第33話 首席のシオン
シオンが、トリカル魔法学園に入学した理由。
それは、ジュリス・ディーマーに憧れたからが理由だった。
子供の頃から本が大好きだった彼女は、その本の中の冒険譚の一つに出ていた彼女に憧れを抱いた。
あらゆる魔法を扱えた天才大魔法使い。
大賢者ジュリの伝説だ。
その彼女が実在している事に気付いたのが、10歳くらいの頃。
人として、学校長として、魔法使いとして、全てにおいて憧れていたから、シオンはこの学校に絶対に入学すると決めた。
本には、若い頃に旅をした事があり、幼馴染のダニエルと共に、世界を回ったらしいのだ。
その本の旅での出来事は、今でも愛用書として持っている。
そして無事に入学が出来たシオンは、その憧れの人に一歩でも近づこうと学校で訓練をする日々を過ごしていたら、朝の自主訓練の時に彼女と出会えたのだ。
「あなたはうちの生徒ですよね。お名前は?」
訓練所で、一人汗を流していると、涼やかな声が聞こえてきた。
耳にスゥッと入ってくる声で、心地良い。
「は、はい。私はシオンと申します。1年2組です。はい!」
話す部分が名前だけでもいいのに、テンパってクラスまで紹介していた。
「そうですか。ではあなたがあのシオンさんですか」
「あの?」
「ええ。一学年の主席の子ですね」
「え。じゅ、ジュリス様が、私の事をし、知っていたのですか!」
憧れの人に自分を知ってもらえている。
それだけでシオンは嬉しかった。
「ええ。もちろん。さすがにね。入ったばかりの生徒の顔を全部は覚えられませんが、名前だけは覚えますよ。特に女性はね」
「女性は?」
「はい。レディの名を忘れる奴は人間じゃねえ。男はいいけど女性だけは覚えろ! って私の先生が怒りますので、絶対に忘れないようにしないといけません。先生にだけは怒られたくありませんからね」
最後の言葉に力が籠っていた。
よほど怒られたくないのだろう。
先生の先生は怖い人なのかな。
シオンは思った。
「じゅ、ジュリス様にもお師匠様がいるのですか!」
「もちろん」
「どんな方ですか! し、知りたいです」
「どんな方?・・・それはもうね。もはやあの方は、私たちにとっての神です」
「たち?」
「ええ。素晴らしい人です。この世を守るため、人知れず人を守り、長きに渡る戦いをたった一人で・・・かつての仲間とは離れていても、まだ人の世を諦めない人です。もし、彼が諦めたら世界は終わります」
「まだ???? 世界が?? え???」
という事はまだ生きている?
300年以上生きているジュリス。
彼女の師であるならば、その人はそれ以上の歳の人。
この人のお師匠様はエルフなのだろうと思っていた。
「まあ私の事はいいでしょう。それよりもあなたは大丈夫ですか? 魔力が乱れているのですが?」
「乱れている? 私がですか?」
そのつもりが無かった。
シオンは、魔法を作り出すための魔力コントロールをしていた。
体内に魔力を循環させて、体のどこから発射してもいいように設定する訓練だ。
「ここですね。あとこちらです。それとここも」
ジュリスが、シオンの右肩、左臀部、右の鼠径部を指差した。
「乱れています。循環が弱い」
「そ。そうだったんですね」
自分ではわからない事を。
やっぱりジュリス様は凄い人なんだ。
純粋だったシオンは目を輝かせた。
「ええ。でもこの若さで、それほどの回し方が出来るのなら、効率化もできるようになりましょう。あなたは立派な魔法使いになりますよ」
「ほ、本当ですか!」
「ええ。鍛錬を続ければ、きっとね」
「ありがとうございます。頑張ります」
「ええ。頑張ってください。シオンさん」
「はい! ジュリス様」
これが最初の出会いだった。
本当はもっと色々お話したいと思ったが、邪魔をしちゃ悪いと思って、話す事を我慢したのが最初、そして次も会えた時も、その次もと我慢をしながら会話をしていた。
シオンは会えることを期待して、もし会えなくても頑張ろうと、もっと積極的に関わってもよかったが、ジュリスが忙しいだろうと遠慮しながら学校に通っていた。
◇
二学年になった時。
「シオン」
呼び方は呼び捨てに昇格。
丁寧であり続けるよりもうれしい出来事だった。
「はい。ジュリス様」
「よく出来ています。魔法も勉強も実技試験もです・・・ただ」
「た、ただ?」
褒められていたのに。
内心はそう思っていた。
「あなたは表面での動きになっていますね。心が入ってない」
「心が入っていない? それはどういう意味で」
「説明しましょう。私の先生が言うに、魔法というものは、闘気と似ている点があるとの事です」
「あの戦闘強化の闘気とですか?」
まったく違うと思うのですが。
憧れの人の考えとは反対の言葉を出せなかった。
「ええ。魔力も闘気も、ノリが大切。だと、私の先生は言っていました」
「ノリ?」
そんな俗な言葉を使う人なの。怖い人じゃなかったんだ!?
ジュリスの師が軽い人間なんだと思ったシオンである。
「感情を込める。これが魔法に好影響をもたらすのです」
「感情・・ですか?」
ここに来て、まさかの気持ち。
正直そんな事で魔法が変わるとは思えない。
魔法に影響するとは、到底考えられない事だった。
「機械的に魔法を放つ人は、機械的な威力に留まる。一律の威力で終わります。これも、先生の教えです」
「・・・なるほど」
「感情的に魔法を扱うと、そこではムラが生じて、ランダム性が生まれるのだそうです。威力がその場のノリになり、その都度で魔法の強さがよく分からなくなります。これも先生の教えです」
「???」
それのどこがいいんだ?
シオンが戸惑った。
「こうなった場合、相手に攻撃が当たるのはどれになるのか。わかりますよね」
「それは、感情的な人の方が・・・おそらく?」
後から教えてくれた方が正しいはず。
気持ちは前者だったが、正解は後者だと思ったシオンである。
「そうです。だから、感情を押し殺して魔法を扱ってはいけません。私生活から感情を表に出す。ここが重要なのですよ。実はね」
初耳の情報だ。シオンは彼女の言葉を頭に入れた。
「でも魔法使いという人種は意外とシャイな子が多いですから、内に秘めますね。感情をね。あなたもそうですね」
「え!? あ、はい。そうかもしれません」
昔から言いたい事が言えない性格だった。
両親に魔法学園に入りたいと言った時が唯一だったかもしれない。
「でも大丈夫ですよ。いつか感情が表に出る時が来ますから、そこまでは基礎錬を頑張ればいいんです」
「はい」
内に秘める感情。
ここには共感していたシオンだった。
自分がやりたい事は何だろう。
ジュリスを追いかけて、学校に来ただけで、それ以外の目標が無かった。
ジュリスを追っているなんて、本人にも先生方にも、周りの生徒にも言えなかったから、内に秘めているのも共感せざるを得ない。
感情を表に出すことがなかったのがシオンだった。
◇
三学年の時。
卒業間近。
「あなたは就職するのですか?」
「いいえ。迷っています」
「なぜ? 皆は決まっていますでしょ」
「はい」
「優秀なあなたが決められないのですね。これは困りましたね」
主席が決まらない。
それは後輩たちにも示しがつかないのだ。
「ジュリス様」
「はい」
「ジュリス様は、進路をどう決めたんですか」
「私ですか」
「教えてください」
「そうですね・・・」
昔を思い出した。
「私は、負けたくなかったからですね。先生の後ろを一番に歩くのは私だと! 脳みそ筋肉ゴリラに譲ってやるもんか! 絶対に私なんだ! って思ったからですね」
「え?」
ジュリスから急に感情が出て、急に悪口も出てきたような気がしたシオンは驚いた。
「そしたら、気付いたら旅に出てましたね。先生が調べものをするって言うから、そこに私と彼が勝手について行ったんです。それが・・・」
「冒険の始まりですか。冒険者たちの始まりですよね?」
「ん。私たちの事を知ってたのですか!」
「はい。それで、ギルドを作ったのが、ダニエル様ですね」
「ええ。そうです。冒険をするのに、冒険者に支援が必要だと思いましてね。彼が立ち上げたのですが・・・それは元々は先生が原案を作って、仕事としてこちらに任せてくれたのですけど。でも・・そのせいで」
真実は違う。
そう言いたげな彼女の顔は寂しげだった。
「それは良しとして、とりあえずあなたは進むべき道を選ばねば」
「ジュリス様。ジュリス様は冒険して、楽しかったんですか」
「え」
「その脳みそ筋肉ゴリラさんとでも、楽しい旅だったのでしょうか?」
「ふっ・・そうですね。それは楽しい旅でしたよ。先生もいて、彼らもいて・・・ええ、楽しかったと思います。その時も・・・今もですけどね」
「わかりました」
シオンは懐かしむジュリスの顔を見て決めた。
「ジュリス様。あたし、冒険者になります」
自分の行く道は、冒険者であると!




