第21話 ロクサーヌ襲撃事件の始まり
事件の始まりは穏やかな日々と変わらなかった。
その日も、いつもと変わらぬ日常だったのだ。
それがまさかあれほどの事件に発展するとは、誰も思わなかった。
当日。
問題の時点まで、時系列で追っていこうと思う。
◇
リイン歴1621年5月3日。
朝10:00頃のロクサーヌのギルド会館。
受付一番での大行列。
そこで待つ者たちは、彼女がどんどん仕事をして、列が動いてくれるのを待っていたのである。
「はい! お次の人こちらにどうぞ。お待たせしました。新人登録の受付ですよね」
リリアナの元気な声が相手に届く。
初めてギルド会館に来た子の冒険者登録が開始された。
「そちらの用紙にお名前を書いてくれましたか? はい。協力ありがとうございます」
ロクサーヌの職員は、登録者に、最初の対面時に細かい説明をしない。
色々な登録手続きの無駄を省くために、ギルド会館の入り口付近に説明書があるのだ。
こちらが対応をするまで、それを読んでもらっている。
ロクサーヌのギルド会館では、受付の三番前あたりで、用紙に名前を記入してもらい、登録者の方に受付準備をあらかじめしてもらう流れを取る。
これは他のギルド会館にはない流れなのだ。
登録作業を極端に効率化しているのが、ロクサーヌのギルド会館である。
「それでは、こちらをお預かりしまして・・・発行に時間が掛かりますから。こちらで少々待っててくださいね!」
受付の隣に移動させて、順番待ちを強制的に行う。
リリアナは次の人物を呼ぶ。
「それではお次の方。利用の承諾書をお願いします。書いてくださいました?」
診断書とカード発行の作業中、彼女は次の人物の承諾書を確認する。
「そうですね。チェックがありますね。ありがとうございます!」
リリアナが承諾書を読む。
以降の文章に()がある部分にチェックがあるかを確認している。
私は、職業を選んでも、ギルドに対して文句を言わない()
冒険者となる事に誇りを持ちます()
活動の責任は、常に己にあり、あくまでもギルドはそのサポートである事を自覚します()
これを肝に銘じてください。
もし理不尽な文句や苦情を言ってきた際は、辺境のギルドマスタークロウが粛清します()
これらの事に同意する者だけが。
ロクサーヌでは冒険者登録が出来ますのでご注意を。
目の前の人物が全てにチェックを入れているので、リリアナは受け付けることを決めた。
これらの一連の動きもスムーズな手続きに繋がっている。
「ではお待ちください。前の方のを終わらせますので」
ここで、前の人の発行が終わる。
流れる作業は、同時に相手するような手続きのやり方だ。
これも他のギルド会館では、絶対にやらない手法である。
他の会館は、丁寧に一人一人の対面方式だ。
裏にある発行装置から、冒険者の為のギルドカードと職業欄の紙を取る。
そこから、冒険者に渡す。
「それでは、ご自身の職業をお決めになられてください。決まりましたら、私に一声下さい。そちらにどうぞ」
ギルド会館内の脇にある冒険者憩いのスペースに移動を促す。
一人で黙々と考えられるような配慮だ。
ここは大勢の人が並んでいるために、ごちゃごちゃうるさいのだ。
「あの。決まりました。ちょっといいですか?」
今のやり取りの直後に、受付に一人の男性が来た。
冒険者カードを持って、こちらに横入りして来たので、先程まで自分の職業を悩んでいた人だ。
横入りのような形だが、優先権はこちらだ。
「あ、はい。もちろんいいですよ。コルノフさんは少々お待ちください」
次に受付しようとした人を待たせる。
これも、手続きの流れを事前に説明しているので、列で並んでいる人たちはイラつきもしない。
横入りされたとかの勘違いを事前に防いでいるのだ。
「ラックスさん。選んだご職業は?」
「戦士見習いで」
「わかりました。では、私の言った通りにでお願いします。冒険者カードを持ってもらって、登録。戦士見習い。こう言ってもらえますか。私が立ち合います」
登録作業の最終段階。
職業選択は、ギルド関係者が見届けなければならない。
そういう決まりがある。
だから、リリアナやフランの前で、職業選択を完成されなければ、冒険者の登録も完成とならないのだ。
「わかりました」
男性が、彼女に言われたとおりに動くと、カードと体が光り出す。
登録完了の合図だ。
「はい。無事に出来たようですので、あとは教会などの場所でスキル選択をお願いします。それと不安点や疑問などがありましたら、午後。こちらに来てもらえたら、私や、受付二番のフランが相談に乗りますので、よろしくお願いします。午後ですからね。午前だと門前払いになってしまうので、ご注意くださいね!」
彼女は親切なお知らせをした。
「はい。ありがとうございました」
なので、新人も素直に挨拶をする。
「ええ。また来てくださいね。クエストは午後であればいつでも受け付けますからね」
「はい。ありがとうございます」
と言って男性は頭を下げて、ギルド会館を後にした。
混んでいても、親切丁寧な対応をされたので、短い間の応対でも、客は満足して帰っていくのである。
まあひとえに、リリアナの笑顔が素敵であるという点も、満足度に加味されるのである。
「それでは、お次の方のカードは準備しますので。次の方どうぞ」
というのが、一連の事務作業だ。
朝の時間だが、二人で五十人。
とんでもない量の手続き量でも、二人はどんどん捌いていく。
滞る事もないので、実にスムーズな流れとなっているのだ。
◇
そして、二人の作業が波に乗る頃。
同じ時間帯の事。
シオンが机の前にいる脇で、元気に挨拶をするのがヨミだ。
「シオンさん。いってきます!」
朝学習を終えて、クエスト挑戦するヨミは、勉強をしても体力があり余っていた。
「ええ。いってらっしゃい。ヨミ、無理しないでね。スライムの涙なんて、大変なんだからね。簡単に出る物じゃないから、ゆっくり焦らずだよ。いいわね」
心配性なシオンは、ヨミが無理をしないかを心配していた。
めちゃくちゃレアなドロップアイテムをクエストにしているので、頑張り過ぎないという事も大事なのだ。
『あ、出た! マジかよ。出すつもりなかったのに!』
くらいのテンションで、スライムと戦っている方が精神衛生上良いらしい。
それに、これを物欲センサーと言うらしいのだ。
センサーに気持ちが引っ掛かると、出る物も出なくなるみたいで、どんどん沼に嵌って、さらに出なくなっていく。
クロウが教えてくれた事である。
ちなみに、クロウはこういう意味の分からない事を、シオンたちに教えているので。
彼らは、大体にして、いつもクロウが言う事がよく分からないので、気にもしていないのが正直なところである。
「はい!」
と言ったヨミが元気よく裏の勝手口から飛び出した。
彼女を見送ったシオンが、頬杖をついて呟く。
「まったくね。クロウもとんでもないクエストをやれって言ったわね。あの子。人生初の任務なのに、達成できないんじゃない? 可哀想じゃない?」
激レアアイテムを持ってこい。
このクエストを達成しようとする者は少ないだろう。
それもなりたて中のなりたての新人だ。絶対におススメしないものだった。
「まあ、いっか。クロウが考えることを、こっちが真剣に考えても無駄だし」
こうして、この時間帯、シオンはいつもの業務をこなしていた。
◇
11:30分ごろ。
ロクサーヌ南西から数キロ。
ノール洞窟と中間にある石の道路にて。
「ん? 誰か猛烈な勢いでこっちに来るな」
ノール洞窟の遠征帰りのレオが気付く。
ダッシュの勢いが他とは違う。
「団長どうしました?」
副団長ネルフィが聞いた。
「みてくれ。ほら・・・って、もうここまで!?」
さっきまでは地平線側で、小さなシルエット姿だったのに、今はもう目の前の勢いでこっちに来る。
元気はつらつな女性はすでにこちらに来ていた。
「涙! 涙! な・み・だ!!! 今日こそ見つける。な・み・だ!!」
と元気な歌を歌う女性が走り去っていく。
「な、なんだ? あれは??」
「団長、副団長。涙を見つけるって何ですか? ノール洞窟で?」
幹部のミリマリが聞いた。
さっきの女の子が走っていく先は、ノール洞窟しかない。
でも、ノール洞窟に涙と呼ばれる場所が無いので困惑していた。
「さあ」
団長は答えずだったが、副団長が通り過ぎていった彼女の発言から予想して答える。
「もしかして、スライムの涙では?」
「スライムの涙? まさか、激レアアイテムを探すつもりなのか。あの子?」
その予想は着かなかったレオ。
だが、ネルフィの予想の中身が激レアアイテムな事は知っていた。
「そうみたいですね」
「あの子。そんなのをクエストに選んだのか・・・珍しいな」
随分難関なクエストを選んだものだ。
簡単そうなものばかりがあるロクサーヌギルド会館でも、かなりの高難易度だろう。
レオは掲示板の中身を思い出していた。
「・・・それにしても。あの方・・・お見かけした事がありますね」
ネルフィが思い出そうとすると、ミリマリが答える。
「たぶん。あれじゃないですか。最近、ギルド会館にずっといる子ですよ。憩いのスペースで、マスターが字を教えていた子じゃないですか?」
「ああ。そうかもしれない! 夕方にいつも一生懸命頑張ってる子ですね」
「そうそう。そうですよ。たぶん」
ネルフィとミリマリの目にも、彼女の頑張りは映っていた。
それはクロウの狙い通りの事だった。
ヨミの文字の学習場所は。
午前は、職員の部屋で行なわれ。
午後は、憩いのスペースで行なわれる。
それは、その勉強の際に、彼女の頑張りを周りに見せることが重要だとしていたからだ。
誰かが頑張っている所を見て、自分も頑張らねばと思わせるのが狙いだった。
それと、この行為によって、新人冒険者をふるいにかけていたりする。
誰かが頑張っている姿を見て、それを茶化したり、馬鹿にしたり、邪魔をしたりと。
そんな屑みたいな事をする人間は、冒険者にいらんとすることを確かめるためであったりする。
そして、もしヨミに対して、そんな事をすれば、あとでクロウが粛清をしている。
ちなみに、そんなに粛清する数はないので安心してほしい。
流石に、彼女の頑張りを見れば、新人たちも頑張ろうと思うものなのだ。
それと冒険者は、たとえ別パーティーでも敵じゃないと思ってもらいたい。
むしろ、大きく見れば横一列で、仲間として並んで立っている事を実感してもらいたいのだ。
全員で大いなる困難に立ち向かっていると思って欲しいとクロウが考えている。
クロウは、この世界の人々に、一体感が欲しいと常に思っているのである。
「そうか。そんな難しいクエストを・・・彼女は頑張っているのか。俺も頑張らないとな」
レオは彼女を見てやる気があがった。
最近のクランの停滞を払拭しようと、ノール洞窟最深部を目指すことを一人ひっそりと心の内で決めたのだ。
◇
彼らが、ロクサーヌに到着したのが、12:00時頃。
太陽が今日も元気に頂上を目指した頃が問題の始まりだった。
そう、事件の始まりを察知したのは勇者見習いレオだった。
ロクサーヌ南の入り口から、中心地付近まで皆で歩いた。ハーレムを築いているレオには町の男性陣から白い目が向けられているが、そんな事はお構いなし。
レオは、そんな事では心が折れたりしない。だって大好きな女性がそばにいるからだ。
そして、その後にクランメンバーと別れて、幹部たちと共にクエスト報告の為に冒険者ギルド会館を目指していた時の事。
「ん??? 影?」
手を振って皆と別れたレオは、振り返って会館を目指した時にふと目線が少しだけ下に下がった。
そこでたまたま地面にほんの小さな米粒のような影が一瞬だけ出てきたのに気付く。
レオは、顔を上げて、天を見た。
目線の先にあるのは太陽。雲一つない青空に、デカデカと君臨してる。
だから、影など出来るはずも無い。
「な。なんだ? ん? ひ、人? そ、空を飛んでいる??」
太陽の付近に、少しずつ上に上がっていく人影が見える。
心なしか、こちらを見ているような気がした。
「羽の生えた人?・・・・ま、まさか???」
人に羽が生えている。
それは古の姿を現していると、レオが判断した。
魔族!
かつて、世界を恐怖のどん底に陥れた魔王の種族である。
「魔族か!?」
「どうしました? 団長。何をそんなに青ざめて」
皆を見送ったネルフィは、団長の顔を見てキョトンとした。
風邪などでもないのを知っているから、突然顔色が悪くなるなんて、珍しい。
「ネルフィ! まずいかもしれない。君はギルド会館に連絡をしろ。ミリマリ。君は町長に連絡だ。住民に強制退避勧告を出してもらえ」
「え? 何をそんなに」
慌ててるのですか。
とは言わせない。
レオの指示は続く。
「いい。口答えするな。とにかくあれを見ろ。俺が慌ててるのがわかる。あれは、おそらく魔族だ」
ネルフィはレオが指差した場所を見た。
「・・・み、見えませんが・・・」
「ネルフィ。本当にいるんだ。奴らは、悪魔系のモンスターと違って、あの高度を飛べる。だから間違いない。魔族しかない!」
飛ぶのに、高度を出せるのは、魔族だけ。
モンスターではあんなに高く飛べない。
「それじゃ、団長は何を?」
「あれはたぶん襲撃するつもりで、高い所からここを偵察してるんだ・・・・俺が時間を稼ぐ。港で迎え撃つから、皆はついて来い。住民の避難を優先するんだ。俺が戦う!」
「で、でも・・・」
「ネルフィはギルドに連絡だ。いいな」
「わ。わかりました」
「俺がこの町を守る。勇者なんだ・・・・これからのだけどさ!」
未来の勇者は俺だ。
今はまだその実力がなくとも、心だけは立派な勇者であるべきだ。
それが、勇者のここが前を持つレオなのだ!
事態は、レオが動くことで、動き出す。




