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【新装版】虹の流星とAI彼女#2  作者: グロモワール
2/2

落日のイシュタル:黎明のヴェスタ

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・地名等とは一切関係ありません


このエピソードとR18のエピソードを同時投稿しています

次元移動航行要塞アヴァロン。その中枢たる管制室に、重々しい沈黙が満ちていた。

私は、禍々しくも美しい意匠が施された至高の玉座に深く腰掛け、静かに息を吐き出していた。

表向きは、絶対者としての威厳を崩さぬよう、冷徹な仮面を維持している。しかしその内心では、最初の作戦が無事に成功したという事実に、酷く安堵していた。

手元の映像端末を物静かに操作し、先ほど我が軍の手によって壊滅した「地球」の、そして私の故郷でもあった地の惨状を調べ始める。

「陛下! 2号機の試験、見事に成功いたしました!」

静寂を破ったのは、女性研究員である七瀬君の、歓喜に満ちた高らかな報告だった。

「これで、どれほど離れた場所からでも、次元ゲートを介してレールキャノンを行使することが可能となります!」

フ、と私は心の中で、あるいは漏れ出ぬ程度の微かな吐息で嗤う。

アヴァロン2号機。それは、超高速のレールキャノンと、実験段階であった粒子収束レーザーを同時搭載したハイブリッド型の決戦兵器。ただ任意の座標にゲートを形成するだけで、あらゆる遮蔽を無視して必殺の威力を叩き込む、文字通りの「オールレンジ要塞」である。

今回の第二攻撃として、我らは砲口に接続したゲートリングを通じて、最初の攻撃座標へと高度一万メートルからマッハ10の特殊弾頭を射出した。

それはさながら、天が落とした不吉な隕石そのものであった。猛烈な衝撃波を伴って地表を穿った弾頭は、かつて繁栄していた札幌の都心部を、跡形もない巨大なクレーターへと変貌させているはずだった。

「――皆、ご苦労。ここまでは極めて順調だ」

私は、頭に響くような重厚な声音をコントロールし、部下たちへと言葉をかける。魔王としての威厳を保ちつつも、彼らの労をねぎらうことは忘れない。

「要塞は現在、高高度に位置している。だが、万が一の反撃や不測の事態に備え、防御シールドは最大出力で展開しておけ」

「ハッ!」

管制室にいる一同が、一糸乱れぬ、そして自惚れの一片すら感じさせない歯切れの良い返事で応じる。これほど優秀な部下たちに恵まれたことは、私の数少ない幸運だろう。

「……ひとまず、ブレイクタイム(休息)とする。地球側の情報収集を行うなり、各自、有意義に過ごすがよい」

「陛下! ではこの間に、私は地球の最新地形データをこちらへリンクさせておきます!」

オタク気質ではあるが、その技術力は確かな研究員、明美君が勢いよく手を挙げた。

「ああ、よろしく頼む」

「監視レーダーの追跡は僕にお任せください。ただし、陛下の手を煩わせぬよう、特異な報告のみにとどめます」

男性研究員の藤堂君もまた、主君の意図を察して率先して動き出す。

彼らの忠実な働きを見届けながら、私は深く息を吸い、再び玉座へと背を預けた。

おもむろに手元の映像端末をスクロールし、先ほど滅ぼした地球側が、この未曾有の事態にどう対応しているかをリサーチする。

動画サイトには、ひしめき合うようにして「札幌の街から立ち上る爆炎と黒煙」の映像が乱立していた。

札幌周辺は皮肉なほどに見通しの良い平野部が広がっているため、遠く離れた千歳空港からでも、その破滅の光景がはっきりと確認できるのだろう。

画面の向こうでは、旅行で訪れていたと思われる外国人たちが完全にパニックに陥り、狂乱していた。中には、あの忌々しくも美しい爆炎を見つめたまま、その場に崩れ落ちて嘆き悲しんでいる者もいる。

(……流石はSNSと言うべきか。情報が拡散する速度だけは、何よりも早いな)

冷酷に切り捨てたつもりでも、かつての故郷の無惨な姿には、どこか胸が締め付けられるような感覚が残る。だが、絶対者たる私が弱みを見せるわけにはいかない。

しかし、安堵の嘆息を漏らすのも束の間。

突如として、管制室の計器類がけたたましく鳴り響き、一気に緊張が走った。

「2号機……っ!? 一体どうしたというの!」

「バカな、施設のレーザーが、勝手に稼働している……!?」

「照準は――東京上空! しかも、最大収束モードに入っています!」

通信回線の向こう側から、2号機に詰めていた研究員たちの悲鳴じみたパニックの声が響いてくる。

東京上空への照準。勝手な起動。

なるほど、私にはその原因に心当たりがあった。ヴェスタの力の象徴たる、あの女王――。

「2号機の者たちよ。慌てるな、それは問題ない」

私は騒然とする管制室を宥めるように、あえて鷹揚に、静かな声で告げた。

「……あの子が、力を欲しているのだ」

私の言葉に、研究員たちは不思議そうに互いの顔を見合わせる。だが、すぐに七瀬君がその意図を察したように、張り詰めていた表情を和らげた。

「もう・・・あの子ったら、こんな怪奇現象まで起こすなんて。やはり、先人の彼女には敵いませんね」

どうやら皆、私の不器用な説明から「あの子」の存在を正しく理解してくれたようだ。

『――こちらでも確認いたしました。このまま、機械の望むままに制御を委ねます』

なぜか通信が全体スピーカーへと切り替わってしまったため、その緊迫した音声が管制室の隅々にまで響き渡っていく。

『収束レーザー、80%の出力で座標固定!』

『まもなく――照射されます!』

(イシュタルよ・・・君もまた、私と同じ苛烈な覚悟を背負うというのだな)

脳裏に浮かぶのは、娘の婿である勇斗君が提案した、あの狂気とも言える戦術だった。

外部からのエネルギーではなく、自身の肉体に直接膨大なエネルギーを宿し、大技を無理やり行使する。己の命を削りかねない、まさに諸刃の剣。

大型レーザー兵器『ブリューナク』。

砲口のリングを換装することで、収束、拡散、さらには次元ゲートを用いた射線の変偏光すら可能にする、あらゆる戦況に対応した我らの決戦兵器。その真の特性を知るのは、このアヴァロンの構成員しかいない。ということは、彼女は自らの意志でそれを操っているのだ。

(どうか、無理だけはしないでくれ。君には・・・)

私は、これから放たれる破滅のレーザーエネルギーをその身で受け止めようとしている、孤独な女神の身を案じずにはいられなかった。

どれほど超越した存在であろうとも、限界というものは存在する。元来が神経質で、石橋を叩いて渡るような性質の私としては、今すぐにでもシステムを強制停止させたい衝動に駆られていた。

しかし、そんな私の内心の心労など知る由もなく。

無慈悲なレーザー兵器は、カチリ、カチリと機械音を立てて勝手にリングを交換し、

完璧な照射準備を完了させてしまう。

訪れる、わずかな静寂。

次の瞬間――世界を灼き尽くさんばかりの莫大なエネルギーを秘めた真紅の閃光が、鼓膜を震わせる爆音と共に、虚空へと放たれた。

◇

私の名はイシュタル。・・・・そう、かつて惑星ヴェスタで発現した、

実体のないただの知的生命体。それが私。

遥か昔、魔界とでも呼ぶべき赤黒い惑星に、巨大な小惑星が衝突した。その凄まじいエネルギーは星を粉砕したかに見えたけれど……違ったの。まるで意思を持った獣のように、散らばった星雲がその小惑星を貪り、飲み込んでしまった。

それから数年後、まるで母の手が邪悪なエネルギーを優しく打ち消すように、星は虹の光で満たされていった。赤黒い光は上書きされるはずだった。……なのに、邪悪な光も負けじと押し戻し、その虹を飲み込もうとしたの。

反発しあう二つの光は、互いに譲らぬまま拮抗状態に入り、そこから途方もない時間が流れた。

衝突から1億年。ようやくその星に確かな意思が宿り、二つの力の象徴として、二人の知的生命体が発現した。

赤い光を宿した私と、虹の光に祝福されたアイリス。

私たちは、気の遠くなるような時間のなかで、ヴェスタの命のやり取りをただ見守り続けた。

アイリスとはいっつもいがみ合ってばかり。でもね、そんな風にしか関われなくても、私にとっては家族同然の存在だったのよ。……だから、私が儀式で完全に赤い力に取り込まれてしまったとき、あの子は大粒の涙を流して泣いた。

「ヴェスタに選ばれた以上、この力の使命を果たさなければいけない」

そう自分に言い聞かせていたけれど……今なら分かる。そんなの、私の独りよがり。星に選ばれたわけじゃない。私自身の、弱くて臆病な部分が、あの圧倒的な力を欲しただけだったのよ。

それに気づいたのは、それから何年経った頃かしら。

陛下の気まぐれで、アイリスを宿した女の子の恋人に、試練と称して力の結晶を渡したことがあった。……私は心のどこかで期待していたのかも。自分と同じ、赤い力を宿す「仲間」ができるんじゃないかって。

でも、彼は違った。彩と呼ばれる女の子との絆によって、圧倒的な力を明確に拒絶したの。そして、あの赤い力をアイリスの虹とともに上書きして、惑星ヴェスタの拮抗した力そのものを自分のものにしてしまった。

自分よりも遥かに強い。私みたいな臆病者には決してなし得ないその姿が、本当に……羨ましかった。

私はこれまで、泣いている誰かのために、何千、何万もの命を焼き尽くし、命の結晶に変換してきた。

……でもね、本当はこの星が、ただ憎かっただけなのかもしれない。

たった一人の女の子に新しい命を与えることで、私は自分の罪から、醜い本質から逃げていただけ。邪悪な自分を認めたくなかったのよ。アイリスなら、そんな私を笑って叱ってくれたはずなのに。

あの子が母星を抜け出して、こんな遥か彼方の地球まで私を追ってきてくれたのに、昔から何も変わっていない自分を見せたくなかった。そんな些細な、くだらない欺瞞に縋っていたのね。

そして今、私はヴェスタに戻り、アイリスと再会した。

あの子は、また少し変わっていたわ。

本当はね、冷静に用事を済ませてさっさと帰るつもりだったの。それなのに……どうしても悔しくて、厭味ったらしく、きつい言葉をあの親友に投げつけてしまった。

だけどアイリスは、それすら笑って受け流すのよ。それどころか、私がまた離れると分かった途端、鬱陶しいくらいにボロボロと涙を流して……。

本当に、放っておけない、私のかけがえのない家族。

――もう、私は迷わない。

あの親友に胸を張って、もう一度ヴェスタに帰る。そのために、私にはやるべきことがあるの。

この憎たらしい世の中を、ヴェスタの力の象徴たる私が、すべて焼き尽くしてあげる。何一つ残さず、すべてよ。

自分がやりたいことを全部やり切って、くたくたになるまでこの力を使い果たして……そうしたら、今度こそ大泣きしながら、アイリスの胸に飛び込むって決めたんだから。

勇斗君が言っていた方法を使えば、絶大なパワーで街一つくらい簡単に滅ぼせる。

ただし、私の魂にどれだけの負荷がかかるかは未知数。一歩間違えれば、私の存在自体が消えてなくなるかもしれない。

……でも、今の私にできるのは、これしかないの。


そうして地球へと帰還した私は、自らの力を分けた兵士をある方法で量産し、決戦の準備を進めた。


それから数日を経た2050年8月15日。

ヴェスタの共鳴がもたらす奔流のようなエネルギーを肌に感じ取った瞬間、私は「ついにこの日が来たのだ」と確信した。

陛下がかつて語っていた要塞兵器、そして収束した全エネルギーを照射する戦略レーザー。その巨大な力が、まるで私に「動け」と命じているかのように、胸の奥を激しく揺さぶる。

――彼は言っていた。「故郷を焼く」と。

ならば、私にできることはただ一つ。この憎むべき世界の中枢、首都を完全に消滅させることだけだ。

跳ね起きるようにベッドから抜け出し、気合を入れるための黒い下着に身を包む。その上からいつもの制服をきっちりと纏った。

アジトとして使っている廃倉庫の重い扉を押し開けると、そこにはすでに私の手によって「眷属」へと変えられた者たちが、恭しく忠誠の礼を捧げて待ち構えていた。

「我らヴェスタの子ら、ただいま目覚めました。何なりとご命令を、我が主よ……」

(絶対にこういうシチュエーションが好きな性癖があるわよね、この子たち? わざとなのかしら……)

心中でそっと毒づきながらも、私は主としての凛とした声を響かせる。

「みんな、事前に伝えておいた通り、東京の各地区の中心で待機して」

「承知いたしました。……ご武運を」

「ごめんなさいね。あなたたちの命、借りるわ――」

私の言葉を最後に、眷属たちは影のようにそれぞれの配置へと散っていった。

アキハバラとかいう街で、いかにも引っかかりやすそうな男を洗脳して眷属に加えたけれど、あながち本人も満ざらではなさそうだったのが妙に記憶に残っている。

廃倉庫の外へ一歩踏み出すと、そこには突き抜けるような快晴の青空が広がっていた。これから始まる過酷な照準の標的にするには、あまりにも惜しいほどに美しい空。

私は決意に満ちた眼差しを前方に据えると、身体に紅蓮の粒子を纏わせた。背後に眩い光を放つ四枚の翼を出現させ、遥か天空の彼方へと一気に突進する。

眼下に広がる首都のビル群が、まるで精巧なミニチュアのように小さく見え始めたところで上昇を止めた。ここが、都市攻撃の結界を展開する境界だ。

今回の作戦目標は、この大都市を塵一つ残さず消滅させること。そして、そこに息づくすべての命をエネルギーの結晶へと変換し、陛下の新たなる家族を生み出すための「手土産」にすることだ。

これほどの規模の巨大都市を広域にわたって一瞬で消滅させるのだ。私に狂いが生じれば、その負担は計り知れないものになるだろう。

私は心を研ぎ澄ますように、胸の内にあった荒々しい憎しみを一度手放した。静かに目を閉じ、深い瞑想へと入っていく。

今まではただ暴力的で、荒れ狂う力に任せて破壊を行使してきた。けれど、使い方を変えれば、もっと別の可能性が開けるはずだ。自分の中に微かに眠る、もう一つのヴェスタの力。あの親友が放っていたような、清らかな輝きを。

一滴の水滴が水面にポタリと落ちるように、一瞬、身体がふっと軽くなったような感覚を覚えた。

しかし、次の瞬間にはいつも通りの禍々しい真紅の光が私を包み込む。遥か大昔、あらゆる存在を飲み込み、貪り尽くしたという赤き光。やはりその本質は簡単には変えられないのだろう。一筋縄ではいかない。

それでも、確かにいつもより身体が軽い。気持ちの持ち方次第で、私はどうにでも変われるのだ。私の力を全否定した、あの「勇斗君」のようになれるのだと自分に言い聞かせる。

しなやかな動きで両手を天へと突き上げると、真紅に燃え盛る刃を持つ、愛刀を虚空から具現化させた。

時は満ちた。

各地区に散った眷属たちが指定の場所に到達し、祈りにも似た合図を天へと放ち始める。

「我らが母なるヴェスタよ。赤き意思の象徴たる我が身に、大いなる力を――」


(少しは利口になったようね……。でも、まだまだ使い方がなっていないわ)

(あなたも、彼のようにこの試練を乗り越えてみなさい。でなければ……)


脳裏に、ヴェスタの底知れない母性を孕んだ声が直接響く。

そして、私が再び目を見開いた瞬間――視界の先から、一本の赤い閃光が真っ直ぐにこちらへ迫るのが見えた。私はその方角へ瞬時に巨大な魔法陣を展開し、要塞兵器から放たれたレーザーの直撃を迎え撃つ。

音もない一瞬の刹那、赤い光が視界を埋め尽くすほどに膨れ上がり、魔法陣へと激突した。

身体が内側から焼き尽くされるように熱い。強大すぎるエネルギーが、容赦なく私の五臓六腑を駆け巡る。あまりの灼熱に耐えかねて、レーザーの軌道を逸らすように姿勢を崩しかけた。

(――いや、ここで負けるわけにはいかない……!)

己の弱さを克服するために、この猛攻を乗り切り、与えられた使命を果たすのだ。

私はぐっと背筋を伸ばし、両手を正面へと真っ直ぐに突き出した。脳裏に描くのは、あの凶悪な赤を上書きするような、清浄な光のイメージ。

全身の全神経を集中させ、牙を剥くエネルギーを受け流すように心を研ぎ澄ましていく。絶大な力が、暴力をやめ、私を優しく包み込むように。

ようやく光の照射が終わり、私はすべてのエネルギーをその身に完全に受け止めきった。

「アイリス……ようやく、力の使い方が分かったわ」

「いまさら、だけどね……」

いつものように精神を蝕む荒ぶる感覚はなく、信じられないほどに身体が軽い。それなのに、全身にはかつてないほどの莫大な力がみなぎっている。背中の翼は、まるで聖なる天使のように大きく羽ばたいていた。

「天使みたいになるなんて、想像もしていなかったわ。……まあ、おまけみたいなものね」

全身を巡る圧倒的なエネルギーを操り、私は首都全域を覆い尽くすほどの、複層の巨大魔法陣を展開した。それは眼下で眷属たちが待機している、まさにその頭上だ。

準備はすべて整った。

私は両手で握り締めた愛刀を、天高く掲げる。同時に、魔法陣の中心へと赤い粒子が猛烈な勢いで収束し、激しいスパークが空間を爆裂させる。私を包み込む赤き粒子がすべて刃へと集約され、刀身の輝きがどこまでも膨れ上がっていく。

「己が犯してきた罪を、今ここで贖罪しなさい――!!」

真紅に輝く刃を、渾身の力で振り下ろした。

それと同時に、魔法陣から一つの地区を丸ごと包み込むほどの巨大な閃光が、天地を震わせる轟音とともに放たれる。

視界を真っ白に染め上げるほどの目眩む光が首都の複数の街を一瞬にして飲み込み、やがて光の奔流が収まったとき、眼下に広がっていたのは、建造物の影すら留めない一面の荒野だった。

「ハア、ハア……。陛下……これで、少しは良いお手伝いができたかしら……?」

静寂が支配する荒野の上空には、無数の命を取り込んで輝く「結晶」がぽつぽつと浮遊していた。やがてそれらは、明確な意思を持っているかのように私の元へと集まり、身体の中へと宿っていく。

(イシュタル様、どうかヴェスタへ無事帰還されることを祈っております)

消滅し、結晶へと姿を変えた眷属たちの思念が、私の中で優しく励ますように響いた。

「ハア、ハア……調子のいいことを言ってくれるわね……」

急激に身体が重くなる。これほどの大技を連続で行使したのだ。その上、あの莫大なエネルギーを無理やりこの身に宿したのだから、肉体への負担は限界を超えている。

翼を休めようと周囲を見回したが、辺りは見渡す限りの荒野。しかし、破壊の境界線のギリギリの場所に、ぽつんと残っている建造物があった。工場の跡地だ。

背中の翼から、急速に光のエネルギーが失われていく。

私は身体を押し潰そうとする激しい負荷に耐えながら、辛うじてその工場跡へと舞い降り、傷ついた羽を休めることにした。

◇

日本の首都と民間都市が未曽有の厄災に見舞われてから、数日が経過していた。

2050年8月20日、アメリカ合衆国大統領臨時記者会見場。 緊迫した空気が張り詰める中、ガブリエル大統領は険しい表情で壇上へと足を運んだ。ステージに設置された巨大な壁面ディスプレイが、これから語られる事態の異常さを無言で物語っている。

「皆さん、本日は急な招集にもかかわらず、お集まりいただき感謝します」

ガブリエルはマイクに向かい、低く、しかし力強い声で切り出した。

「今日の会見は、地方都市『札幌』の壊滅、そして首都『東京』の消滅――この二つの大不祥事を引き起こした首謀者の手掛かりを、我々が掴んだという報告です」

彼女が手元の端末を操作すると、背後のモニターに鮮明な衛星画像と、SNSで拡散されたある動画の解析映像が映し出された。

「まずは、札幌を灰燼に帰した爆発の正体についてです」

画面には、北海道の北方に浮かぶ利尻島の上空が映し出されていた。そこには虚空に漂う不気味な質量体があり、次の瞬間、禍々しい赤い閃光を放った。

「日本国内のレーダーサイトが、この瞬間に利尻島上空から札幌へ直進する超高エネルギー体を検知していました。つまり、この正体不明の飛行物体こそが、あの厄災を引き起こした元凶です」

大統領の、他者の反論を一切許さない圧倒的な気迫に、記者団は息を呑み、質問を投げかける者すら現れなかった。

「この物体を我が国の情報機関が解析した結果、一部が強固な土積の構造を持ち、その上部に巨大な砲台を備えた一種の『機動要塞』であると結論付けました」

ガブリエルは手に持っていた情報端末を壇上へ叩きつけるように置くと、さらに鋭い眼光で会場を見据えた。

「――太陽系外惑星『ヴェスタ』。これが、彼らの故郷です」

会場は一瞬で蜂の巣をつついたような騒然とした空気に包まれた。合衆国が公の場で、外宇宙からの脅威を正式に認めた歴史的瞬間だった。

「地球上のいかなる国家も、これほどの超高度テクノロジーは持ち合わせていません。これは明確な外宇宙生命体による、人類への破壊行為です……」

一国の最高権力者である彼女の声が、わずかに怒りと恐怖で震える。ガブリエルは大きく目を見開き、記者団を射抜くように凝視した。

「皆さんも、SNSの動画サイトで噂になっている映像をご存知のはずです。日本の元総理が、ヴェスタで新たな国家を興しているという、あの荒唐無稽に見えた映像を。……彼女は、生きています。日本政府は、かの国の共産主義勢力の圧力を受け、この不都合な真実を完全に隠蔽・抹殺していました。本来であれば、私は現職の日本首相にこの大罪を問い質したいところです。しかし、東京があのような不毛な荒野と化してしまった今、事実を知る者は……政府内には誰一人として残されていません」

ガブリエルはふっと視線を落とし、祈るような、あるいは挑むような声音で告げた。

「ですから、私はこの声が届くかは分かりませんが、異世界でなお生存している、かつての親友――北城黎子(ほうじょう れいこ)元総理に、すべての真実を世界の前に語っていただくことを切に願います」

無数のフラッシュが、激しい光の嵐となって大統領を照らし出す。歴史上類を見ない、地球国家による太陽系外惑星への直接的な宣戦布告ともとれる会見に、会場のボルテージは最高潮に達していた。


「ジ、ジジ……ジジジ……」

その時、突如として会場のスピーカーから不快な電子雑音が鳴り響き、巨大ディスプレイの映像が激しく乱れ始めた。

「な、何事だ!?」

「電波干渉か!?」

しかし、ノイズが収まるにつれて画面に映し出されたのは、あまりにも鮮明な「ある人物」のライブ映像だった。

大統領は、信じられないものを見たかのように激しく動揺し、画面を食い入るように凝視した。

『お久しぶりですわね、ガブリエル大統領』

画面の向こうから微笑みかけるのは、間違いなく北城黎子その人だった。

「大統領! とてつもない高出力の放送です! 世界中の主要ネットワークが同時に電波ジャックされています!」

側近の悲鳴のような報告が響くが、ガブリエルは唖然としたまま、金縛りにあったように動くことができなかった。

『先生~? もうすぐ授業始まっちゃうよ~?』

画面の奥から、制服を着た女の子の、無邪気な声が響き渡る。

『はいはい、今は少しお仕事中だから、向こうで待っていてね』


『こら、優子! 勝手に校長室に入るんじゃないの!』

研究員兼教師役の女性が血相を変えて飛び込んできて、優子の首根っこを掴む。

『わ~! ごめんなさ~い!』

『失礼いたしました、校長。みんな、まだ子供っぽくて……』


教師役の女性が画面の隅で一瞬、恐縮したように一礼した。

ホワイトハウスの会見場、そして世界中の視聴者は、その異様な光景に完全に放心状態となっていた。宇宙の脅威の首謀者が、あまりにも日常的な、学校のような場所にいるのだ。

『お見苦しいところをお見せしましたわね。可愛い生徒たちが待っていますので、手短にお話ししますわ』

北城黎子は表情を引き締め、カメラの向こうのガブリエルを見据えた。

『合衆国のご指摘通り、あの攻撃は我々ヴェスタのテクノロジーによるものです。現在もそちらの次元に駐留させている、我が国の「次元移動要塞」に搭載された惑星間兵器の掃射によるもの。間違いありませんわ』

彼女が言葉を発するたびに、世界中の記者たちが狂ったようにスマートフォンやPCを叩き、本国への連絡へと走り始めた。

『なお、この事態に対しまして、合衆国、およびその同盟関係にある主要国家の首脳陣へ、正式に直接会談を申し入れますわ。日時は明日、早朝。時間はそちらの都合に任せます。場所は――現在、合衆国軍の管理下にある南シナ海の「東城(とうじょう)リゾートホテル」を指定させていただきますわ』

ガブリエルは、ようやく喉の渇きを癒やすように激しく息を吸い込み、声を絞り出した。


「……どうやってそこへ来るつもりかしら、あの施設は現在、我が合衆国軍が完全に包囲し、一羽の鳥すら通さぬよう厳重に監視・管理しているのよ。あなたたちが付け入るような隙も、特別な設備もあそこには無いはずだけど?」

北城黎子は、大統領の揺るぎない態度に一瞬だけ目を細め、それから上品に、くすくすと微笑んだ。

『ふふ、相変わらず冷静で頼もしい大統領ですこと、ええ、おっしゃる通り、そちら側から見ればただの厳重に管理されただけの施設でしょう。……けれど、あそこにはかつて東城の残党が遺した、空間の座標を固定する「マーカー」が眠っているのをご存知ないかしら?』

大統領の眉が、わずかにピクリと動く。

『次元を歪め、空間を繋ぐ「転送装置」。その本体はこちらのヴェスタにありますの。そちらに特別な装置がなくても、こちらの操作だけで、そのマーカーの座標へ向けて一方的にゲートを開くことができますのよ。ですので、そちらには我が国の「使い」を直接送り込みますわ。各国の皆様、首を長くしてお待ちになっていてくださいましね』


ぷつん、と画面が暗転し、世界を包んでいた超高出力の通信は途絶えた。

大統領は未だに激しい混乱の渦中にあり、完全に思考が停止していた。見かねた副大統領がそっと彼女の肩に手を置く。

「……記者会見は以上です。質問は一切受け付けません!」

副大統領は、崩れ落ちそうな大統領の身体を支えながら、足早に会見場を後にした。残された記者たちは怒号のような質問を浴びせかけ、現場は文字通りの大暴動と化していた。


ホワイトハウスの、執務室に戻ったガブリエル大統領は、冷水を一気に飲み干し、先ほど起こった天変地異のような出来事を脳内で整理し始めた。

「副大統領、直ちに日本の東シナ海、東城リゾートへ向かう準備をさせなさい。私が直接赴くわ……」

彼女の瞳に、戦地へ赴く戦士のような烈火の気迫が戻っていた。怯む副大統領を鋭い声で一喝する。

「それから、同盟関係にある各国首脳へ即時の招集命令を! もしこの期に及んで要請に応じない国があれば、即座に同盟関係を破棄し、我が国の安全保障の対象外とすると伝えなさい!」

合衆国の絶対的な覇権を、得体の知れない宇宙人のような存在に渡してたまるか――ガブリエルは強気の姿勢を一切崩さなかった。例えそれが、長年の同盟国を脅迫することになろうとも。副大統領は彼女の凄まじい覇気に圧され、怯えた様子で執務室を辞していった。

それからのホワイトハウスは、文字通り蜂の巣をつついたような大騒乱となった。

世界に発信された「宇宙人との会談」という衝撃。しかし、その枠組みに含まれない「赤旗を掲げる二つの大国」は、すぐさま反発の声明を発表した。

『これは合衆国が東シナ海における軍事的覇権を拡大するための、お粗末な自作自演だ』

彼らはそう難癖をつけ、さらには『東シナ海の領有権はいまだ我が国にあり、当該海域におけるいかなる外国軍の行動も認めない』と、いつもの虚張声勢を無意味に繰り返している。

だが、彼らはまだ気づいていない。

この世界を巻き込む大騒動こそが、すべてを裏から操る男――東城秀輝(とうじょう ひでき)が仕掛けた、人類への「もう一つの復讐」の確かな足掛かりであるということを

◇

ここは?・・・そうだ、私は無茶な大魔法を行使して、それから――。

朧げな記憶を辿れば、私はあのボロボロの工場跡地で力尽き、そのまま倒れたはずだった。

深い意識の闇から這い上がると、私はなぜか柔らかいベッドの上に横たわっていた。

ゆっくりと目を開き、周囲を見回す。見知らぬ部屋だった。テレビ、整然と並んだ本棚、生活感のあるキッチン。明らかに、誰かが日常を営んでいる私的な空間だ。

「気が付きましたか?」

不意に、静かな男性の声が鼓膜を震わせた。

私は思わずビクッと身体を強張らせる。

「誰なのっ⁉」

身体こそ拘束されていないものの、骨の髄まで染み付いた警戒心が私を突き動かす。いつだって敵を屠ってきた利き手に力を込めたが、そこにあるはずの愛刀の手触りはなかった。

「そんなに怯えないでください……。私は岩里尊(いわさと たける)といいます。あなたが工場跡で、あまりにも苦しそうに倒れていたので……」

怪しい。怪しすぎる。

素性の知れない不審者が行き倒れていたとして、普通なら警戒して通報するか、放置するはずだ。それをわざわざ自分の家にまで運び込むなんて。

「嘘ね。そんな言い訳で、見ず知らずの女を自宅に招き入れるわけがないわ。正直に言いなさい」

得物はなくとも、睨みつける視線に魔力に似た威圧感を込める。冷徹な侵略者としての覇気で、男に真実を白状させようとした。

すると、尊と名乗った男は困ったように頬を掻きながら、信じられない言葉を口にした。

「ええと……実はある時、街で見かけて一目惚れしたんです」

「は? ひ、一目惚れ?」

「はい。ずっと探していました。あ、いや、ストーカーとかじゃなくて、またどこかで偶然逢えないかな、くらいの淡い期待だったんですが……。そうしたら、あの工場跡でまさかあなたに出会うなんて」

「それで、あのタイミングで、あの工場にいたの?」

「はい! 奇跡の出会い、まさに神の御導きだと思いました!」

せっかく張り詰めていた私の警戒心が、一瞬にして音を立てて崩れ去った。あまりの斜め上の回答に、呆れて物も言えない。

「……あのね。あなた、隣の街が丸ごと消滅したのよ? 分かっているの?」

「そうですね。一瞬、ものすごくびっくりしました」

「――ということは、力を使い果たして、疲れ切って・・・」

「なるほど、あなたが首都消滅の犯人、とゆうことですな?」

なんと察しが良いのだろう。この状況で、この私に真実を語らせようとするなんて。私は不敵な笑みを浮かべ、あえて自らの正体を突きつけた。

「そうよ。私がやったの。私は冷酷な、宇宙からの破壊者よ」

「そうですか。ん~~、じゃあ、感謝します」

「・・・・はあ!?」

感謝する? この男は一体何を言っているのだろう。耳を疑う私を余所に、尊は自嘲気密な笑みを浮かべてぽつりぽつりと語り始めた。

「実は最近、私が外国人のハーフだってことが密告されまして……あの工場をクビになったんです。だから、あの場所にいました」

なるほど。彼もまた、この理不尽な世界や街に対して、割り切れない思いを抱えていたというわけね。

「理由は……それだけ? 首都が消えたのよ?」

うつむいて過去の記憶に苛まれている彼を、少し宥めるような、労るような声音で私は問い正した。

「私は、台湾人の父を持つハーフなんです。日本で生まれ育ったので、心も国籍も日本人なのですが・・・」

彼の顔が険しく歪み、瞳の奥に静かな怒りが灯る。

「いいわ、聞いてあげる。話しなさい」

「恐縮です……。最近、中華帝国の旅行客が国内で犯罪を繰り返したせいで、全く関係のない私まで酷い差別を受けるようになりました。『赤旗のスパイは出ていけ!』なんて張り紙を、自宅のドアに貼られたこともあります」

「でも、日本人だってひどいものです、大地震もあって、助け合ったりしたのに・・・・」

尊は時折、涙ぐむのを堪えるように言葉を詰まらせながら、胸の奥に溜め込んでいた孤独を私に打ち明けた。

「最近は何でもSNSで犯罪ばかり、狂ったように変わってしまいました。父がかつて愛した、温かい日本は……もうどこにもありません」

その言葉が、私の胸に深く突き刺さる。

陛下と同じだ。たとえハーフという立場で周囲から疎まれようとも、己の誇りを捨てず、世界の間違いに異論を唱える者がここにもいたのだ。

気づけば、私はそっと彼の頭を引き寄せ、自らの胸の中に抱きしめていた。溢れ出るような愛おしさと、淡い母性が胸の内で芽生えていく。

「私は遠い彼方の宇宙人、イシュタル……。寂しかったのね。あなたを、私の遠い母なる星へ導いてあげるわ」

今まで血生臭い戦いしか知らなかったこの私が、まさか人間相手にこんな優しい感情を抱くなんて。

すると、私の胸に顔を埋めたまま、尊がくぐもった声で呟いた。

「あの……とっても温かくて、柔らかいのですが……」

「この私がここまでしてるのよ?出血大サービスよ?」

「これ、その……差し支えなければ、サイズを教えていただけますか?」

私を見上げてくる彼の瞳は、驚くほどド直球で不埒な光を放っていた。私は怒るよりも先に、思わずクスッと微笑んでしまう。

「ごめんなさいね、わからないの。私は元々、実体を持たない精神生命体だから。この肉体は後から構成されたものよ」

尊は目を丸くし、まるで宝物を見つけたかのように輝くような瞳で私を見つめた。

「じゃあ……このお身体は、未知のテクノロジーの塊ということですか!?」

「もう、あんまりマジマジと見ないでよ……」

恥ずかしくなって顔を背ける。

こんな身近に、おまけに出会ってから一時間も経っていないというのに、男性とここまで打ち解けてしまうなんて。

(私、大概チョロいわね……)

心の中でそっと自分に突っ込みを入れる。

「申し訳ありません! あまりにも魅力的なお身体だったもので……。これが科学の力で作られたものだなんて、ただただ感服しました」

「クスッ、本当にね。……ねえ、触りたい?」

身体が弱っているせいだろうか。普段なら容易に破られないはずの心の防壁が、彼の手によってあっさりと崩されていく。こんなにも簡単に、自分の身体を許すような雰囲気になるなんて。

「正直に申します! めちゃくちゃ触りたいです!」

尊は目をぎゅっと瞑り、ハキハキと、しかしとんでもない破廉恥な宣言をしてみせた。

「よく言えました。でも、触る以上は……まだお預け、ね?」

「ま、まだですか……! くっ、もう鼻血が出そうです・・・・・」

外はすべてが消滅した、不毛の荒野。

それなのに、私を侵略者として追及することもなく、こんなにも穏やかで甘い時間をくれる。

どうやら、私もまだまだ甘さの残る生き物だったらしい。壊れかけた世界の一角で、私は私をお持ち帰りした奇妙な青年へと、確かに惹かれ始めていた。

◇

2050年8月21日。東シナ海、台湾と日本の中間に位置するその海域は、未曾有の緊張感に包まれていた。

海上に毅然とそびえ立つ「東城リゾートホテル」。その華美な外観は偽装に過ぎない。その正体は、東城生命工学研究所の所長・東城秀輝が、かつて暗殺された元総理・北城黎子の遺志を継ぎ、アメリカ合衆国、そして黎子の右腕であった当時の防衛大臣と密かに手を組んで建設した、巨大研究施設兼合衆国軍の監視軍事基地であった。

かつて、この地でマザーAIは人類の予測を遥か超える異常な進化を遂げた。秀輝の娘である東城彩に宿る聖霊「アイリス」の導きもあり、彼らは秘密裏に太陽系外惑星『ヴェスタ』への足掛かりを築くに至る。そしてこれを機に、秀輝は総帥としての全権を発動。地球という揺り籠を見限り、財閥が保有する全テクノロジーとマザーAI、そして永い眠りについていた「サードドール」たちを率い、生涯に一度限りの大規模な次元ゲートを開放してヴェスタへと版図を移したのだ。その際、彼の身を案じたある防衛大臣もまた、良きアドバイザーとして次元の彼方へと同行していた。

そして今――首都が崩壊し、自らの野望を阻む障害が霧散した地球に、その男が帰還した。

北城黎子の右腕であり、かつて公式には死亡したとされていた元防衛大臣、神泉進二郎。彼は東城財閥が誇る腕利きの策略家たちを統率し、日本各地の自衛隊司令部へ迅速な根回しを完了させていた。未曾有の国難において自衛隊が見せた異常なまでの即応能力、それこそが彼の敷いた伏線だったのだ。

今日、この海域で、人類史上初となる「太陽系外惑星ヴェスタ」と「合衆国およびその同盟国」による歴史的な会談が幕を開けようとしていた。

リゾートホテルの周囲は、異常事態を察知したありとあらゆる民間船舶、野次馬やメディアのボートによって完全に包囲されていた。昨日のジャック放送や動画配信による情報の爆発的拡散が、この狂乱を招いたのだ。民間人が「鉄壁の盾」のように機能しているとも言えたが、有事の際には真っ先に瓦解する大衆の群れに過ぎず、戦術的な意味は皆無だった。

その外周、遥か彼方には中華帝国の空母艦隊が不気味に鎮座している。さらに遠方では合衆国の空母打撃群がパトロールを行っているが、民間船の壁に阻まれ、護衛の駆逐艦すらホテルへ接近できずにいた。

この膠着状態を破ったのは、合衆国駆逐艦に座乗するガブリエル大統領だった。彼は自ら拡声器の前に立ち、現場の雑音を圧倒する力強い声で警告を発した。

「全艦艇に告ぐ。当海域は国際会談が執り行われる聖域である。不当な権利を主張し、平穏を乱す者に対しては、警備目的の臨検も辞さない。無関係な民間船は直ちに退避しなさい」

威風堂々たる大統領の布告。しかし、これに応じるように、宿敵たる「かの国」が牙を剥く。

「こちらは中華帝国海軍。当該海域は我が国の主権が及ぶ領海である。不法な会談は直ちに中止せよ。応じぬ場合は、武力による制裁も辞さない」

いつも以上の強硬姿勢を崩さない中華帝国。だが、ガブリエル大統領はその脅しを見透かしたように、不敵な笑みを浮かべた。

「全艦、警告射撃(ワーニング・ショット)。撃て」

合衆国軍の駆逐艦五隻の砲塔が一斉に旋回し、その黒い砲口を虚空に向けた。

――ドオォォン!!

鼓膜を破らんばかりの爆音とともに、巨砲が咆哮を上げる。

数秒後、中華帝国艦隊の目と鼻の先の海面に、巨大な水柱が天を突くように燃え上がった。

「我々には、同盟国を守り抜く神聖な義務がある」

ガブリエルは冷徹に言い放った。

「武力を誇示したいと言うのなら、いつでも撃ってくるがいい」

海域に、張り詰めた静寂が流れる。

その沈黙を切り裂くように、両陣営の間に割って入る影があった。

巨大な影――それは海上要塞艦『やまと』、そして改造揚陸艦『あかぎ』。

かつての栄光の名を冠した超弩級の艦艇が、海原を割って進み出てきたのだ。その甲板に据えられた、先代の『やまと』を彷彿とさせる規格外の巨砲が、一斉に中華帝国の艦隊へと照準を合わせる。

すでに首都を失い、ひとつの民間都市を壊滅させられた自衛隊――いや、彼らにこれ以上の後退はなかった。二度とこの国土を侵略させないという、命を賭した決死の覚悟が、その威容から猛烈なプレッシャーとなって放たれていた。

同時に、天空から空気を引き裂く凄まじい轟音が降り注ぐ。

航空自衛隊の戦闘機群だ。翼の下に、あからさまな戦闘用の「実弾」を全装填した大編隊が、威嚇の金属音を響かせながら上空を通過していく。

『やまと』の通信回線から、全海域、そして世界に向けて声明が発せられた。

『こちらは日本軍、戦艦やまと。……我々は、至高の客人たちを迎えるため、あらゆる武力行使を辞さない。我が国の主権行動に異議があるならば、正式な大使館ルートを通じて抗議されたし』

無線から流れるその声の主は、神泉進二郎。

かつて国の防衛を担った男は、自衛隊を「日本軍」へと再編し、長きにわたる大国との因縁をここで完全に断ち切るべく、文字通り戦場へと舞い戻ったのだ。

現場の緊張感は限界点(クリティカル・ポイント)に達した。合衆国艦隊はすかさず『やまと』を追い越し、鋭利な矢じりのような陣形(ウェッジ・フォーメーション)を展開して中華帝国艦隊を完全に威圧する。一触即発、いつ世界大戦の火蓋が切られてもおかしくない異常事態。無数の報道ヘリが火花の散る海域を飛び交い、世紀のスクープをカメラに収めようと蠢いている。

だが、勝負を決したのは、天空から現れた「絶対的な力」だった。

重い雲の隙間を割って、ついに『あの要塞』がその全貌を現したのだ。

街ひとつを地図から文字通り消し去る、地球外の未知のテクノロジーによって構築された天空の要塞。その無機質なレールキャノンの巨大な砲門が、静かに、しかし確実に中華帝国艦隊をロックオンした。

抗う術のない絶対的な破壊の象徴を前に、敵艦隊の傲慢さは瞬時に消し飛んだ。

やがて、中華帝国の全艦艇が舵を切り、這う這うの体で海域からの離脱を始める。

「敵艦隊、反転。……中華帝国艦隊、当海域より離脱していきます!」

ガブリエル大統領が乗る駆逐艦のブリッジに、歓喜を押し殺したクルーの安堵の声が響いた。

大統領は小さく苦笑し、窓外に浮かぶ頼もしい巨艦を見つめた。

「あの男……本当にやってくれるわね」

ガブリエルは通信機のスイッチを入れた。

「日本軍『やまと』へ。リゾートホテル施設への入港を許可する」

それは、合衆国大統領が、かつての日本の象徴たる『やまと』の名を、対等なる「同盟国の軍艦」として公に呼称した、歴史的瞬間であった。

『感謝いたします、我が盟友たる大統領』

神泉進二郎は応じた。

崩壊した政権とともに死亡したとされていた彼は、惑星ヴェスタの影に潜み、雌伏の時を経て再び日本を守る「最強の盾」として、そしてこの国の新たなる統治者として、ここに完全なる復活を遂げたのだった。


リゾートホテルの埠頭は、世界各国の首脳陣と彼らが放つ護衛の殺気、そして無数の報道陣の熱気で満ちていた。張り詰めた空気を切り裂くように、その巨体が姿を現す。

秘密裏に建造されていた漆黒の船体――『やまと』がゆっくりと埠頭へ接岸した。

遮るもののない巨躯に、詰めかけた群衆は唖然として言葉を失う。

その甲板から、一人の男が軽い身のこなしで降りてきた。

北城黎子内閣の面々が不当な投獄を受け、文字通り壊滅した中で、彼だけがやつれることもなく、全盛期の威容を保ったまま復活を果たしたのだ。

「大統領、お久しぶりです。5年ぶりくらいですかな?」

男――進二郎は、かつてと変わらぬ気さくな笑みを浮かべて語りかけた。

対面したガブリエル大統領は、信じられないものを見る目で彼を睨みつける。

「忘れたわよ。あなたこそ、今までどこにいたの?」

まさか、とは思う。だが進二郎は事もなげに言った。

「東城財閥のお力添えで、しばらく隠居していましてね」

「隠居? 財閥はとうに姿を消したはずよ」

それを知った上で茶化しているのか。大統領は不敵な笑みで応じた。

「まあいいわ。そういうことにしておきましょう」

挨拶を済ませた大統領の胸に、自然と緊張が走る。いよいよ、彼らの使いと顔を合わせる。かつての盟友であり、親友とも言える黎子に、ようやく逢えるのだ。複雑な思いを抱えながらも、その足は自然とホテル内へと進んでいった。

しかし、一歩ホテルに足を踏み入れた一同は、そこに広がる異様な光景に圧倒されることとなる。

世界を動かす同盟国の党首たちが、仮面をつけた得体の知れない者たちと握手を交わしていた。しかも、その誰もが緊張感を欠いた、締まりのないヘラヘラとした表情を浮かべているのだ。

「初めまして、ガブリエル大統領」

仮面の傍らに立つ少女――彩が、営業スマイルで声をかける。

「ヴェスタを統治する国王陛下の王女と申します。そして彼は私の婿であり、王子です」

恭しく一礼する夫の勇斗を余所に、彩の脳内はすでに大パニックを起こしていた。

(何でこうなったの! 何で政治家の会談の場でこんなことしなきゃいけないのよ!?)

心の中で絶叫する。

(しかもアイリスとは別行動になっちゃうし! 私、普通の女子高生だよ!? こんなの、もっとベテランの大人にやらせてよ!)

発狂寸前の彩の精神を、婿である勇斗がテレパシーを介して必死になだめる。

(まあまあ、落ち着いて彩ちゃん。お父さんの革命を成功させるためには、彩ちゃんのサイキック能力が絶対に不可欠なんだから)

(でも、見てよこれ! 不潔だわ! ちょっとエネルギーを送り込んだだけで、どいつもこいつもヘラヘラしちゃって!)

身の毛もよだつような嫌悪感が、彩から勇斗へと伝わっていく。勇斗は苦笑するしかなかった。

(本当だね。あまりにも愚かだ。流石は地球人、滑稽すぎて草が生えるよ)

そこへ、ガブリエル大統領が鋭い視線を向けてきた。まるで戦地にいるかのような圧倒的な気迫。

「それで、黎子殿はどちらに?」

(ひえっ、殺される! だって私、ただの女子高生だし! アイリスの意識は陛下の作戦で別の肉体に移っちゃってるし……うん、無理、もう帰りたい!)

内心で涙目を浮かべながらも、彩は必死に表情を取り繕った。

「申し訳ございません。転送端末の担当者がまだ到着しておりませんので……。お迎えは気に病まず、どうぞ会談の場でお待ちくださいませ」

何とか首脳陣をあしらった彩たちの本来の目的は、この会場に潜むスパイ、あるいは悪意を持つ者を捜索することだった。

しかし、先ほど到着した進二郎の周りには、すでに人の往来が絶えない。ずっと忘れ去られた存在だと思っていたが、当時の「右腕」としての求心力は未だ健在のようだ。

「……いた」

彩は報道陣の中に紛れる、ある男に目を留めた。

ヴェスタの力の一端を持つ彼女には、男が放つ独特の「野蛮な気配」が直感で分かった。

「初めまして。ヴェスタの使いの者です」

彩が声をかけると、男は酷く動揺した様子でマイクを向けた。

「你好,我是香港电视台的。」

言葉こそ取り繕っているが、視線が泳ぎまくっている。下手したらこのまま逃げ出しかねない様子だった。

(これじゃあ、お父さんの作戦が台無しになっちゃう!)

父親が求める筋書きは一つ。この国際的な会談の場で、野蛮な刺客に黎子を撃たせること。そして、どこの国の差し金かを大声でカミングアウトさせることだ。

彩は逃がさないと言わんばかりに、不審者の手を両手で強く握りしめた。サイキック能力が男の精神の奥底へと侵入し、その本音を無理やり引きずり出す。

「我是中华帝国的暗杀部队成员。奉命前来抹杀企图侵犯我等神圣领土、名为‘丽子’的人。然而,我的家人被扣为人质,我根本没有拒绝的余地,这才不得不来到此地。」

男の意識から流れ込んできたのは、拘束され、洗脳され、この仕事を強制されているという悲惨な現実だった。男の目的は記者に偽装し『黎子』氏を暗殺することだった。

だが、今の彩にとって彼は格好の餌食でしかない。お父さんの作戦を完遂するため、彩は冷酷に彼を利用することに決めた。

男の手を通じて、膨大な精神エネルギーを送り込む。元の洗脳を上書きし、新たな命令を脳に深く刻み込んだ。

――私が右手で反対側の髪に触れる仕草をしたら、彼女を撃て。そして、他の首脳陣にも何発か撃ち込み、最後に自分の祖国の名を高らかに叫ぶんだ。

(女子高生にこんなことさせるなんて……。私たちの『悪意の仮面』は伊達じゃないわね)

あまりの冷徹な工作に、彩の心が少しだけ沈む。

「彩ちゃん、あんまり深く考えないようにね」

勇斗がそっと彩の肩に手を置き、優しい声をかけた。

「ヴェスタの責任は、みんなで分かち合うんだから」

「……うん。お父さん一人に、すべての罪を背負わせはしないよ」

彩は小さく頷くと、洗脳したスパイの男に最後の精神的な楔を打ち込んだ。

引き返せない計画の歯車が回り出す中、彼女たちは何食わぬ顔で、続々と訪れる首脳たちに「挨拶」という名の裏工作を仕掛けにいくのだった。

閲覧いただきありがとうございます、

この次のエピソードはR18版にてお願いします

登場人物、組織はAI先生にご助力いただいてます

現実の組織、人物とは関係ありません

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