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第8話 注意していたのに

 一連の騒動後。

 本部への報告書などをシオンに丸投げしていたクロウは、大変な事件後でも余裕があった。

 臭い口の中にいたから、先にお風呂などを済ませて、ギルド会館の片付けを終えた後の話。


 真夜中だけどクロウは釣りをしていた。

 明るさを自分で用意せずとも、町の近くにある灯台と、ロクサーヌの港側の灯りのみで対応が可能な場所で、釣りをする分には十分な灯りで、釣っていた。


 だがしかし、クロウは光で見えている範囲を見ておらず、顔を上げて真っ暗闇の水平線の向こう側を見ていた。


 「あの光だと、以前よりも、ずいぶん弱い光に感じる。でも俺側の結界は大丈夫なはずだ。俺に力が完全に戻ってないから、あそこの封印は完璧なはずだ・・・ということはだ。彼女の方に異変が起きたのか」


 いつになく真剣な表情のクロウは、釣りを隠れ蓑に何かを探っていた。

 彼が言っている光とは、明るく照らされた釣り場を指しておらず、水平線の向こう側の更に奥を指しているようだ。 

 通常の人間では見えない。

 彼の目には何かが映っている。


 「まさかな。さっきのワームの事件も変だったな。何かの前兆か・・・また事件が起きるのか。ダルレシアはよ。いつもいつも大変だぜ。まったくよ。穏やかな日々でお願いしますわ。人間さんたちよ。はぁ」


 釣りにヒットがないので、軽く揺さぶって釣りあげようとはする。

 でも全然手ごたえがない。


 「ああ。やっぱりさ。あっち側で本格的に何かが起きたのかな! ああ。くそ。連絡が取れなえんだよな。数百年さ。どうすりゃいいんだよ。レーヴェもどこ行ったんだ!」


 海の向こう側に、クロウの知り合いがいる?

 それよりも数百年とは?

 クロウだけが知る。

 アルフレッド大陸の人々では知りえない事実が、彼の独り言の中にある。

 お気楽そうなクロウにも何か秘密があるらしいのだ。

  

 「・・・急ぎ、ダリちゃんたち以外の人材を育てた方がいいのか? いや、それとも彼女を探した方がいいのか・・・くそ、魔人たちの中に荒くれ者でも出たか? 馬鹿な奴らを抑えきれなくなったか。今の現状だと、色んなケースが想像できるな。大体にして、向こう側の事情がわからねえ。どうしたもんかな」


 ブツブツ独り言を言っていると、後ろから声を掛けられた。


 「チース。マスターさんじゃん」

 「あ、ほんとだ。こんな所で、一人で釣り!? 珍しいんゴ」


 胡坐をかいて釣りをしていたクロウが振り返る。

 港の明かりで照らされたギャル二人が並んで立っていた。

 険しい表情から、いつもの明るい笑顔に戻ったクロウが彼女たちを見上げて言う。

 

 「おお! 君たちは・・・ギャル武闘家の・・・・ナルちゃんにレイナちゃんだね」

 

 ロクサーヌでも有名な武闘家コンビのナルミとレイナ。

 この二人は、この町で有名人だ。

 強いからではなく、陽キャ具合で有名となっている。

 辺りの陰キャたちを、会話の際に圧倒しているので、ポジティブギャルとして、陰口を叩かれている(賞賛を得ている)

 人付き合いが重要な冒険者に、陰キャなんてあまり存在しないと思うかもしれないが、各パーティーには、一人くらいいたりするので、その子たちとの会話では完全勝利を収める人物たちである。


 「マスター。うちらの名前。覚えてるの」


 名前を覚えてもらえて嬉しそうに笑ったのはナルミ。

 赤毛の髪をドレッドヘアーにして、服を目がチカチカするくらいにカラフルにしてるド派手な女性だ。

 指輪が右手の人差し指と、左手の人差し指についている。


 「うん。そうだね。俺って、女性の名前は忘れない主義なんだ」

 「へえ」


 感心して頷いたのがレイナ。

 言動はギャルでも、姿は控えめ。

 黒髪でロング。服装も黒を基調にして質素。

 ただし、鼻と唇にピアスがある。

 そこが、せめてものギャル要素だ。


 「マスターが、なんでこんなところで釣りしてんの。もう夜だよ」

 「俺さ」

 「うん」

 「金ないの。晩ご飯の魚を釣ってんだわ」

 「今釣るの? この時間なら、魚食べてないと駄目じゃん。キャハハハ、今日の晩ご飯無しじゃん。ウケる」

 「そりゃね。俺だってね。前もって準備しようと思ってたのよ。でもさ、お昼頃にシオンに釣りしてんのバレちゃってさ。しょうがないから今釣ってるのさ」


 シオンがいなければ、あとちょっと川で釣りが出来て、大物をゲット出来たのに。

 クロウの発言には昼の悔しさがあった。


 「そうなんだ。でもその時に釣れなかったの」

 「釣れたよ!」

 「なになに! 何が釣れたの」


 くだらない事にも興味津々。ナルミは可愛げがある。


 「長靴」

 「食べられないじゃん。超ウケる!」

 「でしょ。ウケるだろ・・・ああ、悲しいな」


 自分で笑っておいてなんだが、結構悲しい状態だ。

 クロウの笑顔が苦笑いに変わった。


 「それよりさ」


 黙っていたレイナが話し出した。

 最初から核心である。


 「マスター。臭いんゴ。獣臭がするんゴ」


 レイナが鼻をつまんだ。おじさんの頭らへんを嗅ぐ。


 「マジで! 風呂入ったのに。まだ臭い?」


 おじさんは自分の頭を押さえた。

 俺の臭いがプンプンなのかとショックを受けている。


 「うん。臭すぎるよ。何したんゴ」


 臭い匂いが、人の匂いじゃないから、何かが起こってこうなったと考えた。

 レイナは察しの良いギャルである。


 「ガーン。やっぱそうだよな」


 レオの所の子らは、臭くないと言ってくれた。

 でもそれは気を遣ってくれただけ。ただただ優しかっただけなのだ。

 クロウのガラスのハートに少しだけヒビが入る。


 「臭いのはさ。俺が夕方にワームに飲まれたからなんだよね」

 「「ワーム?!」」


 二人が驚いたのは無理もない。

 彼女たちはその事件を知らない。

 彼女らは当時、ノール洞窟ではなく、もう一つのダンジョン『ケディアの塔』に挑戦していたので、事件を全く知らなかった。

 ちなみに、ケディアの塔も初心者帯のダンジョンである。


 「え、マスターが倒したの」


 話の口ぶりがそうだから、ナルミが驚きを隠さずに聞いた。


 「まあね」


 ここから二人の質問が加速する。

 クロウが釣りに集中しながら答えていく。


 「マスターって強いんゴ?」

 「うん。まあね」

 「マジで? ワームってAとかじゃなかったっけ?」

 「そうだよ」

 「嘘・・・マスター強そうに見えないんゴ」

 「だろうね」

 「だよだよ。だっていつもギルドで寝てるじゃん。モンスターを倒せるの?」 

 「うん、倒せるよ」

 「無理んゴ。いつも仕事、サボってるんゴ! 倒せるわけないんゴ」

 「サボってないよ。仕事してるって」

 「「嘘じゃん」」


 ここだけハモった。息ピッタリの返事のようだった。

 普段の行いが悪いので信じてもらえない。


 「まあまあ、そんなに心配しなくても大丈夫さ」


 ワームと聞いて動揺してるんだろう。

 クロウは、二人を宥めにかかった。


 「明日からね。普通にノール洞窟に行っても大丈夫だからさ。おじさん片付けておいたからさ。安心しな」

 

 白い目で二人がクロウを見た。

 全く強そうに思えないおじさんの言葉を鵜吞みにしない用心さがあった。

 冒険者には必須の能力と言えるだろう。

 だからクロウも怒りはしない。

 むしろ、将来有望な優秀な若手だと、心では微笑んでいる。


 「俺的にはね。そんなことよりもだ。この匂いをどうにかしたいね。明日にでも治るかな」

 「たぶん、無理んゴ。モンスターのしかも粘液の匂いって、しばらく取れないんゴ。一週間は取れないと思うんゴ」

 「マジでか。一週間もクサクサおじさんなの。俺!」

 「うん!」

 「ええ、嫌だわ。レオたちを助けるのに力をセーブしないで助ければよかったわ・・・」

 

 レオ救出の際に、クロウが取れる手段は他にもあった。

 彼が取らなかった策は二つ。

 一つ目が普通に外から魔法をぶっ放すという単純な策だ。でもそれを選択した場合だと、周りにいたギャラリーに飛び火する可能性があったために却下した。

 次の二つ目は、ワームをたこ殴りにするという作戦だ。

 この場合だと、少々の時間が掛かるのが難点ポイントだったのと、周りにいた子たちが餌になる可能性があったので、一気に殺せる作戦を瞬時に思いついたのがクロウである。

 のんびりしてそうで、クロウの計算は意外にも早い。


 「じゃあさ。これあげるよ。クリバスの香水。臭み消しにいいんだよ」

 

 ナルミが自分の小さなポーチから香水を取り出した。

 クロウに渡す。


 「へえ。これがね?・・・見たことねえな」


 クロウが貰った香水を一滴。

 自分の手に垂らす。


 「こっちの匂いがちょっと強くなるけど。いいよね?」

 「どれ。くんくん・・・ああ、女物の匂いって事か」


 甘い香り。爽やかなフルーツの香りに近い。

 おじさんの匂いとはマッチしないが、臭い匂いを消せるのなら何でもいい。


 「うん。駄目かな?」

 「いや、これで匂いが消えるなら、助かるわ。ありがと」


 クロウは藁にすがる気持ちであったので、感謝を述べた。


 「これでうちら、マスターに恩を売れたよ。何かで優遇してよ!」

 「あれ。俺、媚び売られただけなの?」

 「うん」

 「ちぇ。なんだ。おじさんの為じゃないのか」

 「一応マスターの為だよ」

 「一応か・・・」


 おじさんはがっかりしたが、大人なので。


 「まあ。いいでしょう。なんかよさげなクエストがあったら回してあげるよ。次のギルド会館とかの紹介状とかも書いてあげるさ。俺に言ってくれよ。書いとくから」


 彼女たちのキャリアの手伝いをすると宣言した。

 ちなみに、これは通常業務の範囲なので、別に特別な優遇でもない。


 「やった。ラッキーだね。レイナ」

 「うん。マスターが臭くなったおかげんゴ」


 最後のは余計だった。


 「それ。なんか嫌だな」

 

 クロウは、最終的にギャルに押し負けて、大変な一日を終えたのだった。

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