持ち上げた。

 ……うん、ていうか……ていうかさ。


「ん?どうした始、そんなところで固まって」

「……し……」

「し?」


 しまったぁぁぁぁぁぁ!!

 こいつ自炊派じゃん!しかも親じゃなくて自分の手作りじゃん!

 何で、何でそんな重要な事を忘れていたんだ俺の馬鹿!アホ!ヘタレ!

 ……終斗は俺なんかよりも全然料理上手いから、俺の弁当なんていらないんだろうな……。

 蓋の開いた終斗の弁当をちらりと覗き見ると、やっぱり見た目も配置も俺のなんかより全然綺麗で美味しそうだった。


「ど、どうした?今度は泣きそうな顔になってるぞ」

「ぅ……その、あの……えっと……」


 お前に弁当を作ってきた……だなんて、今更言えるわけが無い。

 終斗の作った物よりも絶対見栄え悪いし、味だって美味しくないのに。終斗のことだから絶対に笑いはしないだろうけど、それでもこんな下手な弁当が終斗の弁当の隣に置かれるのが俺はたまらなく嫌だった。

 もうこれは持って帰ろうと、失意の中そう俺が思った時、不意に聞こえた終斗の声に俺の意識が浮上した。


「む、それは……弁当か?しかも二つとは、珍しいな」

「えっ……これは、その……1個は終斗に……あっ」


 つい正直に口走ってしまい、しまった!と内心で後悔するがもう遅く、俺が左手側に持っていた弁当を何も言わず突然ひょいと奪った終斗は、そのまま俺の弁当を自分の机に置くと弁当を包む風呂敷を躊躇無く開く。


「ちょっ、ちょっと待って……!」


 そして俺の静止も聞かず、弁当の蓋をかぱりと開けた。


「あっ……ぅぅ……」


 俺の弁当の中身は隣に置かれている終斗の物と比べると一つ一つのおかずが焦げてたり形が歪だったりするし配置の仕方も全然下手で食欲をそそらないだろう。

 作った時には「初心者にしては中々やるじゃないか俺!」って感じでちょっと誇らしげにすら思っていたけど、今こうして終斗の物と見比べてみると自分のが酷くみすぼらしく見えてしまい、胸が苦しくなる。

 しかし終斗はそんな事を気にする素振りすら見せず俺の弁当に箸を伸ばすとそこから一つのおかずを、一切れの卵焼きを摘み取った。


「あっ……」


 それ俺の得意だったやつ……。

 大雑把に言えば卵を巻いて焼くというだけの料理にそこまで得意不得意があるのかどうかは置いといて、それは俺が唯一良く出来ていると自称出来るおかずだった。

 それが終斗の口に吸い込まれる様に入っていく。

 どうかな、美味しいっていってくれるかな。

 弁当の見た目がアレだっただけに、今の俺にとってそれだけが唯一の希望だった。

 俺が固唾を呑んで見守る中、アイツは味わう様にゆっくりと卵焼きを噛んでから飲み込むと、俺に顔を向けて一言言った。


「始……この卵焼き、少々しょっぱいな。塩と砂糖間違えてないか?」


 ああそういえば味見忘れてたかもー……もう死んだ方が良いんじゃないかな俺。

 あんまりにもあんまりなミスに、俺はもう後悔とか色々すっとばして楽な自殺法を脳裏に描き始めていたが、そんな俺の内心を知らないであろう終斗はつらつらと俺の方を向いたまま喋り始めた。


「だが焼き加減も形もよく出来てるな。しかし始、お前は料理なんて全く出来ないものだとと思っていたが……」

「実は一週間前からさ……こっそり練習してたんだけどね……ははっ……」


 首釣りが楽って聞いた事あるなー、あれなら度胸無い俺でも出来るかなー……とかそんな事を考えていた俺は、終斗の問いも馬耳東風といった感じで、殆ど何も考えずに受け答えをしていた。


「そうか……よく頑張ったんだな」

「…………ふぇ?」


 しかし不意に終斗がかけてくれた労いの言葉が耳に届いた瞬間、俺はあっさりと我に返った。

 ぽかんと口を開けて間抜けな顔になっているであろう俺を他所に、終斗は黙々と俺の弁当に入ってた他のおかずも幾つか摘んで卵焼きと同じ様に味わうと、再び俺に向き直り言った。


「うん、まだ課題はあるかもしれないが……一生懸命で気持ちがこもってるのが分かる良い料理だと思う。俺はこういうの好きだな」

「……ほ、本当に!?」


 誰でもない終斗の為に作ったからか、頑張って作ったからか、それともその両方だからか。兎に角お世辞だとしても、やっぱ褒められると凄く嬉しい。

 さっきまでの陰鬱な気持ちも何処かへと吹き飛んじゃって、また頑張って作ってみようかな……なんて考え始めていた俺に向かって終斗は話を続ける。


「……始、どうせなら俺が料理、教えようか。一人でやるよりも上達が早いだろうし……俺も、上手くなったお前の手料理を食べたいからな」

「えっ……うん!やろうやろう!頑張ってお前と同じくらいに……ううん、それ以上に美味しい料理をお前に作ってやれる様になるから!」

「ああ……楽しみにしている」




 

 昼休みが終わり、喜色一杯の表情で戻ってきた俺を出迎えたのは若干申し訳無さそうに視線を下げたまひるだった。


「あのさ、始……ごめん。そういえばアイツ自炊派だったのすっかり忘れ――うわ何その笑顔!?何、なんなの?変な方向に吹っ切れちゃった!?自殺とか考えてない!?」


 俺の表情が予想外だったのか、目を見開いてたじろいだまひる。

 そっか、俺の為にそんな悩んでくれてくれていたのか。

 終斗とはまた違う、でも同じくらい大切な親友の心遣いに胸を暖かくしつつ俺は笑顔のまままひるに報告を始めた。


「あのね、終斗に料理を教えて貰える事になったんだ!『上手くなったお前の手料理を食べたい』って言われたからな、頑張らなきゃ!」

「お、おお……」

「あ、でも……」


 そういえばすっかり忘れていた事が一つあって、それのせいでまひるに申し訳無く思った俺はしゅんと肩を落としてしまった。


「『お前に味噌汁を作って欲しい』って言わせる程の料理は全然作れなかった……ごめんなまひる、せっかくお前が応援してくれていたのに……」

「いや、まぁ気にする事無いと思うわよ……?…………まぁ、ある意味成功だと思うし……」

「まひる……!」


 最後の方は小声で言われた為聞き取れなかったが、作戦に失敗してしまった俺に『気にするな』と優しい言葉をかけてくれる親友の器に、俺は思わず感極まってしまい彼女にひしと抱きついた。


「俺、応援してくれるお前の為にも絶対にアイツを振り向かせる様になるから!もっと頑張るからな!」

「ちょっ、何もういちいち大げさなんだから……まぁその気持ちは嬉しいけど、なんつうかさぁ……もうアンタ――やっぱ終斗に告白したら?」


 いきなり『朝雛始美少女化計画』の意義を根本から揺るがす発言をしだしたまひるに俺は驚きを隠せなかった。


「え…………ええ!?無理だって!だから今こうやってアイツを惚れさせようって……」

「あのねぇ……うーん、こういうのは他人から言うもんじゃない気がするから具体的な理由は隠すけど、多分もうそういうの必要ないんじゃないかなーって」

「必要無い……?」


 それはつまり……。

 うーん、と唸ってしばらく、俺はその意図に漸く気づいた。そうか、そういう事だったんだな!


「はっ、つまり飾らず有りのままの俺をぶつけろって事なんだな!最後に物を言うのは真っ直ぐな気持ちって事か!」

「あー……そうそうもう何でも良いから兎に角今度こそ当たって砕けなさい!」


 最早『朝雛始美少女化計画』とは一体何だったのかと言わんばかりの発言だったけど、他ならないまひるが言ってくれてるんだと思うと俺も今ならイケる気がしてきた!


「よ……よし!せっかくお前がそう言ってくれてるんだもんな!や、やるぞー!今度こそ告白してやる!……いやでもやっぱ砕けるのは駄目だろ!」

「そうやって尻込みしてるからアンタは告白出来ないしヘタレだって言われるのよ!大丈夫、とりあえず当たりさえすれば案外どうにかなるから!」





 そんなわけでそんなわけで!

 いつかの景色と同じ様に夕焼け色に染まり、昼間とはまるで違う様相を見せている静かな教室では、いつかと同じ様に顔を真っ赤にしてがちがちに緊張した俺と、いつも通りにちょっと眠たげな顔の終斗が向かい合っていた。

 いつかの昔と違うところは、アイツが褒めてくれてから毎日結んでいるサイドポニーの髪と、俺自身の決意の堅さ。

 二度目の告白という事とまひるが背中を押してくれているという安心感から、今は前の様な混乱はしていない。


「……あ、あの……さ……その、ずっと俺、お前に言いたい……言わなきゃいけない事があったんだ」

「…………」


 終斗は真剣な俺の雰囲気を察してくれているのか、黙って話を聞く事に徹してくれていた。

 心臓の音がうるさいくらいに耳に響く。頬は茹った様に熱い。頭もクラクラしてきている。

 

「俺の性別が変わって……前と全然違う姿になっちゃったのに、お前は全然変わらず一緒にいてくれて……お前が親友で本当に良かったって、俺はずっと思ってた。だけど……」


 『朝雛始美少女化計画』は全部失敗に終わってアイツを惚れさせる事は出来なくて、結局はこうやって俺から告白する事になったけど……俺はこれで良かったんじゃないかと、こうするべきだったのかもしれないと、今はそう思っている。

 まひるは言っていた、『とりあえず当たりさえすればどうにかなる』って。

 何事もやってみなければ始まりすらしない、好きって気持ちもそうだ。抱えたまま終われば後悔してもしきれない。もし駄目でも本当に好きだったら、何度だって当たって砕けろだ!

 多分まひるはそんな感じの事を言いたかったのだろう、俺は本当に良い友人達に恵まれたと思う。

 いつだって俺に道しるべをくれる大切なもう一人の親友、まひるの為にも俺はここで逃げるわけにはいかない。

 だからたどたどしくだけどそれでもはっきりと、俺は自分の気持ちを正面から終斗にぶつけていく。


「正直、こんな事言ってお前に嫌われたらと思うと……もう親友として、友達としてすら扱われなくなるのかと思うと、本当に怖い……でも、それでも……!」


 終斗から俺の事を好きになってもらえたら、告白してもらえたならばそれはとても嬉しい事だろう。

 だけどアイツと俺は親友で、俺は元男で……幾ら近くにいても恋人には遠すぎる関係だ。

 たとえ俺がどんなに終斗の好みに近くなったって、アイツにとって俺は親友以上になりえないかもしれない。いつかそう遠くない未来にアイツの側に相応しい伴侶が現れるかもしれない……アイツ、格好良いし。

 だとしても俺は……!


「俺はお前と、もっと一緒に居たいんだ!お前の側に他の誰かがいるなんて、そんなの嫌だ!俺は鈍くさいかもだし女の子っぽい魅力も全然だし料理もまだまだ下手だし、良い所なんてこれっぽっちも無いかもしれないけど、それでも頑張るから!気持ちだけは絶対誰にも負けないから!だからっ……」


 決めたんだ、ちゃんと自分の口から言うって。

 口に出さなきゃ伝わらない気持ちだってあるから。この思いを隠したままじゃ胸を張って終斗の隣に並べないから。終斗と、大切な人とずっとずっと一緒に居たいから!

 俺は深く息を吸って、真っ直ぐ終斗の目を見て。

 魂こもった大きな声で、宣言する!


「終斗!俺は女としてお前の事が好っ」


 ガリッ!!


「……………………」


 あ、舌噛んだー。


「……っ――――――――!?」


 それがあまりに唐突過ぎたせいで頭が真っ白になってしまっていたが、僅かな間を置き鋭い痛みが舌にやってきた事で俺はその場に屈んで両手で口を押さえざるをえなかった。


「だ、大丈夫か……?」


 困惑と心配の色を含んだ終斗の声が聞こえてくるが、大丈夫じゃない。色んな意味で大丈夫じゃない。

 舌噛むって。今度こそ、今度こそ心に迷いなんて無かったなのに、まさか舌噛んで中断だなんて。

 教えてまひろえもん……当たる前に砕けてしまったら、一体どうすれば良いの……?

 さっきまで全身に走っていた緊張も、迸っていた意思も全て急速に萎えていく。

 無理。もう告白とか絶対無理。というか勢いで色々ぶっちゃけてしまった今、明日から終斗とどうやって顔合わせれば良いんだ。

 いっそそこら中にある机の角に頭ぶつけて記憶飛ばそうかな……と、本気で考えはじめていた俺の頭上から、不意に終斗の声が聞こえた。


「始。喋れないならそのままで良い、代わりに俺の話を聞いてくれないか。大事な話があるんだ」

「ひゅう、ひょ……?」


 その声は真剣な……そう、告白しようとしていた俺と同じくらいに真剣な雰囲気を纏っていて、だから俺は失意の中でもついその声に反応したかもしれない。

 見上げた視界の中でちょっと眠たげないつもの顔……では無く、かつてない程に真剣な表情をした終斗が『大事な話』を始めた。


「ずっと悩んでいたんだ。これを伝えてしまったら、お前との関係が壊れてしまうのでは無いかと。それが怖くてずっと隠してきた」


 終斗は何を言おうとしているんだろうか。

 それはまだ分からないけど、でも……なんだろう。何処かで似たような台詞を聞いた事があるような……。


「だが、お前が勇気を振り絞ってくれたおかげで俺も決心がついた。だから言うよ……俺も、お前とずっと一緒に居たいから」


 えっ、その言葉って――。

 さっきからの終斗の台詞が誰のものに似てたのか、そして彼が何を言いたいのか。

 それを俺が理解すると同時に……それが終斗の言葉として、現実の物となって現れた。


「――好きだ、始。親友では無く一人の男として、お前の事を愛している」





 そしてそれから何週間か経ち。


「でさー、終斗がね――終斗で――それで終斗と――でねっ終斗が!」


 いつも通りの昼休み。

 コンビニの飯を突っつくまひるの前で俺は自分の弁当を食べる事も無く右手に持ったまま、ここ最近の終斗との出来事を思いつくままに話していた。


「あああ終斗終斗うっせぇぇ!!そんなに好きならアンタをゴールにシュートしてやろうか!?」


 だがあまりにも一方的だったからか、頭を抱えながら立ち上がったまひるに思いきり怒られてしまった。

 終斗の事を話すのが楽しすぎてついつい話しすぎてしまった。注意しないと。


「あははごめんごめん、俺ばっかり話しすぎてたな……あっ!そういえば思い出したんだけど終斗が――」

「んあああ告白なんてさせるんじゃなかった!こいつ超めんどくせぇ!」

「それで終斗が――」

 

 と、そんな感じで俺達が会話に勤しんでいると、横から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「始」

「終斗!」


 名前を呼ばれた俺は、声を弾ませてそれに答える。当然だ、だって俺を呼んだのは他でもない親友――じゃなくて、今は俺の彼氏である終斗だからだ。


「悪い、待たせたな。少し先生のところに用事があって遅れてしまった」

「ううん!俺は全然待ってないよ!」

「むしろ私が待ってたわよ、早くこの馬鹿犬連れて行ってよ。ほらめっちゃ尻尾振ってるから」

「ば、馬鹿犬!?」

「まぁ、確かに撫でた時の感触は犬っぽいかもな」


 柔らかく微笑みながら終斗はそう言って、俺の頭に手を置く。


「ふぁ……えへへ……」


 頭を撫でられる感触が気持ち良くて思わずにやけてしまった。


「こんなところでイチャイチャしてないで行くならはよ行け馬鹿ップル共」

「むっ、そうだな早くしないと昼休みが終わる」


 呆れた様なまひるの声に終斗が反応する。そのせいで頭の感触が離れてしまって俺は若干の寂寥感を感じたが、早く行かなければ昼休みが終わってしまうことも確かだ。

 それに気づいた俺は急かすように終斗に言う。


「それじゃあ早く行かなきゃな、屋上!」


 俺は終斗と付き合うようになってからずっと、昼休みになると終斗と二人で一緒に屋上で昼ご飯を食べるのが日課になっていた。

 屋上を使うというのも二人きりでご飯を食べるのもまひるの提案だ。

 俺と終斗は揃って、ご飯食べるならまひるも含めた3人が良いって言ったのだけど「いやあんた等の仲に水差すのはめんどくさ……じゃなくて悪いから、私の事は気にせず二人で食べなさい」と言ってくれたので、今はありがたく二人きりにさせてもらっている。

 それにしても付き合うまでだけじゃなくて、その後もこうやってフォローしてくれるなんて、やっぱまひるは頼れる親友だ。何故か今は微妙な表情してるけど。

 そんな親友をよそに、俺は風呂敷に包まれてる弁当を終斗に自慢げに見せびらかした。


「じゃーん!今日の弁当は自信作なんだ!」

「それは楽しみだな、最近の始は俺よりも腕が良いからな」

「そんな事無いよ!終斗の方が美味しいって!」

「だから早く行けっちゅうに……」

「そうだった!」


 今日もいつも通り互いの弁当を食べあいながらの昼食だ。

 楽しみだなぁ!

 逸る気持ちを抑えられない俺は二人で屋上へと行く為に、空いている小さな左手で終斗の大きな右手をかしっと掴む。

 握り返してくる感触とその肌から伝わる熱の暖かさに、俺はまた頬を緩ませてしまうのだった。

 こうして俺の恋は何とか成就して、恋に振り回されたり空回りしたりする騒がしい日々も終わりを告げた――と思ってたんだけど……。





「助けてよーまひるえもーん!!」

「誰がまひるえもんよか。つかひっつくなうっとおしい!……で、今度は何?」

「何だかんだで聞いてくれるまひる大好き!それで相談なんだけど……俺と終斗との仲に危機が迫ってるんだ!」

「……一応聞いてあげるけど、のろけ話だったら一発殴っても良い?」

「ひどい!でもそんなんじゃないから!実はな、終斗の家に今度大学生のいとこの人がちょっとした事情で居候としてやってくるらしいんだ……で、その人は女性なんだけど美人で頭も良くて……しかもおっぱいが大きいんだ!」

「……で?」

「いやぁ、だから……まひるみたいにおっぱい大きくする方法を教えてください!」

「よし殴る」

「なんでさ!のろけ話違うじゃん!」

「同じくらいにくだらないって事よ!つうか逆に聞くけどね、おっぱい一つで終斗がアンタから鞍替えすると思う?」

「うっ……そりゃアイツの事は信じてるけどさ……でもそれとこれとは話が別じゃん!だっておっぱい大きいし年上だし美人だしおっぱい大きいんだよ!?そんな人が同居するなんて……一夜の過ちとか起きちゃうかもって思ったらもうどうしようって!」

「……しょうがないわね、全くアンタはいっつもヘタレなんだから」

「まひる……」

「――終斗にアンタのおっぱい揉んででかくする様頼んできてやるわ」

「まひるー!?待って、早いって!そういうのまだ早いって!」

「ええい離しなさい!口を開けばのろけるかくだらない悩みばかり吐きおってからに!どうせ一生イチャつき続けるんなら早くても遅くても変わんないわよ!」

「そ、そりゃあ勿論、死が二人を分かつまで側にいるつもりだけどさぁ……ってあー!?駄目だって!それはそれとしてもっ、揉みっ……そういうのはもうちょっとこう、情緒とか――」

「どうした?随分楽しそうだが、何の話をしているんだ?」

「しゅ、終斗!?あ、あ、あのっ、別にた、大した話は――」

「丁度良いわ、あのさー終斗ー、こいつのおっ――」

「ぎゃー!!わー!!あぁぁぁ!!」


 どうやら恋する俺の騒がしい日々は、もうしばらく続きそうだった。

【ちょっとしたおまけ話】

まひる「そういやさぁ、アンタ気づいてたでしょ始の気持ち。いつからよ」

終斗「……まぁ、実は最初に呼び出された時からもしかしたらとは思ってた。それで始のテンパリ具合を見て5割ぐらい確信したな。自分でもそういうのに疎いという自覚はあるが、さすがにあれで気づかない程の朴念仁ではないぞ」

まひる「まぁ、そりゃそうよねー。わかりやすいもんねアイツ。じゃあ何でさっさと告白しなかったのさ」

終斗「半分は……俺も怖かったんだ。たとえ始から恋愛感情を持たれているのが分かっても、もしそれが俺の勘違いだったらと思うと、告白まで踏み込めなかった。今思えば男として情けない話だがな」

まひる「つまり始と似た理由って事か、どっちもどっちねぇ。それでもう半分は?」

終斗「……別に始が女の子らしくなかろうとこの気持ちに変わりは無いんだが、それはそれとして女の子らしくなろうと頑張るアイツは、実に可愛らしかったと俺は思うんだ」

まひる「あー……やっぱどっちもどっちって事か!爆発しろ馬鹿ップル共め!」


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