第16話 問題だらけ
ギルド預かりのような形のヨミは、朝一番に勉強。
そこから10時ころに、小さな遠征に出て、夕方に戻り、夜遅くまで勉強する生活を続けた。
これにより、以前よりも着実な成長を遂げていた。
字も名前であればスムーズに書けるようになり、簡単な文章であれば読めるようになってきた。
とある日の朝。
ヨミも含めた職員の朝会での出来事。
「よし。そんじゃ予定を発表するよ。俺、明後日にマスター会議に出るから。皆、俺がいない間、宜しくね! あと、ヨミちゃんも、俺がいない間は自分の判断で行動してくれ。冒険者だし、出来るよね」
「はい!」
朝会のメンバーではないので、ヨミは勉強しながら返事をした。
「ちょっと。あんた」
シオンが聞いた。
「なんだ?」
「会議が明後日なの???」
「うん。明後日」
「じゃあ、どうしてここにいるの?」
うんうんと、リリアナとフランも一生懸命頷いた。
なんでだと言いたいけど言えない。
必死のアピールにも見える。
シオンの意見と同意見らしく、気持ちを伝えたがっている。
「なんで。ここに俺がいたら悪いのか?」
「違うわよ。そういう意味じゃないわ! マスター会議って、トリカルの本部で行われるんでしょ」
「そうだよ」
「じゃあ、なんでここにいるの!」
「俺がマスターだから?」
「だから、そういう意味じゃないの。なんで、ここをすでに出立してないのって聞いてるの。それに、あたしにも事前に日程を知らせてないじゃない。早く教えてよ」
「いや、だって、明後日だぞ。明後日。明日でもないんだから、知らせる必要もないだろ。それにここは業務に変わりがねえからな。皆、俺がいなくても優秀だから大丈夫だろ」
「あのね!」
いつもの喧嘩になったな。
リリアナとフランは、耳を少しだけ傾けて、話半分で聞く。
「ここから、トリカル湖周辺域まで、列車で向かっても三日はかかるのよ。そこから、トリカル湖中心地行きの船に乗るの。しかもよ。あれは朝晩しかない二本の定期便よ! だから、前日辺りには周辺域にいないといけないから、余裕を持つために、五日くらい前にはここを出てないと。あんた、今ここにいたら、絶対会議に間に合わないじゃない!」
遅刻どころの話じゃない。
会議に参加できないレベルの問題よ。
シオンの戸惑いはここにあった。
「大丈夫だって、俺は特別だから、トリカル湖の中心域には直接行ってもいいのさ! ダリちゃんの許可が降りてるからよ」
どんな許可だ?
シオンが返事をするが、リリアナとフランも同じ気持ちだ。
「は? 何言ってんの? 船の問題は置いて。そもそもがね・・」
「いいから。いいから。お前は心配性だな。とりあえずこの話は大丈夫って思ってくれ。そんでさ・・・・」
シオンたちの心配を無視して、クロウは次の展開の話を続けた。
職員三人は、クロウが遅刻したら、大問題になるんじゃないかと心配しながらこの話を聞いていた。
◇
トリカル湖とは、アルフレッド大陸の中央にある巨大湖の名称だ。
大陸の中心に、ぽっかり穴が開いたと表現しても良いくらいに巨大な湖である。
青く透き通った水の湖なので、この地域以外の者は、竜の眼との別称で呼んだりする場合がある。
その湖を囲うように、周辺域に町が存在していて、北区。南区などの東西南北に地区が存在して、湖の中心地には本物の都市。中心区がある。
人工的に建てた人工島があるのだ。
それで、そこがアルフレッド大陸の永世中立地区となっていて、トリカル地域と呼ばれている。
ここは国家が運営する地域ではなく、ギルドの総本山と、魔法学園が運営している地域だ。
各種族、各国家、両方から支配されない自由な場所で、誰もが学びを得られる場所となっているが、ここに入るには審査が必要であり、その問題を通過しないと、通れない仕組みになっている。
各地区からの定期便が朝晩しかない点も、その審査があるためだ。
好き勝手に人が入れないのである。
でも、紹介状などがあれば、簡単に入れたりする。
◇
トリカル湖にある本部にて。
蓄えた長い髭を撫でて、渋い声の男性が話す。
「ん? ジュリ? 学校はまだやってるはず・・・気が早いな。会議はまだだぞ」
部屋に入って来たのは、顔も所作も美しいエルフの女性。
礼儀正しく頭を下げた。
「ええ。そうですよ。ダニエル。明後日ですよね?」
聞かれたダニエルは軽く頷く。
「そうだ。日程の確認に来たのか?」
「違います。嬉しくて、そわそわしてるだけです」
「ジュリ。お前幾つになったんだ。先生が来るからって、そわそわするな」
「仕方ありません。嬉しいですからね。そう言えば、先生が会議を開けって、何か問題があったんですか?」
「ああ。登録料の改定をしてほしいそうだ」
「改定? 珍しい議題ですね」
「そうなんだ。ロクサーヌにかなり新人冒険者たちが集中しているから、変えて欲しいだそうだ。その頼みだな」
「なるほど。たしかに。あそこはモンスターが弱いから、人が集中しそうですね」
「ああ。だから、ワシは、先生の意見を飲もうと思う。先生の業務がそれに集中することを避けたいんだ。どうだろう」
「ええ。たしかに。先生の本当の仕事は、ギルドの仕事じゃありませんもんね」
「そうだ。アルフレッドの守護・・・いや、ダルレシアの守り人としての仕事に集中してもらいたいからな」
「ええ・・そうしましょうか」
二人はクロウが議題を出す前から、彼の動きを確定させようと動いていた。
「それにしても、あなたも嬉しそうな顔をしてますね。こうして会話しても、いつもの仏頂面じゃないですもの」
ダニエル・リンバー。
マスターオブマスターと呼ばれる彼は、ギルド総本山の統括マスターとして、トリカル湖にある本部で普段仕事をしている。
クロウを先生と呼ぶ理由は、子供の頃に師事を仰いだからだ。
ギルドマスターである彼の異名は『大戦士ダニエル』である。
バトルドワーフ特有の大柄の肉体を前面に押し出しつつ、破壊的な超近距離戦闘で、敵の肉体を穿つのが戦闘スタイルだ。
「ふん。そんな事言うお前も。いつもの無表情から、笑みが零れてるぞ」
「ええ。もちろん。先生に会えますからね」
「開き直りおって。ふん。まったく子供みたいだな」
ジュリス・ディーマー。
トリカル魔法学園の女性校長。
ダニエルと同じく、クロウを先生と呼ぶのは、子供の頃に師事を仰いだからだ。
彼女はダニエルとは別な方向でクロウと協力関係にある。
それが、この大陸の子供たちを教育する事だ。
魔法学園で、優秀な人材を育てることに、全力を注いでいる。
ちなみに、シオンはここの学校の生徒であった。
余談だが、トリカル魔法学園は、アルフレッド一の学校として有名である。
そんな学園の校長先生である彼女の異名は、『大賢者ジュリ』である。
エルフの特徴の魔力を中心に、多岐に渡る魔法で、遠距離から敵を追い詰めて、常に自分に有利な方向に戦闘を運んでいくのが、彼女の戦闘スタイルだ。
「そうですよぉ。私は子供ですよぉ」
「ふん」
子供の時のようなやりとりに戻った。
二人は幼馴染である。
「でもあなたもですよね。ダニエル」
「・・・そうかもな。先生を前にしたら、誰だって子供だろう」
「ええ。そうですね」
二人は、東を見つめて、明後日を楽しみにした。
◇
ヨミは、10時を過ぎたので、ギルド会館を飛び出した。
昨日はケディアの塔だったので、今日はノール洞窟へと向かおうとしたヨミは、数人に取り囲まれてしまう。
顔を貸せと言われ、連れて行かれた先は、治安がよくない南の地域の路地裏だった。
じめじめとした暗い道で、人通りが少なく、周りの目が届かない場所だ。
「な、なんですか?」
「お前。いいご身分だな」
「はい?」
男が詰め寄って来たが、理由が分からない。
ヨミは首を傾げた。
他の人間も詰め寄る。
次は甲高い女性の声だ。
「あんた。ギルドお抱えの冒険者なの?」
「ち、違います」
「じゃあ、なんで入り浸ってるのよ」
「それは。マスターさんのご厚意で、字を教えてもらっているだけです」
「ふ~ん」
ズルい子ねと言いたそうな顔で引っ込んでいった。
「お前。特別扱い受けてることに気付いてねえのか」
「特別?」
「ギルド会館の裏。職員のスペースなんて、あんなに簡単には入れねえんだぞ」
「そうなんですか? マスターさんは、来る者拒まずって言ってましたけど・・・」
誰でも簡単に入れるのに。
ヨミはそう思っている。
というか、実際にクロウがどんな人間でも拒まないのだ。
悪でも、なんでも良いと思っている。
なぜなら、このロクサーヌで悪事を働こうにも、自分が全て粛清するから、会えるんだったら、それがちょうどよいとクロウが思っている節があるのだ。
「何かやましい事でもしてるんですか!」
こんな場所で、そんな事が言える。
世間知らずな部分が、恐れを知らない事と繋がる。
ヨミは、面白い存在である。
「な!? てめえ。俺らを馬鹿にする気か」
胸ぐらを掴んだ男性は、ヨミの隣からやってきた。
話していた人物とは違う人物だ。
「いいえ。馬鹿にはしてないんですけど。この時間、短くしてもらえます。私、ノール洞窟に行きたいんですけど」
仕事に行きたい。
その気持ちからこの返答になってしまった。
世間知らずはここに極まっていた。
「おい。それが馬鹿にしてるじゃないか。この野郎」
取り囲んだ輩が、キレ始める。
彼女の顔面を殴りにかかった。
「待て。人間どもは、どの時代も同じだという事か」
彼女を殴ろうとした手が止まった。
フードを被った男が、攻撃の手を止めた。
「だ、誰だ」
「消えろ。屑ども」
「なんだと」
「言う事を聞け。さもなくば殺す」
謎の男性に凄みがあったからか。
取り囲んできた人間たちは、この場から去った。
「「「「・・・は、はいぃぃぃ」」」」
「ふん。雑魚ほど、騒ぐ」
と謎の男性が言った直後に、ヨミが大声で話す。
「ありがとうございました」
「何でもない事だから礼などいらん。それより、さっきの話を聞きたい。ここのマスターと親しいのか?」
「え。まあ、字を教えてもらってますから、親しいです」
ヨミは、仲良くしてもらえてると思っている。
「そうか。奴は、まだ仕事をしているのか。どこか出かけるとかはないか」
「え? それってマスターがいる時に冒険者になりたいんですか? 登録に行く感じです?」
「そんな感じだ」
「だったら早い方がいいですよ。明後日から出張らしいんで、マスターがいるのは明日までです」
「そうか。助かった。先の礼は、今の情報で帳消しだ。今後も礼は、いらん」
と言って謎の男性は去ろうとした。
その去り際。
「わかりました。ありがとうございました!」
と言って彼女も、この場から去る。
「要らんと言ったのに・・・あと声がうるさい。耳が痛い」
謎の男性は移動していく。
路地裏の更に奥の家に・・・。
◇
鏡の前に立った謎の男性は、鏡に一礼する。
すると、声が来た。
「テスタロッゾよ。来たか。新たな情報が入ったか」
「はい。例の人物がこちらを移動するらしいです」
「例の人物・・ああ、貴様が報告していた。強い人物だな」
「はい。そうです」
テスタロッゾと呼ばれたフードを被った男が、頭を下げた。
「強さで言えば、伯爵クラスかと」
「伯爵か。男爵の貴様では勝てんか」
「いいえ。勝ちます」
「相手のランクが高いと見ても、自分に自信があるか。貴様らしいな」
テスタロッゾが怪しく微笑む。口角があがりながら答えた。
「ですが、万全を期して制圧を開始します。奴が消えれば、ここの勢力は激減します。私のみで制圧が可能となるでしょう」
「わかった。決行する気だな」
「はい。あの強き者がいないのであれば、成功率は50%から100%にまでいくでしょう。すぐにでも、制圧が可能となります」
「よし。わかった。攻撃を許可する。我らの足場を気付け。よいな」
「わかりました。あと、魔人王イルメリア様に連絡をお願いします・・・この足場は、テスタロッゾの手柄であると」
「当然だ。やっておこう」
状況は、クロウがいなくなることで一変していく事となる。
クロウが何気なく開こうとしたマスター会議は、アルフレッド大陸の運命を左右する事となるのだ。




