第4話 ちょっとした愚痴から色々と始まる
「マスター。いよいよもってお仕事しましょうよ」
すでにお昼の三時。
出社時間はとうに過ぎた。
この時間で、仕事を一切していないのがおかしいというのに、それでもリリアナは優しく説得してくれる。
天使だ。
「はい」
クロウは、リリアナに言われると、素直に返事が出来る。
「そうです。それにシオンさんが怒ってるのは、いつもここにいないマスターが、そもそも悪いんですよ。脱走兵みたいなものだから、こっぴどくシオンさんに怒られるんですよ。反省してください」
「はい。そうですよね」
フランにも、素直に返事が出来る。
「この書類の山。あんたがなんとかしなさいよね。いい!」
「嫌です」
シオンには、良い返事をしなかった。
「なんでよ」
「それはさすがに無理があるかと」
書類の山が二つ。クロウの机の上に置いてある。
席に座ったら、皆の顔が見えないくらいの大きな山だ。
「あんたが、先送りにするからいけないんでしょ。働きなさい」
「無理だわ。そんな量・・・リリちゃん。フラン君。手伝ってくれたまえ!」
ダメ元で二人にお願いしてみた。
「それはさすがに・・・フラン君。ねえ」
リリアナの歯切れの悪い言葉は珍しい。
マスターがやらなければならない仕事だから、部下が勝手にやるわけにもいかない。
なので、リリアナの発言の意図は、手伝えるものであれば手伝えますよの意味だ。
つまり、リリアナはこんなマスターにも優しい女神であるのだ。
「そうです。元々がマスターの仕事なので、マスターがやりましょう」
最後の希望たちに断られた。
「ガーン!」
「いいから働きなさい。ここでね」
シオンに連れ去られ、自分の席の前に立たされた。
クロウの肩にシオンの手が乗り、そこから力が込められて、座る事となった。
シオンに捕まったが最後、クロウは言いなりになるしかないのだ。
これがいつもの鉄板のやりとりである。
「これからよ。ハイ。読みなさい」
シオンが分厚い資料を渡した。
「文字が多い」
紙一枚に文字がびっしり書かれていて、おじさんが読むには厳しい。
「文句言わない」
シオンはクロウ専用の鬼教官でもあるのだ。
「はぁい」
返事と手を動かさないと、これ以上怒られるので、クロウは素直に仕事をすることにした。
◇
一時間後、書類の山を一つ片付けて、シオンを呼ぶ。
山積みとなったものを一時間で片づけることが出来るクロウは、元々仕事をする能力が高い。
だったら、最初からやれとシオンは、クロウに近づきながら、いつも思っている事を口に出したかった。
「おいシオン」
「なに?」
クロウの後ろにシオンが立つ。
「これ、やっぱ何とかしないと駄目だよな」
クロウが見せた資料は、収支報告書。
それも新人冒険者の記録の部分である。
各支部と、こちらのロクサーヌの比較表もあった。
「これの何が問題なのよ」
「よく見ろ。ここをよ」
と言ったら、シオンがクロウのすぐ隣に立った。
すると、クロウの目線の先が、ちょうどシオンの胸元になる。
スタイル抜群なためにそこを見てしまうとセクハラとなってしまう。
ここは緊急回避だ。
「お前、そっち行けよ。離れろ」
滅多にない命令口調で彼女を退けた。
「なんでよ。この方が二人で見れるでしょ」
「いいから持ってけ。俺は中身を全部覚えてるから」
「なによ。何で怒ってんのよ」
「いいかシオン。男としてはね。と~~~っても有難いものをお見せしてくれて、大変うれしい限りなんですが!」
前置きが長い。それといつもとは違い。丁寧な言葉遣いになった。
「俺としては、隠しておいて欲しいっていうか。それ程のモノであるのなら、遠巻きで見たいというかですね。とにかく、隠しのチラリズムが欲しいんです! こうさ。ちらって見えたら、おっしゃあ、ラッキーみたいな感じがいいんだよ。こうさ。あからさまなのは嫌いなの。なんか燃えないんだよね。俺のハートがさ」
「は? あんた何言ってんの?」
クロウの話がよく分からない。
「それに俺は乳より尻派なんでね。そこんところ、よろしくお願いします」
「何言ってんの? 急に???」
「要約すると、俺にその体を見せつけんなって話。いいか。シオン、そいつは好きな奴だけに見せなさい! 変な男に、体は売っていけませんよ」
それは分かる。だからシオンは呟いた。
「じゃあ見せてもいいんじゃない」
「は? なんか言ったか?」
「何でもないわよ」
「なんでお前の方が機嫌悪くなるんだよ」
「なんでもない!」
不機嫌全開になったけど、シオンは話をやり直した。
「で、何の話なのよ」
困り果てた末に、話を進めることにした。
資料を見ながら、クロウも見る。
「新人の冒険者が多すぎるって話だ」
「多すぎる? ギルドには良い事じゃないの」
「良い事だけど、良くない事だ」
「???」
「よく考えてみろよシオン。新人の受け入れた数って今朝はどれくらいだった?」
ロクサーヌのギルドで、新人の受け入れは、朝のみとなっている。
これは異例だ。
本来、受け入れ業務は営業時間中、一日中できる事となっている。
だが、ここロクサーヌだけは、冒険者になりたい新人がひっきりなしに来てしまうので、時間に区切りを設けているのだ。
そのため朝の時間帯だけが受付時間になっている。
しかし、それだけの短い時間であっても・・・。
「40だったかしら?」
「多いだろ」
「え、普通くらいじゃないの?」
ロクサーヌのギルド会館に来る新人の数40というのは、いつもと同じくらいか平均よりやや下くらいである。
それをよく知るシオンだからこそ即答していた。
「それを見てくれ」
クロウが資料の重要項目以外の部分を指差した。
「うん」
「向こうのさ。東の首都の方でもいいや。二週間前だけど、そっちの新人の数はどうなってる?」
「・・えっと、3ね」
資料を読みながらになっているから、返事が遅くなった。
「一日平均だと」
「・・1.4くらい」
「ここは!」
「50近いわね」
「おかしいよ。そんなのおかしい!」
クロウが叫んだ。
「なんでこんなに人が来るんだよ。多すぎだ。いいか。シオン。首都のギルドの職員数は!」
「98よ。ここに書いてる」
シオンが自分の前に置いてある資料に指を置いた。
「じゃあ、ここの数は!」
「あなたも入れて4」
シオンの発言の真意は、あなたは仕事しないけど、頭数には入れてあげるの意味だ。
「おかしいよ。そんなの絶対おかしい。人が少なすぎ!」
クロウが更に大声で叫んだ。
「クロウ・・・・ここ田舎だから、人員なんて早々増やせないでしょ。それに、ここのギルドは、あなたがスカウトしたメンバーだけが所属してるのよ。だから、増やすのだってあなた次第になるんじゃないの」
シオン。フラン。リリアナ。
この三人をスカウトしたのは、クロウ自らである。
ギルド職員にしては珍しく。
募集型ではなく、スカウトで集まったメンバーだ。
「そうだよ。でもおかしいんだよ。冒険者を捌く人の数に対して、新人登録したい人が圧倒的に多すぎる。それにさ。シオン。新人登録っていくらか知ってるか?」
「500Gよ」
「やっす! やすいわ!」
新人登録料は500G。
これは、大陸全土。どのギルド会館に行っても同じ額である。
田舎だろうが都会だろうが、一律同じ値段にしているのは、どんな人物でも冒険者になっても良いとするギルド側の配慮だ。
あまりに高すぎる登録料だと、登録する事が億劫になる可能性があって、闇冒険者になりやすく、そして何より金銭に困っている者にとっては助かる配慮である。
冒険者の装備を用意したり、旅の準備などで、その他諸々の必要経費の方に、お金を割けるからだ。
「あなた、何騒いでるのよ。この値段は昔から! 当たり前の事じゃない」
「いいか。シオン。お前さ。屑鉄が材料になってる武器! それがいくらか知ってるか?」
屑鉄は、ボロボロの剣という名称の武器に変わる。
金欠冒険者の初期装備の一つだ。
安い値段で剣を買えるので、人気商品でもある。
「知らない」
「じゃあ、屑鉄がいくらか知ってるか?」
「知らないわよ。そんな材料の武器。使ったことないもん」
シオンは元冒険者でも超エリートなので、そんな装備をしたことがない。
「ああ。そうですね。元有名冒険者さんは底辺から駆け上がってねえもんな。良いご身分からスタートしてるもんな」
「何よその言い方! 嫌味な言い方ね。前のことあんただって知ってるでしょ。怒るわよ」
いつもの喧嘩が混じりながらも、シオンが聞く。
「で、いくらなのよ」
この町の相場を知らない。
これはいけないとクロウは諭した。
「30Gだ。屑鉄の買取価格は30なの」
ちなみに、屑鉄はロクサーヌ付近のダンジョンで取れる。
屑鉄は、道具なしの手でも簡単に取れるので、初心者冒険者の気軽なお金稼ぎとなる。
ただし重いので多くは持ち運べない。
「ふ~ん・・・で?」
「そんで、それを鍛えあげて販売する剣の値段が180Gなわけ」
「へぇ」
物知りね。
くらいの感覚でシオンは話を聞いていた。
「その他諸々経費はかかったとしてもだ。150Gも儲かるのよ。鍛冶師はな」
「そうなるわね。でも職人の技が光るわけでしょ。技術代じゃないの」
屑鉄を武器に変える技術代でしょ。
シオンはクロウの意見に対抗した。
「そんじゃあさ。ここで本題な」
「うん」
ようやく本題か。シオンは真剣に話を聞く。
「おまえさ。新人登録の仕事を一件受けた時の・・・俺たちの懐に入る値段。いくらか知ってるか」
「あたしたちが貰えるのは、新人だと金額の一割よね?」
「その通りだ!」
クロウが、ビシっと指差した。
指先がシオンの顔の前にある。
「それで? それの何が本題なのよ」
その手を文句部分を言わずに払いのける。
話だけが進む。
「つまりだ。俺たちあんなに忙しいのに、鍛冶師よりも儲けがねえのよ」
「あら・・・たしかにそうだわ。儲けといえば50Gだけになるわね」
「だからよ。このギルド会館って、人が来る割にめちゃくちゃ金が入らねえんだわ。俺たち、ここで新人だけを請け負ってたらさ。いつまで経っても、給料がスカスカのカスカスだぞ」
お給料が少ない。
結局言いたい事はこれだ。
クロウの切実な叫びである。
「・・・まあそうね」
「お前。この給料でどうやって生活してんだ? ここの給料だけで生活してんの?」
「え、それは貯金を切り崩して生活してるけど」
「いくらあるの?」
「うん。あたし、元特級だからね。別にここから先の人生で、働かなくてもいいくらいにはお金を持ってるよ」
じゃあなぜ、こんなところで働いているの。
クロウは疑問に思っても、先に悲しみが湧いた。
「うわああああ。おじさんより金持ちなんだぁ!」
部下の方が金を持っている。
おじさんのハートはブレイクした。
「あんた。そんな冗談はいいから、何が言いたいの」
冗談めかしているように見えるが、クロウは意外と傷ついている。
「はぁ。いいかシオン。俺が言いたいのは、俺たちも鍛冶師くらいはせめて稼ごうぜって話なの。忙しいんだからそれくらいいじゃんか!」
「どうやってよ。ギルド会館が、稼ぐなんて簡単には出来ないでしょ」
「金額を上げよう!」
「無理よ。登録料の増額って事よね?」
「そう!」
力強く返事をした。
「そんなのマスター会議でもないと無理でしょ。あなたが勝手出来る範囲を超えてるわ!」
マスター会議とは。
各地区のマスターたちが集まる大会議の事である。
重要な事を決めていくので、値段設定も変えられる。
「はい。そうですよ。そのとおりです」
クロウが急に真面目になった。
「なので、俺はさっきマスター会議を開けと連絡入れといたわ」
「は? なんで、あなたがそんな事出来るのよ。あなた、辺境のマスターなのよ。マスターオブマスターじゃないと本部に招集なんて無理でしょ」
「そこは大丈夫だ。ダリちゃんの秘書の席に手紙を置いたからさ。あとで開いてくれるのさ! 日時が決まったら、折り返しの連絡もくれるからよ。いいかシオン。俺がいなかったら、その電話取ってくれ」
「ええいいわよ・・・って! あんた」
ダリちゃんって誰よ。
一瞬そう思ったシオンだったが。
「まさか、ダリちゃんってダニエル・リンバー様の事を言ってんじゃないでしょうね」
ダニエル・リンバー。
統括マスター。又はマスターオブマスターと呼ばれる。
大陸にある各支部のマスターたちを束ねる。
アルフレッド大陸の頂点に立つマスターだ。
「ダニエル? リンバー?・・・ああ、そんな名前だったな。ダリちゃんって」
クロウが腕組みしてうんうんと頷いた。
やっと思い出したような素振りである。
「あんたね。あの人はマスターオブマスター。大陸全土のマスターよ」
「そうだよ」
「でもあんたは、辺境のマスターなのよ。立場が違い過ぎるんだから。ダリちゃんなんて気軽に呼んじゃ駄目よ。不敬だわ」
シオンは、まったくもうと、続きを言いたかった。
「は? 何言ってんだ。俺とダリちゃんは、上司と部下の間柄じゃねえから。俺とダリちゃんは、どっちかっていうとだな。師と弟子だ。そんで俺が師だ」
「へ? 何言ってんの? 上司と部下でしょ。そして師弟なら、あなたが弟子でしょ」
「だからさ。俺が師! あのね。昔のダリちゃんって可愛かったんだぞ。小さい頃は泣き虫でな・・・」
クロウは、思い出話を長々と語りそうになっていた。
「何言ってんの。統括マスターはたしか・・・300歳は超えているドワーフじゃなかったっけ? ん? え、あなたが弟子じゃなくて?? え、でも小さい頃って話は??」
シオンが疑問を抱いていると。
ギルド会館の表の入り口から叫び声が聞こえてきた。
「た、助けてください! ギルドの皆さん。冒険者の皆さん。き、緊急事態です!」
事態は急展開を迎える。




