第19話 マスター会議 賃金問題
「おっしゃ、俺の番ね」
クロウが立ち上がった。
ようやく来た自分の番。
背伸びしてから、今回の議案を出す。
「んじゃ。俺からは、ロクサーヌの登録料を上げてくれ! だけだな」
シンプルイズベスト!
何も補足もない。
端的な願いだった。
「何故ですか。先生?」
理由を誰も聞かないので、ジュリスが聞いた。
「ジュディちゃん。俺の所さ。異様に人が来てんの。事前に出した資料見た?」
「はい。確かにロクサーヌは群を抜いて多いですね」
一日平均50近くの新人。
これは業務上、受付過多にもなる。
毎日無事にこなせているのは、フランとリリアナが優秀だからだ。
「そんで、額がさ。500Gじゃん」
「そうですね」
「じゃあ、俺たちはさ。50Gじゃん」
「はい」
「報酬しょぼくね?」
「まあ、そうですが・・・仕方ないと言えば、仕方ないかと。なろうとする者たちですから、お金もないかと思いますし」
今までは全国一律で、慣習法のように決まった額となっていた。
「それもわかる。だけど、ここは引き上げで頼む。1000Gでいこう」
「クロウ殿。ば、倍ですか?」
倍には、流石のマスターオブマスターのダニエルも驚いた。
せめて、1.5倍では?
思いはこちらであるが、相手は先生なので、強く踏み出せなかった。
「うん。そうなると、俺の予想では、二割減って言ったところかな」
「それでも二割?」
「ああ、引き上げた場合。四十いくか、いかないかで、収まると思う」
「・・・なるほど。でも収入的には上がると」
一日2500Gの儲け分から、一日4000Gに変わる。
業務数が減って、この差が出るのは大きい。
職員の給与もあげることが可能になるのだ。
「ああ。だから倍で頼むよ。1000Gくらいさ。貯められないで、冒険者になろうとするやつなんて、鼻から戦力にはならねえって」
確かに。
この意見は、各マスターたちも同意せざるを得ない。
夢の為。
何か別な事で稼いで、少しくらい頑張る事が出来なければ、冒険者になってからも、何かの夢を叶える努力を怠るはずだ。
この考えが、皆の頭の中によぎった。
「それにだ。なんだったら、貸してもいい」
「貸し?」
「ああ。ロクサーヌのギルドが、一時的に金を貸して、ほら、クエスト報酬を天引きすればいいじゃんか。それも出来るようにしてくれ」
クロウの意見に、真っ向から反対するのはダニエルだった。
「それは・・・さすがに無理かと。逃げる恐れもあるでしょう」
冒険者になったからと言って、必ずしもクエストを受けなくてはいけないという決まりがない。
だから、冒険者になってから、一度もクエストを受けなくても、冒険者の登録が解除されることはないのだ。
なってしまえば、死ぬ間まで、永遠に冒険者という資格は維持される。
本来であれば、資格停止で除籍をしてもいいのだが、ここにはとある理由があったりする。
「大丈夫。逃がさねえからさ。ロクサーヌだけでもいいから、許可してくれ。俺が責任を持つ」
「逃がさない? 何かするつもりなのか。辺境の!」
ライノルドが聞いた。
「逃がさねえのよ。借用書を作って、返すまではしつこくを追いかける。俺の魔法があるからな。追跡魔法な」
借用書に残す思いを追いかける。
小さな子供を探した時に使った魔法で、借金取りをする気満々のクロウであった。
「マジか。そんな魔法があるのか」
「あるんだわ。今は、俺くらいしか使えない魔法ね」
というよりも、誰もそんな微妙な魔法を覚えようとは思わない。
一人の人間が、覚えられる魔法には限度があり、基礎を除けば多くても十程度。
天才であれば、三十ほどで、英雄・偉人クラスになれば、五十程度である。
ちなみに、ここにいるジュリスは五十ほどの魔法を扱える。
英雄クラスの天才魔法使いであるのだ。
さらにちなみに、クロウが持っている魔法数は数えられないので、無視しても構わない事をお知らせします。
「・・・わかりました。それでうまくいくのなら、やってみますか。クロウ殿」
「お! ありがとダリちゃん。さすが、愛しの愛弟子!」
クロウが、ダニエルにウインクを決めると、今まで冷静な態度で、大人しく座っていたジュリスが立ち上がった。
「あああ。ズルい! ダニエルだけズルい! わ、私は。先生。私にはくれないの!」
子供のような言い方だ。
大人となった今の彼女だが、可愛らしいには可愛らしい。
「ジュディちゃんは別に・・・何もしてなくね?」
珍しくもクロウの言い分が合っている。
「そんなぁ。脳みそ筋肉ゴリラだけズルいですよ。私にもください!」
「いや。脳みそ筋肉ゴリラって、それ、昔に言ってた奴だろ。君たちが子供の頃にさ」
「んんんん」
最終的に彼女は拗ねてから、ダニエルを睨んで唸った。
「おい。会議中だぞ。不貞腐れ女。いい加減にしろ」
「あ。またそれを言ったわね」
「言いました! 愚痴愚痴言うな」
「悪びれもなく、この! 脳みそ筋肉ゴリラめ。先生の弟子なのに頭が良くならなかったくせに! ダメダメダメな弟子なくせに!」
「なんだと。うるさいぞ。不貞腐れ女。ほらまたすぐ愚痴愚痴言う」
二人の喧嘩が始まった。
「ああ。始まったよ。どうにも昔から、喧嘩をするとこうなるよな。この二人さ」
クロウの愛弟子たちは、喧嘩をするほど仲が良いのであった。
それも数百年以上経ってもである・・・。
◇
子供みたいな喧嘩中。
他のマスターたちは二人を無視して会話となる。
「おい。それより子供の頃って何の話だ」
西のマスターライノルドが聞いてきた。
「ん?」
「三百を超えるお二人の子供の頃なんて、生まれてねえだろ。お前ヒュームだよな」
「そうだよ。かろうじてな」
「かろうじて?」
「ああ。そいつはちょいと理由があってだな」
クロウが言う前に、ミサリザが言う。
「西のマスターライノルドさん。あなたはこの人の伝説をご存じない?」
「ん? 伝説?」
ライノルドは何も知らなかった。
「自分は知ってる・・・メデル王国の崩壊を防いだ方だ」
何故か、質問されていない無口なロウが答えた。
「あら、そうだったの。北のマスターロウさんは、ご存じなのね」
その情報はミサリザにはなかった。
「でも、あなたの知る伝説と、私が知る伝説は違うわね」
「貴殿のは? どんな伝説だ!」
珍しくも二言目がある。
仕事ならともかく、プライベートの会話で、ここまで喋るロウは珍しい。
「エルフ王国が他国との国交を開いた時にいた方だと聞いてますわ。それと、私の家系は、元王家に分類されていて、その先祖の方が、この方と知り合ったとの書簡を、書庫で見た事があって、一般には出回ってないものの中ですけど、この方のお名前があったのを覚えてるのですわ。本名は黒塗りされて伏せてありましたけどね」
「なるほど。自分の所とほとんど同じだな。秘文書の中でも、クロウ殿は、本名だけは開示されていない」
二人が見つめ合って答え合わせをした後。
クロウを同時に見た。
二人から見られたクロウは微笑む。
「いや、別にさ。完全に名を伏せてるわけじゃないんだけどな。知ってる人は知ってるんだわ。まあ色々とさ。ちょいと世界の謎を教え込まないといけないから、面倒でそうしてもらってるだけなんだ。だってな。師匠から教えないと、話の意味が分からないだろうからさ。時間が掛かって、かなり面倒なんだわ」
クロウが答えた後に、ライノルドが気付いた。
「おい待てよ。メデル王国の崩壊の話だと・・・それって、七百年近く前の話じゃないか?・・・は? あ、ありえねえ・・・七百って・・・」
ライノルドの言葉がたどたどしい。
「おお! よく勉強してんな。角坊!」
「お。お前・・まさか!? お二人の倍は生きてるのか!」
これで、ジュリスとダニエルが先生と呼ぶ理由も、少しだけ納得できるだろう。
「まあな。でも少なくともだぞ」
クロウは、含みを持たせて答えた。
「・・・は?」
もっとだって言ってるのか。
ライノルドは、目を丸くして固まった。
「よし。世間話も済んだし。ちょっと。ダリちゃん。ジュディちゃん。俺の話を聞きなさい! いいか。三秒以内に黙らないと、一生口利かないからね!」
クロウが子供を悟すように話した。
さっきまでうるさかった二人が急にピタッと止まって、気をつけの姿勢になった。
クロウの脅し文句の中で、最高の効き目があるのが、一生口を利かないだ。
二人とも大好きな先生と会話できないのは、死んだ方がマシだと考えるのである。
「よし。良い子たちだ。話してよしだ」
この言葉の直後、二人は息を吸った。
二人して、呼吸すらも止めていたらしい。
「先生。嫌ですよ。その脅し。二度と言わないでください」
「ワシの身にも応えますぞ」
「そうか? じゃあ、まあ、忘れていいよ。とりあえずさ。俺の議題って通る感じになる?」
クロウは、最終決定権のあるマスターオブマスターに聞いた。
「そうですね。問題が起きたら、報告をしてもらう形で許可を出しましょうか? その都度調整を入れましょう。ワシと要相談ならばということで」
「おお! じゃあさ。問題が起きたら、いきなりここに来てもいいか? 解決は早めがいい」
「もちろん。いいですぞ」
「よし。その約束でいこうぜ。飛んでくるからさ!」
二人が、賃金問題の解決案を決定すると。
「それ、私も現場にいますよね」
ジュリスがよく分からない事を言った。
「「は?」」
二人で首を傾げる。
「二人だけはズルいです。私も呼んでください」
「ジュディちゃんは、学校で忙しいでしょ。いちおうさ、ここは顧問でしょ。ギルドの関係者じゃないじゃん」
クロウがまたまた珍しく正しい意見を言うと。
「嫌です。先生と学校。選択肢は先生です」
「馬鹿言うなって。ジュディちゃんは、子供たちを立派にするって話じゃんか」
「一日くらい、私がいなくても、大丈夫。子供たちは立派に育っていますから!」
「・・・たしかに。それもそうか。じゃあ、ジュディちゃんも来なよ。俺がここに来たらの話だけどね。三人で話すか」
「はい!」
こうして会議は、ジュリスの満面の笑みで終わった。
本題に突入してから、東のマスターノイルが話した言葉は一言もない。
周りのマスターたちも、多少は会話したのに、彼の議事録だけ残らなかったのである・・・。




