地雷令嬢を救ってしまった男(転生者・遠藤和也の場合)
遠藤和也は、伯爵令息のダミアーノとして異世界転生した。
自分が転生者だと思い出したのは、貴族学園の一学期の期末パーティーで「アンナリーザ、お前との婚約は破棄する!」という声が響いたときだった。
ピンク髪の男爵令嬢ルチアを左腕に抱き、右手で公爵令嬢アンナリーザを指さしているのは、王太子ジュリオだ。
「お前はルチアを随分といじめていたそうだな。性根の腐った女と結婚などできん!」
「私はいじめなどしておりません!」
「嘘をつくな!彼女の制服を汚したり、ノートを破いたりしたことはわかっているんだ!詳しい日時も記録しているぞ!」
ジュリオはアンナリーザの罪を読み上げ、ルチアは彼の腕の中でニヤニヤしている。
その光景を見て、「これは冤罪だ」とダミアーノは理解した。
「これは、無実の悪役令嬢が断罪されるイベントなのだ」と。
前世の姉がよく読んでいた異世界モノでよく見る展開であれば、ここで「ジュリオに張り合える隣国の王太子」や「ジュリオよりも優秀な彼の従兄」などがかっこよく現れ、逆にジュリオとルチアを断罪し、アンナリーザを助けるはずだ。
(自分はそのあとでモブ伯爵令息としてアンナリーザの無実を主張する証言をし、溺愛ライフの幕開けを祝ってあげればいい)
しかしアンナリーザを助けるはずの男性は、なかなか登場しない。
ヒーローを待っている間にもジュリオは延々とアンナリーザの罪を読み上げ、ルチアは大袈裟に「どうしてこんなひどいことをなさるの」と泣く。
このままでは、アンナリーザが冤罪で婚約破棄されてしまう。
(そんなの、だめだ)
ダミアーノは覚悟を決め、「だからお前とは婚約破棄…」と言いかけたジュリオと、涙をこらえながら立つアンナリーザの間に入った。
「王太子殿下、発言をお許しくださいませ」
「なんだ、ダミアーノ」
「アンナリーザ様がルチア嬢をいじめていたとされる日時のいくつかで、アンナリーザ様は学園内を掃除してくださっていました」
「んな…っ!?」
ジュリオは思わぬ伏兵に戸惑い、「嘘をつくな」と持ち直そうとする。
「誓って嘘ではございません。例えば『アンナリーザ様がルチア嬢の寮の部屋に忍び込んで、祖母の形見を盗んだ』とされているちょうどその日時、私はアンナリーザ様が馬術部の部室周辺を掃除してくださっていた姿を見ました。美化委員である彼女に、ゴミの分別について教えてもらったので、覚えております。私以外の部員も、彼女の姿を見たはずです」
ダミアーノと同じく馬術部に所属する生徒たちは、こくこくと頷いた。
「その日時を挙げたのがルチア嬢なのであれば、ルチア嬢の話には間違いや不備があると思われます。どうか今一度精査を」
「その一点だけで私を疑うのですか、ダミアーノ様!」というルチアの甲高い声が響く。
確かにこれで一点突破するのは難しいが、そもそもこの断罪劇が異常であることも確かだ。前世の姉が熱弁していた言葉を、そのまま口に出す。
「仮にルチア嬢の言い分が正しく、さらに確固たる証拠があったとしても、王太子殿下のご婚約は国家の一大事。国王陛下や公爵閣下に相談もせず、貴族学園のパーティーという場で一方的に宣言するようなことではないのでは」
「ぐっ…」
「どうか我が国の安寧のためにも冷静になっていただきたく、心からお願い申し上げます」
辺境の貧しい伯爵家出身のモブ令息として言えるのは、これが精いっぱい。
しかし他の生徒たちも「ダミアーノの言っていることが正しいよな」と囁き始めて、ジュリオとルチアは恥ずかしそうにそそくさと退出した。
生徒たちはひとしきり「女癖の悪い王太子と女狐」を馬鹿にしたりアンナリーザを慰めたりして、それから間近に迫った夏休みの計画をお互いに自慢し始めて、婚約破棄未遂があったことなど、すぐに忘れてしまった。
アンナリーザはダミアーノに頭を下げる。
「ダミアーノ様、本当にありがとうございます」
「いいえ、アンナリーザ様。当然のことをしたまでです」
本当に、ダミアーノにとっては大したことではなかった。理不尽に貶められているクラスメイトを助けるのは、当然の行動だったからだ。
「本物のヒーローはどこで何をしているのだろう」という疑問はあれど、まさかモブ令息の自分がヒーローになれるとも思っていない。
けれどアンナリーザの目には、ダミアーノが少し照れて手を振る姿が、まるで勇者のように映っていた。
◆
夏休みの間に、ジュリオとアンナリーザの婚約は破棄され、ジュリオもルチアも貴族学園を去った。
国王や公爵が調べてみると、アンナリーザによるいじめは、ルチアの自作自演であったことがわかったからだ。
アンナリーザの父は激怒して「女狐にころっと騙されて娘を侮辱した王太子になど、娘はやらん」と二人の婚約を解消させた。公爵令嬢との婚約を失ったジュリオも国王の怒りを買い、王太子の座から降ろされて、ほとぼりが冷めるまで隣国に留学させられることになった。そして嘘つきルチアは修道院に送られたというわけだった。
(まさにテンプレだな、ここまでは)
そうやって生徒が二人減り、アンナリーザが新しい婚約者を探すという以外は、何の問題もない二学期になるはずだったのに。
(問題は…)
「ダミアーノ様!夏休みの間、どれだけお会いしたかったか。送った手紙は読んでいただけましたか?毎日書いたのですが」
「アンナリーザ様…その…困るとお返事したはずですが」
「どうしてもどうしても、抑えようとしても、ダミアーノ様への感謝の気持ちが湧き出てきて…」
「本当に、そんなに感謝していただくことではありませんから。誤解を招きますので、本当におやめください」
夏休みの間にアンナリーザはダミアーノへの恋心を拗らせ、二学期に入ってからは彼に付きまとうようになっていた。
いくらダミアーノが遠ざけようとしても、アンナリーザは止まらない。
「ダミアーノ様、次は音楽室ですわね。移動をご一緒させていただいても?」
「アンナリーザ様、本当に困ります。私には婚約者がいるのです…!」
ダミアーノの婚約者レダは、一学年下の二年生。
王太子の婚約者だった華やかな公爵令嬢アンナリーザとは違い、地味で目立たない子爵令嬢。けれどもダミアーノは照れ屋で笑顔の可愛いレダを愛していたし、それは前世を思い出したあとも変わらなかった。
「そう、なんですの…?」
「ええ、ですからもう、本当におやめください。これではアンナリーザ様もルチア嬢と同じになってしまいます」
アンナリーザはふらふらっとダミアーノから離れ、ダミアーノは「きつく言い過ぎたかな」と心配しつつも、もうこれで彼女に付きまとわれることはないだろうと安心した。
実際に、アンナリーザはダミアーノに付きまとうことはやめた。
けれどそれは、アンナリーザがダミアーノを諦めたという意味ではなかった。
アンナリーザは、こう理解した。
ダミアーノと自分はどうやっても結ばれるべき運命の恋人同士であるのに、レダが邪魔をしていると。
アンナリーザにとってダミアーノは救世主であり勇者。であるならば、彼に救われた自分は、彼にとっての姫君であるべきなのだから。
証拠は、アンナリーザがダミアーノに対して抱いている気持ちだ。ダミアーノへの気持ちは、ジュリオに対して抱いていた気持ちとはまるで違う。それが運命の恋だという証なのだ。
なのにレダは運命の恋を邪魔している。
そうアンナリーザは信じていた。
「律儀なダミアーノ様はあの女に気を遣っていらっしゃる。あの女がいるから、目の前にある運命の恋に飛び込めないのよ」
彼が自分でレダから逃れられないのであれば、自分が彼を助け出してやらなくてはならないと、アンナリーザは決意した。
「救われてばかりではいられないわ」
◆
アンナリーザは即座に行動を起こした。
レダを殺したのだ。
貶めるでもなく傷つけるでもなく、殺した。
深い深い胸の底、狂気と理性のはざまで、きっとわかっていたから。
「ダミアーノはレダを愛していて、彼女が生きている限り、自分に目を向けてはくれない」と。
(殺すしかないわ)
「レダ…!レダ…っ!頼む、目を開けてくれ、頼む…っ!」
ただ眠っているだけであるかのように、寮のベッドに横たわっているレダ。
その身体は想像以上に冷たくて、ダミアーノは「彼女はもう戻ってこない」と悟るしかなかった。
「どうしてなんだ、レダ…!」
外傷は何もなく、毒も検出されない。レダの死は、原因不明の突然死として片づけられてしまった。
(健康そのものだったレダが急死するなど、どう考えてもおかしい…絶対におかしい…!レダ…!!)
授業に出る気持ちにもなれず、中庭で一人時間を過ごすダミアーノに、アンナリーザが近づく。
「これで私たちは一緒になれますわ」
「まさか…!」
ダミアーノが目を見開くと、アンナリーザはふっと笑った。
「ええ。私がダミアーノ様を解放して差し上げたのです」
彼女はいとも簡単に、証拠の残りにくい毒を手に入れて公爵領特産の高級葡萄ジュースに混ぜ、「あなたの婚約者に付きまとったお詫びに」と差し入れしたのだと打ち明けた。
「お前…っ!」
ダミアーノは怒りのままにアンナリーザの首を締めあげた。
「死ね!死ね!お前が死ね!」
彼の中には、アンナリーザへの怒りと殺意しかない。
復讐してもレダは戻ってこないとか、自分の将来を考えろとか、そんなことは、愛する者を奪われたことのない者だけが口にできる綺麗ごとに過ぎない。
「あ、ああ…そ、私だけ…見て…」
「黙れ…っ!」
「愛して…愛して…る…」
「黙れ黙れ…っ!お前なんて、ルチア以下だ…っ!」
指先に力を入れると、アンナリーザの顔が赤くなり、次第に目の焦点が合わなくなる。
(もう何も見るな。何も喋るな。この世界から消えろ)
そして、静寂と喜びが訪れた。
「ああレダ…やったよ…」
「アンナリーザを殺しても、レダは帰ってこない」「お前がそんなことをしても、レダは喜ばない」と言う人間もいるだろう。
(そんなの、そいつがレダを愛していなかったから言える綺麗事に過ぎない)
「僕もすぐ行くから、レダ…」
◆◆◆
イセカイエージェント株式会社のオフィスでは、山森悠汰がパソコンの画面を見ながら汗をかいていた。
「山森くん、どうした?顔色が悪いぞ」
「あ、大塚さん…大変なことになりました…」
女性向け作品にモブ令息として転生者を送り込んだら、そのモブがヒロインを殺してしまったのだと山森は説明する。
「婚約破棄から始まる溺愛モノだったはずなのに、ヒーローが腹痛で断罪イベントに間に合わなくて、婚約者持ちのモブが代わりにヒロインを救ってくれたんです。そしたらうっかりヒロインがそのモブに惚れちゃってこんなことに…!悪いのはどう考えてもヒロインなんですけど、だとしても転生者が殺人犯だなんてよくないですよね?異世界オーナー様からお叱りを受けるでしょうか?どうしましょう、僕のせいでこの異世界と契約切られちゃったら…」
百戦錬磨のエグゼクティブアドバイザーである大塚が、「がはは」と笑う。
「心配しすぎ。大丈夫だよ、ここの異世界オーナーさんはけっこうR15も好きなタイプだから」
「あ、え、そうなんですか?」
「うん。心配だったら一本連絡を入れて、ヒロインの行動についてこちらから先に説明しておいたらいいと思う。ないとは思うけど、万一何かクレームめいたお話があったら、俺につないでくれたらいいから」
「…ありがとうございます!」
大塚は画面をのぞき込んだ。
「それにしてもこの転生者くん、社会的じゃなくて物理的に敵討ちするなんて、なかなか素質あるよね!たいていの転生者って流血沙汰は避けたがって社会的に抹殺とか言って時間かけるじゃない。でも俺は単細胞だからさ、難しい政治劇とかついていけなくて、こういうスカッと時短で勧善懲悪な感じが好みなんだよ。え、この世界ではもうすぐ死刑?じゃあ戻ってきて本人の希望があったら、また別の転生先紹介してあげて。執着系暴君とか復讐の鬼系剣士とかプッシュしてみてよ」
「了解です」
山森は遠藤和也のファイルに「執着系暴君、復讐系剣士、適性あり」と打ち込んで、フォルダに保存した。
そして異世界のオーナーからは、《アンナリーザが闇属性だったなんて!スムーズに溺愛されてたらわからなかった一面を引き出してくれて、マジでこのダミアーノったら最高。今後ともお取引よろしくお願いしますね》と返事が届いた。




