第26話 運命が変わる
家に兄がいない。
それは地獄にも等しい環境だった。
庇ってくれる人がいない。
慰めてくれる人が多少いても、それはあくまでも他人。
しかも、メイドや執事は、主従関係であって、立場の違う従の人々だ。
両親の監視の目が厳しければ、庇ってもくれないし、慰めてもくれない。
心から信頼する味方がいない男は、兄のいない三年間を耐えた。
そして卒業をした兄が、家に戻ってきた時が、運命の分かれ道の一つだ。
アランポーカー家の家族会議が開かれた。
家族ではないと認定されているフランは会議に参加できない。
その部屋の外で、彼らの話をこっそり聞いていた。
「ふざけるな。エルリ」
父の声が聞こえる。
兄が反論する。
「ふざけてなどいません。家督はどうぞ。弟に! 俺は、自分で、自分の道を決めましたので」
「貴様! 何が近衛兵長だ! あんなものは、命を張るだけの。下賤の者がやる仕事だ。いくら王太子の近衛兵という地位でも・・・私が許すとでも思ったのか! それに奴は!」
二人の声がどんどん大きくなる。
フランは自分が怒られても怯えないのに、兄が怒られていると怯えていた。
「殿下を気に入りませんか」
「気に入らん。お前は、私の下で勉強させる予定だった」
「宰相配下ですか?」
「そうだ!」
「じゃあ、興味ありません。いきなり配下など。己の実力じゃないですからね。俺は実力で役職を勝ち取る。あんたからは貰わねえ!」
「なんだと!」
「俺は、ライド・ブリトンという男に惚れた! 彼と共に、俺はこの国で生きる」
「あれは、甘ちゃんだぞ。いずれ、排斥される器だ。庶子だしな」
ライド・ブリトン。
メデル王国の王太子で、エルリが心底惚れた男。
魔法学園で、同級生となり、意気投合した事で、二人は莫逆の友となった。
彼は王太子であるのだが、ライドは血統的に弟に劣る。
母違いの半弟ミクス・ブリトンとの血の違いは歴然で、王家をはじめ、貴族たちはその血の部分で、ざわついているのだ。
しかし、このライドという男。
明らかに優秀。
ミクスと比べてはいけないくらいの才覚を持っている。
そして人格もだ。
素晴らしい人柄をしていて、元気の塊で自分に自信のあるエルリが、ついていきたいと思うほどの人格者だ。
「では勘当でも何でもしてください。俺は何があっても、ライドと共にいます」
「貴様・・・私がそれが出来んことを知って言っているな」
「当然ですね。あなたのプライドが。この家の格が。俺から、名を剥がすことを許さない。フランも追い出すことを許さないくらいだからな」
「・・・貴様ぁ!」
父親の怒りは頂点に立ったみたいだった。
部屋の中で爆発音が聞こえた。
慌てたフランは扉を少しだけ開けて、中の様子を見ようとしたら、扉の隙間から、水蒸気が噴き出してきた。
熱さはないが、勢いがある。フランが後ろにのけ反りそうになった。
煙のような薄い膜が消えると、兄が堂々と宣言する。
「俺はすでにあんたを超えた。俺と戦闘をして、力づくで言い聞かせるなんて、出来ねえぜ」
父の癖に、息子に挑発されて、再び攻撃に出る。
「な。なに。私の魔法を相殺! ま、まぐれだ。エルリ! 言う事を聞け。ウォーターボール!」
「まぐれだったら、こんな芸当しねえわ。最初からあんたの口でも潰してるぜ。ファイアーボール」
後出しで、エルリが魔法を出しているのに、魔法力が追いついている。
しかも、魔法の相性は息子の方が悪い。
だが、魔法がぶつかり合うと、相殺となるのだ。水蒸気はこの結果だった。
「ぐっ・・・す、凄い兄さん」
フランは兄の魔法が格段にレベルアップしている事に驚いていた。
三年前の魔法はまだまだだったのに、今では大の大人に勝てるとは、しかも名門のアランポーカー家の当主にだ。
「就職はすでにしたから、俺は家を出て行く。ついでに弟ももらっていく!」
「なに? 何を言ってる」
「俺の名は残しておいてもいい。あんたに配慮して、家からは独り立ちしたって言うよ。そうすれば、そんなに悪い様な噂は出ないはずだ」
家を飛び出すのは変わりないが、エルリがその発言をすることで、家の問題とはならない事となる。
アランポーカー家に配慮はされていた。
「・・・・なぜ、フランも連れて行く」
「逆に聞く。あんたは、フランも育てる気があるのか」
「・・・」
「答えないのが答えだな。俺はあの子を飼い殺しになんてさせない。あの子は優秀だ。普通の学校に行くだけで、内政官でも何でも出来るはず。魔法が使えなくたって、他でなら活躍できる!」
弟の頭の良さを知る兄は、何が何でも弟を連れていく事とした。
「・・・わかった。条件は飲め。この家に害をなすな」
「了解だ。じゃあ、連れて行くぜ」
「なに。もう?」
「準備してある。宿舎に連れて行く!」
「なんだと」
家族を無視して部屋を飛び出したエルリは、部屋の前にいた弟にバッタリ会った。
「あ、見てたのか。やっぱりお前は知りたがりだもんな。聡明だからすぐに気付くか。ニシシシ!」
「に、兄さん」
フランの目には涙があった。
「おう。俺の所に転がり込んで来い。任せろ。どんとこい!」
エルリは、両手を広げて、胸に飛び込んで来いとした。
滅多に感情表現をしないフランが飛びつく。
胸の中に納まったフランは、人生で一番の量の涙を流した。
兄の無償の愛に包まれた事で・・・。
◇
こうして、王太子の近衛兵の宿舎で暮らすこととなった兄弟は、スクスクと成長していき、兄の給与で、フランも魔法学園じゃないが、学校に通う事となり、18歳となった日。
「どうするつもりだ。フラン?」
就職は?
その意味だと気付いたフランは。
「はい。応募しました」
淡々と答えた。
「どこに?」
「言えないくらいに、たくさんです。町のパン屋さんとか、職人さんにお願いしてみたのですが。色々試しても全部落ちました。なぜでしょうか」
「・・・父だな。手を回したな。知り合いの商人などでな」
自分に嫌がらせが出来ないから、フランに嫌がらせをした。
そう考えるのが妥当である。
「フラン。俺が紹介しよう。ツテでもいいか」
「近衛兵は嫌ですよ。お二人に迷惑が掛かります。これ以上、お二人を苦境にするには・・・」
兄と王太子は、苦境に立たされている。
王太子反対派によって・・・。
「気にすんな。でも近衛にはしない。お前は王宮警備にしようかと思う。それなら俺の目が届く範囲になるし。部署が違うならなんとかなる」
「・・・わかりました。兄さんに従います」
「うん。すまないな。もっと自由な暮らしをさせてあげたかったよ」
「いいえ。兄さんのおかげで、僕は生きてますよ」
「ふっ。そうか!」
「ええ。当然ですね」
兄弟の仲の良さは相変わらずだった。
◇
そして、フランは王宮警備の仕事に就く事となった。
しかし、彼の立場はかなり悪い。
どうやら流布された噂が良くなかったらしい。
名家の出で、魔法使いじゃない。
しかも、フランのジョブがあまり好ましくない珍しい職業だったので、皆からの待遇が更に悪くなったのだ。
それだから仲間なんて出来なかった。
同期も、先輩も、後輩も、彼を仲間としては認めず、一人ぼっちであった。
仕事をしても一人なのはキツイ。
それでも、頼れる者がいない中でも、彼は四年もの歳月を黙々と仕事をして耐えた。
長きに渡る戦いに終止符が打たれた日は、何でもない日だった。
一人でご飯を食べるフランは、いつもの王城の中庭のベンチに、ポツンと座ってサンドイッチを食べていた。
四年経っても仲間のいない彼は、一人でいることも気にしていない。
だがこの日は違った。
「ちょっと君。ここ無駄に広い城だよね」
余計な一言があったが、フランは気にしなかった。
「え? あ、はい。そうですね」
兄と王太子以外、誰かに話しかけられるなんてないから、最初声が出なかった。
「めっちゃ道に迷ちゃった! 道教えてくんない」
「え」
「駄目かな。一人でご飯を食べてるけど、君のお昼休憩だったかな? 悪いね」
そのとおりで、お昼休憩だった。
でも誰かと会話が出来たのが、嬉しくて返事をしてしまった。
「ええ。そうですが、別にいいですよ」
「お。悪いね。おじさんね。どうにもさ。道を覚えられなくてさ。以前来た時と、城の形が違うんだよね。迷うつうかさ。新しい所に来たって感じ!」
「城の形?」
「ああ。ここ中庭ってあったっけ?」
中庭は昔からずっとあるでしょ。
基本構造の改修工事は四百年前にあっただけで、あとは補修工事だけ。
フランはこの陽気で若いおじさんが何を言ってるか分からなかった。
「んじゃ。君は誰かな。君だけだと嫌な感じがするからさ。名前でいこうぜ」
「フランです」
「おっけ! フラン君ね。それじゃあ、レッツゴー」
「わかりました・・・でもどこに行きたいんでしょうか? 教えてもらえますか?」
「あ。言うの忘れてた。ごめんね。おじさんになると忘れるんだよね」
「ふふふ」
兄以外の人と話して、笑ったのは初めてだった。
それが、突如として自分の目の前に現れた変なおじさんである。
フランの運命はここで変わったのだ。




